第四章 「幻影の悪魔」二節
自分たちを不気味な笑みで見下ろすヴァルヴァにアルバートは気味悪く感じた。
「お前も闇の眷属か?」
「知らぬのも無理はない。一度目は貴様は国におらず、二度目は我に立ち向かう勇気すらなく逃げたのだからなぁ…」
アルバートを嘲笑うヴァルヴァ。アルバートは握り拳を悔しそうに震わせていた。
「アンタの事は知らないけど、宝石独り占めするってんならそうはさせないわよ!」
アルバートの隣でルナーが銃口をヴァルヴァに向けて戦闘態勢に入っていた。
「ずいぶんと大きな虚勢を張る女だ。」
「な、何い!?」
見下ろされてルナーは顔を赤くした。ヴァルヴァはそんなルナーに目もくれずアルバートを睨んでいた。
「"あの女"と比べれば敵ではない。だがあの女の息子である以上危険な存在だ。故に…」
ヴァルヴァは杖を持たない方の手を上に向けると、手の周りに光るアメジストが生成された。
「ここで貴様を殺す。」
その言葉を皮切りにアメジストの流星が降り注いだ。
「お!もうけ…」
「まずい!」
ルナーがアメジストをャッチしようとすると、アルバートがルナーを自分の後ろへ突き飛ばした。次の瞬間、アルバートの体に黒い光弾が直接被弾した。鎧が今までのように衝撃を受け止めた。そのはずだった。
「ぐっ……」
痛みとは違う何かがアルバートの体内を駆け巡る。禍々しい闇の魔力が血管をなぞるように広がっていた。
「ダメだ……意識が…」
彼の呼吸が浅くなり、視界も黒く歪んだ。ただ目の前にヴァルヴァが闇の魔力剣を振り上げているのが分かった。だが避けようにも闇の魔力の影響で足が思うように動かなかった。
「これで!」
その時、ルナーの声と共に一発の銃声が響いた。ルナーが放った鉛玉がヴァルヴァの肩に着弾し、乾いた破裂音と共に肩の内から血飛沫が散ってヴァルヴァの体が少し揺れ、 怯んだ。
「アルバート!しっかりして!」
ルナーの鼓無する声がアルバートの耳に響く。
(この眷属はどんな術を持っているか分からない…だがここで戦わなければ、ファルティウスの覚悟も無駄になる……)
「やるしかないか。」
アルバートは呟くと、背中の大剣を引き抜いた。続けて帯刀していた剣も引き抜く。それぞれの手に二振りの剣が構えられた。
「我に抗うか。ならば闇の中で死ぬがいい…!」
ヴァルヴァは杖の先に無数のアメジストを作り出す。そして杖を掲げると同時にアメジストが砕け散り、岩から岩へと屈折する闇の結晶となって放たれた。
「アルバート!方向的にそっちから来るよ!」
「分かってる!」
ルナーの言葉を受けて、アルバートは右上の方向へと身をかわそうとした。
「くっ…」
アルバートの腕に痛みが走った。今来た結晶は確かにかわした。身体の反応も完璧だった。それにもかかわらず被弾した。
「そっちか!」
仕組みに気づいたアルバートは他の光線を剣で払いのけた。ヴァルヴァは攻撃の中に小細工を仕掛けていた。放たれる結晶の中には幻も紛れているのだった。アルバートはそれに気づいて上手く実体の結晶をかわそうとするが、複数が一気に屈折して軌道が読めず、既に数発くらっていた。
「アルバート!」
ルナーがピストルを構えた。
「当たんないようにね!」
そう言うとルナーが闇の結晶とは反体の軌道に銃弾を撃った。すると幻の方に当たっているのか、結晶の数が減っていた。
「これなら防ぎやすいでしょう?」
「助かった!」
アルバートは縦横に二刀を振りながら結晶の光弾を受け流して、ヴァルヴァに接近していった。その間も闇の結晶が死角から襲いかかってきたが、ルナーの援護射撃もあって背後は取られなかった。
「くらえ!」
ヴァルヴァの前に追り、低い姿勢で大剣を構えるアルバート。このまま上へと回転の薙ぎ払いを決めた。
「はあああ!」
重圧を振り払うような力強い一閃が空間を裂いた。その瞬間ヴァルヴァの体が斬り裂かれた。ヴァルヴァは有無を言わずに霧のように消滅した。
「やった?」
「いや。斬った感じがしなかった。これはおそらく……」
アルバートは何かに気が付いたように周りを確認した。
「ぐはっ!」
「アルバート!」
その瞬間、何の前ぶれも無く二人の間に紫の斬撃が走った。そして同じく前ぶれなくアルバートの体に激痛が走る。彼の鎧を貫通して彼の肉体にアメジストの破片が混じった斬り傷が刻まれていた。
「な……」
アルバートは突然の痛みに声が出なかった。
(今のは、どこから?)
「ククク……」
二人の背後から不気味な笑い声が響く。アルバートが振り向くと、斬ったハズのヴァルヴァが宙に浮いていた。
「今のも幻か!」
「"あの女"の子とは思えぬほど……」
ヴァルヴァは杖にアメジストを収束し始めると、それは徐々に複数の槍へ形成された。
「愚直な男よのお!」
そしてヴァルヴァはアメジストの槍を投下してきた。
「くそっ!」
アルバートとルナーは咄嗟に近くの岩に隠れた。だが槍が岩に突き刺さった瞬間、ルナーが居た岩が爆発した。
「うっ!」
「ルナー!」
ルナーが爆発で倒れて、アルバートが駆け寄ろうとすると、ヴァルヴァが時間差でアメジストの槍を次々とアルバートに向けて飛んできた。着弾しては暴発して彼に追撃を浴びせてきた。アルバートは二刀の剣を交差させて盾のようにし、爆発を何とか防いだ。しかしその結果ルナ ―との距離が開いてしまった。
「いやらしい真似をしやがって!」
ただでさえ視界や動きが限られる洞窟内で、爆散した岩によって回避行動か困難になってしまっていた。
「さあ、どうでる?」
笑いながら煽るヴァルヴァ。アルバートはまた岩石の後ろに隠れていた。
(どうする……何か打開策は…)
「隠れてもムダであると学んでいないのか?」
ヴァルヴァは杖を掲げてアメジストの槍を一気に形成した。既にアルパートの方に狙いを定めていた。
(そうだ!)
「死ねぇ!!」
ヴァルヴァは一斉にアメジストの槍をアルバートに投下した。一度目よりも数が多く、ほぼ間違いなく串刺しになる攻撃だった。
「貸りるぜ、ブリューナク!」
アルバートは岩陰から出ると同時に素早く白銀の矢が放たれた。その矢はアメジストの槍よりも鋭く速く、真っすぐにヴァルヴァの複数あるうち、中央の黒紫の瞳へとグサリと刺さった。
「ギャアアァァ!」
矢が深く刺さったヴァルヴァは痛みにもがきながら中央の瞳を押さえていた。
「俺でも使えるとはな。さすが狩人だ。」
ブリューナクの弓を見ながらアルバートは呟いた。
その隙に彼はルナーの元へ駆け寄った。
「立てるか?」
「うん。何とかね。」
アルバートの手を貸りて、ルナーは何とか立ち上がった。
「にしてもこいつ、この間の牛より厄介ね!」
「ブリューナクよりも動きが読めない。油断するな。」
二人はヴァルヴァの方に武器を構えるヴァルヴァは中央の瞳を押さえなから二人を睨んでいた。
「人間共が……この短時間で我をこまでいらだたせるとは!」
流血する瞳を晒しながらヴァルヴァは二人に向かって杖を構えて突進してきた。
「ふんっ!」
アルバートは前に出て大剣でヴァルヴァの一撃を防いだ。しかしヴァルヴァは怒りに任せてアルバートを力ずくで押し潰そうとしてきた。
「ルナー!」
「任せて!」
アルバートの声に応じてルナーがアルバートの横から引き金を引いた。
「ぐおっ!?」
バキュンという破裂音の直後にヴァルヴァが脇腹を押さえて、杖を待つ腕の力が弱まった。それを好機と見たアルバートは足に力を入れて、大剣と共にカ強い体当たりをかました。
「ぐうぅ……!」
打撃と斬撃の二重の痛みでヴァルヴァは大きくよろめいた。瞳の激痛も響いて杖を支えにしなければ倒れそうな状態だった。
「よーし!このまま追い込もう!」
ルナーとアルバートは苦しむヴァルヴァを囲んだ。 しかし追いつめられているはずのヴァルヴァの顔には、余裕で不気味な笑みが浮かび上がっていた。
「愚かな… これで我を追い込んだつもりか?」
「はぁ?そんな状態でよく余裕ぶられるわね?」
ルナーが勝ち誇りながら近づいていく。アルバートは警戒を解かずに様子を見ていた。するとヴァルヴァの瞳が妖しく光り始めていた。その瞳一つ一つをよく見ると、呪いの言葉が浮かび上がっていた。
(何か嫌な予感がする!)
「幻術の恐怖を、思い知れ!」
「ルナー!離れろ!」
アルバートが叫ぶも、ヴァルヴァの声と共に全ての瞳が開眼した。その瞬間、目映い閃光がヴァルヴァから放たれた。
「うわ!」
「キャッ!」
凄まじく強い光に、二人の視界が紫丸の光に覆われた。
「くそっ! 訳の分からないマネを!」
何とかアルバートは目を開くと、視界が白と紫が混ざったような状態になっていいた。
「ルナー!そこに居るのか?」
乱れる視界の中でアルバートはルナーを深した。そして真っ直ぐ歩 いていると、向こうからルナーの姿が見えてきた。
「ルナー? 大丈夫か?それにしもヴァルヴァめ。一体どこに隠れ……」
アルバートは心配げにミラに近寄った。
次の瞬間、突如銃声が鳴り響いた。直後アルバ ―トの真横を一発の弾丸が鋭く飛んでいった。突然の事にアルバートは固まった。目の前にはアルバートに銃口を向けたルナーが居た。
「テメェ……どのツラ下げてあたしの目の前に現れやがった!?」
怒りの目でアルバートを睨むルナーは声を荒げていた。
「ルナー?」
いきなりの暴言に、アルバートは胸が突き刺されたようだった。
「い、一体どうしたんだ?」
「あたしに近寄るなぁ!!」
再び放たれる銃弾。 今度は確実にアルバートの胸を鎧ごと撃ち貫いた。弾丸による打ち込まれた痛みがアルバートの体に走る。だがそれ以上に悲痛なものか彼の心を襲った。
__どうしてあなたは、私に似てるところが一つも無いの?
アルバートの脳裏に女性の声が響く。その声は夢で聞いたものでは無い、冷酷で愛を感じない声だった。
「あ、ああ……」
その声と言葉を聞いたアルバートは喉が張りつき、声か出なくなった。
__あなたのような忌々しい人間が、娘に近寄らないで。
(違う……俺は…俺はただ、貴方達を…)
アルバートは次第に精神が削られていく。彼の手が震え、立っていた足は彼の意思と関係なく崩れるように地面に膝がついていた。
「哀れよのお、人間?」
頭上からあの不快な声が聞こえてくる。アルバートが見上げると、ヴァルヴァが空中で嘲笑っていた。
「お前の仕業か…」
ヴァルヴァの幻術である事を知り、アルバートは怒りに震え、 大剣を握りしめた。
「我を討つか。だが、それまで持つかな?」
ルナーを杖で指しながら嘲笑うヴァルヴァ。ルナーはピストルを構えたままアルバートに近づいてきていた。幼術に気づいていないのか、その目には殺気があった。
(ヴァルヴァを狙えばルナーに撃たれる……かといってルナーを……いや、そんな事はできない。)
アルバートは文字通り絶体絶命の状能心に立たされていた。
(どうすればいい……どうしたら…)
__天を裂く事鳴が轟く時 幻は消え 悪魔は偽りと共に砕れん
その時、アルバートはサンの詩の一部を思い出した。
(雷……は!)
同時にアルバートは自分で封じている力を思い出した。だがアルバートの手は震えたままだった。
(ある。この状況を打破する術が!だが……)
アルバ ―トは躊躇っていた。それは否定されて以来自ら封じていた力。しかしこの状況では選択肢は無いのも分かっていた。
(やるしかない!)
アルバートは歯を食いしばって大剣と剣を頭上へ褐げた。
「何だ?命乞いか?」
その様子を見たヴァルヴァは嘲笑う。
ルナーは銃口をアルバートの眉間に向けて、引き金を引いた。
「来いっ!」
次の瞬間、洞窟の天井を突き破りながら白い光が走った。
遅れた轟音が空間を叩き潰し、その衝撃でルナーはピストルを落として怯んだ。
「何だ!?」
ヴァルヴァが表情を歪めた。その顔には恐怖が浮かんでいた。
「そ、その力は……」
アルバートの剣が白く煌めいていた。
それは轟きと共に落ちてきた魔法の雷だった。
(否定されたこの力が、今の俺には必要なんだ!)
その言葉の直後、アルバートは雷を帯びた二振りの剣から雷の刃を放った。
「なっ!」
雷の刃はヴァルヴァを高速で斬りつけ、落下させた。更に共に発生した電雷が鳴り響くと同時に惑わせてきた幻が一瞬にして吹き飛ばされた。
「幻術が…!」
「……あれ、アルバート?」
怯んでいたルナーが起き上がる。
その目はさっきまでのような怒りに支配されたような目ではなくなっていた。
「術が解けたか。」
ルナーを見てアルバートは少しだけ安心すると、 ヴァルヴァを睨んだ。
「貴様ァァ……!」
ヴァルヴァは恐れと怒りに駆られながらも杖の周りに巨大なアメジストの水晶を作り出し、一斉に崩壊させたと思うと奔流となって放たれた。だがアルバートが同時に大剣を一文字に振り下ろすと、電撃が放たれた。電撃が空中を走り、アメジストの奔流を打ち消した。
「もうお前の幻術は通用しないぞヴァルヴァ!」
「おのれぇ!」
ヴァルヴァは悔しがるように杖を持つ手を震わせる。すると洞窟中のアメジストがヴァルヴァの杖に集束されていく。空間が沈むような重圧感。アルバート達を混沌へと落とす邪悪な魔術を放とうとしていた。
「上等だ。」
アルバートは二振りの剣を頭上に掲げると爛々と剣身が光り始めた。それは偽りのアメジストのような妖しいものでは無い、純粋な雷の魔力が二振りの刃へと帯電されていった。その間にもヴァルヴァは闇の魔力を最大値まで高めていた。
「人間よ、 闇に飲まれて逝くがいい!!」
ついに最大まで力を溜めたヴァルヴァは杖に巨大な間の彗星
浮かばせる。そして常人なら立つ事のできない重圧感と共に、アルバートとルナーに向けて彗星が禍々しい魔力を放ちなから飛んでいった。もし受けてしまえば五体満足どころか肉体は砕かれ、魂は闇に食われる恐ろしい業だった。
「終わるのは、お前だっ!」
しかしアルバートの顔には恐れは無かった。彗星が目の前まで迫った瞬間、アルバートの両方の剣が重ね合わさり、雷の剣身が振り下ろされた。 静寂。直後に巨大な雷刃がヴァルヴァもろとも彗星を落雷と共に斬り裂き、雷光となって解き放たれた。
「グギャアアアアアッ!!!」
雷鳴の中からヴァルヴァの断末魔が響き渡る。だがその声をもかき消すように雷光が彼を襲った。やがて雷鳴が静まり、雷光電撃が止むと、雷に焼き斬られて倒れたヴァルヴァが倒れていた。
「た、倒したの?」
「ああ。」
ルナーが戸惑いなから聞くと 、アルバートは頷いた。
「というかあんた、魔術使えたんだね。」
「せいぜい魔力を武器に付与する程度だけどな。」
「ククククク……」
突然あの不愉快な笑い声か聞こえてきた。倒れていたヴァルヴァが死にそうな声で二人を嘲笑っていた。
「まだやるか?」
「いいや。その力を解かれた以上、我に勝気は無い。今ので力も使い果たしたからな。」
その笑い方には諦らめに近いものが見えた。
「だか惜しい。この身で受けて感じたからこそ余計に惜しい。」
「何がだ?」
アルバートが聞くと、ヴァルヴァは死かけている目を見開いた。
「貴様ほどの男ならば、ヴァンよりも王たる者に相応しかった。己の自尊しか守れかかったあの女王よりも、ずっと……」
名残り借しそうに言うヴァルヴァ。しかしアルバートは首を横に振った。
「俺はそんな器じゃないし、そんな地位などいらない。」
アルバートが否定すると、ヴァルヴァは「そうか……」と呟いた。
「まあ分かりきっていた答えだとも……では、潔く死ぬとしよう……」
ヴァルヴァ肉体が徐々に消え始める。 どうやら命が絶えるようだった。もうトドメを刺す必要も無いからか、ルナーもアルバートも彼が死ぬところを黙って見ていた。
「何だ?」
その時だった。突然洞窟全体が激しく揺れ始めた。
「何?何が起きてるの?」
「あれは!」
アルバートは天井にアメジストで作られた魔法陣に気がついた。死に際のヴァルヴァの不気味な笑いを見たアルバートはヴァルヴァの狙いを悟った。
「こいつ!道連れにする気だっ!」
「はあ!?」
それに気がついた二人は洞窟の出口方面へと全力疾走しだした。
「ルナー!天上に気をつけろ!」
「うん!」
天上からの落石に注意しながら二人は全力で走り続けた。 出口までもう少しだった。
「あっ!」
走っていたルナーが石につまづいて転んでしまった。
「ルナー!」
アルバートか気ついて立ち止まった。
ルナーの膝からは血が出ていてすぐには立ち上がれなかった。 しかし揺れは更に強くなっていた。
「いったぁ……あ。」
ルナーが天井を見上げると、巨大山岩石が落ちてきていた。ルナーは避ける力も無く、自らの死を覚悟していた。
「ルナー!」
その直後、アルバートがルナーに全力で駆け出した。そしてルナーを急いで抱え上げて、地を滑るように跳んだ。アルバートの背後から重い衝撃音が響いた。
「間一髪だったな……」
後ろに落ちた岩石を見てアルバートは安堵の息を漏らすと、ルナーを地面に下ろした。ルナーは死を覚悟していたからか、どこかぼけていた。
「さて、どうするべきか……出口への道が塞がれたからなぁ……」
「はぁっ!?」
突然ルナーが声を荒げた。彼女は出口の方向を見て、膝から崩れ落ちた。 アルバートも疲れから、ルナーの隣に座り込んだ。
「何でよ…」
ルナーがアルバートに喋りかけた。怒りなのか悲哀なのか、声が震えていた。
「なんであたしなんかを助けたのさ!?あたし、幻に騙されてたとはいえあんたを殺そうとしたんだよ!!」
怒りをぶつけてくるルナーに、アルバートは何も返さなかった。
「あたしを置いて行けば良かったじゃん!!あたしを身売りさせた挙げ句裏切られて死んだ親父みたいに、あんたもあたしを置いて行けば良かったじゃん!?」
どうしようもない怒りをアルバートにぶつけるルナー。 怒る事にも疲れたのか、それ以上は何も言わなくなった 。重く乗しかかるような沈黙が流れていた。
「俺はもう、誰も失いたくないんだ……」
アルバートが沈黙を破るように口を開いた。彼は鎧から外した砕けたブローチを見つめていた。
「俺は魔術の国、アンシャントの王子として生まれた。魔力が少なく、魔術師の素質が無いから、母だった女王からは見放されていたけどな。」
そう話すアルバートの目には寂しさが入り交じっていた。
「それでも後継者となった妹や、母を守ると決めていた。こんな俺を慕ってくれる部下も居てくれた……」
「……」
「だけど俺は、強大な敵を前にして逃げたんだ。信じてくれた部下の事も、母上の事も、俺の事を好きと言ってくれた妹の事も……俺は守りたかった人達を自ら見捨てて逃げたんだ。」
アルバートは泣きそうになるのを堪えていた。そしてブローチをまた強く握りしめた。
「だから俺はこれ以上、誰も失いたくない。誰も見捨てたくない。 でも……」
アルバートはルナーに顔を向けた。
「それ以上に、妹とそう歳が遠くないお前を、死なせたくないんだ。」
「アルバート…」
話を聞いたルナーはそれ以上言葉が出てこなかった。アルバートも話し終えると、岩石に再び目を向ける。
(しかし本当にどうしたものか……元々少ない魔力だったからしばらくは解放できないし……)
アルバートが思考を巡らせたその時、再び大きな揺れが起きた。しかし今度は洞窟全体ではなく、目の前の岩石がひとりでに動いていた。
「まだ何かいるの!?」
「いや違う。この揺れ、前もあった気が…」
「そりゃああああっ!!」
アルバートが既視感を感じていると、聞き覚えのある声と共に岩石が何者かに持ち上げられてそのまま横へと放り投げられた。そして岩石があった所を見ると、二人の人影が見えた。
「サムソン!それにファルティウスも!」
「おお!無事だったか!」
牛の魔物ゴルドーの時に共に戦った戦士サムソンが居た。そして隣には傷だらけのファルティウスが居た。
「待たせたな。思ったよりも亡霊共に手こずってしまったわい……」
「いや。終わったから大丈夫だ。それより何でサムソンが?」
「実はな。」
ファルティウスは経緯を話し始めた。あの後ファルティウスは傷を負いながらも幻影の霊兵を全部倒した。その足でアルバート達に合流しようとしたものの、アルバート達が居た場所以外の道も数回に及ぶ地震で落ちた岩石に塞がれてしまっていた。流石のファルティウスもどうしたものかと行き詰まっていると、塞がってない方から声が聞こえた。行ってみると何とサムソンが
岩石をダンベルのように持ち上げて修練していた。どうやらサムソンは幻や霊は信じないらしく、ここは彼の修練スポットのようだった。
「てことで、こやつの径力ならば岩をどかせると思い、今に至るというワケじゃ。」
「うむ。良い修練になったぞ。」
筋肉を見せつけながらサムソンは言った。ファルティスは「儂も悪魔と戦いたあったなあ」 と残念そうにしていた。
「いずれにせよ、任務は終わった。では国へ報告しに行くとしよう」
「ああ。」
ファルティウスの言葉にアバートは領く。そして一向は洞窟の出口と歩き始めた。
「アルバート。」
歩いている途中、ルナーがアバルートに話しかけた。視線はアルバートから外していた。
「さっきは、ごめん。それと……ありがとう。」
それは悪意の無い、彼女の素直な言葉だった。
「…守れたなら、それで良い。」
ルナーの感謝の言葉に、アルバートも率直な返事を送るのだった。




