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人間として最愛の主を探します

小さな私は、瞳を開けることも出来なかった。

でも本能的に貰う母乳の飲み方はすぐに理解できた。

ちゅうちゅうと、一生懸命母乳を飲む私の頭を大き目の男の人の手が撫でている。


「あぁ、やはり何度経験していても、赤ん坊は可愛いな……」

「ふふっ、あなたったら……まだ長女の時にしか経験していませんよ」

「それもそうだな。はははっ」


話を聞いていると、どうやら私には姉がいるらしい。

お姉ちゃんは私のことをどう思うのだろう。イジメるのだろうか。

両親の愛情が得られなくなって、イジメてしまうというのは人間によくあることだとご主人が話していた。

たぶんご主人にもご兄弟がいたんだと思うけど、真相はわからない。

それよりも、今はお腹が減ったからいっぱい飲むことに集中した。

お腹いっぱいになり、母親から背中を優しくぽんぽんされると大きなげっぷが出る。


「うん、ちゃんとげっぷが出たから大丈夫ね。吐き戻しもしないし、いい子ね。リリアン」


母親は私のことを、リリアン、と呼んだ。

そうか。私の名前が決まったんだろう。

苗字?とかいう家族名は知らないけれど、それは追々わかることだから気にしないでおいた。

それよりも、リリアン、という名前にはなんだか聞き覚えがある気がする。

ご主人が子猫の時に付けてくれた「鈴」という名前は、元々は「スズラン」のように小さく可愛らしい花だからそう名付けたと聞いた。

スズランを漢字表記すると「鈴蘭」と書く。

そして鈴のように高く愛らしい鳴き声の意味合いも取って、鈴、だそうだ。

色々なご本を読んでいたから、きっとご主人は賢い人なのだろう。どうなったかわからないけど。


前世の名前はさておき。

リリアン、という名前はおそらく花の名前ではないかと思う。

今の姿では確かめようがないけれど、なんとなくそう思う。

そんなことを考えていると、パタパタとこちらに小さな足音が聞こえてきた。


「かあたま!いもーとにあいたい!」

「あらあら、カトレア。走ったら危ないわよ。ふふ、この子があなたの妹のリリアンよ。よろしくね、お姉ちゃん」

「わぁー!かわいいー……まだ、おめめはあいていないの?」

「えぇ、今週産まれたばかりだから……リリアン。お姉ちゃんのカトレアよ」

「よろしくね、リリアン!」


どうやらこの小さな女の子は、私の姉でありカトレア、という名前らしい。

カトレアもおそらく、花の名前だ。

もしかすると、このお家は草花に関係するところなのかもしれない。

しゃべることも目を開けることもできないけれど、触れてきたカトレアの指をぎゅっと握り返した。

その行動をカトレアはとても嬉しそうにしている。

気持ちのしっかりしたお姉さんだ。この子なら、きっとイジメたりしないはず。

それが、姉との最初の対面だった。


私の瞳が開くようになってからは、時間というものはあっという間に過ぎ去っていく。

教会での洗礼式を受けた時は大泣きしてしまったが、神官様たちはみんな優しい人ばかりだった。

神官様は神との生涯を誓った存在だから、ご結婚されていないし子どもの扱いにも不慣れだと後から知った。

それでも優しく声かけをして宥めてくれたのだから、心の底から優しいのだろう。

産まれた赤ん坊たちが受ける洗礼式、というと日本の人からすると馴染みはない。

簡単に説明すると、そこで受ける洗礼式というのは「戸籍の新規登録」のようなものだ。

赤ん坊の名前、家名、能力の有無などを調べて本人の存在を書き記して、個人を管理していくのだという。

確か日本ではそういうものを「戸籍謄本」として市役所が扱うのだとご主人が話していた。

自分があってもなくても別にいいんだけど、と苦笑していたのを今でも覚えている。


その時初めて家名を耳にした。

大薬師の魔女の家系であり、医療技術の進歩を進めているハーティア男爵家、だそうだ。

医療技術は日本ほど進んでおらず、ほとんどが魔法と呼ばれる特殊な力に頼っているのが現状らしい。

そんな魔法を使える人間は少しずつ減少傾向にあるため、医療技術を進化させていく必要がある、と乗り出したのが

このハーティア男爵だそうだ。

元々薬草からお薬の調合を担っていたこともあり、魔法に頼らない医療を考え付くのも道理がある。

神殿の神官様たちは魔法という神聖なものを蔑ろにするのか、と不満を持ったらしいけれど、

ハーティア男爵家たちの薬の効き目に関しては身をもって良いものだとわかっているため渋々認めたそうだ。

子どもには優しいのに、こういうところはめんどくさいおじさんたちなのね。


それでも、新しいものをなかなか受け入れることができないのはわからなくもない。

古い形式に慣れた人間からすれば、恐怖を感じてしまうだろう。

それが「人間」というものだ。そんな中で乗り出した私の父親はすごくチャレンジャーだと思う。

そんなタイプなせいなのか、男爵の地位であっても国王陛下からとても信頼されているそうだ。

私が産まれた時に最高級の産着を贈ってくれたと聞いた。

王様からの信頼感がすごい。


そういえば、洗礼式の時に私の能力を調べた神官様が何度か首を捻っていた気がする。

何かおかしいところがあるのだろうか、と心配そうに聞いた父親は何か耳打ちされていた。

教えられた父親は、小声でぼそりと呟いてた。


「ハーティア家の始祖は、元々魔女ですからね……魔法を使えてもおかしくはないのですが……ううん……」

「今はその能力のことをぼかして記載しておきます。国の上層部に悪用する者が潜んでいると聞いております故……」

「えぇ、その手筈でお願いいたします」

「承知しました。ご息女の健やかな生活に神のご加護があらんことを」


ひそひそと、内々的に納められてしまった。

魔法が使えるようだけど、それに何か問題があるらしい。

生活していく分には問題ないとのことだったから、たぶんなんとかなるだろう。

前世からの楽観的思考により、それ以上のことは深く考えないでおいた。


月日は瞬く間に過ぎていく。

私が産まれて二年後には、弟が産まれた。

待望の男児ということもあり、家が大騒ぎになったことをよく覚えている。

そんな中、私は姉のカトレアと共に両親から薬の調合方法を学んだ。

最初はできるのかどうかお互い不安だったけど、簡単な咳止めができたとは同時に喜んだ。

そしてそんな風に調合と研究にのめり込んでしまっために、研究才女の姉妹として有名になってしまった。

特に私の方は、近寄ってくる悪い男どもを片っ端から実験体にしてしまうので恐れられている。

向こうが悪いと思うんだけどな。

そんな破天荒な私たち姉妹の内、姉の方に結婚の話が舞い込んだ。

相手は王宮内に勤める伯爵家の嫡男らしい。

家族との顔合わせの時に、初めて会ったけど温和で姉に夢中なことがすごくわかった。

婚約してそれほど経たない内に、結婚。

そうして、私の姉は伯爵家に嫁入りすることになったのだった。

とは言っても、定期的に男爵家に来て私の様子を見に来てくれる。

義理の兄となった伯爵様のルーヴェン兄様もお仕事が忙しいはずなのに一緒に訪ねてきてくれる。

そんな二人を見て、お茶会をしながら私はつい本音を漏らしてしまった。


「姉様、優しい旦那様と結婚できて良かったねぇ……」

「あはは!ちょっと、リリアン?あなた、いつの間に私の母になっちゃったのかしら?」

「母様じゃないですぅー妹ですぅー!だって、姉様は小さい頃から優しい旦那様と結婚したいって言っていたじゃない!」

「おや、愛しいカトレアはそんな話をしていたんだね。もうちょっと詳しく教えてくれないか、リリアン」

「ちょ、ちょっとルーヴェン!それよりも、リリアンに渡すものがあるんじゃないの?」


もうちょっと姉を弄りたかったが、ルーヴェン兄様は急かされて何かの紙を私に渡してきた。

なんだろうと思ったら、王族の専属メイドを募集するチラシだった。


「リリアンもそろそろ行儀見習いをする頃だろう?それで、王宮から貰ってきたんだ」


男爵であっても貴族の一員。そんな貴族の女の子たちは、適齢期になると上の位にある人の侍女となり行儀見習いとしてお勉強する。

あまり社交界には興味はないけど、この儀礼には免除されることはない。

しかもよくよく見ると、王族の第三王子の直属メイドの募集だ。王女様ではないらしい。

ふと、最後の王子の筆跡を見た時、私の中で何かを感じた。


「こ、これ……ご主人の、筆跡……!」

「え?り、リリアン、まさか……いつも言っていた前世のご主人様って……?」

「はい!この人だと思います!ルーヴェン兄様、私はこのメイドに応募したいです!どうしたらいいのでしょうか!」


呆気にとられるルーヴェン兄様に詰め寄ると、応募の仕方については兄様がして下さるらしい。

素早い対応の後日、兄様から王城に来るよう手紙が届いた。何時、どのような服装か、試験内容は不明と書かれている。

最後の一文が少し怖いけど、やるしかない。

間違いなくこの第三王子様は、私のご主人だ。

逸る気持ちを抑えきれず、私は約束の時間の少し前に王城へと駆け足で向かった。

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