龍神と女神
来花は二人の男に両腕、両肩を押さつけられ、身動きできなくなってしまった。
「は、離して!お、お願い、話を、話を…」
押さえつけられ、ひざまずきながら、来花の目からぽろぽろと涙が流れ出した…
もう1人の使用人が来花の目の前に立つ…
「ふん、生意気にも刀など持っておるわ!その刀でどうするつもりだったのだ?この娘、村に仕返しにでも来たつもりか?」
「ち、ちが…」
使用人は来花の腰から鞘ごと刀を奪った。
両腕を二人の男に押さえつけられ、どうすることもできない来花…
「贄がいらぬなどと、ざれごとを!命が惜しいだけであろう!」
村人達から見れば、来花は逃げた巫女であり、掟を破り村を危険にさらした罪人だった。
領主の言葉は絶対であり、領主が聞いたお告げは神のお告げだ。
誰も来花の言葉に耳を貸そうとはしなかったのだ…
「こ、こんなはずじゃ…こんなはずじゃなかったのに……」
全身の力が抜けていく…
「ごめん、村を救えなかった…ごめんねチヨ、守ってあげられなかった…」
ひざまずき押さえつけられ、もはや顔を上げることもできず、大粒の涙は頬をつたうことなく、直接地面を濡らした…
「ちょうど良いわ、お前のこの刀で手足を切ってやろう!」
使用人が来花から奪った刀を引き抜いた…
『今だ来花!俺を出せ!』
「ハッ!」
龍輝丸の声が来花に届く!
「あのまま死んでおれば、痛い思いはしなかったのにな!」
使用人は刀を振り上げた!
来花は目を強く閉じ、龍輝丸を信じて呟いた…
「龍輝丸…出てきて…」
お願い…
刀は来花の手にはなく、大声を出すことすら出来なかったが、それでも刀は来花の求めに応じ、光り輝いた!
「なんだこの光は!」
「くっ、眩しくて見えぬ!」
昼間であるにもかかわらず、その閃光は辺り一面を照らす。
閃光に驚いた使用人は振り上げた刀を落とし、来花を押さえていた使用人達は手を離し、両目を押さえた。
閃光は一箇所に集まり、徐々に形になっていく…
来花の前に現れたその男は、白く長い髪、冷たく切れ長の目と鼻筋…
肌は青白く、着物も白い、
中でも目立つのは頭に生えた龍のツノ。
その表情は、今まで見たこともない憤怒の表情をしていた!
「龍輝丸!」
「きさまらぁ!!」
龍輝丸から白いオーラが噴出し使用人達を吹き飛ばす!
「うわぁ!」
吹き飛ばされた両親と使用人達はひっくり返りながら、畏敬の目で龍輝丸を見ている。
「龍輝丸、だめ、だめだ!この人たちを傷つけねぇでくれ!」
「来花なんでだよ!こいつら二度もお前を殺そうとしたんだぞ!」
「そうだけど、そうだけど!お願げぇだ龍輝丸!お願げぇだから!」
来花は龍輝丸にすがりつきながら懇願した。
「チッ!」
龍輝丸は自らが宿る妖刀を拾い、来花に手渡した。
「これはお前のものだ、しっかり持っていろ。」
そして来花を両腕で抱きかかえた。
「りゅ、龍輝丸?」
「来花、もうお前をこの村にいさせるわけにはいかない、行くぞ!」
「待って、だめだ、逃げたらダメなんだ!このまま逃げたら妹のチヨが、他のおなごが、あたいの代わりに贄にされちまう!」
来花は龍輝丸の腕の中で、大粒の涙を流しながら叫んだ!
「このまま逃げたらなんも変わんねぇだ…」
「…分かった、何とかする。」
「何とかって…」
「俺にまかせろ、だから…」
「来花は何も心配するな…」
龍輝丸はやさしくそう言うと、来花を抱きかかえながら、宙に浮きはじめた。
「な、なんだ…」
「あ、あやかしか?」
領主達は驚きながら来花達を見る。
光り輝きながら宙に浮く二人、ちょうど屋敷の屋根あたりの高さで止まった。
村人を傷つけず、逃げ出さず、来花の妹を贄にさせない方法…
龍輝丸は皆に話し始めた…
「我はこの湖の主なり!この来花殿の進言により、もう贄は要求せぬことにした!」
「なんと!主様だと!」
「おぉ、主様が現れよった…」
「ははぁー!」
皆がひれ伏した。
「もう贄は、巫女はいらん!そのかわり、社を建て、我と、そしてこの来花殿を奉り、我らを信仰せよ!その信仰の力をみなもととし、この地を災いから守り、未来永劫豊かな恵みを約束しよう!」
「ははぁー!」
領主、両親そして使用人全員が、龍輝丸と来花に対し、深くひれ伏した。
龍輝丸は湖に何もいないと分かった時、気づいたのだ。大人達は来花に、主の正体を教えなかったのではない。
見たことがないのだ、誰も主を説明出来なかったのだ。
龍輝丸はワザと大袈裟にあやしく光り、神々しさを演出しながら告げた。
主の、守り神のお告げだ、領主をはじめ村人達は龍輝丸の言うことを盲信した。
「す、すぐに社を建てます、主様、来花様、どうか、どうかご無礼をお許しください!」
領主がひれ伏し震えながら懇願した。
龍輝丸は来花の耳元でそっと言った。
「来花、これで妹が贄にされることは無い。」
「うん…」
「ではさらばじゃ!」
龍輝丸は最後にそう言い残し、東の空に飛び去った。
湖をあとにしても、龍輝丸はしばらく来花を抱きかかえて飛んでいた。
もう日が傾きかけてくる頃だ。
「龍輝丸、飛べたんだ…」
「少しだけな…」
「ごめん、龍輝丸…」
「なにがだ?」
「またあたいのために、ウソつかせちまっただ…」
「いや…」
謝らなければならないのは俺の方だ。
きっと来花の本当の望みは、あやかしの退治なんかではなく、村で皆と今までどおり暮らすことだ。
来花を村に戻したくないと思ったのは俺だ、こいつをあの村人達に帰したくなかった。
だから来花を巻き添えにした。
あの村人達にとって、もはや来花は女神だ…
「どこ行くだ龍輝丸?」
「そうだな、どこかでお前を喰うか…」
「また、ウソついた…」
「来花の望みはなんだ?」
「あたいの望みは叶っただ、チヨを、村のおなごを救ってくれただ、だから約束どおり次は…」
「つぎ?」
「約束だ、今度は龍輝丸の言うこと、聞くだ…」
「じゃあ…やるか?」
「なにをだべ?」
「妖刀使いでもやるか?二人で暮らして、あやかし退治でもするか?」
「それもいいかも…」
龍輝丸にすり寄る来花の目には、涙がたまっている。
でもその表情は、やさしく微笑んでいた…
【エピローグ】
日々希が初めてあやかし退治を一人でこなすことになり、私は念のため付き添いで一緒に行ったが、日々希は見事に一人で退治した。
日々希はもう一人前だな…立派な妖刀使いだ。
そう考えていた帰り道だった。
「お師匠様、どちらへ?」
「あぁ、ちょっと寄り道するけど、いいかな。」
帰り道で私は日々希を連れて、ある湖を訪れた。
三年前「来花」と名乗った娘を助けた湖、その湖について、ある噂を聞いたからだ。
『湖に棲むあやかしに、生贄を捧げている…』
あやかし退治の依頼を受ければ商売になるかもしれない。
いや、それより突然いなくなったあの娘と妖刀の消息が、なにか掴めるかもしれない…
そんなふうに考えていた。
湖のほとりにある村、特別変わったことのない、ありふれた村だった。
「ちょっとお伺いしたい事があるのですが…」
「見慣れない顔だな、あんたよそ者かい?俺たちはこれから漁に行くんだ、あとにしてくれ。」
男達は小舟に乗り込み、湖へ漁に出るという。
湖にあやかしがいれば、舟で出たりしないのでは…
「あれは単なる噂話か?」
「お師匠様、これ!」
日々希が指さす方に社があった。
その社は綺麗で隅々まで手入れされていて、村人達に厚く信仰されているのが一目で分かった。
「社だな、皆に信仰されているようだ。」
よく見てみると、その社の鳥居には、こう記されていた。
『龍神来花神社』
これは、どう言うことか…
「旅の人か?珍しいだな!」
おなごが声をかけてきた。
歳は日々希より少し幼く見える。十二歳くらいだろうか?村娘のようだ。
「お嬢ちゃん、聞いてもいいかい?」
「なんだべ?」
「この湖に、あやかしがいるって噂を聞いたんだが…」
「湖に…あやかし?」
「あぁ、お嬢ちゃん何か知ってるかな?」
「この湖にあやかしなんていねぇべさ!」
「そうか…」
やはりただの噂だったか…
「この湖にはな、守り神がいるだ!」
「守り神?」
「ほら、ここに奉られてるべ?湖にはな、龍神様と来花様がいて、この湖と山々を守ってるんだべ。」
龍神様…来花様…
あの日、私が助けた娘と同じ名前だ…
単なる偶然か…
それとも私は神の使いを助けたとでもいうのか…
龍輝丸は人が扱えぬ神の妖刀で、それを求めて神の使者が来たとでもいうのだろうか…
「お師匠様、あやかしはいないようですね。」
「そ、そうだな…お嬢ちゃんありがとう。」
「姉ちゃん達もお参りしていくといいべさ。」
「うん、そうさせてもらおうかな…」
「じゃ、あたいはいくだ、またな!」
「あぁ、お嬢ちゃん!」
「なんだべ?」
「お名前聞いてもいいかな?」
「あたいか?あたいはチヨだ、女神様の妹だ!」
にっこり笑うその顔は、どことなく、あの娘の面影があった…
読んでいただいて、ありがとうございました!
あやかし来花はこれにて完結です。
ではまた!




