妖刀使い
夜中、皆が寝静まったころ、
夢心地の中、声が聞こえてきた。
聞いたことがない、男の声だ。
『おい、聞こえるか?俺様の声が聞こえるか?』
だれ?
「うぅぅ…」
来花はその声に答えようとしてみたが、夢うつつな中で体は思うように動かず、そのうちまた寝入ってしまった。
次の日、目が覚めると、もう日は高く登っていた。
昨日より体が軽い…
来花は縁側に出てみることにした。
障子を開けて縁側に腰掛ける。
穏やかな風、青く高い空、小高い山の緑がまぶしい。
初夏の風が心地よく流れ、新緑の香りがした。
庭は意外と広かったが、生け垣の外に建物は見あたらない。
どうやら人里離れた屋敷のようだ。
庭には女の子と青年のふたりがいた。
女の子は自分より年下、十二歳くらいに見える。
凛さんと同じく髪を後ろに結っているが、二本に分けていた。
白い着物に紅い袴、パッと見は小さな凛さんだ。
青年は年上、十八歳くらいだろうか…
短く揃えた髪、すらりとした体型、袴は紺色だった。
少し面長で丸い目をしているが、どこか頼りない感じがする。
「えい!えい!」
2人はそう掛け声を出しながら、並んで刀を素振りしていた。
「やぁ、もう起きても大丈夫かい?」
凛さんが後ろから声をかけてきた。
「ありがとうごぜぇます、もう大丈夫です。」
振り向き笑顔で答えた。
「お腹すいたかい?なにかこしらえようか。」
「なぁ凛さん…」
「ん?なんだ?」
「ここは、剣術の道場なんだか?」
「道場?あぁ刀のことか…」
廃刀令から刀はほとんど見かけなくなっていた。もちろん来花は刀なんて触ったこともない。
「ここは道場じゃないよ、私達は妖刀使いだ。」
「ようとう…つかい?」
「見てみるかい?」
凛さんは縁側に来て、庭の2人に言った。
「東司、日々希、組み手をやろうか!」
「組み手ですかお師匠様!」
女の子がちょっと嬉しそうに答える。
「日々希、今日こそ負けないぞ!」
青年は女の子を睨みつけた。
「凛さん、組み手ってなんだべ?」
「相対稽古、あの二人が稽古として実際に闘うんだ。」
「闘う?あの二人が?」
「あぁ、もちろん本気じゃないよ、本気でやったら殺してしまうからね。」
「いや、本気でなくても、あのおっきいお兄さんとおなごじゃ、勝負にならねぇべさ…」
「まぁ見てなさい。」
そう言ってお互い向き合い立つ二人に、凛さんは声をかけた。
「はじめ!」
二人はぶつぶつと何か唱えた後、気を入れ始める。
「はぁぁぁ!」
「うぉぉぉ!」
日々希と呼ばれた女の子は来花達から見て左手にいる。
その刀からは、炎をまとう大きな虎が現れた。
長く鋭い牙だけでも日々希の身長と同じくらいだ。両足付け根に炎をまとい、グルルと唸っている。まさにどう猛なあやかしだ!
東司と呼ばれた青年は来花達から見て右手、その刀からは、白い大蛇が現れた。
背の高い東司でさえ、丸呑みしてしまいそうな大きな口。虎をにらみながら舌をペロペロと出している。まさに不気味なあやかしだ!
「うわぁ、あやかしが出ただ!」
普段は人里離れた森の奥や湖の奥底に棲むといわれるあやかし。
たまに人里までやってきて悪さをするという。
かく言う湖の主も人を喰らうのだ、あやかしに違いない。
そんなあやかしが目の前に出てきたのだ。しかも馬鹿でかい!
来花は驚いて部屋に逃げ込もうとしたが…
「大丈夫だ、まぁ見てなさい。」
凛さんは落ち着いて2人を見ている。
「行くぞ!」
「さぁ来い!」
二人が刀を振り回すと、炎の虎と白い大蛇は闘いはじめた。
「はぁ!」
日々希が刀を振り下ろすと、それに呼応して虎が大蛇に飛びかかる。
「てやぁ!」
東司が刀を右に振ると、大蛇は右に回り込み、虎に牙を向けた。
「あやかしを…操っている?」
しかし大きなあやかしが闘うのは、もはや天変地異のようだった!まるで台風と地震がいっぺんにきたかのようであった。
ガオオオオオ!
虎は脚を動かすたびに大地を揺らし…
シャーーーー!
蛇が尾を振れば突風がふいた。
「ひいぃぃぃ…」
ここが人里離れていることと、庭が異様に広い理由がよく分かった。
「さぁそろそろ決着だ!」
「日々希の思うようにはさせないぞ!」
東司はそう言うが、どう見ても虎が押している。
そして虎が大蛇の首に噛み付いた。
口を開け天を仰ぐ大蛇。
「くそっ!」
東司が刀を振り回すが、大蛇に噛み付いた虎は離れない。
虎の牙から逃れようと大蛇は長い体をよじるものだから、大地は揺れ動き、尾で木々をなぎ倒した!
「ひいぃぃぃ!や、屋敷がこわれちまぅだよ!」
「そこまで!」
凛さんが叫ぶと、東司は構えていた刀をおろした。すると大蛇は煙のように消えた。
しかし虎は興奮した様子で、まだそこにいる。
グルルルル…
「炎虎!戻って!」
日々希が刀で操ろうとするが、虎はゆっくりと振り向き、日々希に向かって吠えた。
ガオォォォ!
鳴き声だけで屋敷が揺れ、芽吹いたばかりの枝葉が飛び散った!
「ひいぃぃぃ、凛さん虎が……」
「日々希は強いんだがな、まだ虎を完全に操ることが出来ないんだ…」
虎が日々希に襲いかかろうとしている!
「そろそろ危ないな、強制帰喚させるか!」
凛さんは日々希に向かって叫んだ
「日々希、刀をしまえ!」
慌てて刀を鞘におさめる日々希
すると虎は跡形もなく消え去った。
「はぁ、お師匠様すみません…」
「日々希、もう少し鍛錬が必要だな。」
「お師匠様、これは僕の勝ちですよね!」
「東司はもっと白蛇の力を引き出さないとな。」
少しシュンとした2人に凛さんは手をパンッと叩き、次の指示をだした。
「さぁ、午前の稽古はおしまい、ひるげの用意を!」
「はい、お師匠様!」
二人が去ったあと、凛さんが話しかけてきた。
「これが妖刀使い、驚いたかい?」
来花は開いた口が塞がらなかった…
「なんだべこれ…、す、すげぇだ…」
あやかしの大きさや闘う迫力も凄かったが、何より来花よりも歳下のおなごが、あやかしを操っていたことが衝撃だった。
「妖刀使いとはね…」
凛さんが妖刀使いのことを話してくれた。
妖刀とは妖魔が宿る刀のこと、その妖刀から妖魔を召喚、具現化し操るのが妖刀使い。
あやかしは普通の刀では切れない、妖刀でないと切れないんだ。
私たち妖刀使いは剣士ではないから、妖刀を奮って闘ったりしない。
妖刀から召喚した妖魔を操り、人々を苦しめるあやかしを退治するのさ。
あの子達は私の弟子、私は依頼を受けて全国のあやかしを退治している。
「あやかしを…退治…」
「あぁそうだ。」
「凛さんおなごなのにすげぇだ…」
「妖刀使いは剣士と言うよりは祈祷師に近いかもな、刀で妖魔を操るが、基本的に剣士ほど腕力は必要ない。」
あやかしは普通の刀じゃ切れねぇのか!
あたいの包丁では湖の主は退治できなかったんだ!妖刀じゃねぇと退治できねぇんだ!
なら…
「凛さん、お願げぇがあるだ!」
「来花突然なんだ?」
来花は縁側で凛さんに向かって土下座した。
「退治してもらいてぇあやかしがいるだ。」
「ほう…」
「どうしたら退治してもらえるだ?」
「そうだな…」
凛さんなら、きっと湖の主を退治できる!
「いくら用意できる?」
「え?」
「お金、来花はいくらなら用意できるの?」
「おかね…」
「私達はあやかし退治を生業にしてる、これで生計を立てているんだ。」
「い、いくら位…必要なんだべ…」
「あやかし退治は命がけだからね、闘って命を落としてしまうこともあるんだ、決して安くはないよ、だいたい相場は五百円〈現在の約一千万円〉くらいだ。」
「そんなに…」
来花はお金のことは良く分からなかったが、まだ14歳の来花にも、途方もない金額ということは分かった。
そしてもちろん来花は一文無しだ…
『村に帰って領主様に相談するべか…、いや、そもそも村に五百円もの大金があるかわかんねぇ、それに今帰ったら、またすぐに贄にされるかもしんねぇ…』
その頃は女性が働いて稼ぐ、という発想すら無かった時代だが、それでも…
「ここで…」
「なんだ来花?」
「ここで働くだ、奉公するだ、だからそのお給金を貯めて…」
「奉公か…そうか、よほど退治したいんだな。」
「あぁ、退治してぇんだ!」
でねぇと三年後には妹のチヨの番だ…
いや、あたいが贄になってないんだから、湖の主が怒って村に災いが起こるかもしんねぇ。
そしたら村人が何人も死ぬかもしんねぇ。
そしたらまたすぐに儀式をするかもしんねぇ。
一刻の猶予もねぇだ…
「奉公してもらってもいいが、それだと貯めるのに何十年もかかってしまうよ?」
「何十年も?」
「そう、二十年とか三十年とか…」
「そ、そんなに……」
「それより早い方法がある。」
「どうすればいいだ?」
「君が退治すればいい。」
「………へ?」
「君が私の弟子になって修行し、妖刀使いになって退治すればいい。」
「あたいが?妖刀使いに?そんなことできるだか?」
「退治したいあやかしがどんな物か知らないが、まぁ真面目に修行すれば十年で一人前だ。」
「じゅ…十年!」
それでも十年…
「君を助けたのも何かの縁だ、修行するなら衣食住の面倒はみよう。どうするかは自分で考えて決めなさい。」
「………」
「まぁ修行と言っても今は妖刀が無いから、すぐってわけにはいかないがな。」
妖刀がない?
「あの刀は妖刀じゃねぇのか?あまってねぇのか?」
来花は床の間に飾ってある刀を指さした。
「あぁ、あれは龍が宿る妖刀『龍輝丸』と先代から聞いているんだが…」
「妖刀あるでねぇか、凛さん使うだか?あまってねぇのか…」
「いや、あれはダメなんだ…」
「なにがだ?」
「誰がやっても、先代でも妖魔を召喚出来なかったんだ…」
「え、凛さんでもか?」
「あぁ、私でもダメだった。」
夜、布団の中で来花は考えていた。
「しかしあの日々希っておなご、まだ小せぇのに強かっただなぁ…凛さんは、あたいでも修行すれば妖刀使いになれるって言ってただ。」
「でも奉公も修行も時間がかかりすぎるだ。すぐにでも主を退治しねぇと、村が、チヨが危ねぇだ。」
「すぐに戻ってあたいがもう一度巫女になれば、三年間は災いは起こらねぇはずだ。」
「退治する方法が見つかったんだから、何とか退治してぇが…」
「最悪の時は、あたいが巫女になればえぇ…」
『おい、聞こえるか?』
「とにかく何とかして、はやぐ退治する方法を考えて…」
『俺様の声が聞こえないのか?』
「なんだべ!だれだ?」
屋敷に他に誰か、男がいるんだべか?
そう言えば昨日も声が聞こえた気がしただ。
『おー、やっぱり聞こえてるんじゃねぇか!』
「だれだ?どこにいるだ!」
『ここだここ、』
声のする方を向くと、そこは床の間…
『そうだ、ここだ。』
そこには刀が、妖刀龍輝丸が飾られている…
『やっと俺様の声が聞こえるヤツが来たか。』
「刀が…喋ってる?」
『そうだ、お前は今日から俺様の相棒だ!』
つづく
喋る妖刀「龍輝丸」
来花にだけ声が聞こえるその声は、突然「相棒」と言ってきた!
さて、その正体は?




