私と魔法少女のカフェ
街を散策しながら、魔女や人間の研究を続ける。これが正しい、みたいな回答が見つかったりしているわけではないけれど、心は充実している。街を歩いているだけで、色んな刺激を味わうことができるから、それが素直にありがたい。
公園を横切るタイミング。ふと、時計を見るとあることに気が付いた。
「そういえば、そろそろお腹が空いてきたかも」
現在の時刻はお昼ちょっとすぎくらい。午前中にてきぱき動いていたから、気が付かなかったけど、少しお腹が空いてきている。
「流石に甘いものだけ食べてお昼っていうのはやりたくないし」
さっき買った小さめなチェロスを口にしながら、考える。
「……美味しい」
香りに釣られて購入してしまったチェロスも普段は味わえない味だ。
砂糖が暴力的なまでにいっぱいあるから重さを感じる。揚げパンを味わっている感覚に近いけれど、一般的なものより甘さが濃い。
『へっ、お前を甘さの世界に送り込んでやるぜ!』
……そんな台詞を呟いてきてそうなくらい攻撃性が強い。私は好きだけど、甘すぎるのは苦手、という人が出てきても仕方がないくらい、甘い。
「そろそろ自重しておかないと」
太るとか太らないとか、そういう話は別にして、そろそろ甘いものでお腹を満たすのはやめようと思った。
三食、朝昼晩とリズムよく食べる時間を作るのは大切なはずだ。魔女の中には、適当でいいと考えているのも多いけど、私はそうは思わない。朝を味わう楽しみ、お昼の喜び、夕食の期待を蔑ろにしてしまうのはもったいない。しっかりお昼は、お昼ご飯、といったように時間を確保しておきたいのだ。
「食べるとしたら、そんなに重くなくて、美味しそうなもの……うーん、パスタとかスパゲッティみたいなものが良さそう」
適度にさっぱりとしたものならば、それなりに甘いものを食べたあとの私でもにしっかり食べられそうだし、ちょうどよさそうだ。パスタにも色々種類があるけど、クリーム系のものでもなければそこまで負担にはならないだろう。
次は場所の目星をつける。
漠然と探していても時間が過ぎ去ってしまうだけだし、ここは簡潔に決める。
「パスタみたいなものが食べられる場所といったらレストランか、カフェになるよね」
どちらも魅力的な響き。
だけど、街までやってきたのだから、カフェに行きたいという気持ちが私の中では強かった。理由は、なんとなくお洒落そうというもの。レストランも素敵だけど、今日はカフェの気分だ。
「そうなるとカフェを探したくなるわけだけど……どこか、近場にあるかな?」
食べ終わったチェロスの包み紙を公園のゴミ箱に捨て、街の地図を開く。
こうして地図を改めて見つめると、わからなかった部分もなんとなくだけど分かってくる。自分の足で歩いた場所は、それとなくだけれどもイメージできるようになるのだ。こういう進歩を感じられると嬉しい気持ちになる。
「っと、そうじゃなくて。カフェを探さないと」
別のことに気持ちが向いてしまうと、すぐにそっちに意識が行ってしまう。
これまでの振り返りをするにはまだ早い。
気持ちを切り替えて、地図の情報を確認する。
そうして探していると、良さそうなカフェ地図上に発見することができた。そんなに距離も遠くなさそうだ。
指でなぞって、お店の詳細情報を調べてみる。
「魔法少女コラボ中のカフェ、です……?」
広告として派手にそう掲載されている。
お店そのものの特徴はおおらかな雰囲気を意識しているカフェらしい。
『貴女の魔法好きをもっと好きにさせてくれる!』
……というキャッチコピーを掲げていて、スタッフに魔法関連の話題を話したりすると、気軽に返答してくれるらしい。なんとも興味深い。
それにしても魔法少女。さっきぶりの出会いというべきだろうか。素敵な響きであると同時に、ちょっと心配にもなる。
「私が顔を覗かせてみてもいいのかな……」
知識もそんなにない存在が顔を覗かせていいものか、文字を確認しながら思う。
魅力的ではある。だけど、心配。足を踏み入れていいのかどうかわからない。
興味はある、だけど、悩む。難しい心境だ。
指でなぞりながら現在地とカフェの距離を再確認する。
……遠くない。すぐいける距離。すごく悩ましい。
「……よく見ると、このコラボしてるっていうキャラクター、さっきやってたのっぽい?」
アニメとコラボしているのだろう。広告に書いてあるキャラクターには確かに見覚えがあった。
偶然だとしても、これはなかなか面白い縁なのではないか。魔法少女を知るきっかけになった映像と、お昼に食べに行こうとしているカフェがコラボしているなんて。
「よし、行ってみようか」
こうした類の偶然はきっと幸運をもたらしてくれる。なんとなくだけど、そう感じた。だから私は行くことを決意した。
地図を確認しながら前進。好奇心はいくらあっても困るものではない。新しい刺激を得られるきっかけになるのだ。
「パスタを食べて、魔法少女のことも知って……あとはカフェだし、ココアでも頼もうかな」
目的はいっぱい。
しっかり美味しいものを食べるのも、新しい知識を得ることも、全部が大切だ。
コラボしているカフェなんて行ったことがないから、内心緊張している。けれどわくわくもしている。
どうなるか期待を寄せながら、私は魔法少女のコラボをしているカフェまで足を運んでいった。
「ここ、だよね」
足を止めて、それなりの大きさの建物を見つめる。
地図を見ながら移動していたのもあって、しっかり到着できていたか心配だったけれど、看板などから情報を確認してみると問題なさそうだ。
道中、甘い食べ物の誘惑がいくつかあったけれど、断ち切って到達できただけでも一安心だ。
「それにしても大胆な装飾……」
ガラス越しに見える店内を確認して、びっくりする。
魔法少女とコラボしているといっているのも頷けるくらい、装飾が凝っているのだ。
まず、装飾品として魔法陣や魔術書を意識した模様が施されていて、ミステリアスな魔法世界を表現している。てきぱき動いている店員の服装も魔法に関係してそうなものが多い。三角帽、黒いローブ。ほうきのアクセサリーを付けた店員が手持ちサイズの鍋を運んでいる。そんな魔女っぽい服装の店員もいれば、煌びやかな宝石を胸元に付け、可愛らしいフリフリのスカートが良く目立つ店員もいる。……さっきやっていたアニメの魔法少女もあんな感じの衣装だったから、あの店員がコラボを意識している装いということになるのだろうか。
「第一印象は魔女図書館に似てるけど……」
どこかが違う。ぼんやりと見つめながらそう感じた。
違う部分は、このカフェのほうが清潔感があることと、魔女じゃなくて人間がいることだろうか。ミステリアスな空気感ではあっても、どこかほんわかとした空気もこちらのカフェからは感じられる。
……食べる場所をここに決めて正解だったなとは感じた。研究にしても、食事にしても、私好みな雰囲気だ。
「パスタ、なにを食べようかな」
魔法少女カフェを外から眺めているだけでは、なにも始まらない。
さっそくカフェの入口の近くまで歩いてみたら、魔女の衣装を着た店員さんに声をかけられた。
「待て待て待つのじゃ! お主……わかっておらんのぉ」
「わかってないって……何が?」
「ふむ、その様子じゃと、思い当たりはないようじゃな」
身長は私よりも小さいけれど、雰囲気はどこか渋さを感じる。喋り方が原因だろうか。
「おぬしがわかっていないのは服装じゃよ! ここのカフェはイメージが大切なのじゃ。そんな、一般人じみた服装で入ると逆に目立ってしまうぞ!」
「服装ですか」
「そうじゃ。ここは魔法を意識しているカフェ。それなりに場にあった衣装でないと、違和感が出てきてしまうもの。フォーマルな場に私服でやってくるというのはちょっと違和感があるじゃろ?」
「確かに、一理あるかも……」
店員さんの言葉を受け止めて頷く。
場に即した衣装というのはあるものだ。洋風のこってりしたレストランで和風の服を着ていたら違和感があるように、服を整えるのは大切かもしれない。
それとなく今の自分の恰好を確認する。確かに魔法的ではない。ただの人間か何かと思われても仕方がないだろう。指摘されるのもやむなし、といったところだ。
「もしおぬしがそのままで入るのならそれはそれでよし。ただ、衣装をお店側で用意したものに着替えさせることもできるぞ」
「そんな便利なサービスが」
「雰囲気作りの一環じゃよ。いいものじゃろ?」
「服が汚れたりとか、そういう心配はあるけど……」
「よっぽど酷い汚れを出さないかぎりは気にしなくていい。そんなに白い衣装は用意おらんし、レンタル用の衣装はそこまで高価な素材は使っておらん」
「気軽に使っていいと」
「そうなる。さぁ、どうする? そのまま入るか、それとも着替えるか」
かっかっかと笑いながら会話を楽しむように店員さんが言葉を繋げる。
衣装合わせもカフェのサービスとして取り込んでいる。こういうことをすると、ちょっと食事にたどり着けるまでの時間が長引いてしまいそうな気もするけど、服装を指摘してくるカフェがあってもいいと思う。少なくとも、私は好きだ。なんていうか、雰囲気を大切にしているというのが感じられて。
「ええと、大体レンタル費用はどれくらいなんですか?」
「これくらいじゃ。……悪くないじゃろ?」
おおよそ外食一回分くらいの値段を提示されて、考える。
なるほど、よく出来ているし、いい商売をしている。
セールス精神も気合が入ってるし、潔さも感じる。
この店員も雰囲気がある魔女を演じていて、それを見ている私自身も楽しい気持ちになっていく。
……よし、決めた。
「衣装を着替えられるということは、更衣室みたいな場所はあるんですよね」
「おぉ、あるぞ。それがどうかしたか?」
「衣装はこちらで用意して、それで着替えるというのは可能ですか?」
「勿論よいぞ。ただ、ちゃんと着替えたことは確認しておきたいがそれは構わないか?」
「それも大丈夫です。私なりに衣装を用意してみます」
服は借りない。でも、着替える。この方向性でいこう。
更衣室みたいな場所があるなら、私なりのやり方で衣装は用意できるのだ。
「それならよし! ……ところで今、衣装は持っているのか?」
「心配ないですよ。とっておきの魔法がありますからっ」
敬語を崩さないまま、笑顔でそう言葉にする。
なんだかちょっと雰囲気が出ているかもしれない。我ながらそう思う。
「ほう、その言葉、偽りないな?」
「魔法には自信がありますので」
ちょっとしたジョークとして伝わればいい。
そう思って微笑んでみた。
「ならばよしっ! ではさっそく案内してやるぞ!」
私の様子を見て、店員さんは即決で判断してくれた。
弾む会話の雰囲気がいい感じになった影響か、店員さんの声も高らかなものになっているのも嬉しいところ。
「ありがとうございます。……いまさらですけど、その口調、可愛らしいですね」
「そう褒めるな! ……照れてしまうではないか」
そういって店員さんは頬を赤くして、顔を背けた。
なんだかちょっとキャラを無理している感じにほっこりする。店員はむすーっとした顔になっているが、特に悪い雰囲気ではない。
「更衣室は店の中にある。儂についてくるがよい」
儂。なかなかに面白い口調だ。
そういう風に喋る魔女は実際にいるのか気になるくらい。
走り書きで、メモに書き留めておいてもいいかもしれない。
『なのじゃとか、儂と言う魔女は実在するのか』
「何をぼーっとしておる! 置いていくぞ!」
「あ、すみません。今、行きますね」
もしかしたら、日常からそんな言葉使いをしている魔女もいるかもしれない。
私にはそんなにまだ知らないことが多い。私なりのペースで見つければいいと、歩きながら考えた。
辿り着いた更衣室の内装は真っ白だった。強いて言うなら白いカーテンで隠したりする調整出来る大きな鏡が四面にあるくらいだろうか。更衣室といってたから、洋服のお店にあるものを想像していたけど、予想とは大きく異なっていたみたいだ。
「スタッフさんも使ったりするらしいから、しっかりしてるのかな」
部屋の大きさそのものは洋服屋さんの更衣室に近い。けれど、衣装の乱れなどを確認するためか、内装はかなり機能重視な印象だ。
しっかりしたコスチュームを身に着けて接客するという行為そのものに対する気合を部屋そのものから感じるくらい。
私を案内してくれた店員さんは更衣室の前で待っているらしい。接客の時間はちょうど交代の時刻だったみたいだ。
この部屋にいるのは私だけだけれども、待たせてしまうのもよくないだろう。
「それっぽい服装の服、用意していこう」
鏡に映った自分の衣装を着替える前に再確認。
このパーカーを使った地味めな服も好きだった。魔女らしさというこってりした空気感から解放されてちょっとした自由も感じられるから。
けれど、魔法を扱うものっぽくない衣装と言われたらそれはそれで仕方がないのかもしれない。今の私の服装は良くも悪くも、日常を楽しむ服装なのだから。
「あんまり使わない呪文だから、成功するかな。ええっと……」
魔女図書館にある私の『自室』に意識を傾ける。
自分の持ち物を取り寄せる、古典的な魔女の呪文を唱える為に。
持ってくるものは私の魔女としての普段着。しっかりとしたバランスの取れた服装。
……問題ない、ちゃんとイメージできた。
魔力を解き放って、呪文として言葉にする。
「マジカル・テレポーション!」
その言葉で、私の目の前に魔女としての私が普段着として使っている服装がそれぞれ畳まれた形で現れた。厳密に言えば、魔女図書館にある私用のクローゼットから持ってきただけなのだけれども。
「よしっと。うまくいったみたい」
衣装の調子がおかしくなっていないかを持ち上げて確認していく。
支障なし。転移の影響で破けたみたいな事態も発生してなかった。
マジカル・テレポーションとは、魔女の呪文の中でもかなり古典的な呪文である。昔話で登場するような魔女が都合よくアイテムを持っているという現象は、この呪文があるからという説明もできるくらい。
この呪文でやっていることはとてもシンプルで、魔女図書館のプライベートルームである『自室』から荷物を転移している。やろうと思えば、自室に荷物を転送するこだってできる。魔女図書館で生活していて、買い物好きだったり魔女がそういう使い方をしていることが多い。
「覗かれてたりしたら、ちょっと不安だけどね」
魔女の世界では日常的な技術のひとつとして認識されているけど、人間の世界でも同じような呪文があるということはないはず。だから、こうして物を移動させている瞬間を見られたら何を言われるかは正直なところわからない。
「まぁ、あの店員さんなら、気にしたりはしないかな」
意識しすぎてなにも行動できなくなるのはよくない。
その時はその時、みたいに割り切るのが大切だろう。
「……まさか着替えることになるなんて思わなかったな」
今着ている服や靴下を脱ぎ、丁寧に畳んでもう一度呪文を唱えて、衣類を『自室』に送る。衣服を洗ったりすることについては後々考える。
……流石に下着まで変える必要はないだろう。見せるなんてことは考えてないし、そんな変なものを着ているわけでもない。
「……ちょっと露出が多い魔女って案外多いけど、どうしてそんなことしてるんだが」
服を着るのが面倒で、ほぼ下着のような姿で歩いていると話していた魔女を見かけたことがある。正直、私にはどうしてそうしているのかわからない。面倒でも、他者の前で肌を晒しすぎるのはあんまりよくない気がする。不真面目な印象とか、ちょっと不健全な雰囲気を与えそうで。
「っと、こんな姿のまま考え事してたら体調を悪くしちゃう」
それなりに部屋の温度は調整されているけど、下着姿で過ごせるような温度ではない。さっさと着替えないと。
「魔女としての私の普段着といえば、やっぱり大切なのはこれだよね」
三色、赤と青と黄色、みっつの飾りが付いたカチューシャを手に持ち、髪留めとして使う。髪が黒いのもあって、こういうところでちょっと目立たせないと魔女としてちょっと物足りない。
「さて、さっくり着替えてみよう」
私の魔女として活動している時の普段着も、それなりにシンプルだ。
首元が黒いだけの白いブラウスに、赤いスカート。そんなわかりやすい服装。
スカート丈は気分によって切り替えているものの、今日は短めなものを選んだ。こういう活気がある場所なら、活動的な印象を与えた方がいいかもしれないし。
ソックスの色も白。若干長めで、二―ソックスくらいのものを用意した。
靴はローファー。ささっと着替えて、魔女としての私が整っていく。
「……もう少し派手にしてもよかったのかな」
鏡を見て、確認する。
さっきの地味さとは異なる、素直な印象が感じられる。
頭のカチューシャもそれとなく存在感を出している。
けど、何かが足りない。
なんていうか、物足りないような印象がある。
くるっと、スカートを抑えながら容姿を再確認する。
カチューシャ問題なし、ブラウスも汚れてない。
普段使いしているスカートもしっかりと端の方が白くなっていて、雰囲気はばっちり。ソックスについても問題ない。
「うーん、何かを忘れている気がする。」
胸に手を当てて考える。
胸元の何かが足りていない。
胸が足りない、なんてことはない。いや、大きい人からしてみたら物足りないかもしれないけど、小さすぎるはずはない。普通くらいはある。きっと。多分。
「そうじゃないそうじゃない」
首を振って自分に対して突っ込みを加える。
足りないのはわかる。でも、ピントこない。
考える。
色が足りない気がした。
五色ある何か、物ががないような……
「あっ、そっか。ブローチがなかったんだ」
さっきの呪文で持ってくるのを忘れていたみたいだ。
私という魔女の印象を引き出させる大切なものなのにすっぽ抜けていた。
「もう一度……マジカル・テレポーションっと」
わざわざ外で繰り返し使うという事態が珍しいなと思いながら、呪文を唱える。
私の部屋から送られてきたのは、五つの色をした綺麗な石が散りばめられたブローチ。
そう、これが大切だ。
「これがないと、私っていう魔女らしさが抜けちゃうんだよね」
胸元にちょうど添えられるような位置でブローチを身に着ける。
私のブローチは五つの色をした石が星のような形で並んでいる。
上が紫で右は水色。左が黄色になっていて、
左下が赤くて、右下が橙色。
色とりどりの色をしているこのブローチは特に私のお気に入りで、魔女としてしっかり頑張ろうと思った時なんかはお守りのように持参している。
「よしよし、これで今度こそ完璧っ」
鏡に対してちょっとだけ誇らしげな表情を向ける。
服装に関しては違和感まったくなし。
ちょっと魔法っぽい要素は弱めなのかもしれないけれど、私ができる私らしい魔法に向き合うファッションだ。この衣装には自信がある。
「もっとゴシック風なものの方が魔女っぽいかもしれないけど……」
それを着た私が魔女だっていうのはそれはそれで違う気がする。
服装に雰囲気を引っ張られてしまって、自分を失ってしまうのはなんだかよくない気がする。
服を選んで着こなしていくという行程には、自分も負けないようにばっちり目立つようにするというのはあるだろう。キャラクターのコスチュームに着替えるというわけでもなければ、自分らしさというのは引き出していいと思う。コスチュームプレイ。衣装を遊ぶというのはそういうことなはずだ。
「……もっと服のことについて話せる友達とか、増やしたいな」
私の言葉を受け止めて、返答してくれる相手がいたらどれだけ楽しいか。
衣装合わせとか、お話できる存在がいてくれたらもっと色んな見解を探し当てられるような気もする。
もっと話上手になりたい。
私らしく、まっすぐとした姿勢でお話して、いつか友達を増やす。
「その為に、気合入れていこっとっ」
いつかを今にできるようにするのは、自分の気持ちだ。
魔女として、私として、今はこの衣装で前向きに向き合っていこう。
鏡に映っている私の表情は気合に満ちていた。
「おぉ! 見違えたのぉ! 服は自前のものか!」
更衣室を抜けて、お店の入り口に戻ると、さっきの店員さんが目を輝かせて私を見つめてきた。
「はいっ、魔法の力でばっちり変えてきました」
嘘はいっていない。
これくらいの返答の方が雰囲気が出るかもと思いながら、ちょっと微笑みながらそう答えてみる。
「なるほどなぁ、変身してきたってわけかぁ」
「変身……?」
ピンとこない言葉だったので、つい首を傾げてしまった。
直感的に反応してしまったから、対応するより先に疑問が出てきてしまった。
「ほよ、変身して魔法少女になったわけではないのか?」
「ええと、変身ではないかもですが、私は生まれつき魔法の力を使えるような、そんな存在なので……」
疑問が頭にちらついてしまって、言葉がたどたどしくなってしまう。アドリブにしてはよくない感じ。これでは大根役者だ。
「でも、しっかり変わってきたのは事実です! そういう意味では変身といっても差し支えないかと思います、多分っ!」
困らせていないかちょっと心配になりながら、言葉を繋げて雰囲気を戻そうとしてみた。
大丈夫だろうか、不審に思われないだろうか。
自信満々に言葉にしてみたけど内心とても心配だ。
店員さんの次の言葉を待つ。
「なるほどのぉ、理解したよ」
「それならなによりで……」
「つまりお前さんは魔女っ娘というわけじゃな!」
「ま、まま、魔女っ!」
正体を看破されたように感じて、思わず動揺してしまった。
「隠しても無駄じゃぞ~? 儂にはよ~くわかる。魔法少女に憧れている魔女っ娘さんだってことが」
「そ、それは……」
演技も兼ねて相手は言っているものの、その内容が嘘ではないからこそ困る。
私自身、魔法少女に興味がある。
それに、魔女としてはまだまだ未熟者なので、魔女っ娘なんて評されてもおかしくないわけで。
……どう返答しよう。
「……なーんて、冗談じゃ。儂がずっと話していたらお昼が食べられなくなってしまうし、ここまでにしようじゃないか」
私が難しい表情をしていたからか、助け船を出してきた。
声のトーンも元通り。そこまで演技している様子ではない。
「ちょっと、返事に困ってしまいました」
「まぁ、儂も答えを急かすようなことを言ってしまったので、そこは反省じゃな」
何がともあれ、これ以上言及されることはなさそうなのでほっとした。
……ただ、ちょっとした気になる点は増えた。
「でも、少し質問してみてもいいですか?」
「ん? 構わんよ?」
「魔女っ娘って、魔女とはどう違うって考えますか?」
似たような言葉でも意味が違うなんてことはよくある。
だからこそ、聞いてみた。
「うーむ……魔女っ娘はおっちょこちょいな魔女っていう印象があるの。魔女見習いや魔法の勉強の為に別の世界からやってきた、みたいな……」
「魔法留学?」
「そうじゃな。一途な魔女っ娘が頑張るような話は儂としても結構好きじゃし、シンパシーを感じておる。それに、そういうお話に登場する魔女は一癖あっても面白い奴が多くて見てて飽きぬ」
「……それ、良さそうですね」
魔女が登場する作品で、色んな姿があるなんて面白そうだ。
少なくとも私に刺さるような気がする。
「そうじゃろ? 興味があったら昔の魔女っ娘のアニメを探したりするとよいぞ」
いい笑顔でそう言われると、後押しされているように思えて、素敵だ。
早速メモしておこう。
メモの位置は服を着替えた時に変えてあるけど、ささっと用意できる。
ふとした興味のきっかけはメモに残すに限るのだ。
『魔女っ娘アニメについて研究してみるのも楽しそう』
……これでよし。
新しい私の行動の指標が増えた。
「豆じゃのう、メモするのが好きなのかい?」
「はい、興味を惹かれるものはいつもメモしてます。趣味みたいなものです」
「いい趣味しとるな! 応援するぞ!」
「ありがとうございます」
店員は全身で喜びを表現していた。そこには演技など感じられず、素直さを覚えた。
私も嬉しくなり、笑顔で返答した。もっと頑張る気力が湧いてくる。
「さてと。この服装ならカフェに入っていいんですよね?」
「当然じゃ! 楽しんでいくがよいぞ!」
「そうさせてもらいます」
「いってらっしゃいなのじゃ!」
店員とのやりとりはすごい楽しい。けれども、食べないでいつまでも話しているわけにはいかない。そう思い、私はお店に入ることにした。
……さて、何を食べようか。パスタを食べる気ではいたけど、いざ店に入ると悩んてしまうかもしれない。この装いに相応しい服を食べるべきか、それとも食べたいものを食べるという選択を取るべきか。色々、悩ましい。
「……でも、喉が渇いたからお水とか、ココアも味わいたいかも」
一周回ってココアのことを考えた自分に対して苦笑いしそうになったけど、これも私らしいのかもしれない。
カフェに赴く。そんな時間が、ちょっとした冒険のようにも感じられた。