私の名前と魔法少女
カフェ内に入ったのはいい。店員さんに案内されて、椅子に座り、メニューを配られる。その流れもよかった。しかし、その後が問題だった。私にとって厄介な問題が降りかかってきたのだ。
「名前を、書いてください……?」
メニューに書かれていたその言葉を発見して、私は思わず腕組みをした。
「……名前、ないんだけど」
名前を気にする場面なんてなかったし、考えたこともなかった。
ニックネームをつけあって呼び合う仲の知り合いが存在しなかったのも原因かもしれないけれど、今の私には名前がない。
私という存在がここにいるだけだ。
「どうしよう……」
まさか、こんなところで躓くなんて想定してなかったから、頭を抱える。
名前を要求されるような行列がいっぱいなお店にはなるべく近寄ったりしてこなかったし、そういう場面に遭遇しないように意識して行動してきたツケがここに来て回ってきてしまったみたいだ。
「魔女だから名前がない、なんて言い訳もできないし」
小声でぼんやりと呟く。
私自身も当てはまるものの、魔女は基本的には名前を重要なものだと考えていない。おとぎ話の魔女のネーミングのパターンは『白雪姫の魔女』を代表とする『おとぎ話の名前+魔女』や、『お菓子の魔女』などの『方角やもの+魔女』といったものが非常に多い。
魔女図書館でも他の魔女を呼称したりするときはそういった、称号のような魔女として言われることが多い。私なんかは『人間に興味がある変わり者の魔女』とか言われている。
いままで私が街の名前とかを気にしていなかったのも、これが理由だ。名前に対して特別な意味を持つ、なんてことを考えてこなかったから。
「……名前かぁ」
せっかく座って、案内してもらって、やっぱり帰るなんてことはしたくない。
だから、もうこの場で私が名乗る名前をはっきりさせてしまった方がいいだろう。そう思い、一生懸命考える。
「えっと、コンフェイタル・リ・テイリア」
思いついた言葉を発してみる。これでは名前ではなく呪文だ。
まどろっこしいし呼びずらい。切り取って発音するのはちょっと大変。
これは違うだろう。別案を考察する。
「アから始まるのかどうだろう。アルデンテ、アルペジオ……」
思い浮かんだ言葉を並べては、なんだか変なちょっと違うという気持ちになる。
アルデンテなんて、お腹が空いているから考えてそうだし、アルペジオという言葉はこの前見た音楽関係の小説で偶然見かけて、妙に印象的だったから頭に残っていたワードだ。
「……でも、アルって響きは悪くないのかな」
名前としてはわかりやすくて、シンプルでいいのかもしれない。
存在するという『在る』といった意味も込められそうだし、わかりやすくて、呼びやすい名前だ。
『アル』は名前として確定する。これだけだと物足りないから、あともうちょっとだけアクセントがほしい。
「アル、アルファード、アルフィレット、アルフェルト、アルフォルト……」
区切らないとなんだか愛称がアル、みたいな感じになりそうだ。
ここは名前が『アル』という形になるようにいい感じに区切りたい。
でも、なるべくお洒落な印象も与えたいから調整する。難しいけど、不思議と頭が回っていく。
「区切るなら、点でやっちゃうのがいいよね。なんとなく『フィ』っていう響きがよかったから、それを使ってアル・フィアーとか……」
なかんか良さそうだ。
フィアーという言葉は恐れとか不安、心配なんて意味もあるけどそれを受け止めてこそ生きる、なんてのはなんだか名前としていいのかも。
在るという不安、自分の存在を知りたいもの。そんな私の名前として使う。きっと悪くないはずだ
……だけど、あと少しだけピンとこない。
なんだろう。しっくりくる言葉が欲しい。
キャラクターとか、アニメーターとか、そういった止める言葉が欲しい。
「……アル・フィアーター」
ぼんやりと呟いた言葉に、答えがあった。
そうだ、これだ。
間延びしないようにしながらもう一度、言葉にしよう。
「魔女、アル・フィアータ」
これだ。
これが、私の名前に相応しい。
存在することの不安を考えて、まっすぐ私らしさを見つめる魔女。それがアル・フィアータ。自分で考えた名前だけど、不思議としっくりくる。これが私の名前。私が名乗っていく新しい私。
「これからは自己紹介とかの時もそう名乗ろうっと」
名前を聞かれた時にはぐらかしたりしなくていいようになったのは嬉しいことだ。このお店で、自分に向き合えた時間ができたことに感謝したいくらい。
渡されたメニューのお客様の名前と書いてあったところに『アル・フィアータ』と記載して準備完了。心置きなく注文もできそうだ。
ウェイトレスの人に待たせないように心に決めておいたメニューを言葉にし、私は椅子に深く座って待つことにした。
「どういう味がするんだろ……」
私は頼んだメニューはパスタとアイスココアだ。パスタの種類は具体的に言えばペペロンチーノ。辛くてピリッとした味わいがたまらないパスタだ。山菜系を使ったものや、魚介類を使ったものなどバリエーションは豊富な方なパスタだけれど、今日私が注文したのは魚介類系のものだった。
食べ物そのものには好き嫌いはない。甘いものが好きなのは事実だけれど、どれもおいしく頂くのが私なりの食べ方だ。
「あ、いたいた。アル・フィアータちゃんであってる?」
「はい、大丈夫です」
「なら安心っ」
楽しみにしながら待っていたら、水兵服をフリフリにしたような服を着た店員が私のところにペペロンチーノを置いてきてくれた。あれも、魔法少女とカウントして良いのだろうか。
「ココアについては、食後って聞いてたからお冷持ってきたけどそっちも問題ない?」
「はい、大丈夫です」
「おけおけ。あっ、あと、食べ終わったら感想聞きたいけど、いいかな?」
「私以外にもお客さんがいるのでは?」
少し不安になって聞いてみた。
「ううん、一人に一人ずつ店員が対応してるから問題ないよ。今の時間は特にね」
「そうなんだ……」
そんな私の言葉に対して、いつものことといった様子で彼女は返答してきた。
……なんだかんだで大きいカフェだ。店員の数も余裕もあるのかもしれない。忙しそうな店員はぱっと見た感じ、いなかった。目の前の店員さんも自分のペースで仕事をしている様子だ。
「それなら感想を聞きに来ても問題ないですよ」
「了解っ、ありがとね」
頭を下げて、店員さんがお礼を言う。
直接会話できる機会は貴重だし、私もこういう時間は大切にしていたいと思った。
「じゃあ、邪魔にならないように少し戻ってるね。休憩がてら」
「わかりました」
私の心を察したのか、店員は私の近くからいったん離れていった。
食べることに集中できるのは、素直に嬉しい。
「さて、と」
食べることに意識を集中する。
もしかしたら目の色が変わったような印象を与えているかもしれない。それでもかまわない。食べるときは、目の前の食事に意識を向ける。ひとりで食べるときは、それくらいの気概があってもいい。
喋っていた自分を封印、そして心の中で静かに覚悟を決める。おいしいものを食べるときに重要なこと。それは、一点集中して味わうことだ。甘いスイーツを食べる時も、それを味わうと決意した後に食べると、美味しさが変化する。五感と精神を研ぎ澄ましてこそ、食べるという行為は輝くのだ。食事は対話。対話が食事。さぁ、味わおう。私なりの味覚で、しっかりと。
「頂きます」
魔法少女が、私という存在、魔女にむけて作ったパスタ。今回はペペロンチーノ。じっくり味わおう。フォークを手にとり、スプーンの上でぐるぐると巻く。巻き損ねることのないよう、集中して巻く。そして、巻いたパスタは、スプーンに入っているスープをこぼさないようにしながら、静かに、そして大胆に、口の中に入れる。
「……!」
声にならない感嘆の声が私の胸の中で響いた。
これは、研究された味だ。口の中にすっきりとした辛さを感じる。
どこか優しい雰囲気もありながら、丁寧に、強く伝わってくる辛さが広がっていく。
「もう一口……」
先ほどと同じ動作を繰り返し、パスタを口にする。
「…………!」
たまらない。
おいしい。
その声が言葉にならないほどの衝撃を、全身で感じた。
まず、スープとパスタの絡み具合が素晴らしい。スープが存在することによって、パスタが活きる。パスタが触感を与えることによってスープがうま味を引き出す。素晴らしい共生関係だ。
「次は」
ペペロンチーノに盛り付けられている魚介類に注目する。イカ、エビ、ほたて。一つ一つが輝きを発している。魔性の魅力。新鮮な輝きだ。
静かに、それを口にしてみる。しっとりとしていて、それでかつこってりとした味わい。口の中で咀嚼するほど味を引き出す魚介類のすべてが、私の頭の働きを冴えさせる。
「あったかいけど、くどくもない……さっぱりしていて、ゆったりとした味……」
スイーツを食べている時とは違う世界を、私は、今、感じ取っている。
これは、このパスタは、このペペロンチーノは長い歴史の中で精錬された熟練の料理だ。辛さという味覚を最大限までに研究して、魚介類という海の幸そのものの性質を理解して、ようやく辿り着ける極地。そこに私は立っている。歴史の立会人と化している。その大げさともいえるような感動が、私の全身を『美味しい』という世界に案内してくれている。
「伝統の味って感じで……このペペロンチーノ、素敵かもっ」
誰が、この伝統を文化として昇華させたのか。誘われた『美味の世界』の中で静かに考えることにした。
「満足した?」
「あ……はいっ! すごいおいしかったです!」
私が周囲に気を向けられる状態に戻ったのはペペロンチーノを持ち運んでくれた店員さんに声をかけられてからだった。
トランス状態か、と感じさせるくらい集中して食べていたらしく、声をかけるのも難しかったらしい。
私が落ち着いてきたタイミングで話しかけて、ちょうど元通りになった、といった状況か。
「あまりにも美味しすぎて……頭空っぽになっちゃいました」
「いやー、あんなに真剣に食べたお客さん、始めてみたよ!」
「食べ物には目がなくて、どうにも自分が止められないんですよ」
声を掛けられるまで、意識が飛んでいたのもあって、なんだか気恥ずかしい。
目を逸らしながら返答していく。
「随分グルメな魔女ちゃんだねっ!」
その一言に一瞬びくっとしたが、魔女といったのは服装から判断してのことだろう。外の特徴的な喋り方をしていた店員さんもそんな感じだったし。
「いやーっ、やっぱり料理を美味しそうに食べてくれるのって最高だね! こう……全身いっぱいでしっかり味わってくれるのをみると尚更そう思っちゃう!」
そう言葉にすると店員さんは私の前で跳ねるように喜んでいた。そんなに嬉しいのだろうか。
「貴女がこのペペロンチーノを作ったの?」
「そうそう! 具材の魚介類とか、私が獲ったし、パスタ自体も私が作ったのさ!」
「それはすごいなぁ」
一から作るという精神は尊敬する。正直かっこいい。
「……ん?」
でも、よく考えると変だ。魚介類を獲るとさらっと言っていたがこれはどういうことなのだろうか。海が近くにあるような潮風があるような街じゃないし、ここから獲ってくるのは無理がある。
そうなると、今の言葉に疑問が生じる。
「ちょっと待って。魚介類はどこで獲ったの?」
気になったら質問だ。
口調が敬語じゃなくなってることには言葉が出てから気が付いた。
「綺麗な海でだよ?」
「具体的には?」
「うーん、説明はできるとは思うけど、詳しくない人相手だと海の真ん中あたりとした表現しにくいんだよね」
「それってどういう……」
「大体船がよく通るような場所だね。あっ、もちろん許可は貰ってるし密航とかにはなってないから大丈夫。ちゃんと報告とかもしてるからね」
海で獲ったというのは事実らしく、自信満々に言っている。しかし、なんだか納得できない。船で漁業するんだったら、料理するのと漁業するのを一緒にやってることになるし、そうなると労働量は尋常なものになる。
「獲って、作ったであってる?」
「当然!」
きらきらしている瞳を見ると、嘘を言っているようには見えない。
事実を言っていることは間違いなさそうだ。
「どうやって?」
「え? 魔法でだよ?」
……ん? 変なワードが聞こえた。
「魔法? 魔法って言った?」
「うん。魔法少女が魔法を使うのは得意分野だからね」
幻聴ではない。
さらっと言っているけど、魔法少女とか魔法とか、そういう言葉を口にしている。
「……魔法少女?」
「うん」
これは、カフェのサービス業の一環で魔法少女と言ってるのだろうか。自信満々に返答してくる店員を見て不安に感じる。
「魔女じゃなくて、魔法少女?」
「当然でしょ?」
「コスチュームじゃなくて?」
「もちろん、本当」
「ほかに魔法少女は結構いると」
「ここには多いかもね?」
「……ちょっと待って、理解が追い付かない」
「あれ、ひょっとしてアル・フィアータちゃんって……」
いきなり名前で呼ばれて驚いた。訂正してもらわないと。フルネームで話しかけられたりすると、なんだかくすぐったい。
なんとか気持ちを立て直し、敬語に戻せたから、そのままの口調を意識する。
「すみませんアルでお願いしていいですか?」
「あ、ごめん。アルちゃんって、もしかしてただの魔法少女オタクだったり?」
ただの、とはちょっと研究している人がかわいそうではないかと思ったが、返答しなくては。
「違いますよ」
「じゃあ、コスプレイヤー?」
「それも違います」
「変人?」
「違うって」
「魔法少女じゃないの?」
「厳密には違うけど、魔法を使う存在だというのは間違ってませんよ」
「じゃあ魔法使い!」
「違います、魔女です」
「なんだ魔女かぁ……って、え? 魔女さん?」
私が魔女だということを告げたら、今度は相手の方が驚いた表情になっていた。
……お互いに混乱状態に陥っている状況だろうか。私も魔法少女が実在したという事実を消化しきれてないけど、彼女も初めて遭遇した新事実に困惑しているところだろう。
「……とりあえず、色々すっきりしたいのでココアが欲しいです」
「ごめんごめん、今持ってくる」
店員がそそくさとココアの用意をしに走っていった。その動作にはどうにも落ち着きがない。
「……魔法少女かぁ」
本当に存在していたとは。空想上の存在じゃないかもしれないとは考えていたが、こんなタイミングで会うとは。運がいいのかもしれない。動いてみてよかった。そう感じた。
「じゃあ改めて自己紹介。このカフェで時々シェフも担当してる魔法少女のリフィー・シュアーっていうのが名前。気軽にリフィーって呼んでくれると嬉しいな」
ココアを持って来たあと、今さっきの店員が自己紹介してきた。話したくてうずうずしていたのか、目が輝いている。
「私のところにそのままいても大丈夫なんですか?」
「え? いい感じに人も少なくなってきたし、トークタイムみたいな状態になってるから気にしなくていいよ」
「わ、わかった」
向かい側にリフィーが笑顔で座っているけれど、業務に支障はないみたいだ。私が細かいことは考えないでいいだろう。
……改めて、彼女の容姿を確認してみる。水兵服なのはさっき確認したとおり。ただ、青髪のショートヘアが、さわやかな性格をより引き出しているのかもしれないなと感じた。よく見ると服だって、水兵服というよりセーラー服と表現した方がいいかもしれない。フレッシュな印象も感じさせて、海の世界に生きる学生さん、といった雰囲気を感じる。
「人の体じろじろ見て、なにかあったの?」
「いや、なんでもないです」
リフィーが訝しげに私を見つめてくる。深い意味はないのだけれども、この行動に不信感を持たれてしまうのは仕方ないのかもしれない。集中すると、周りが見えなくなってしまいがちなのは悪い癖だ。気を付けないと。
「とりあえず、よろしくお願いします、リフィー」
挨拶は大切なので、かしこまった形で頭を下げた。
「おっ、アルちゃんは人のことを呼び捨てにするんだね!」
「リフィーさんでもいいですけど……」
「いや、軽いほうが好きだから、全然いいよ! あと、敬語も使わなくっても問題なし!」
「……あ、敬語にしなくていいのは、少しありがたいかも」
お店とかの場合、しっかりした態度を取らないといけないなんて思っているのもあって、ついつい緊張してしまう。そんな都合もあって、敬語じゃなくていいと言われたのは助かった。
「そうだよね! ちょっと、ガチガチ感あったから気になってたんだよね」
「そんなに?」
「うん、ちょっと無理してるような感じで」
彼女も私がちょっと取り繕っていたような態度だったのがわかっていたみたいで、指摘してきていた。
なんとなく、ぼんやり話していて、リフィーはテンションが明るくて活発な印象が特徴的だと感じた。
言葉をぐいぐい引き出すのが上手、というべきだろうか。積極的な会話の中にも相手に配慮しているみたいなバランス感覚をもっていて、とても会話上手だ。
「にしてもアルちゃんって魔女なんだよね」
「うん、嘘偽りなく魔女だよ」
「驚いちゃったよね、まさか適当言ってたのが正解だったなんて」
「あれ、最初のは見た目だけだったの?」
「うん、魔法少女っぽい見た目でもあるけど、なーんか魔女っぽいオーラだったから……直感で魔女ちゃんって言ってた」
「随分なカン……」
「まぁ、接客もそれなりに続けてるからね。直感にはちょっとした自信があったり」
最初のは見た目からの判断だったのは事実だったみたいだ。爽やかに微笑んでいるリフィーからは言葉のまっすぐさを感じる。
……魔女っぽいオーラ、という不思議な観点で魔女だと言っていたのは驚愕を覚えたけれど、彼女らしさみたいなのの表れなのかもしれないと納得した。
「私も驚いた。まさか、魔法少女が本当に存在するなんてね」
「知らないお客さんからはよく言われたりするよ」
「普段からこういうことしてるの?」
「リップサービスで魔法って言うこともあるけど、教えてほしいっていう相手には教えてるかな」
「……あんまり秘匿的な感じはしないよね」
「あはは、そこはちょっと魔法っぽくはないかも」
リフィーが私の言葉を聞いて苦笑した。
「でもまぁ、ここは魔法少女カフェだからね。コラボ中とはいえさ」
「アニメとは関係なしに魔法少女カフェなの?」
「そうそう。魔法少女をモチーフにしたカフェなんだ」
「そういうカフェがあるんだ……」
「え? 結構多いよ? モチーフカフェ」
「どういうのがあるの?」
「うーん、メジャーなところだとメイドカフェだけど、吸血鬼さんのカフェとかスーツ姿のかっこいい人が接客とかしてるカフェなんかもあるね」
思っていた以上に種類が豊富だ。
なんていうか人間文化にそこまで触れてない私の知識が未熟なことに気が付かされる。それと一緒にわくわくする感情も膨れ上がってくるけれど。
「どれも面白そうかも」
「まぁ、流石に私みたいな本当の魔法少女が従業員ってパターンはそれなりにレアケースだとは思うけどね」
「そうだとしても、雰囲気作りとか全部気合入ってそうだから良さそうだなって思って」
「なるほどね。それなら、全部内装とかちゃんとしてるはずだし、おすすめしちゃうかなっ」
軽くあとでメモしてもいいかもしれない。
色んなカフェ巡りなんかしてみたりするのも楽しいかもしれないし。
「普段からリフィーはここで働いてるの?」
次は私から話していこう。
話がひと段落したと思ったので、話題を切り出した。
「まぁね。それとなく感覚で接客できちゃうくらいには長くいるかも」
「ベテランみたいな」
「大ベテランとかじゃないから、まだまだ未熟だけどね。試してない料理とかもいっぱいあるし、成長できるとも思ってるからっ」
「なんだかそういう向上心、いいかも」
「アルちゃんもそう思ってくれる?」
「次に繋げる為に研究を重ねたりするのって大切だからね」
リフィーの姿勢に共感を覚えたので、彼女の言葉に頷いた。
知っているからといってそこで踏みとどまるわけではなく、どんどん新しい道を切り開こうと頑張っていく。素敵な姿勢だ。私も参考にしていきたい。
「研究って言葉を日常使いしたりしてるのってちょっと珍しい印象あるけど、アルちゃんってもしかして結構インテリ系だったりするの?」
「どうだろう、インテリとは違う気がするかも。そこまで頭がいいってわけじゃないし、知りたいことの為に動き回ってるだけだから……」
「フィールドワークが好きとか」
「それはあるかな。自分の目で見るってことが重要って思ってるからね」
魔女図書館での生活だけでは見えてこないものもある。
だからこそ、私は動く。自分の感情と好奇心のままに。
百聞は一見に如かず。本を読むことも素敵なことだけど、見ることも大切。今日みたいな素敵な出会いもあるのだから。
「なるほどなるほど。なんだか魔女って言ってもおどろおどろしい感じがしないから雰囲気的にも斬新っ」
「そう?」
「まぁちょっと教えてもらってた魔女の雰囲気とは違うからね」
「教えてもらってた……?」
「あっ、ごめんごめん。気にしなくて大丈夫。アルちゃんはアルちゃんだからね」
「わ、わかった」
ちょっと気になる話だったけれど、本人が話を止めるのであれば無理に追いかける必要はないだろう。
とりあえず、別の話に切り替えて気分を変えてみようか。
「この魔法少女カフェって、本当の魔法少女もこのお店に来たりするの?」
「まぁね。一般の人が多いのは当然だけど、休憩場みたいな感じで気軽に使ったりする魔法少女もなかなかいたりする。そういった都合もあって、本当の魔法少女ちゃんがやってきたりすることはわりかし多いよ」
「魔法少女の日常的空間でもあると」
「そんなところ。まぁ、魔法少女であることを公言しないような子もいるけど、それはプライバシーがしっかりしてるって思ってるね」
「バレないようにしている魔法少女もいると」
「そうそう。噂じゃ、正体がバレたらお仕置きされちゃうっていうのもいるらしいし……」
「……結構色んな魔法少女がいるんだ」
「まぁ、十人十色ってやつだよね」
魔女にも色んな存在がいるけど、魔法少女も似たようなものか。
ちょっと親近感が沸いてくる。
「あぁ、あとね。今の時期になると魔法少女のお客さんが増えてる印象あるかも。多分これはコラボしてるアニメ補正だけど」
「増えるものなんだ」
普通は一般人みたいな人が増えるんじゃないか、と考えたがその解答はすぐに出してくれた。
「魔法少女のアニメ化って実際にいる魔法少女の間でも結構話題になったりするからね。どういうものかを知りたいっていう声も大きくなるから、続々やってくる。ちょっとそのアニメの魔法少女に触れられたら、自分も同じような存在になれるかも……なんて目を輝かせながらやってきてる子もいたりするね」
かなり言葉数が増えているけど、実際に見てきたから言える言葉というのもあるだろう。はきはきと言葉にするその姿には説得力があった。
「……コラボ効果って凄い」
「あと、あわよくばーっなんて思ってる子もいるかな。こういう場面でツテを作ればアニメに出られるかも、みたいに積極的に動いてる子もいたりね。アニメの中で魔法少女のモチーフになりたいってタイプの子は、特にそういうのがあったり」
「えっ、実在の魔法少女がアニメに登場することがあるの?」
「少なくはないよ? 契約とかで面倒事がなかったりするフリーな魔法少女がアニメに登場するっていうのはまぁまぁよくある話だし」
「なんだかすごい話……」
なんていうか、かなりこってりした話な気はするけれど、魔法が文化として受け入れられているというのは興味深い話だと思った。
アニメーションの中で活躍する魔法少女は、魔法少女であると同時に役者でもある。活動的なその姿からはエネルギーを感じずにはいられない。
「リフィーは自分が主役とかのアニメっていうのは憧れるの?」
「憧れるってよりは緊張しちゃうかも。ま、もしも仮にオファーが来たなら、全力で頑張っちゃうけどねっ!」
リフィーは少し流すように言葉を発していたけど。気になっている様子ではあった。なんていうか、やっぱり意識はしているのかもしれない。
「そういえばアルちゃん、ココアは飲まないの?」
「……あっ、話に夢中になってて忘れてた」
私がココアに気を向けずに話続けていたのは珍しい。
頭を悩ませるようなことがなかったし、頭をスッキリさせたいような場面がなかったからかもしれない。会話するという時間がとても楽しくて、気が付いていなかった。
「氷が溶けちゃって水っぽくなる前には口にした方がいいかも。これはスタッフさんからの助言っ」
「じゃあ、今飲んじゃおうかな」
水っぽくなってしまったら甘さが薄れてしまうのは事実だ。
リフィーにも指摘されたので、飲むのなら話にいったん区切りがついた、今のようなタイミングがちょうどいいのかもしれない。
そっとココアを口にする。
「おいしいっ」
「いい笑顔っ! こういうの見ると嬉しくなっちゃう」
「そんなに?」
「カフェのスタッフをやっているから、尚更ね」
心からの言葉に喜びを感じ合う。こういうのはなんだか心があったかい気持ちになるし、嬉しくなる。
……ココアの感想としては、いつも私が飲んでいるアイスココアよりさっぱり感があった。しっかりとしたココアパウダーを使っているというのは飲んでいて実感できた。
すっきりとした甘さが体中を包み込む。その感覚をじっくり堪能する。これはなかなか素敵な味だ。特に、氷の冷たさがうまくココアの甘さと調和して素敵なハーモニーを口の中で奏でている。くどくない甘さと、的確に伝わる美味しさがいい。とっても好印象だ。
「ところでアルちゃんって、食べるの好き?」
「好きだけど……どうして?」
「いや、表情に出るくらい美味しく食べてくれるから、気になっちゃって」
「おいしいものを食べると頭がしゃきってするし、頑張ろうって気持ちになれるから好きなんだよね」
「あっ、わかるかも。お昼に美味しいものを食べるとばっちり午後も頑張ろうって気持ちになれるよね」
「そういうこと」
いまのココアでいい感じに気持ちがリフレッシュできたので、再び会話に花を咲かせられそうだ。ちょっと気合を入れる為に、メモを取り出して、姿勢を整える。
「魔法少女のことについて、まだまだ色々教えてもらってもいい?」
「全然いいよ。知ってることなら、それとなくだけど教えるねっ。具体的にはどういうのが気になるの?」
「魔法少女のルーツ、というか魔法が使えるようになるまでの過程とかかな」
起源を考えたりするとなるとなかなかに難しいけれど、仮定とかなら教えて貰える気がする。
そう思いながら聞いてみた。
少しの悩んだ後、リフィーはしっかり答えてくれた。
「人それぞれっていうか魔法少女それぞれかな? 私自身は普通の人間から魔法少女になったんじゃないかって思ってるけど」
「自分のことなのにちょっと他人事っぽい言い方……」
「なんていうか、物心つくちょっと前くらいから魔法とか使えたりしてたからね。他の子とはちょっとだけ勝手が違うっぽい」
「普段から魔法が使えると」
「まぁ、そんなところ。ただ、アニメとか実際に会った子を見てるとこういうパターンって結構珍しいらしいんだけどね」
「珍しいって」
「魔法少女は変身するもの。一般的にはこっちの方が有名だからさ」
「変身……」
その言葉を受け止めて、メモ書き、そしてまるを付ける。
気になったワードはしっかり受け止めるべきだ。
元々の人間の姿と魔法少女の姿を使い分けているといった感じなんだろうか。
「そうそう、変身。人間から魔法少女の姿になるの」
「自分の使い分けみたいな」
「うーん、ちょっと違うかも」
「ええっと、魔法の力のコントロール調整とかそういう側面が強かったり、とか」
「それが多分正解に近いかな」
「ふむふむ」
「あとね、姿がこう……華やかになったりすることも多いね! 普段は黒髪な女の子が変身中だけはきらきらした金髪になったり、お店とかで再現しようとすると結構お金がかかりそうな服装もコスチュームとしてぱーって完成しちゃったり! 結構そういうのっていいよねって私は思ってる!」
言ってる本人が目を輝かせながらそう言っているのだから、かなり主張したい点なのだろう。追加でいくつか書き足しておく。
「……リフィーはそういうの、あったりするの?」
「ないよ」
「えっ」
きっぱり言われたので質問した私の方が驚いてしまった。
「だから羨ましいんだよねー、変身できる魔法少女。もちろん今の私のままコーデするのもすっごく楽しいんだけど、やっぱりこう……変身っていうのには憧れがあるからね、魔法少女としてっ」
言葉の端から端まで、羨ましいという感情が伝わってくるから相当だ。
魔法少女なのに、変身しない。そういう事実がもしかしたら彼女の中で気にしている部分なのかもしれない。
「あっ、ごめんごめん。ちょっと脱線しちゃってたかも」
ヒートアップしていたのを実感してか、少しおとなしい様子になっていた。
……なんていうか、本当に魔法少女が好きなのが伝わってくる。
「ううん。私もよく脱線とかするタイプだから大丈夫。変身と魔力のコントロールについて、続けてもいい?」
「いいよ! えっと……普段の暮らしの中で、下手に魔法を使うと危険だから、いざという時しか魔法が使えない、みたいな魔法少女は多いみたい」
「条件付きで魔法が使えるようになると」
「うん、それが変身の理屈。よく見かけたりする魔法少女は契約を結んでいるっていうことが多いかな」
「契約、やっぱりあるんだ」
「実際にやってる魔法少女はいるってことだよね。アニメだけじゃない」
精霊契約を行うというのは少し前に聞いていたのもあって、すんなり受け止めるっことができた。
……魔女だけじゃなく、人間にも契約を持ちかけたりしている精霊さんは、できるセールスマンみたいなところはあるかもしれない。内心、そう思った。
「素質がある子がよく精霊とかと契約を交わすって聞くね。流石に最近は色々取り決めも厳しくなってきたからか、アンフェアな交渉とか理不尽な要求はなくなってきてるらしいけど……まぁそれは別の話だよね」
「悪い交渉があったの?」
「アニメとかではあったりするね。現実だとどうだったかなぁ……最近は悪い噂を聞かないし、大丈夫だと思う」
悪習が続かないのはなによりだと思う。
魔法だって文化のひとつ。しっかりと良い方向に変えていくべきものなのだ。
「それにしても、魔法少女も歴史が長いんだね」
「そうそう。色々話を聞いたりすると楽しいよ」
「話していてもそう思う」
それとなくひと段落付いたと感じたので、メモに特に気になったことを括弧書きにして記入しておく。
『人間としての文化と、魔法少女としての文化。変身と魔法少女の関係性、変身しない魔法少女の研究』
これでよし。
研究したいものが増えることはいいことだ。
「なんだか、難しいこと書いてるんだね?」
「気になったことをメモしてるだけだから、結構書いてあることはシンプルだと思うけど……」
「見てもいい?」
「変なこととか書いてないし、いいよ」
「ありがとっ」
私のメモをリフィーに見せてみる。
「おぉ……」
ひとつひとつメモ帳のページを覗く度に、リフィーが感嘆の声をあげてたりしているのもあげる。
変なことは書いてないけど、色々反応されるのもあって、少しだけ照れてしまいそうだ。
「ネットゲーム関連の言葉、ものすごく羅列してあるね」
ふとしたタイミングで指が止まり、私がしっくりこなかった言葉が書かれたページにリフィーが注目していた。
「なんだかよくわからないことが多くって……」
「そうだよね、レベリングなんてそれこそゲーム用語みたいなものだし、SNSなんてソーシャルネットワークサービスの略称だから」
「バーチャルリアリティーについては雰囲気でまだわかったんだけど、それ以外はピンと来なかったし、今の言葉を聞いてもわからないかったかな……」
「まぁ、魔女が機械に詳しいっていうのもなんか妙だし、そういうもんだよね」
「そうなる」
さりげなく酷いことを言われた気がしたが、まぁ事実だなと思ったので頷く。
東京にあるテレビみたいな映像を映す機械などは魔女図書館には存在しない。だから詳しくないどころか知らないのだ。それっぽいモニターみたいなものは存在してるけど、俗に言う電子機器とは色々と勝手が違う。
「今度調べてみるといいかも。結構面白いよ」
「今、教えてくれるわけではないの?」
「話すのはいいんだけど、魔法少女の話からかーなーり脱線するから、教えないでおく。とりあえず、ガンガンレベルアップするのがレベリングで、SNSは遠くの人と気軽にお話しできるサービスって覚えてもらえばいいよ」
「わかった、ひとまずはそれで置いておくことにする」
リフィーが話を遠ざけようとしているあたり、これもなかなか歴史ある文化なのかもしれない。
ネットゲーム関連の言葉これもなかなか奥深い。調べるときに骨が折れそうだ。
「魔法少女の話に戻そっか」
「うん」
メモしようとしていた私の行動が気になって言ったセリフなのかもしれない。いかんな、情報の取捨選択は大切だ。ネットゲームのことを今は忘れよう。
「再開の前にもう少しココアを飲んでも」
「いいよ、私もお冷飲んでるね」
アイスココアを味わい、気持ちを切り替える。いつもしている私の気分転換だ。
「やっぱり、いいかも。美味しい」
「ココア飲んでる時、すごいキャラ変わるね、アルちゃんって」
「……気になる?」
「可愛いなって」
「そんなことないって」
「えー、そう?」
「あんまり言われ慣れてないから、なんだかくすぐったいかも」
「いいね、そういう反応。好きかも」
ストレートに可愛いと言われるとどう反応すればいいか困る。恥ずかしいのでリフィーの方から顔を背ける。
そもそも、私が言葉にして再確認するのにはそれなりの意味がある。可愛いと言われるためではないのだ。ココアの味を認識すると、より甘さを感じ取れるのだ。それによって、頭のリフレッシュも同時にできる。つまり、魔法少女のことに集中する頭へと瞬時に切り替えられるのだ。
「えっと……魔法少女って、どうやって変身できるの?」
恥ずかしいと感じていたことも気にならなくなるくらいに、ココアで気持ちを切り替えることができた。次は変身方法についてだ。
「うーん、又聞きくらいでしか話せないけど、現実だと特定のキーワードで変身するっていうのが多いかも」
「……なんだか親近感が沸くかも」
「えっ、魔女も変身できるの?」
「ううん、そっちじゃなくて、特定のキーワードを使うってところが呪文の使い方に似てるなって」
「開けゴマみたいな?」
「そんな感じ」
「似てる文化とかってあるんだ」
「ちょっと驚いたかも」
私も面白いなと思ったので、メモに書いておく。
変身するキーワードに魔女の呪文。面白そうな接点だ。
「リフィーはいつ魔法が使えるようになったの?」
「え? うーん……夢の中で貴女は魔法少女の力があるって言われて、次の日、気が付いたらできるようになってた、みたいな」
「結構アバウトなんだ」
「多分、それを見る前から魔法は使えてたと思うし、小さいころの記憶がちょっと曖昧なのもあって、アバウトになっちゃうんだよね。どうにも……」
そこはもう仕方がないといったところなので、わりきって話を聞くべきかと思った。魔女の生誕なんかも、記憶はぼんやりしてしまいがちだし。
「まぁ、どんな女の子でも魔法少女になれる可能性はあるみたいな話は聞いたことはあるし、男の人だって魔法使いのなり方はあるっていうのも耳にしたことはあるから、私だけが特別ってことはないと思うよ」
「魔法の素質は誰にでもあると」
「そういうこと。変身についてはちょっと特殊みたいだけどね」
「……お客さんの魔法少女には聞けないの?」
「それなりに聞いたことはあるよ? その話だと、マスコットキャラクターの契約によって能力が身についたとか、生まれつきとか色々な話があった。でも、固定化された変身方法っていうのはあんまりなかった。多種多様って感じにね」
「本当にいっぱいの魔法少女がいるんだ……」
「そういうこと」
生み出された役割などではなく、自由に増えていく存在、魔法少女。面白いけど不思議な存在だなと感じた。
「変身と言ったけど、姿や形は変わるの?」
「自分の望む姿になれるっていうのがよくある話らしいね。動きやすい、活動しやすい姿になるっていうのが一般的」
「体格とかも変えられる?」
「いけるいける。多分、子供みたいな容姿からちょっと大人っぽい見た目になるのとかもあるはず」
理想の変身象といったところか。
なんだか、ロマンチックな話なようにも感じる。
けど、ちょっとだけ気になってしまう。
「わざわざっていう感じがするけど……」
「えっ、そう? 大変身したいって思わない?」
「私はこのままでもいいけど」
「大人びたアルちゃんみたいなのにはなりたくないの?」
「大人びた……」
そう言って、ふと頭の中で思い浮かべる。
魔女図書館にいる大人びた魔女は意外と露出多めの服を着ていることが多い。
それこそ蠱惑的、というかなんていうか……魔性みたいな……
「……私にはレベルが高いかも」
「えっ、なに想像してたのっ?」
「ううん、大したことは考えてない」
「でも顔赤くなってるけど……」
「き、気にしないで。ちょっと変な考えが頭に浮かんだだけだから」
流石にあんな感じの私になるのはどうかと思う。
もっと変身するとしても、私としてしゃきっとそれらしい姿でいたいとは思っている。衣装替えをしたとしても。
「まぁ、とりあえず、それは置いておこっか。魔法少女になったら得意分野の魔法を特化して使えるようになることが多いね」
「得意分野……」
「そうそう。色々できちゃう子もいるけど、基本的にはできることを伸ばした方がいいってよく言われてる」
「リフィーの場合は、釣りの魔法?」
「残念、ちょっと違う。水の中にあるものをなんでも釣り上げられる魔法といった方が無難かな」
「ちょっと地味なような……」
「派手に言っちゃえば、泳いでいる世界中の綺麗な海の中から自分の知っているものをなんでも釣り上げられる魔法! 自画自賛にはなっちゃうけど、これ、結構凄い自信はあるんだよね」
「そ、そうなんだ」
どこでも釣りができる、みたいな魔法ではなかった。指定は細かいけれど、彼女の自信から察するに、色々できるのだろう。
「いやー便利なんだよね、これが。知っている相手が泳いでいるならなんだって釣ることができるし」
「ちょっとピンポイント?」
「いや、本命は鮮度完璧の魚類をそのまま食卓に用意ができること」
「それは凄いかもっ」
レストランで鮮度がばっちりのものを用意できるというのはそれだけで凄い。
時間がかからずに使えるなら猶更だ。
「呪文とかはいらないの?」
「いらないよ? 必要なの?」
「うぐ」
……古典的な呪文は、詠唱した方がいいという魔女のアイデンティティーにダメージが及ぶ一言だ。
なんていうか、詠唱しなくていい魔法とは羨ましい。私もそれくらいはできるようにしっかり成長したい。
「条件はどんなものなの?」
「水か汲めるものさえあればいつでも使えるかな。やろうと思えばコップを媒体に釣りすることもいける。まぁその場合だと、魚とかが傷みやすいし、下手するとコップが壊れちゃうからサイズには気をつけないといけないけどね」
「なるほど……具体的にどういう風に魔法を発動しているか、口で説明できる?」
「私の魔法で釣竿を作って、頭に魚介類を思い浮かべる。そして、水が汲んである場所に釣り堀を垂らすとあっという間に釣れるの」
……喋ったあと、「やっぱり普通に見せたほうが早いかも」とリフィーは釣竿を魔法で生成した。シンプルな見た目で釣りをするのにふさわしい見た目だ。ファンタジー要素より、実用性が強いといったところか。しかし、ある一点がないことに気が付いた。
「そういえばリールがないね?」
「必要ないから。魔法の釣竿からは逃げられないの」
「なんとも釣られる側からしたらおっかないものを」
「ま、見てなって。この釣竿をコップに垂らしてフィッシィングするからさ!」
「そういえば、客の目とかは大丈夫なの?」
「客の前で魔法を使う人多いから、多少は問題ないっしょ」
「それでいいのかなぁ」
魔法少女のカフェといってもアバウトではないだろうか。私の杞憂を尻目に、リフィーは細かいことを気にせず釣竿を手にしていた。
「良いってもんよ! んでもって、今取りたい魚は、シラス!」
シラスと宣言した瞬間、釣竿の大きさが変化した。小さい魚が取りやすい、指でつまめるサイズだ。
……この大きさだと魚の釣竿じゃなくて、ザリガニの釣竿のようにも見える。私はザリガニ釣りなんてやったことはないけど、本で見たことがある。
「あ、別に強度はサイズ変えても一緒よ? やろうと思えばクジラもこれで釣れるし」
「それに捕まったらクジラも驚愕しそうね」
「まー、そうでしょ。びっくりパワーだもん」
リフィーがコップの中に小さくなった釣竿を向けて、釣り堀を垂らす。
「んで、少し放置してみると」
一分もしないで、小サイズの釣竿はぐいぐい引っ張られていた。
「よし、かかった!」
「早くない?」
「魔法の釣竿は伊達じゃないからねっ」
特に駆け引きなどを楽しむ間もなく、シラスはひょいっと釣り上げられてしまった。特化した魔法の伊達じゃない凄さを垣間見た気がする。
「はい、シラスが釣れた。でも、今回は食べるわけじゃないから、元の海に戻すね」
「どうやって戻すの?」
「一回釣れた魚は、釣竿にくっつけたまま、水に触れさせれば……ほら」
コップの水に釣竿とシラスが触れた瞬間、あっという間にシラスの姿が消えた。おそらく元の海に戻っていったのだろう。
「っと、こんなもんかな。感想とかある?」
「魔法が空想を叶えるみたいな感じがあってなんだかすごいなぁって思ったかな」
用意が楽で魚が簡単に釣れる。なんというかうらやましい魔法だ。そういう魔法は魔女図書館には基本的には存在しないので、驚きも感じる。
そんな、いいなぁと感じる私の姿を見て、何故かリフィーは首を傾げていた。
「不思議そうな顔だけど、なにか気になること言っちゃった?」
「ううん、魔法って実現させる力、みたいなところ強いんじゃないかなって思って」
「便利なのは事実だけど……魔女の間だとちょっと扱いが違うんだよね」
「違うの?」
「うん、家電製品の代わりの蛍光灯とか、そういうのが多いかな。直接これがしたい、っていうのを叶えさせる呪文や魔法みたいなものって案外少ないから……」
「ほうほう、文化の違い」
「そういった方がいいのかも」
ただ憧れるのではなく、参考にするのはいいかもしれない。
違う部分を探して、いいと思ったことを受け止めて成長する。そういうのが大切だ。
「そういえば、アルちゃんも魔女だけど、魔法は使えるの?」
「使えるけど、屋内でできるかといったらちょっと難しいかも」
私もリフィーと同じように、自分独自の魔法及び呪文が使えないわけではない。ただ、まだまだ未熟なのもあってコントロールがそんなに上手じゃない自覚もある。
「屋外ならできるってことは派手な大規模魔法!」
「いや、そんな大げさなことはできないと思うけど……」
「屋外になら私が案内するし、一回くらい見せてほしいけど……ダメ?」
リフィーのねだる表情を見ていると、謙遜もしにくくなってしまう。そもそも変に期待されて、失敗してしまったら、私的にはかなり気まずい。
少なくとも、リフィーの魔法に比べれば私の魔法はしょっぱ……いや、甘い気がする。色んな意味で。
「そんなに見たい?」
「魔女の魔法とか、見たことないし」
「すごい魔法じゃないかもしれないけど……?」
「でも、屋外なら派手っぽいじゃない? アルちゃんじゃないとできなそうだし」
「魔女に夢を持ちすぎかも」
「見たことがなければ夢も見るよっ」
「……そっか」
リフィーの言葉を聞いて、そうかもしれないなと考え直す。
初めて見るものというのはどんな分野であっても面白いものなのだ。少なくとも私はそう感じる。きっとリフィーも同じ気持ちなのかもしれない。
だったら、悪くないかもしれない。魔法少女に自分の魔法を見せるという行為は。お返しに、魔法を見せるという行動も。
ココアをもう一度飲む。すっきりした甘さが頭をすっきりさせてくれる。しっかりと飲んでいっていたから、中身はもうからっぽだけど構わない。決心できたから。
それに、外まで案内してもらうなら、後腐れは無いほうがいい。
「見たいなら、外まで連れていってほしいな。空が見える所なら失敗の恐れもなくできると思うから……」
「やった! じゃあ行こっか! アルちゃん!」
「えっ、ちょっ」
私の手を掴んでリフィーは外へ走り出す。急だったのでびっくりしてしまった。
転ぶことはないけど、下手に流れに逆らったら大変なことになりそうだ。
「こういう時はぱぱーってやっちゃうのが一番! というわけで、ぐいぐい行くよっ!」
「わ、わかったけど、もう少し速度を……!」
落として、と言おうとした。
けれど、リフィーの引っ張る腕の強さに引きずられて言えなかった。
「わ、わっ」
強引にリフィーにずるずる引っ張られる。まるで私は子供のおもちゃのようだ。この握る拳の強さは女の子の握力ではないし、魔女の握力とも言い難い、魔法少女独自の握力に私はついてこれない。ものすごい、力が強い。
「鍛えてるし、魔法少女だからねっ! ぐいぐいいけるよっ」
「流石に、これは、ぐいぐいしすぎ……!」
なるほど、魔法少女になると身体能力が高くなるのか。これは一つ、勉強になった。……のはいいんだけど、やはり強引だ。
「ごめんっ、結構すぐ見たいから! 気持ち的に!」
「じゃ、じゃあ別の持ち方がいいっ!」
「うーん、お姫様抱っことか?」
「それはちょっと恥ずかしい、かも!」
「じゃあ、諦めて連行されてほしいかなっ!」
「えっ」
強引に目的地まで連行するリフィーには降参の旗を揚げたくなる。
もっとも、それもできるほどの状態ではなかったので、今の私にできたのは、魔女図書館に帰ったらもっと運動をしようと考えることだけだった。




