背水
力無く谷底へ落ちて行く縄を見て、すぐさまアレンは矢を撃ち落とす体勢を整える。
「相手は橋を落として、俺達の逃げ場を無くすつもりか!?」
「その様ですな。あと2本、縄を切られれば橋は渡れる状態では無くなります」
「落とされる前に渡っちゃう?」
マナの意見に首を振るコリダロス。
それもそうだ、矢を射った場所からはかなりの距離が離れていて、風も強く吹いている。それにも関わらず縄を射抜く腕を持っている者が居るのであれば、この長い橋を渡っている間に橋を落とされてしまうだろう。
「ここで迎え撃つしか無いな」
「そうです。橋を守りながらになりますので、こちらが非常に不利ですが」
「マナ! 橋を狙った矢は俺が魔法で撃ち落とすつもりだけど、念のためマナも弓で撃ち落とす準備をしてくれ!」
マナを小さく頷き、アレン達の後方に下がると弓矢を構えた。
森の方から草木を払う音が聞こえてきた。その音は徐々に大きくなり、そして止まった。
現れたのは若い男だった。
体格は屈強な軍人ではなく、すらりとした優男。
指で後方に何か指示を出しているのを見ると、あの男が小隊の長であるに違いない。
ゆっくりとこちらには歩き出した男の顔には笑みが見える。
体の前で両手を叩き音を鳴らすと、喜んでいると思える顔に変わった。
「そこの槍を構えたひと、もしかしてシャルルドドの隊長、コリダロスじゃないかい?」
「…なぜ我が名を知っている」
「何故って、敵国の強者を調べておくのは当たり前の事だろう?」
両手でしっかりと槍を構えるコリダロスに対して、男はあまりにも無防備で近付いてくる。
「お前はバルバロの兵だな」
「兵、兵か。確かにそれは間違いないよ」
男はそう言うと、先ほどの笑が消え悲しそうな表情に変わった。
「コリダロス。君はかなりの強者と聞いていたけど相手の力量も測れないとはね。とても残念だ」
コリダロスは男を見たまま少しアレンに寄り、小声で話しかけた。
「残念ながら外れです。あの優男、かなりの手練である事は間違いありません」
「2人で戦えば渡り合えそうか?」
コリダロスは顔を下に向け、互いの戦力を考える。
その時、アレンが力づくでコリダロスを押した。
何が起きたのか理解が追いつかなかった。
答えがコリダロスの頬をかすめ、アレンの左腕を射抜いた。
「…矢だと」
それを見て驚いた。目の前にいた男はもちろんだが、森の中に居るであろう弓手にも警戒を払っていたにも関わらず、殺気も何もなく飛んで来たのだから。
「刻印者様!大丈夫ですか!?」
「…大丈夫だ。それよりアイツに集中した方がいい」
アレンは矢を抜きながら、優男を睨みつける。
「なるほど、どうしてコリダロスがそんな子供と一緒に居るのか疑問だったけど。…刻印者なのか」
コリダロスが男の方を見ると、先程まで何も持っていなかった筈の男の手には、少し光を帯びた弓矢が握られていた。




