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Xenoverse  作者: 葉月はつか
phase three : phototaxis
73/100

第73話 Prison of a dark room

 薄暗い一室。そこはピンク色を基調として統一されたインテリアが並び、可愛らしい小物に溢れ、いかにも女の子らしい部屋であった。その部屋の主である少女はベッドに身を投げ、ぼうっと天井を眺めていたり、抱き枕をギュッと抱いていたり、ずっとベッドから降りずにいる。その部屋に似つかわしく、まだあどけなさが残る容姿の少女は、普段ならば周りを振り回す様な明るすぎる性格であって、悩みなど無縁のようであった。けれども今では自信に満ちた表情は消えうせ、その瞳には光が宿っておらず、生気が感じられない程に弱弱しい様である。


「アリーチェ…。具合はどうだ…?」


 枕元にあるインターフォンが来客を告げ、扉の前に居る者を映し出す。その者はライオンのたてがみのような髪型に大柄な男で、何時もなら歳を感じさせない位に若々しく豪胆な振る舞いを見せていたが、今ではすっかりと小さくなっているようで、その顔には心配しているというのがありありと見て取れた。

 大好きな父親がこのような顔をしていて、それは自分のせいだと自覚があるアリーチェで。けれども今の彼女には、取り繕って笑う気力さえも残されておらず、大丈夫だという言葉には説得力が無かった。

 何時もなら平気だと言われれば何も言い返せずに退いてしまうバジーリオだったが、今日は中々部屋の前から立ち去らない。彼は何か言いたげにしていて、それでも言い辛いのか、腕を組んだり顎を擦ったり、後頭部をガシガシと掻き毟り、どうしたものかと悩んでいる。


「…アリーチェ。その、大事な話があるんだが…」

「…お父様」


 駄目で元々、そう思いながらバジーリオは話を切り出したが、意外にもアリーチェは横たえていた身を起こし、扉の開閉スイッチに手をかざしてバジーリオを招き入れた。




         第73話 Prison of a dark room




 幾日振りだろうか。こうして顔を合わせただけでも久方ぶりで、思わずバジーリオは駆け寄り、か細いアリーチェの身体を抱きしめた。


「お父様…っ、苦しい…わ」

「おお…済まない。だが、アリーチェ、少し痩せたんじゃないか?これじゃあせっかくの美人が台無しだ」

「…ごめんなさい」

「いや、謝ることは無い。お前が元気ならばそれでワシは満足だ」


 大きな手でぐしゃぐしゃと撫でつけるとアリーチェは目を細めて笑みを浮かべる。心配はさせまいとしているようだが、目の下にはクマがあり、どれだけ泣いたのかわからないが、瞼は腫れぼったく、瞳は充血している。

 何が彼女をそうさせたのか。アリーチェの様子がおかしくなったのは、ジルベルト達とジャポーネへと出掛けて戻ってきた日からだった。その日を楽しみに、前以て仕事を片付けていた彼女だが、帰ってきた時には別人のように変わっていてバジーリオは何事かと騒ぎ立てた。理由を尋ねるとアリーチェはせっかくのデートが敵の襲撃により台無しになったからだと言い張ったが、それだけでは無いような落ち込みようで、何時もならば嫌な事があっても翌日にはケロリとしていたが、その日からは日を追うごとに元気がなくなり、仕事も手が付かなくなってしまった。アリーチェの不調に思い当たる節が無いバジーリオはジルベルトに原因があるのではと勘繰ったが、アリーチェは首を横に振り、彼は関係ないのだと言い張る。これまでに見た事のない頑なな態度は悲しくもあったが、自分にできる事は見守る事だけだと、そう考えたバジーリオは彼女の分も仕事に精を出すのだが、ここまで弱った愛娘の姿を見て、それは間違いだったのだと悟る。


「お父様…。大事な話って…なにかしら?」

「…っ。いや、やっぱり話は無しだ。まずはお前が元気になってからで―――」

「アタシは元気…よ?何を言っているの、お父様…」

「…アリーチェ」


 自分の姿が分からない程にアリーチェは弱りきっている。これから明かそうとする話はそのような状態で聞いてよい筈は無く、バジーリオは首を横に振った。やはり体調を万全にしてから、いくら時間が掛かろうとも構わない、例え級友を裏切る行為だとしても、愛娘を守る為ならばこのまま真実を明かさない方がよいと、そう判断してバジーリオは口をつぐむ。けれどもアリーチェは自分の事は心配などいらないのだと、自嘲気味に笑った。


「良いのよ…、お父様。アタシは全部、思い出したから…」

「…っ!?」


 アリーチェから告げられた言葉にバジーリオは目を見開く。まさかそんな筈はあり得ないと混乱しかけたが、それならばアリーチェがこうなってしまった事に合点がいく。どういう事かと問いたげな表情に気づいた彼女は力なく笑むと、ポツリポツリと己の身に何が起きたのかを説明した。


「最初は…、テレンティアとの戦が終わった後の祝勝会で、ラウナって子から名を呼ばれたの。それはアタシの名前じゃない筈なのに…どこか聞き覚えがあって…」


 ノイズが掛かったかのように、頭の中がぐちゃぐちゃに。でもそれは一時のもので、その後しばらくは何事も無かった。それでも心の中には漠然とした不安があり、思えばその時から少しずつおかしくなっていった。自分が自分で無いような、何か大事な事を忘れているような。記憶が無いことは受け止めていた筈だが、思い出さなくてはいけないという強迫観念と思い出してはいけないと警鐘を鳴らす自分が居て、どうしてよいか分からずに居て。そんな時、想い人である者の事を思い起こすと、とてつもない頭痛に見舞われ、徐々にだが痛みと共に飛び散った記憶の欠片を意志に反して手繰り寄せていき、全てのピースが揃った時、真実を目の当たりにした。


「ジャポーネで…ジルと話していて…全部っ、ぜんぶ思い出せたの…っ」


 ボロボロと、枯れたはずの涙が瞳から零れ落ちる。それはとても拭いきれる量ではなくて、衣服など汚れてしまっても構わないと、バジーリオは大きな胸板にアリーチェを収め、背中と頭を優しく撫でた。


「アタシは…、アタシはジルの事が…好きだけど…っ、好きになっちゃ…いけなかった…っ!アタシは好きになる資格なんて…無かった…っ」

「アリーチェ、お前は悪くなどありゃしない。その気持ちは間違っちゃいない」

「ううん…。アタシのせいでジルは…っ!!全部全部、アタシのせい…なんだよ?そんなアタシが好きだなんて言うのは…許されないよぉ…っ!」


 全ての責は自分にあって、愛する資格などないとアリーチェは言うが、辛くない訳ではない。涙は止まらず、声も躰も震え、身体全体で嫌だと訴えている。けれども現実は残酷で、蘇った記憶は彼女を追い詰め、そしてがんじがらめに、逃れられない罪の意識に押し潰される。

 これまで何度も愛情をぶつけてあしらわれても、知らぬ素振をされてもめげる事が無かったアリーチェだが、閉ざされた過去の記憶は彼女を変えてしまった。罪の意識に苛まれ、逃げ出したアリーチェは自分を罰する為に部屋に閉じこもっていた訳だが、それは彼女のせいではないとバジーリオは否定する。


「すまなかった…。アリーチェ」

「どうして…?どうしてお父様が謝るの…?」

「ワシがちゃんと説明しておけば…、こんな事にはならなかった…。責めるなら自分ではなく、ワシを責めてくれ…っ」


 厳つい顔にも涙が一筋。バジーリオは自分がしっかりとして支えなければと心に決めてはいるが、感極まってしまい年甲斐もなく涙を溢してしまう。何時もの彼は豪胆で、アリーチェが娘となって以来彼が泣くのを見るのは初めてで、驚いた彼女はしゃくり上げながらもそっと手の伸ばし、涙を指先で拭って否定の言葉を口にする。


「…ううん。お父様は悪くなどない…!得体のしれないアタシを…実の娘のように可愛がってくれて…。嬉しかった…」

「お前はワシの大事な娘だ。それは昔も今も、この先未来永劫変わりはせんっ!大切な娘だからこそ…要らぬ記憶は取り戻さない方が良いと思っていたが…。本当に…すまない」


 お互いに至らなかったと涙を流しながら懺悔する二人。いくら後悔しようとも過去は変えられず、背負った宿命からも逃れられない。できればこのまま、目を背けていたいがそうもいかない。先に落ち着きを見せたバジーリオはアリーチェが泣き止むのを待ちつつ彼女の頭を優しく撫でる。程なくして決意が固まったのか、涙が枯れきったアリーチェはこれからどうするのかを大切な父へと伝える。だが、今の彼女はどうすればよいのか戸惑っているようで、踏み出したい気持ちはあるのだが道が見つからないようであった。


「…いつまでも、こうしていては駄目だと分かっているの。でも…アタシ…どうしたら…」

「心配は要らん。ミリアムもセリア嬢もお前の事を案じていた。…ジル坊は、彼奴はお前の事を責めるような器の小さい男ではないだろう?」

「…だからこそ、辛いの。ジルはアタシを責めたりなんかしない。アタシは許されない事をしたのに…そんなのって駄目だわ。ちゃんと罰を―――」


 彼の前から姿を消す事。それを罰としていたが、そのようなぬるい刑では罪を償いきれない。本当に償う気があるならば、自分の口から伝えなくてはならないが、それが出来れば今のようにはなっていない。


「お前の正体は明かさぬままでも構わないと、ミリアムとセリア嬢が言ってくれた。ただ一度、セリア嬢の元へと行って、繋がりを完全に断たなくてはならん」

「…お父様。ごめんなさい…。でも、このままじゃいけないって分かっているの…。だから、自分の口でちゃんと伝える…っ!」

「そうか…。それでこそワシの自慢の娘だ。だが、辛くなったらいつでも言うんだぞ。誰が何と言おうとお前はワシの娘で、大事な宝物だからな。お前が傷つくようならば、ワシは世界を敵に回しても構わないんだぞ」

「もう…お父様ったら。お父様が過保護すぎるから、アタシはこんなに弱くなっちゃったのかも」


 そう言うアリーチェには笑みが戻っていて、それは無理矢理に作ったものでは無かった。その姿はまだ危うくもあるが、彼女の決意を陰ながら見守るのが親の務めだろうとバジーリオは思い、それ以上は何も言わなかった。






 鳴鳥がアルヴァルディに戻ってきて一日目。本日はマリアンとショッピングに行く予定であった。

 待ち合わせ場所はアルヴァルディの昇降口前で、今は予定時間の10分前であったが、鳴鳥が向かって行ったそこには既に待ち人が居た。


「えっと…マリアンさん?」

「あらどうしたの?そんなに目を丸くして」

「え、だ、だって、その…。何時もと雰囲気が…」


 鳴鳥の指摘通り、マリアンは何時もと違っていた。何時もならばドレープブラウスなど、女性的なトップスを好んで着ている彼が、今日はドレスシャツとベストを着ていて、普段はそのままのウェーブが掛かった紫色の髪を束ねていて…。彼は何時もと違って男らしい姿であった。そのような姿だった為、一瞬誰かと分からなくなって驚いていた鳴鳥だが、彼が口を開くといつも通りで、何故だか落ち着いた。


「コレ、似合わないかしら」

「い、いえ…!何時ものマリアンさんも素敵ですけど、今日はカッコいいです…!」

「あらやだ。ナトリはお世辞が上手いんだから~」

「お世辞じゃないですよ?本当に思っていて…」

「ありがとう、ナトリ」


 もともと整っている顔で、更に男性を意識させる姿で微笑まれれば動揺しない筈がない。鳴鳥には心に決めた人が居るというのに、マリアンの姿に見惚れてしまいそうになり、慌ててフルフルと首を横に振って正気を取り戻そうとした。


「で、でも、今日はどうしたんですか?」

「んー…。コレね。まぁ致し方なくって所かしら」

「はぁ…」

「もう少しすれば理由が分かるかもね」

「…?」


 マリアンが走らせる車はショッピングモールに辿り着く。ずらりとさまざまなショップが軒を連ねるモールは一日で回りきれないほどの広さで、この宇宙の中心とされる都市だけあって行き交う人は絶えない。

 駐車場から一番近くのエントランスホールでは待ち合わせをする者が多いのだろう。その中の一人、褐色肌にオレンジ色の髪、その身体を最大限に生かした色っぽい服を身に纏った女性は鳴鳥達の姿を見た途端、手を振りながら笑顔で駆け寄ってきた。


「ナトリちゃーーーん!!」

「カ、カルラさん?!」


 鳴鳥に思い切り抱き着いて来たのはARKHED(アルケード)研究機関であるSARの所長であるカルラであった。彼女と再会するのはエルンストに捕らわれて助け出された後に検査入院していた病院で会った以来で、彼女とこうして会えることは嬉しく思ったが、何故ここに居るのかと疑問に思う。喜びつつも頭上にはてなマークを浮かべる鳴鳥に経緯を説明したのはマリアンであった。


「どこから聞きつけたのか、ナトリがアルヴァルディに戻ってきているのを知って連絡を入れてきて、こうして私の予定にねじ込んできたって訳よ」

「何言っているのよ!貴方みたいな節操無しをナトリちゃんと二人きりにさせられる訳ないでしょう!?ライオンの前に子兎を放り込むような行為だわ!」


 スリスリと頬ずりをし、たわわな胸元に鳴鳥を抱えて押し付けていたカルラは拘束していた者を解放してマリアンに吠える。それはこれまでに何度か見た光景。カルラが一方的に難癖をつけ、マリアンは飄々として彼女の言葉を受け流す姿。変わらぬ二人の様子に鳴鳥は思わず笑みを溢し、笑われてしまった二人はキョトンとしている。


「あ…っ、すみません。その、お二人とも仲がいいようで」

「えぇ!?仲良くなんかないわよ!こんな下半身と脳が直結しているような男と仲良しだなんて御免だわ!」

「あらやだ。カルラ、女性がそんな下品な言い回しをしたら駄目でしょう?」

「ふんだっ!年がら年中発情期の人にとやかく言われたくないわ!」


 こんな奴は放っておきましょうと言い、カルラは鳴鳥の手を引き歩き出す。今日はマリアンに誘われたのだがと戸惑う鳴鳥は振り向き彼へと視線を向けるが、自分の事は気にしなくて良いと肩を竦めて表し、先先歩く二人と少しばかり距離を置いて着いて来た。


「さぁ!今日はとことんショッピングを楽しむわよ、ナトリちゃん」

「は、はいっ!」

「最初はここよ!」

「はい…―――ってここは!!?」


 カルラが真っ先に向かった店はフリルやリボンや刺繍があしらわれ、透けたのや可愛らしい模様入りなど様々なタイプの生地で作られた面積の小さな衣類。ランジェリーショップであった。

 これはきっとマリアンに対する当て付けなのだろう。今日の彼は男と分かる格好をしていて、整った容姿に女性客は見惚れているようだが、それゆえに恥ずかしさを覚えるのだろう。ショッピングを楽しんでいたのを邪魔してはいけないと、店外で待っているとジャスチャーで表し、マリアンは店の前から離れて行った。


「あ、あの…カルラさん。マリアンさんが…」

「ああ、いいのいいの。彼の事は気にしなくて。それよりもコレなんかどうかしら?似合うと思うわ。あ、こうして見てるだけじゃダメよね。あら?ちょうど良い所に試着室が―――」

「カ、カルラさん?!何だか目が怖い気が…っ」


 その後散々試着室でカルラによって弄ばれた鳴鳥。カルラのお薦めを何点か購入して店を出た頃、まだお昼前だというのに鳴鳥はぐったりと疲れ切っていた。一方でカルラはマリアンとの口喧嘩をサッパリと忘れてしまったように満面の笑顔を浮かべて店を出る。上機嫌であった彼女だが、店を出てすぐ、笑顔がピシッと張り付いたかのように固まり立ち尽くした。立ち止まった彼女に何が起きたのだろうと鳴鳥はカルラと同じ方向を見て、彼女と同じように驚く。彼女らの視線の先。そこにはマリアンが居たのだが、彼は色香を漂わせる女性達に囲まれ、しつこく言い寄られているようであった。


「今日のマリアンさん、格好良いからモテているようですね」

「…何よアレ…っ」

「…カルラさん?」

「…あんな奴、放っておいて行きましょう!」

「え、あ、カルラさん…っ。待ってください!」


 カルラは鳴鳥の手を引いてマリアンに背を向けるよう歩き出そうとする。勿論鳴鳥はここにマリアンを置いて行く訳にはいかず引き留めようとするが、彼女の声に気づいた者が足早に近づき、鳴鳥とカルラの肩を強引に抱いて引き寄せる。


「悪いね。今日の俺はこの子達とデート中なんだ」


 何時もよりもワントーン下げられた声。それはマリアンのもので、彼は言葉遣いや振る舞いも男に、マリオンに戻っていた。らしくもない態度だが、お誘いを断るには効果があったのだろう。鳴鳥を見てせせら笑っていた女性達だが、カルラを見た瞬間暴言を吐き捨てながら去って行った。


「ちょっと、いつまで肩に触れているの?」

「ああ、ゴメンなさい。まったくもう、ヤになっちゃうわよね」


 横目でカルラに睨みつけられたマリアンはパッと手を離しつつ謝る。不機嫌そうで、一刻も早くこの場を立ち去ろうとしていたカルラだったが、何があったのだろうか。彼女はプイっとそっぽを向いただけでマリアンから距離を置こうとはしない。

 一先ずトラブルは避けられたと安堵した鳴鳥はホッと息を吐きつつ、マリアンに対して感心したかのように声を掛ける。


「それにしても逆ナンだなんて凄いですね、マリアンさん」

「もっと早く追っ払っておけばよかったわね。ごめんなさい」

「そうよ!大体今日は何の為にその格好にしたんだか分からないじゃない」

「え…?マリアンさんの格好は何か理由が?」


 深い溜息を吐いたカルラは何故マリアンが今日はこの格好なのかを説明した。何時もなら女性と間違われて男から声を掛けられることが多いマリアンで、せっかくのショッピングを邪魔されたくない為に彼には男の格好をさせた訳だが、彼がその役目を果たすどころか、こうして別のトラブルを巻き起こしていた。カルラは再度呆れ返ったように深々と溜息を吐きつつ愚痴る。


「いつもならこれでしつこい男連中が追い払えるっていうのに、少し目を離すとすぐにコレなんだから…」

「いつも…ですか?」

「あ!い、いつもって言うのはね、たまになのよ!極々たまに、どうしても仕方がない時にだけだから!」


 急に慌て出すカルラは頬を赤く染めている。その姿を見たマリアンが口を手で抑えつつ笑いを堪えているようだが、カルラに脇腹を殴られて今度は彼女を宥める事に徹した。

 会えば喧嘩を、と言ってもそれは一方的なもので、カルラがマリアンに対して難癖をつけていたのだが、どうやら鳴鳥の知らない所で二人は会っていて、しかも一緒にショッピングを楽しむ仲であったようだ。

 最初はどうなる事かと思っていたが二人の仲が良好なようで、鳴鳥は安堵するとともに目の前で尚も痴話喧嘩を繰り広げる姿に笑みを溢す。


「ナ、ナトリちゃん。勘違いしないでね!さっきも言ったけど、コイツとは別にそんな関係じゃないんだからっ!」

「カルラ。そうやって慌てると余計勘繰られるわよ」

「もうっ!全部アンタが悪いんでしょーが!ナトリちゃん、私は鳴鳥ちゃん一筋なんだからね!」

「は、はい…。でも、やっぱりお二人は仲がいいようで、なんだか嬉しいです」

「ナトリちゃーん…っ。やっぱり勘違いしているわよね?違うんだからね」

「さ、こんな所でうだうだと話していても仕方がないわ。行きましょうナトリ」

「え、あ、は、はい」

「ちょっと待ちなさいよ~!あ!コラっ!ナトリちゃんの肩に馴れ馴れしく手を回すなぁ!」

「何よ?こうして二人の肩に手を回しておかないと男避けにはならないでしょう?」

「きゃーっ!!ちょっと触んないでよ変態っ!」


 何時まで経ってもカルラはマリアンに対して辛辣で、マリアンはマリアンで全く意に介しておらず陽気に振る舞っていて。二人に振り回されるように連れまわされた鳴鳥だったが、疲れるばかりでなくこの慌ただしいショッピングを十二分に楽しんだ。


「―――という事があったんです。まさかカルラさんに会えるとは思っていませんでしたが、お元気そうでなによりです。それに、マリアンさんと上手くいっているようですし―――」


 夕方近くまでショッピングを楽しみ、マリアンと共にアルヴァルディに戻ってきた鳴鳥。なんだかんだとあったが、必要なものは揃えられ、マリアンとカルラの見立てで素敵な衣服も買えて大満足に終わった。

 夕食と後片付けを終えた鳴鳥はジルベルトの部屋へとお邪魔になり、今日あった事を話す。すると彼は何が可笑しいのか、笑いを堪えているようで口元に手を当てて肩を僅かに震わせていた。


「あの…私、何か変な事を言いましたか?」

「いや、何でもない。偶然とはいえ会えて良かったな」

「はい…」


 偶然という部分が引っ掛かり、首を傾げる鳴鳥だがジルベルトは気にするなと言い、コーヒーが注がれたマグカップに手を伸ばす。昨日は自分以外の者と出掛ける事に対し文句を言っていたが、今ではそれが嘘だったかのように上機嫌でいて、文句の一つも言わず、更には口端を緩めている。彼の様子を不審に思い、鳴鳥は考えを巡らせた上でもしかしてと口にするが、どうやらその予測は間違っていなかったようだ。


「もしかして…カルラさんに連絡をしたのって―――」

「ん?何の事だ。俺は何も知らないぞ」

「じゃあなんで目を合わせないんですか?」

「…」


 やはり鳴鳥の予測は正しく、ジルベルトの目は泳いでいる。他の男と二人きりで出掛ける事が気に食わないという気持ちが分からないでもないが、何と言うか…。あまりの大人気なさに乾いた笑いが漏れてしまうが、本人に至っては当然の事らしい。開き直ったジルベルトはカルラと会えたから良かっただろうだとか、マリアンは未だに信用ならんだとか理由を捲し立てた。


「確かに、カルラさんと会えたのは嬉しかったですけど、マリアンさんに対しては酷くありませんか?大事な仲間なのに、そこまで信用していないなんて…」

「いや、アイツはそうやって油断させておいて無防備になった者を何人も喰っている。そんな奴と二人きりになんてさせられるか」

「…心配して下さるお気持ちは嬉しいですけど、なんだかマリアンさんに悪い気が…」

「フン。俺に対して嫌がらせのように予定を組む方が悪い」

「はぁ…」

「何だ?俺と居るよりもアイツと買い物に出かけた方が楽しかったのか?」

「…もう!意地悪な質問をしないで下さい」


 ぷくっと頬を膨らましている鳴鳥はソファーに座ったまま背を向けようと身を捩る。流石に悪さが過ぎたと感じたジルベルトは悪かったと謝り、肩に手を掛けて引き寄せて空いてしまった距離を縮める。抱きしめられてしまえば不満より動悸が激しくなり、意識はそちらに向いてしまう。ここで彼の過保護っぷりを許してしまっては駄目だと思うが、触れられて、温もりを感じてしまえばその心地よさに溺れてしまい、言葉を飲み込んでしまった。

 ただ身を寄せ合って、時折指を絡めて、それだけであるが心は満たされ、凪いだ海のような穏やかな気持ちになる。そして特に言葉を交わさないまま時間は過ぎ、二人きりの時間は終わりを告げる。


「もう…時間、ですかね」

「ああ…。もう少しだけ、こうしていていいか?」

「…はい」


 離れがたい気持ちは一緒であるが、このままだとズルズルと、際限が無くなりそうで怖くもある。こうしてずっと傍に居て、一晩を共にしたくもあるが、ジルベルトは理性を保てる自信が無い。鳴鳥もこのまま身を委ねていたいが、二人で夜を過ごすなど心臓が耐えきれる自信は無い。互いに示し合わせた訳ではないが、同じようなタイミングで身体は離れ、僅かな逢瀬を終わらせる。


「ジルベルトさん。まさか明日のコンラードさんとのお出掛けには何もしていないですよね?」

「ん?…ああ。アイツなら心配は要らない。どうせ何もできやしないからな」

「何も?コンラードさんは変な事をしないと思いますけど?」

「…」


 ジルベルトは頭を抱え、鳴鳥はキョトンとしている。

 マリアンとカルラの仲に気づいたり、ジルベルトの企みを暴いたりと鋭いようであった鳴鳥だが、自分に向けられている好意に対しては鈍感らしい。思い返してみればジルベルトの時もはっきりと言葉にするまでは全く好意に気づいていなかったようで、その鈍感っぷりは筋金入りである。

 少々不安も残るが相手も相手であり、コンラードならそのような度胸も無いだろうと高をくくっていたジルベルト。彼の課題は明後日の無害なスティングではなく、その次の日の久城の方が心配でならない。どうやって二人きりの状況を邪魔してやろうかと画策していたが、彼の予測は甘く、軽視していた者は予想に反した行動をとった。






 コンラードに誘われて出掛けた先。そこはアストリアで最も人が集まるだろうと言われている娯楽施設で、パーク内には遊園地、動物園、水族館、植物園、室内プールなど様々な娯楽施設が揃ったデートスポットであった。

 とても一日で回りきれる広さでなくて、ならばとコンラードは鳴鳥の行きたい所にと言い、まずは植物園から周る事に決めた。満開の色とりどりの花や緑あふれる庭園を楽しみ、次は水族館内の巨大な水槽があるレストランで海鮮をふんだんに使ったランチを味わい、昼からは動物園へ。猛獣を前にして一緒に驚いたり、ふれあいコーナーでモフモフとした小動物の毛並みを触って癒された。最後に向かったのは遊園地で、陽が落ちかけた園内はライトアップされており、観覧車から眺める園内はパレードが、キラキラと煌めきながらメロディに乗せて後進をしていた。

 中々ハードなスケジュールであったがその分満足いく結果となり、疲れもあるが楽しさが勝っていて、鳴鳥はこれから先の不安など悩む暇もなくコンラードと一緒に過ごすのを楽しんだ。

 観覧車がちょうど真上に着た頃、先程から何かを言いたげなコンラードがようやく決心したのか、咳払いをした後、真剣な顔つきに、声を裏返しつつも鳴鳥に想いをぶつけた。


「…え?えっと、今なんて―――」

「お、俺は…っ、ナトリさんの事が―――」


 コンラードは周りからヘタレだと称されていて、とてもそんな度胸は無いだろうと思われていたが、彼も成長していない訳ではない。強い想いはその人の心を強くするのだろう。彼は勇気を振り絞り、思いの丈を言葉にして伝えた。




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