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Xenoverse  作者: 葉月はつか
phase three : phototaxis
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第72話 Black soldier of several thousand

 多くのモニターと、機器とがひしめく一室。ぼんやりとしたモニターの光に照らされ、照明が付いていない室内で白衣を着た男、エルンストはメインモニターで白いARKHED(アルケード)の姿を何度も繰り返し見て確認をし、苛立ちを込めた拳をコンソールに叩きつけていた。嫌味な程に整った顔は見る影もなく、歪んだ顔には憎悪が充ちていて、とてもまともな様子ではない事が分かる。それは無理もない話で、彼が長年探し求めてきたものがようやく手に入ったと思った矢先、それは指と指の間をすり抜ける様にして失ってしまったからだ。

 セリアの器として用意した魂の宿らぬ人形。意識の定着を拒まれたが為に不良品だと判断し処分したはずだが、セリアはその身体に意識を移していたようで、今現在手元に在る凍結された彼女の意識体はデコイ…彼女が作り出した囮であった。

 代わりの器を求めてセルべリア達に回収を命じたが、戦場において彼女、セリアはその姿を現した。こうなれば代わりの器になどに用は無い。直ぐにでもセリアを取り戻す為にセルべリア達を遣わしたいが、先の戦で彼女達も消耗して万全の状態ではなかった為、一旦引き揚げさせた。


「何故だ…セリア…っ。どうして君は私の元を離れる…」


 エルンストの元から離れて行った者はセリアだけでなかった。ウーヌも、デクも、クヴァルデクトリも裏切り、セリアの元へと下った。彼女らは元々契約者に入れ込み過ぎているきらいがあったが、それでも手元から離れて行くなど想像もできなかった。

 契約者を観測する為、上手く人々の営みに溶け込めるよう、人と同じような感情を持った観測装置オブザーベイションシステムに設計したが、その考えが仇となったのだろう。100体あった人形達はまともに機能するのが一ケタになり、今では三体しか手元に残っておらず、そのうち一体は次の契約者を見つけてはいない。今更データを収集する必要は無いのだが、戦力が乏しいのは痛手である。


「マスター。次こそは必ず奴らからセリア様を取り戻します…!」

「今度こそは失敗をしません。だからマスター、アタシ達にお任せ下さい…!」


 帰還し、ARKHED(アルケード)の修復中であるデクセス達は必死に呼びかけるが、その声は主に届いていないようだ。彼女らが主の為に働くのは当然であって、今更何を言おうが、エルンストは意に介さない。役に立たない欠陥品を作ったのは自分であり、彼女らに怒りをぶつけた所でどうにもならないと分かっていて、そして今は何よりも、どうやってセリアを取り戻すかが重要で、他の事は些細なものである。

 デクセス達のARKHED(アルケード)が収容された格納庫。そのさらに奥の扉。大きな金属製の扉で閉ざされた場所が開き、そこに格納されていた機体、黒一色のARKHED(アルケード)、数にして数千機が禍々しい光を放つ。


「貴様の力を見せて貰うぞ、ヴァレリー・オルロワ」

「…ァアアアアアアア……っ!!」


 辺りに響く叫び声。それはヴァレリーのもので、彼は自機であるARKHED(アルケード)のコックピットに居るが、その姿はこれまでと違う。多くのコードに繋がれ、座席に拘束された形であった彼は目を見開き視線が定まらぬようで、身体も痙攣を起こし、呻き声を上げていた。

 ヴァレリーの得た能力は洗脳操作。それは生物だけでなく、ARKHED(アルケード)を介せば機械にも力が及び、その為彼は分離した機体を自由に操っていた。そのような彼の能力に目を付けたエルンストは無人のARKHED(アルケード)を量産し、ヴァレリーの支配下に置こうと同期を開始するが、数が数だけあって多大な負荷が掛かっているようだ。何がそうさせているのか、苦しそうに呻き声を上げるヴァレリーは決して逃れようとはせず、何とか耐えている。彼自身は非道な扱いに納得しているようだが、その声を聞きつけたデクセス達は血相を変え、必死に主であるエルンストへと訴え掛ける。


「マスター!ヴァレリーだけではこの数を制御下に置くのは無理です!」

「アタシ達にもその役目、請け負わせて下さい!」

「…ほう。お前達がそこまで言うなら望み通りにしてやろう」


 願い出を聞き入れたエルンストは修復の速度を速め、デクセスとデクセプの機体にも同期を開始する。室内には彼女たちの悲鳴も響き渡るようになるが、モニターを見つめるエルンストの表情は少しも変わりが無く、心を痛める様子や躊躇う姿は見られない。デクセス達が苦しみもがきながらも主に尽くそうとする様を見ていたセルべリア。彼女は眉根を潜めて解せないような、納得のいかない様子であったが、主に刃向う気は無いのだろう。デクセス達には憐れむような目線を向けていたが、それも僅かな間で、セルべリアは我関せずといった風に彼女達から視線を逸らした。


「待っていてくれ、セリア…。必ず、君をこの手に―――」


 今のエルンストには誰の声も届かない。それは彼が求めてやまないセリアですらも、今の彼を止められはしないだろう。




       第72話 Black soldier of several thousand




 無事にアストリアへと帰還を果たしたミリアムとディノス。これまで通り、ディノスは枷の影響を抑える為にガルレシアの居城へと戻り、再び軟禁生活へ戻った。

 エルンストの元から脱したセリアはミリアムの庇護下に、星団連合の上層部のみが立ち入れる貴賓室に身を寄せる。

 何も告げずに行方をくらましたミリアムとディノス。そして得体のしれないセリアに星団連合の上層部はどうしたものかと頭を悩ませていたが、一先ず無事だったことに安堵し、先の戦を糾弾する事はなかった。それはこれまでのミリアムの働きを誰もが知っており、ディノスの枷の件も周知の事実だったからだろう。これを機に議長の座から引きずり下ろそうと画策する派閥もいたが、それらは少数で、抑え込むのは容易であった。


「グェンダル、貴方にも随分と迷惑と心配を掛けました」


 ミリアムを迎えたのはグェンダル・ソルニエール大将で、彼は今回、アストリアに残り警備を任されていた。彼もミリアムの身を案じていたようで、その姿を目にした途端、常に硬い表情が僅かにだが柔らかくなる。無事であった事を手放しで喜びたい所だが、部下が多く居る手前では威厳を保ちたいのだろう。咳払いをしたグェンダルは何時もの厳つい顔でミリアム達が無事に帰還した事を歓び、異常が無かったことを伝えた。


「しかし、ディノスは性懲りもなくまた貴女を振り回してしまったようで。級友としては申し訳ない限りです」

「貴方が気に病む事はありませんよ、グェンダル。それに全てを投げ出して逃げたのは私の為であって、彼は何一つ悪くないわ」

「しかしやり方というものがですね…」

「ともかく、過ぎた事は致し方ありません。今はこれからの事を考えなくては―――」


 ミリアムはそう言うが、グェンダルや他の者たちは悠然と佇む美しい女性、セリアの事が気になるようで、ミリアムの手前どう問おうか考えあぐねている所だった。皆の視線に気が付いたセリアは柔らかな笑みを浮かべて愛嬌を振りまくが、皆はその笑顔に心を奪われ、引き締めていた顔が緩まり、慌てて元の表情を取り戻そうと努力する。

 無用な混乱を避ける為、セリアの存在はまだ限られた者にだけ明かすようにしておいた方が良いだろう。事前にある程度知らされていたグェンダルはそう判断し、ミリアムとセリアを貴賓室へ案内して人払いをした。

 秘書官に茶を用意させ、皆が席に着き落ち着いた所でミリアムは話を切り出す。


「セリア様、他の観測装置オブザーベイションシステムの様子は…」

「様は付けなくて良いわ。セリアと呼んで頂戴」

「は、はい…。それで、皆は…」

「クヴァルとデク…えっと、今はラウナと呼ばれているのだったわね。二人の接続は断たれ、こちら側に付いたわ。後はセスデクオク…。彼女なのだけれど…こちらからでは連絡が取れないわ」

「その名は確かバルニエールの…。今更真実を明かすというのか?バジーリオは何と言っている?」

「彼にはまだ…。私から話をします」


 躊躇いもあるが、迷っている暇は無い。ミリアムはすぐさまエーデル・シュタインのバジーリオへと通信を繋いだ。今現在、娘であるアリーチェの分まで忙しなく働いている彼と連絡は直ぐに取れないかと思われたが、数度のコールで応答し、少し疲れているようだがミリアムの姿を見て彼は笑顔を浮かべた。


「おお!ミリアム…!無事だったのか…っ!」

「ええ、お蔭様で。私は変わりないのだけれど、貴方は疲れが見えるわね」

「ははっ、恥ずかしい限りだが、ワシも歳でな…」

「フム。喧しいのは相変わらずのようだな」

「ムっ!貴様、グェンダルも居たのか。それと…そちらのお嬢さんは―――」

「初めまして、バジーリオ・バルニエール。私はセリア・ストレイスと言い、ミリアム達の主を知る者と言えば話が早いかしら?」

「ほう…。お前さんが…そうか」


 どこかの現場に居たのだろうか、バジーリオは部下に指示を出した後に車へ引き揚げ、腰を据えてから話を進める。まずは現状をセリアとミリアムから明かしたが、彼はそれだけで自分の元に何故話が来たのかを察したようで難しい顔をしていた。

 それはバジーリオにとって苦渋の決断で、できれば避けたい選択である。けれどもこのままでいる事は望ましくないと諦めもあるのだろう。セリアがエーデル・シュタインに向かうと申し出たが、彼は万が一を考え自ら出向くと約束をした。


「いつまでも、隠しておく訳にはいかないだろうと分かってはいたがな…」

「フン…。貴公がそのような顔をするとはな。明日は槍が降るか」

「貴様とて可愛い娘を持つ親だろう。ワシの気持ちが分からんのか、薄情者めが」

「…それは、フム。分からなくもないが、貴公の娘は…」

「あの子はワシの大事な娘だ!何が在ろうとそれは変わりはせん」

「…言葉が過ぎたようだな。済まない」


 幾つになっても豪快でいて、はつらつとしたバジーリオが今では小さく見える位であり、流石に申し訳ないことをしたとグェンダルは謝罪する。湿っぽい空気はやはり性に合わないのか、バジーリオは咳払い一つで空気を変えると必ず馳せ参じると言い残し通信を切った。プツリと消えた映像にミリアム達は押し黙るが、これも避けては通れない事で、いつかは全て明かさなくてはならない。このまま彼女だけに知らせぬという方法もあるが、いざという時、彼女がエルンストの手駒となり、敵対する事は避けたい。となると今のタイミングで明かすのは致し方ない事なのだが、やはりやりきれなさに誰もが目を伏せる。


「私達もただじっとしている訳にはいきません。…戦力を整えておきましょう。それから、会見の準備も。グェンダル、頼めますか?」

「ああ、儂に任せてくれ」


 決戦の時はさほど遠くは無い。各々が来たるべき日の為に準備を整える中、これまで目を背け続けていた者が真実と向き合う事となる。それはやっと想いを通わせて幸せの絶頂であった鳴鳥とジルベルトにも無関係ではなく、真実はとても残酷な結末をもたらすことになる。






 互いの想いを確認し、これから先が過酷であると知りながらも覚悟を決めて結ばれた鳴鳥とジルベルト。帰還するまで互いに近況を話し、会話も弾み、逢えなかった時間を埋める様に言葉を交わす二人だが、幸福な時間はあっという間に過ぎ、アストリアへと着いてしまう。

 そのまま軍本部へと向かうかと思われたが、ジルベルトが向かった先は懐かしい船、アルヴァルディが収容されているドックであった。


「大事な話とやらは六日後に行われる。それまではここで待機だ」

「本当ですか…!?」

「ああ。…俺としては自分の宿舎に引き揚げたい所だが―――」

「ジ、ジルベルトさん?!何を言って…」

「ん?前にもお前は来ただろう?その時は確か一晩泊まったし」

「あ、あれはその…お酒に酔っていて…」

「二人きりで過ごすのは嫌なのか?」

「嫌じゃないです!で、でも、以前と今とでは状況が違っていて…。二人きりだなんてそんな…」


 色々と思い浮かべてしまったのと過去の失態を思い出したようで、真っ赤に頬を染めた鳴鳥はしどろもどろになりながら困惑している。冗談を真に受けている彼女に対し悪いとは思いつつも、ジルベルトはクツクツと、笑いを堪えていた。


「な…!からかっているんですか?!」

「いや、全くの嘘と言う訳ではなく、本気でもあるんだが」

「う…っ!だ、だから!そうやって反応を楽しんでいるんじゃ…」

「さぁ。どうだろうな」

「ジルベルトさん…っ!」


 ニヤッと口端を上げるジルベルトは頬を膨らましてねめつける鳴鳥の頭をわしわしと撫でた後、彼女へと手を差し伸べる。大きな手で撫でつけられ、手を差し伸べられてしまえば鳴鳥の不満は消えてしまい、躊躇いも無く、寧ろ望んでその手を取る。良いように扱われてしまっているようだが、これが彼なりの愛情表現なのだと鳴鳥は分かっていたから、なんだかんだと言い許せてしまった。


「まぁ、奴らもお前に会いたがっていたし、今回は致し方ないな」

「あ…っ!」


 ARKHED(アルケード)から降り立った鳴鳥は出迎えてくれた人達に顔を綻ばす。彼らと離れたのはほんの数か月だというのに随分長く会っていないように感じ、嬉しさから瞳に涙を滲ませて鳴鳥は駆け出した。


「お帰りなさい、ナトリ!」

「ただいま戻りました、マリアンさん…っ!」

「無事なようで何よりだ」

「ご心配をおかけしてすみません、スティングさん」

「変わりは…無いようですね」

「アランさん…。皆さんもお変わり無いようで良かったです…!」

「ナナナ…ナトリさん!良かったぁ…ホント、無事で良かったっス!」

「コ、コンラードさん?!大丈夫ですか…?」


 笑ってはいるが涙を堪え切れず泣いてしまうコンラード。その様子を情けないと叱りつけながら背中を叩くマリアン。二人の様子に苦笑いを浮かべるアランに、スティングはいつも通りの厳つい顔つきだが、口元は僅かに緩んでいた。

 何一つ変わらない皆の様子。感極まったコンラードを心配していた鳴鳥だが、彼につられるように涙を溢してしまう。彼女を泣かせたのはコンラードのせいだと言い張り、彼の頬をつねって引っ張るマリアンの目も潤んでいて、皆との再会は湿っぽくもあったが笑顔は絶えなかった。

 ひとしきり再会を喜んだところで久城も帰還し、皆はラウンジへと向かう。本来ならば出迎えたアルヴァルディの面々が茶を用意する筈だが、鳴鳥は進んで名乗り出て皆の為に茶を淹れる。

 久方ぶりの美味しいお茶にアルヴァルディの面々はホッと一息ついたようで落ち着きを見せ、マリアンは今後の事を話題として振る。


「それで、確か、ここには今日から六日ほどいられるのよね」

「はい、そうです。えっと、どのくらいの間お世話になるか分かりませんが、また、よろしくお願いします」

「ヤダもう。そんなに畏まらなくったっていいのよ。それじゃ取り敢えず今日は身体をゆっくり休めて、明日は私が予約って事でいいかしら?」

「な…っ!何を言い出すんっスか。一人だけ抜け駆けはズルいっスよ!」


 声を上げてマリアンに噛付いたのはコンラードだけだが、異議を唱えたい者は他にもいるようだ。ジルベルトは眉間に皺を寄せ、久城は笑顔を浮かべているが引きつったものである。マリアンは彼らの反応に気が付いているようだが、批判などさせない勢いで話を進めてしまう。


「ほら、六日とはいえ、鳴鳥の荷物は学生寮に置いてきちゃったでしょう?色々と入用だから、明日は私と買い物に行きましょう?」

「そ、そう言えばそうですね。すみません、何の用意もしていなくて…」

「それは通販でパパッと頼んじゃえば良いじゃないっスか」

「んもう!分かってないわねぇ。やっぱり実物を見て試着したりとかそういうのが楽しいのに。そうよね、ナトリ?」

「え?!あ、はい」

「それじゃ、明日は私とショッピングデートで決まりね!」

「だ、だったら次の日は自分に!」


 本来ならばこれから明かされる真実を前に覚悟を決める準備期間だというのに、鳴鳥の予定は全く関係ないことで埋まっていく。けれどもそれは鳴鳥も望んでいる事で、皆と過ごせることは緊張感を解く良い切っ掛けとなる。

 一日目はマリアンとショッピングへ。二日目はコンラードとデートで。三日目はスティング宅にお邪魔し、四日目は久城とデートとなった。

 あと一日、予定が空いていて、鳴鳥はチラッとジルベルトに目配せをするが、彼は予定を抑えようとしなかった。二人の間にあった事は明かす気が無いのだろう。秘密を抱えているのはドキドキして、それは決して嫌ではない。けれども世話になった皆には打ち明けたいと思うが、自分の口からは恥ずかしくて言い出し辛い。それでもやっと想いが叶ったというのにジルベルトとゆっくり過ごせないのは残念なのだろう。どうしてよいか鳴鳥が悩んでいる中、最後に名乗りを上げたのはアランであった。


「僕もお時間を頂きたいのですが」

「あら、アランにしては珍しいわね」

「話しておきたい事があるので」

「なんスか?改まって。ま、まさか…!皆の前じゃ言えない事を―――」

「そうですね。ここではちょっと…」


 ここに来て新たなライバルが現れたのだと警戒するコンラード以外にも、皆アランの発言に驚き、スティングすらも目を瞬かせている。皆はどういう事かと問い掛けたそうにしていたが。アランの笑顔は有無を言わせない。

 なんにせよ鳴鳥の予定はすっかり埋まってしまい。ジルベルトの入り込む余地は無くなってしまった。皆と過ごせるのは嬉しいが、やはりジルベルトと二人きりの時間が無いのは残念に思う。だが、ガッカリとした様子は見せられないのだろう。努めて明るく振る舞い、まずは明日の予定からマリアンと確認をした。


「それじゃ、明日の為にゆっくり休んでね」

「はい、お休みなさい」


 積もる話もあるがそれはまた、と言う訳で夕食後に鳴鳥は引き払った元自室へと戻った。戻ってくると聞いて準備しておいてくれたのだろう。そこには寝間着やタオル、そして鳴鳥が好みそうな衣服が数枚用意されていた。

 シャワーを浴び、寝間着に着替え、いざ休もうとベッドに横になり、そこで見慣れた天井を見て改めて戻ってきた事を実感した鳴鳥。そこは何一つ変わっていなくて、落ち着く場所で、それでも身体は疲れているが中々寝付けない。明日からの事が楽しみであるからというのもあるが、やはり彼、ジルベルトの事が気になってしまう。

 あまりベタベタとするのは好まないと知っており、皆の前では尚更そういった事は出来ないのだと分かってはいる。甘え過ぎたら愛想をつかれてしまうかもという不安もあるが、一人きりになるとやはり恋しくなってしまう。想いが通じ合ったならば苦しさなど無くなるかと思っていたが、逢えない時間は以前より辛く感じた。


「(声…だけでも。うん。ジルベルトさんにはちゃんとおやすみの挨拶をしていないし…)」


 そう自分に言い聞かせて通信機を手にするが、中々ボタンを押せずにいる。時間が経てばたつほど、相手が休んでしまい連絡を取りにくくなるのだが、あと一歩踏み出せないでいる。

 どうするべきかうだうだと考えているうち、手にしていた通信機が着信を告げ、驚き慌てて床に落としそうになる。何とか落とさずに済み、ホッと一息つくが、着信の相手を見て、またもや心臓が飛び跳ねる。


「もう寝ていたか?」

「い、いえ。まだ寝ていないです…っ」


 連絡をくれたのはジルベルトで、たった今、声を聴きたいと思っていた者で。鳴鳥は嬉しい筈だが、突然の事でどうしてよいか分からず、先程まで用意していた言葉はどこかに行ってしまう。彼女が頬を赤く染め、落ち着かない様子に気づいてか、ジルベルトは口端を緩めるとどうするかを訪ねて来た。


「お前の部屋と俺の部屋、どっちがいいか?」

「え…?そ、それは…」

「それとも、もう眠たいか?」

「いえ!その…じゃあ、ジルベルトさんの所にお邪魔しても良いですか?」

「あ、ああ。…ロックは外しておくからな。一応他の奴らに気取られないよう気を付けてくれ」

「分かりました」


 通信を終えて鳴鳥は緊張から強張っていた肩の力を抜く。逢いたいと願っていたのは自分だけではない。そう分かって鳴鳥は顔が緩むのを抑えきれない。待たせてはいけないと思い立ち、姿見で身なりを整えた彼女は静かに部屋を出て、出来るだけ足音を立てないよう気遣いながらジルベルトの部屋に向かった。

 特別な関係になってから初めて訪れる彼の自室。それはこれまでに抱かなかった緊張感があり、直ぐには入れない。それでもこのままここでまごまごとしていれば誰かにバッタリ会うかもしれない。意を決した鳴鳥は言われた通りにインターフォンを押さず、開閉スイッチに手を翳す。

 出迎えたジルベルトは口端を緩めるが、通路に誰も居ないか確認をしてホッと息を吐く。そして誰にも見つからなかったかと鳴鳥に確かめ、彼女がコクンと頷くと更に安堵の溜息を洩らした。


「えっと、やっぱり皆さんには…」

「どんな目に遭うか想像が出来る。だからこのままではダメか?」


 そう言ったジルベルトの眉間には深いしわが刻まれている。彼の言う通り、皆に明かせばどうなるかは鳴鳥にも容易に想像できる。囃し立てられることは嫌ではないが、ジルベルトの心労を考えればここは黙っておいた方が良いのだろうと納得がいく。少々後ろめたい気もするが、こうやってこっそりと会うのはドキドキとして、何故だか愉しかったりもした。


「そうですね。二人きりの秘密ってのも悪くないですし」

「そ、そうだな。まぁ…アラン辺りは気付いていそうだけどな」

「そう、なんですか?」

「お前の視線で気づいたようだ」

「あ…!…す、すみません…っ」


 気にすることは無いのだと言いたげに、ジルベルトはしゅんと項垂れた鳴鳥の頭を撫でる。彼は面倒な話は程々にして切り上げ、鳴鳥に対して適当に座るようにと言い、茶を用意しようとした。勿論、彼に用意をさせる訳にはいかず、鳴鳥が進み出て代わり、ならばとジルベルトはアッサリと手にしていたカップを渡す。

 ジルベルトにはブラックコーヒーを、鳴鳥のはミルクティーを。茶を用意し終えた鳴鳥はジルベルトが座る二人掛けのソファーへ座る。が、彼女は出来るだけソファーの肘掛部分に、ジルベルトと距離を置く。


「どうしたんだ?そんなに離れて」

「え?あ、えっと…その…。ジ、ジルベルトさん?!近すぎませんか…!?」


 ズイッと距離を縮めてくるジルベルト。元々出来る限り端に座っていた為、鳴鳥に逃げ場はない。ニヤニヤと悪戯っぽく笑う彼の目は妖しく光っていて、そのような顔をされてしまえば距離を取らざるを得ないのだが、鳴鳥の早まる鼓動と耳まで真っ赤になった姿は余計に彼を喜ばせるらしい。


「こういうのを期待して来たんじゃないのか?」


 そう言いながらジルベルトは手を伸ばし、鳴鳥の肩を抱き、自分の元へと引き寄せる。息遣いが聞こえてしまうくらいの距離で、彼が吸う煙草の香りがして、頭の中は真っ白になりかけるが、彼の鼓動も早まっているのに気が付き、ハッとして伏せていた顔を上げる。周りが見えるようになって気づいたのはジルベルトの手の微かな震えで、彼の瞳の奥には不安の色が滲んで見えた。それは触れたいけど叶わない、彼が填められた枷に対する恐怖からだろう。それを抑えてまでも、こうして触れることを望んでくれる。その気持ちが嬉しくもあるが、辛くもあった。


「ジルベルトさん…。大丈夫、ですか…?」

「…ん?何がだ?」

「だって、こんなに近くて…」

「お前は、嫌なのか?」

「嫌じゃないです…っ!寧ろ、嬉しくて…。でも、ジルベルトさんは…」

「俺なら心配は要らない。それに、お前を絶対に傷つけない。…もしかして、怖いのか?」

「怖い…です。でも、私が怖いのはジルベルトさんが苦しむ事であって…。枷については実感が無くて…」

「俺は大丈夫だ。お前に触れられない方が辛い」


 愛おしそうに頬を寄せ、髪を梳くジルベルト。その手つきは優しく壊れ物を扱うかのようであるが、先程までの微かな震えは止まっている。いつしか早鐘を打っていた心臓も治まり、鳴鳥は心地よさに目を細めた。互いに不安も残すがそれ以上の幸せなひと時を過ごす二人。けれども永遠に続いて欲しいと願う時は一瞬で過ぎてしまう。時計が日を跨ぐのを示したのを視界の隅に収めたジルベルトは深い溜息を吐いた。


「もうこんな時間か…」

「え…?私ならまだ大丈夫ですよ?」

「いや、明日から色々と予定が立て込んでいるだろう?」

「そう…ですけど」

「ったく、奴らときたら、ワザとやってんじゃねぇのかって位に予定入れやがって…」

「えっと、何かすみません…」

「いや、お前が謝ることは無い。悪いのは奴らだ」


 忌々しげに言うジルベルトは何時もの仏頂面に。そっと手が離れ、身体も離れ、温もりが消えてしまう事を寂しく感じる鳴鳥だが、急に耳元へと顔が寄せられて囁かれ、一度は引いた頬の熱がまた集まる。


「その分、夜は俺の時間だからな」

「ふへっ…?!」

「何変な声出してんだか」

「み、耳元で喋らないで下さい…っ!耳元で囁かれたら、誰だって驚きますよ…っ」

「俺は動じないぞ?」

「それはジルベルトさんがおかしいんです。普通は―――」

「何なら試してみるか?」

「うぅ…。またそうやって私の事をからかって楽しんでいますね?」

「さぁ。どうだかな」


 ケタケタと笑うジルベルトは相も変わらず大人気なくて。それでもそんな所も含めて彼の事を好きになってしまった鳴鳥はからかわれてしまっても嬉しくて。頬を膨らまして立腹しているようだが、本心ではそれほど腹に据えかねている訳ではない。その事を分かっていてか、ジルベルトは悪かったと言いつつもその表情は反省の色が見えない。彼はわしわしと鳴鳥の頭を撫でつけて微笑んでいて、そうされれば仕方がないとばかりに許してしまう。

 満たされた時間は終わりを告げたが、今日だけではないと彼は言う。明日の夜も、そのまた次の夜も彼と過ごせる。その先はまだ分からないが、例えこの先離ればなれになったとしても、この想いは揺るがないと互いに信じていられた。





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