【閑話】「終わり」と「始まり」(後編)
■□■□
それにしても……
ルイが手に入れたアカシックレコードと接続できるひらがなスキル、【かんぱ】も驚いたけれど、「選択の時」に、地球での記憶を取り戻さなかったことは、心底驚いた。
【きかん】のスキルは、それを提示されなおかつ選択できない苦悩を異世人に与えるために示されるものだと思っていたのだけれど、考え過ぎだったのかしら?
しかも、ルイは30億もの「運」のステータスを献じた、と言っていた。
ステータスを献上するなんて話は、今まで聞いたこともないのだけれど、世界との関わりを示す「運」のステータスが使われたことを考えると、この世界は案外、異世人に優しかったのかもしれない。
■□■□
抱きしめたルイが、泣いているのに気がつき、私はそっと体を離した。
真っすぐにルイを見る。私の目にも涙が浮かんでくる。
「師匠……」
「馬鹿ね、ルイ。私も同じ。できうることなら、あなたと一緒にいたい、いえ一緒に暮らしたいと思っていた。でも、それを私が願うことが――あなたの前から消えることになる私がそれを願ってしまうと、あなたの心を決して切ることも触ることもできない透明な鎖で縛ることになると思っていたの。だから、この思いは胸にしまい込んでお別れするつもりだったのに…………」
そして――――
私は、もう一度、ルイを胸に抱き寄せた。
「ルイ。あなたが得られる【てんせい】のスキル、私に使ってちょうだい」
「師匠、それで……いいの?」
もちろんよ、ルイ。
あなたともう一度、この世界で暮らせるのなら、それ以上の願いなど、私にはないのよ。
仮に今、【きかん】をあげると言われても、もちろん断るわ。
あなたがいる世界が、私がいたい世界なのだから。
ふふふ。ルイから見れば、ひいひいひいひいひい――もっとかしら? お婆さんぐらいの年の差がある私だから、あなたに私の願いを言葉で示すのは恥ずかしいのだけれど…………
■□■□
私は、祠の前でルイと一緒に座っていた。
空を見上げると、まもなく天頂で三つの月が交わろうとしているのが分かる。
私がこの世界に生を受けた妖精族たちが住むユヌフェ大陸に行くための方法、そしてユヌフェ大陸に住む妖精族たちとどのように交われば良いのかは、ルイに伝えることができた。
まもなく日付が変わる時がくる。それがルイとの別れの時だ。
しばらくの間、私はルイの手を握り、この世界を眺めていた。
ルイも、何も言わない。
――ああ、こんな幸せな最後を迎えることができるなんて……
ルイを悲しませることはとてつもなく辛いが、本当なら私は、誰にも見送られることなくこの世界から消えていくはずだったことを思うと、そして、見送ってくれるのが最愛のルイということを思うと、大きな大きな喜びを感じている。
しかも、ルイは私との再会を願ってくれている。もちろん、私もルイのその願いに応えたい。
ルイと私が抱えるこの気持ちは、恋と同じく流行り病のようなものなのかもしれない。
それでも…………
私の魂は確かにルイを求めていた。そして、ルイを求めていることを分かったことで、私の魂は喜びに震えている。
その時――――
見下ろす魔草原の魔草が、一斉に揺れたように見えた。風のせいであることは分かっているけれど、私には魔草たちが「そうね」と言っているかのように思えた。
――――ふふふ
真夜中にも関わらず、私の心が光り輝いていることが、少しおかしく思えた。
魔草原には、何百本もの黒い筋が遠くまで伸びている。
「――――あの筋は……ルイがやったのね?」
「うん。魔草を抜くために、【かそく】を使って一気に海まで駆け抜けたんだ」
「え? 海まで駆け抜けたって……魔草原を踏破したってこと?」
「そうなるのかな?」
「いったい、どれくらいのスピードを出したの?」
「うーん、確か光速の1/10ぐらい、だったっけ」
「光速の1/10って、時速1億キロぐらいだったってこと?」
「両手を下げて【かそく】のスキルを発動させて、バン!とダッシュしたら次の瞬間、海の上にいたからね。どれくらい往復したっけ? たぶん700往復ぐらいかな?」
あっけからんとしたルイの表情に、私は思わず笑いが込み上げてきた。
この島の魔草原は、足を踏み入れた者の生存を誰一人として許さなかった。スキルの誓約でトネリコの木になる前の私でも、この魔草原を抜けることは叶わなかった。
それを、私が寝ている間に、ルイが達成していたことは誇らしくもあり、そして足元が冷える感覚も覚えていた。
「一往復で、どれくらいの魔草を抜いたの?」
「えっと、片道が、片手で100万だから両手で往復だと400万本ぐらい?」
「それを700往復したということは――――今のルイのレベルは30億ぐらいあるってこと!?」
私は目を丸くした。
「えっと――」
ルイが宙を見た。ステータスを確認しているようだ。
「今は35億ちょっと?」
「…………凄いわね」
この世界でステータスのレベルとは、強さの指標を意味する。
ルイは、レベルが1上がるごとに、全てのステータスが1しかプラスされないが、35億ものステータスに成長したことは、間違いなくこの世界で天下無双と言ってよい強さを手に入れたことになる。
さらに、ルイはレベル20ごとに何らかのスキルを手に入れることができる。
ざっくり計算しても…………35億なら、1億7千5百万ものスキルが生えたということだ。
すごい。
いや、凄いという言葉で現すことの方がおかしいかもしれない。
「じゃあ、ひらがなスキルもたくさん手に入れたのね」
私が【じょうと】を使ってあげたひらがなスキルが被っていないとよいのだけれど……
「ひらがなスキルは、あまり生えてくれなかったんだ。今のところ師匠から渡された4つを含めて、全部で23個だったかな?」
「そう……じゃあ、私があげたのも無駄にはならなかったのね。よかった」
「無駄になるはずがないよ! それに、普通のスキルはいくつも同じスキルが重なったけれど、ひらがなスキルは重なったのは、師匠から渡された【しゅうのう】だけなんだから」
「ふふふ。喜んでもらえたならよかったわ」
もしかすると、ひらがなスキルは★がつかないから、重複という概念がないスキルなのかもしれない。私が渡した【しゅうのう】はたぶん、私がいろいろなものを無駄に詰め込んでいたから、何か違うスキルとして認識されたのじゃないかしら?
とにかく、ルイが喜んでくれたのは嬉しい。
私は、ぎゅっとルイの手を強く握りしめた。
私とルイの間に、もう言葉はいらないようだ。
■□■□
永遠に近い時間が過ぎたと感じた頃――――
見上げた空に浮かぶ満月が、重なるように紋を描き始めるのを見た私はそっと立ち上がった。
時間だ。
ルイも、立ち上がる。
「そろそろ時間のようね……」
下を向いたルイが何を思うのかを、私は知っていた。
慰めの言葉をルイは求めていないことは分かっている。
これからルイは、私を探し求めることになる。
その旅路は、もしかすると出口のない迷路となることもあり得る。
そんな、これから「時の迷路」を歩き続けるルイに必要なのは――――希望だ。
その《《希望》》を私が示さなければならない。
ルイは再び私と出会えることを信じている。
だったら、私も信じよう。
この「終わり」が、新しい「始まり」に繋がることを。そして、その「始まり」が私とルイの新たな歴史を刻む幕開けになることを…………
読んでいただき、ありがとうございます。
予定よりもかなり長くなってしまいましたが(汗)、過去の話である「追憶」はここまでです。
次話からは、「プロローグ」の続きになり、現在の話になります。




