追憶(17)ダンジョンボス?
緑島を訪れてから2週間後。
「師匠、揺れました! 根っこが揺れましたよ!」
ダッシュで戻ってきた俺は、魔力ポーションを口にしながら師匠に大きな声で報告した。
「ふふふ。あと少しね」
宙に浮いた師匠が、穏やかな笑みを向けてくれている。
昨日までは、びくりとも動かなかった魔草が、今日はほんの僅かだけれど、引っ張ったとき、ぐらりと揺れた。
「でも、ダメージ量はまだ3分の2まで到達していないのだから、油断しちゃダメよ」
「はい!」
確かに、根元が揺れたのが分かったとき、もしかしてと一瞬考えた。このまま引っ張れば抜けるのでは?と。もしも残り5秒のときだったら、夢中になってそのまま引っ張り続けていたかもしれない。危ない、危ない。
師匠の忠告は深く心に刻んでおこう。
「そういえば……」
「どうしたの?」
俺は、少し前から気になっていたことを師匠に尋ねた。
「この魔力ポーションを持っていって魔草を抜くのはダメなんですか? 魔力が続くようにできれば、40秒ごとにここに戻ってこなくてもいいと思うのですが?」
「もちろん、それも一つの方法ね。でも、何かに慌てて転んだり、ハプニングがあってどんどん奥に入り込むようなことがあったら、死亡フラグが立つかもしれないわよ」
物騒な話を、「死亡フラグ」という言葉を使って明るく言われてもちょっと困る。びびるし。
「わ、分かりました」
「せめて数分間ぐらい、魔草原内に居ても大丈夫な魔力に育つまで、このまま頑張りましょうね」
「は、はい」
たぶん、「収納」のようなスキルが手に入れば、魔草抜きチャレンジを安全に実施できるのだろうけれど……まだ時期尚早ということか。
楽して実を取ることは、楽な分だけのリスクがあるということだ。気をつけよう。
■□■□
20日目。
今日も天気は良い。空を見ると青空だ。
「魔草抜きチャレンジ」もようやく大詰めだ。たぶん、今日一本目が抜ける。師匠も太鼓判を押してくれた。
「そういえば……雨って、降らないですね?」
ここに来てから一度も雨が降っていない。
……あ、そうか。
「――もしかして、ここがダンジョンだから?」
「そんなことないわ」
師匠が苦笑していた。
「ここは屋外型ダンジョンだから、この星の天候がそのまま反映されるわ。単に、天気が良い日が続いているだけ。あと数か月すれば台風シーズンになるから、大変かもしれないわね」
「台風? 大型の台風がくるんですか?」
地球でいれば太平洋のど真ん中、といった位置関係らしいから、大型の台風が来ても不思議ではないはずだ。
「サイズ感の違いね、イメージとして。人にとって強風でも蟻なら飛ばされてしまうでしょう?」
なるほど、分かったような、分からないようような……
「あ、もう一つ聞いてもいいですか?」
「どんどん聞いて欲しいわ」
「ここがダンジョンなら、スタンピードも起きているんですか? あとダンジョンボスはいるんですか?」
「たぶんだけれど……スタンピードは常に起きた状態と考えているわ」
「え?」
「魔素の過剰滞留により異常発生した魔物や魔獣がダンジョンの外に溢れ出すのがスタンピードで、その外に出た魔物や魔獣は、討伐しない限り、7日目にようやく体内の魔素を失い消滅、瘴気を残すというのは召喚されたときに聞いたかしら?」
「はい、聞きました」
「魔草はダンジョンから出られないから、エネルギー源として必要な魔素の供給が断たれることがないの。そしてこの島の魔草は、抜いても一晩あれば元に戻っているわ。これは、いわゆる魔物の異常発生の状態を示している。つまり、この島は太古の昔にスタンピードが発生して、そのまま継続した状態が続いているんだと思うの」
確かに、魔草は自分で移動ができないから、スタンピードが起きてもこの島の外に出られないし、そしてダンジョンの中にいるから魔素の供給を受け続けられるので消滅もしない。
妙なバランスが取れているということか。
「それって、何かまずいんじゃ……」
「さあ、どうかしら?」
師匠が首を捻る。
「ただ、私がこの島に来てもう数千年が経過したわけだけれど、特に問題を感じたことはないわね」
……そんなものか
「それとボスだけれど、いるわよ」
いるんだ。
「階層ボスに当たるものか、ダンジョンボスに当たるものかは分からないけれど、東の方に金色の魔草がいるのを一度だけ、見たことがあるわ」
「階層ボスが中ボス、ダンジョンボスがラスボス?」
「ええ。そんなイメージで大丈夫よ」
「そして金色の魔草……」
確かに特別感がある。
「私が持つスキルの中に、『遠見』というスキルがあるわ。遠くを見ることができるというスキルね。この木が生えている場所は、魔草たちによる魔力無効の範囲外だから、目が覚めたときは木の頂上からよく風景を眺めているのよ。その時に、見つけたわ」
「ここから遠い場所なんですか?」
「どうかしら? 木の頂上の高さから考えると、一望できる距離はせいぜい30キロぐらい? ただ、見かけたのは一度だけね。翌日に同じ場所を探したけれど見つけられなかったわ」
魔草は移動できないらしいけれど、ボスなら動ける、ということもあるのかもしれない。
「そのボスって、この島を周回しているとか?」
「うーん、それはないと思うのだけれど……見つけたときは、びっくりしたので『かんてい』するのを忘れてしまったわ。でも、他の魔草は移動するためのスキルを持っていたりしないわね」
「じゃあ、見つけられなくなったのは……」
「いろいろ考えられるわね。もしかすると単に光の加減でそう見えただけ、ということも考えられるし、植物形態の魔物の中にはトレントのように歩き回るのもいるから、そうだったのかもしれない。もし歩いているとすれば、この島は広いから、同じ場所に現れることがそうなくても不思議じゃないし。でも――――」
「でも?」
「でも、翌日、金色の魔草をみかけた場所を鑑定してみたら、大きな魔素溜まりになっていたわ」
「魔素溜まり、ですか?」
「ええ。その周囲の場所と比べると100万倍は違っていたの」
「100万倍!」
それは凄い。
「だから私は、花が実になって落ちるように、金色の魔草は一晩だけ現れるダンジョンボスじゃないのか、って思ったのよ。スタンピードの場合だけ現れる特別なボスっているから。ただ、ダンジョンボスが現れてそして消えたら、スタンピードも終了になるはずだし……よく分かっていない、というのが正直なところね」
「ちなみに、もしも金色の魔草が現れたら、どうすればいいんですか?」
「いなくなった後の魔素溜まりの量からは、金色の魔草自体、数百万からもしかすると一千万以上の魔力を持っているかもしれないから、逃げる、近づかない、ということね。いくら魔草原が魔力無効の場所とはいえ、ボスなら何かができる可能性もあるから」
「倒す、ってことは?」
「本当に数百万の魔力があったなら、この世界で最強のドラゴンと肩を並べることになるわ。何年引っ張っても、たぶんビクともしないわ。無理ね」
「ボスに見つかったら逃げれる、のでしょうか?」
「なんとも言えないけれど、たぶん大丈夫と考えているわ。とにかく、金色の色が目に入るようなことがあったらすぐに戻ってらっしゃい」
「わ、分かりました」
少しビビる。
「ふふふ。そんなに怯えなくても今日は大丈夫よ。見渡す範囲にボスはいないわ」
そうだった。今日は、一本目が抜ける予定なんだから、頑張らねば。
俺は、気を取り直して、いつものように「ルイ、行きます!」と掛け声を出して、赤い輪がかかった魔草に向けてダッシュした。




