風化した扉
「まずは、体を慣らそうか」
「「はい」」
50階層へと向かう前、セシリアとシヴァニにはまず体を暖めてもらうことにした。準備運動だ。
「ここからは、相手の力も下げないから、最大限に気を付けながら戦って」
「「はい」」
一応、【まもる】はかけておくから万が一の不測の事態も大丈夫だけれどね。
それに、20階層で出現する通常の敵は、リビングアーマーとレイスだ。
種別:リビングアーマー
レベル:50
攻撃力:5,000
魔力 :5,000
防御力:5,000
精神力:5,000
運 :5
種別:レイス
レベル:40
攻撃力:3,500
魔力 :8,000
防御力:1,000
精神力:5,000
運 :18
この迷宮に潜った直後だったら、リビングアーマーもレイスもシヴァニにとっては脅威だったけれど、素の状態で6桁のステータスになった今は敵ではない。その差は20倍以上あるから、どれだけの数が出てきたとしても蹂躙できる。二人とも、ステータスだけでなく、スキルも増えたからね。
レイスは実体がないから、聖属性を付与する【アサインメント】だけは二人の剣にかけておく。
そして準備を終えた俺たちは、隠し部屋から通路に出た。
■□■□
「はッ!!」
セシリアが剣を一閃すると、白く光る剣気が飛び出してリビングアーマーをあっさりと両断した。
「やッ!!」
シヴァニは、直接レイスに剣を揮って黒い粒子に還す。
「感覚は大丈夫?」
「平気ね」
「オレも大丈夫です」
まあ、ここ最近は攻撃の補助はかけていなかった。守りについても、保険で掛けた【まもる】は別にして、今は相手に【さげる】もかけていない。しかし、目の前にいるリビングアーマーとレイスは、【さげる】をかけたデュラハンより、もっと下のステータスしかなかった。
なんなく倒せて当たり前の相手、ということだ。
もっとも、ステータスがオール5,000はあるリビングアーマーは、剣闘会に出場する選手の中で倒せる者は限られるくらいの強さがある。
それを一掃できるだけの力を身に着けた、ということだ。
とりあえず、危なげなく21階層に降りる階段に到着することができたので、俺は【転移】を使って一気に50階層まで降りることにした。
「よし、じゃあ行くよ! 【転移】!」
そして俺たちは、50階層へと転移した。
■□■□
「ここは…………」
空を見上げるかのように上を見て、ポカンと口を開くシヴァニ。
セシリアは、さすがに口は開けていないけれど、それでもキョロキョロと四方を見渡しながら、驚いた表情を見せていた。
50階層は、最深階層を含めて、この迷宮に4か所存在するポイント階層に当たる。
洞窟型の迷宮ではなく、広場型の空間が広がっている。
今、俺たちが転移で訪れたのは、階段を降りた地点。
後ろ見れば、ぽっこりとした岩が一つ置かれていて、その中央付近には穴が開いている。その穴の中には、上へ向かう階段が見えた。もちろん、岩の上はただの空間が広がっているから、階段がどこに伸びているのかを考えると、少し異様な光景といって良いだろう。
四方を見渡すと、正面以外はどこまでも空間が広がっている。
上を見上げても、真っ暗でその高さがどこまで続ているのかが分からない。
後ろも横も、上層への階段が見える岩以外は先が見えない。
そして正面は、数百メートル先に、法面が横にどこまでも広がっているのが分かった。
その法面のちょうど中央辺り、ここから真っすぐに向かった場所に大きな扉が備え付けられている。両開きの灰色の扉は、少し風化しているのだろうか?
辺りは、その向こう側に見える法面と後ろの階段が埋もれた小さな岩以外何もない。
本当なら、ピューピューと風の音が聞こえてよさそうな風景なのに、風など一切拭いておらず、何一つ物音もしない静寂の空間が広がっていた。
「あの扉の向こうに、最終修練がいる」
「ヴァンパイアロード、ね」
「うん」
何を思っているのか分からないが、真っすぐな視線を扉に向けているセシリアに俺は頷いた。
「確か、この迷宮は、こういった空間があと3か所あるんだったっけ?」
「うん。100階層、150階層、そして最終の迷宮ボスがいる200階層は、同じような空間が広がっているんだ。違うのは、扉のデザインかな」
「下にいけばいくほど、豪華になっていく、ってことでいいのかしら?」
「うん」
素の状態ではさすがに無理だけれど、【ふやす】を使えば、迷宮ボスとも十分に戦えるステータスまで伸びたセシリアには、せっかくだから最終階層も見せたいところだけれど、今回はシヴァニもいるし、同じ迷宮ボスは本物でなかったにしろ、イレギュラーに出現してくれてすでに戦ったわけだから今はいいだろう。
「よし、じゃあ行こう」
「「はい」」
そして俺は、二人を連れて風化した扉へと向かった。
■□■□
「ここは、魔物が現れないのね?」
「そう。階層ボス、迷宮ボスがいる階層は、他の魔物や魔獣は出現しないからね」
「師匠、オレ、ちょっと緊張してきました」
歩きながらブルブルっと小さく身を震わすシヴァニ。
額の中央で揃う二本の角は、もうすっかり色が薄らいでいる。
半透明、いやクリアホワイトと言った方が良いか。
もしも、他の鬼人族がここにいたらな、その色の角で、緊張すると言っても信じないのではないだろうか?
そして――
俺たちは、扉の前に到着した。
「でかい……」
シヴァニが、この階層に来た時と同じように上を見上げて口を開けている。
扉の高さは50メートル以上あるだろう。幅も10メートルは優に越えていそうだ。
遠くから見て風化していると思えたが近づくと、それがはっきりと分かる。
扉には、何かの意匠が彫られているが、とこどころ崩れている。
「これって……何のデザイン?」
セシリアが首を傾げた。
「ああ、これはヴァンパイアロードの紋章だったかな」
うろ覚えだけれど、間違いないはず。
今、歩きながらヴァンパイアロードとの戦闘の注意点とポイントは話しておいた。
一応、二人には【まもる】のスキルは解除すると伝えてある。真剣勝負に、油断はもっての他だからね。もちろんヴァンパイアロードが放つ【ダークブラッド】は木剣だから、本当は、外していない。
「よし、じゃあ開けようか」
二人がスラリと剣を抜く。
俺は、扉に手をかけてゆっくりと開けた。




