38.後日談
数日前――
春大会のダブルスの試合が終わり、レオニードが勝利を掴んだその日の夜。
ロゼリアのために調査を続けていた執事のリチャードは、灰色髪の青年を尾行していた。
目立った動きはない。対象は王都の町を一人歩く。
目立つ執事服ではなく、一般的な服装で気配を周囲に溶け込ませ、執事はフォン・ロンの足跡を追った。
だんだんと人気の無い方へ。フォンがよく足を運ぶ古書店がある裏路地に入る。
先日、レオニードが襲撃にあったあの場所だ。
フォンは立ち止まり振り返る。
周囲に人の気配は無い。
灰色髪の青年はぽつりと呟いた。
「王都には太陽の日差しが届かない暗い道がある。夜ならなおのことさ」
誘い出されたと気づいた時には手遅れだった。
灼眼が目を細める。
「こんばんは。僕に何か用かな? パピメル家の執事さん」
「はて。なんのことでしょう」
「とぼけなくてもいいよ。そろそろ乗り換えようかと思っていたんだ。フォン・ロンはロゼリアさんに警戒されてるからね」
異様な気配を感じたのもつかの間、フォンは袖の下から短杖を滑らせるように取り出した。
「服従せよ」
「――ッ!?」
それは魔法決闘で使われるものとは、まったく異質な本物の「魔法」だった。
杖には魔晶石ではなく、尋問や拷問に使われる魔石が埋め込まれている。獅子刻印のそれはシュイク連邦で偽造された品だった。
執事の体は自分の意思では動かなくなり、青年の灼眼がじっとのぞき込む。
「大丈夫。君は君のままさ。ただ、少し君の心の中に居場所を作って、僕を住まわせて貰うだけだから」
フォンの背後の影が伸びると、執事の影に交わって溶けていく。
抜け殻のように灰色髪の青年はその場に倒れ、執事の戒めはなくなった。
執事は「なるほど。やはり警戒されていましたか」と、ぽつりと呟く。
倒れた灰色髪の青年の手から杖を取り上げると、執事は手荷物に加えた。
「もし、大丈夫ですか?」
倒れたフォンの体を執事は揺する。
「……ん……あの……えっと」
すぐにフォン・ロンは意識を取り戻した。
「急に倒れてしまったので驚きました。立てますか?」
「あなたは?」
「ただの通りすがりです」
「あれ……僕はなんでこんなところに……」
「さあ、私に訊かれましても」
「そうですよね。えっと、ご親切にありがとうございました」
「王都は夜も治安が良いですが、お気をつけください」
裏路地から表通りに向かうフォンの背中を執事は見送った。
独り、執事は呟く。
「さて、これからは執事としてロゼリア様にお仕えするといたしましょう」
亡霊は魔法戦争時代に肉体を失い、さまよう魂となった。
誰かと融合し意識を共有することで、数百年の時を過ごしてきた。
求めるのは――
「早くこの世界に本物の魔法を取り戻したいものです。あれほどの技術があるのに、まがい物の決闘ごっこではあまりにもったいない」
ラポム・ブルフォレスト。
亡霊が生きていた時代にはいなかった、相手の魔力を打ち消すマイナス魔力の使い手。
魔法を極めるため不老不死となり肉体を捨てた亡霊にとって、彼女は禁断の果実だった。
執事は足音を立てず、夜の町に溶けて消える。
いつか果実が熟すまで。
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