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30.全てを貫く矛

 ヘリオスのスイッチが入り、試合ではなく「狩り」が始まった。

 ラポムに返球する際に、最強の矛は徐々に威力を上げていく。

 真綿で締めるようにじわじわと。

 水槽の中に閉じ込めて、ゆっくりと水を足していき、いつ溺れ死ぬかを確認するように。


 赤毛の少女は額から汗を滝のように流し、だんだんとブロックのコントロールが利かなくなるのを感じながら、それでも必死にヘリオスの強打を押さえ込み続けた。


 呼吸が荒くなる。

 目の前がかすむ。

 自分の心音が大きくなるのをラポムは感じた。


 視野が狭まり徐々に暗くなっていく。

 膝から下の感覚が行方不明。自分が立っているのかさえもわからない。


「……ポム。大丈夫か? ラポム?」


 背中をそっと支えられて少女はハッとなった。


「は、はい! 大丈夫です! まだやれます!」


 口ではそう言うのだが、誰から見てもラポムの疲労困憊ひろうこんぱいは明らかだ。

 コートの対岸でヘリオスがビシッと杖をラポムに向けた。


「ラポちゃんそろそろギブ?」

「ま、まだ負けませんよ!」

「つーかさ、昨日の一回戦からこっちずっとフルゲームしてきて疲れてんだろ? 怪我する前に棄権してもいいぜ? 元気になったら今度の休日にゆっくりやろうって。うちの学校の練習場貸し切りにしてさ。あっ! ジェラートもまだ喰ってねぇじゃん」


 貴公子が軽口チャラ男をにらみつけた。


「試合の重みが違うのだ」

「別にどこでやろうと一緒っしょ? 遊びだよ遊び。あっ! じゃあさ、こっちがユーニゾンに遊びに行くってどうだ? 学食美味いんだよな? 女子のレベル高いって聞くし」


 べらべら喋る兄にムーナンがため息交じりで審判を指さす。


「……兄さん。黄札イエローカード出てるよ」

「別に1点でも2点でもくれてやんよ」

「……やりすぎると失格になるんじゃない?」


 審判が赤札レッドカードをかざしてラポムたちに2点が追加された。


 ヘリオスは言う。


「ったくクソ審判。ま、そんなわけだからさ。ここで壊したくないんだ。今年いっぱい四人で遊ぶチャンスはまだあんだし。金髪だってわかってんだろ? 本日のラポちゃん限界説って」


 レオニードは言葉に詰まる。事実だ。無理をさせている。


 ――それでも。


 ラポムは大きく首を左右に振った。


「ダメです! ここで勝つって決めて……覚悟して、わたしもレオニードさんも戦ってるんですから!」


 貴公子はラポムの体が心配だ。

 自分が杖を折るよりも先に、彼女になにかあってはと思う。


 が、当人の闘志が燃え上がる以上、少女の言葉にうなずくしかない。


「そうだとも。私とラポムで君たちを倒すッ!」


 ヘリオスはやれやれ顔だ。


「あーあ。んじゃ、教えておくけどさ。ラポちゃんを殺してんのは、半分はお前だぜ金髪」

「……?」

「こっちはお前の威力を利用して攻撃してんだ」

「私の力を……だと?」

「俺ってば目がいいんだよ。回転方向見えてっからそれに合わせた回転を加えてる。上書きで打ち消しじゃなくて加速させるっつー感じ?」


 ヘリオスはラポムに対する打球の時だけ、回転に逆らわない打ち方を徹底していた。

 レオニードに対しての返球は上書きし、威力を衝突させるタイプだ。

 意図的に球質を使い分けられていたことに、貴公子は気づけなかった。


 最強の矛はニヤリ。


「あんまりがんばりすぎると、上乗せされた分の魔力をラポちゃんが吸収しきれなくなんぜ?」


 ムーナンが審判の動きを見て「……そろそろ本当に失格負けになるよ」と釘を刺す。

 ヘリオスはしぶしぶ構え直した。


 試合が続行される。

 これまで全力を尽くしてきたレオニードの打球は精彩を欠いた。

 切れはなく、伸びず、球が走らない。


 ラポムが吠える。


「なにやってるんですかレオニードさん! 回転のかけ方忘れちゃいましたか!?」

「わかっている。自分でも……だが、君を傷つけると思うと……」

「そう簡単にやられたりしませんからッ!!」


 声を張ってみても、ラポムの膝は先ほどから笑いっぱなしだ。とっくに限界を超えている。


 決勝まで二人はレオニードが打ち抜いて勝ってきた。

 相手がレオニードの力を利用してきても、ラポムの防御の許容を超えるものではなかった。


 ヘリオスは格が違う。

 最強の矛がレオニードの強打を完璧なタイミングでカウンターした場合の魔力値は、およそ4300。

 最低クラスの軍用魔石の威力が10000で、殺傷力を認められる。


 その半分に満たないとはいえ……杖で干渉しているとはいえ……人を殺せる半分ほどの力を、ラポムはその体に受け続けた。


 レオニードのように自身が持つ基礎魔力によって軽減もできず、たった5の魔力値で。

 天才のセンスも達人の技量も超えた、圧倒的な力の前に屈しようとしている。


 試合は進み、気づけばゲームポイントは1-3。

 ジェミナス兄弟が王座にリーチをかけた。


 5ゲーム目に入る前の一分間のインターバル。

 レオニードは今すぐにでも試合を棄権したかった。

 これ以上、相棒パートナーを苦しめたくない。双子ジェミナスはあまりに強すぎた。が、それ以上に自身の打球がラポムの命を削っていることが、レオニードには耐えられない。


 それでも「打ってください」とラポムは言う。

 青年は打てなかった。


 詰みである。


 コーチのオジカは天を仰ぐ。


 ラポムたちが獲得できたのは1ゲームだけだ。

 もはや赤毛の少女は精神力のみで食らいつき、フットワークもリズムも失われていた。


 満身創痍。それでも――


「負けません。まだ……終わってないんです……」


 闘志だけは失っていない。


 オジカが告げる。


「いいか嬢ちゃん。次のゲームで俺がタイムアウトを取ったなら、そこで終わりだ。レオニードも……わかってるよな?」

「はい、オジカ先生」


 少女は赤毛を振り乱す。


「か、勝手に終わらせないでください!」


 オジカは初めてラポムに強い口調をぶつけた。


「いいや終わりだ! あの人から預かった大事な娘さんなんだ。何かあってからじゃ遅いんだよ」

「けど、負けたらレオニードさんが……」


 金髪の貴公子はそっと少女の頭を撫でる。


「いいんだ。これ以上、君を傷つけたくない」

「レオニードさんは悪くないです」


 ラポムはじわっと涙を浮かべた。雫が頬を伝う。悔しくてしょっぱい。

 レオニードは決断する。


「先生。棄権します」

「ったく……悔しいな。本当に」


 オジカは煙草の空箱を握りつぶした。

 少女が吠える。


「まだ戦えます! お願いですオジカコーチ。レオニードさん。わたしの体はわたしが一番わかってます。あと1ゲームだけでかまいません。やらせてください!」


 ラポムは思った。

 こんなにも試合を続けたいと思ったことはなかった……と。

 あんなに苦手だった魔法決闘を、自分からやりたいと願うなんて。


 審判が時計を見る。

 次のゲーム開始まで残り10秒を切った。


 オジカは決断する。


「わーったよ。行ってこい」


 レオニードが食い下がる。


「ですがコーチ!」

「お前は黙ってろ。この試合は嬢ちゃんのもんでもあるんだ。ただし、いいな嬢ちゃん。さっき言った通り、俺がタイムアウトをとったらそこまでだ」

「はい。ありがとうございます!」


 会場にブザーが鳴り響き、次のゲームが始まった。すでに双子は台についている。


 少女は青年に手を差し伸べる。


「行きましょうレオニードさん」


 その姿は儚げで、消えてしまいそうで、レオニードは躊躇する。


「だが……君はもう限界だ」

「一秒でも長く一緒に遊んでいたいんです。わたしのわがままに付き合ってください」

「君という人は……わかった。行こう。ラポム・ブルフォレスト。行けるところまで。この手が伸びる限り」


 青年は少女の手を握り返した。


 遅れて二人も台につく。

 仮にこのゲームをとったとしても追いつけない。

 それでも試合に臨む。

 最後の一球が台の外に落ちるまで――



 終わりは唐突に訪れた。

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