29.あいつら戦いの中で成長してるッ!?
翌日――
大会最終日となりダブルスのトーナメントも佳境に入りつつある。
グラーヴェ学園のジェミナス兄弟はスーパーシードとして登場した。
彼らの出番はあっという間に終わり、試合と試合の合間の待ち時間の方が長いほどだ。
準決勝。ゲームカウント3-0。
双子の弟ムーナンが兄に言う。
「……決勝、上がってきそうだね。あの二人」
兄ヘリオスが金の瞳を輝かせた。
「だな! やっとラポちゃんと遊べるぜ。とっとと片付けるぞムーナン」
「……了解、兄さん」
ムーナンのサーブで浮いた相手の三球目をヘリオスが叩き込む。
あまりの威力にレシーブをした相手は上腕ごと吹っ飛ばされた。
競技用の魔晶石が出せる威力ではない。
が、用具に細工はなく、これが最強の矛の実力だ。
食らった相手は杖を落とした。幾度となくヘリオスの強打を受け続け、腕がしびれて感覚がなくなりつつある。
尻餅をついた相手にヘリオスは杖を向けて言う。
「コースもタイミングもわかってても取れない球があんだよ」
マナー違反に審判が黄札を手にしかけたその時――
相手コーチが棄権を宣言した。
すでに戦意を喪失し、このまま続ければ選手の右腕をヘリオスの強打によって壊されかねない。
純粋な威力の前に、準決勝の相手は為す術なく粉砕された。
1ゲームすら失わず、ジェミナス兄弟は順当に決勝の舞台へ。もはや恒例。指定席だ。
◆
一方、ラポムとレオニードのペアは毎試合フルゲームを戦い抜いた。
危うい場面はあっても、ここぞというところでラポムの完全防御が相手の攻撃を防ぎきり、レオニードのバックハンド強打が炸裂して勝ち上がる。
試合を重ねるごとに連携の練度が高まった。
ラポムたちの準決勝の相手は、双子と決勝を戦うであろうと予想されていたグラーヴェ学園の二番手ペアだ。
決勝でジェミナス兄弟と戦うことが、グラーヴェでは誉れである。
数試合だがラポムとレオニードの試合は研究されていた。
が、前の試合のデータは通じない。二人は一球やりとりをするごとにめまぐるしく進化していた。
◆
客席で独り、ラポムを見守る青年の姿があった。
灰色髪を揺らし、灼眼で見つめながら呟く。
「そこだよ、リンゴちゃん」
フォン・ロンが頷くと同時に、ラポムは攻撃を仕掛けた。沈み込むドライブ。軌道はすでにグラーヴェのデータ収集班によって選手に共有されていた。
もはや取れない球ではない。レシーブ側がラポムの打球を受けた瞬間――
魔力球は遙か上空へと吹き飛んでいった。受け手が回転の威力を完全に読み違えたのだ。
客席で灼眼が目を細める。
「そうだね。君は本当にすばらしいよ」
試合の流れはこの瞬間、ラポムとレオニードに傾くのだった。
◆
戦いながら強くなり、それに呼応するように対戦相手にまで成長を促すラポムたち。
相手を破壊しながら決勝に駒を進めた双子とは対照的だ。
役者は揃い、春大会の最後の試合が始まろうとしている。
それでも――
レオニードのフォア強打は戻らないままだ。
失ったものは帰らず。
それでも、青年の隣には相棒がいる。
最後の試合はメインコート。すでにオジカコーチがベンチでスタンバイしている。
レオニードはゆっくりと深呼吸した。
「ついに決勝だなラポム」
「はい!」
「ここまでよく頑張ってくれた。ありがとう」
「と、とと、当然の結果です! ここで勝ってみんなを幸せにするんですから! わたしたちで!」
「君の戦う理由はそれなのか?」
「え?」
「君は……魔法決闘が苦手だった。今は……どうだろうか?」
改めて問われてラポムはぼんやり思う。
「えっと……えっと……ちょっとだけ……楽しいかもです」
青年は柔和に笑う。
「そうか。良かった。君とここまで共に戦えたことを誇りに思うよ」
「や、やめてくださいよそれ! 負けフラグですから! 勝ちますよわたしたち!」
「あ、ああ。そうだな。勝とう。勝って笑顔で大会を終えよう」
昨日から試合をこなして公式戦の空気にも慣れたラポムは、レオニード以上に強気だ。
シングルスの時の孤独、焦燥、不安、恐怖。
レオニードをむしばむ負の感情をラポムはすべて消し去った。
◆
台を挟んで双子と対峙する。
ヘリオスがラポムにウインク&投げキッスだ。
「よっすラポちゃん。この前、学校でできなかった続きしようぜ!」
隣でムーナンが眉一つ動かさず言う。
「……練習試合感覚で決勝を戦うのかい兄さん?」
「別にいつどこでやっても決闘は決闘だろ。つーか、やっと楽しめそうなんだし水を差すなよムーナン」
金の瞳が真面目な弟を射貫くように見据える。
口調は軽いが声色は本気のトーンだ。
ヘリオスは金髪の貴公子に告げる。
「つーか、お前は潰す」
「いきなり失礼だな」
「弱いくせにラポちゃん独り占めしてるのが許せないつってんだよ! つーわけで、お前が負けたらラポちゃんくれ」
「いいだろう」
レオニードは動じないどころか、堂々と胸を張った。
金目とアイスブルーの瞳が青い火花を散らす。
ラポムの意思は無視である。
少女は悲鳴を上げた。
「ちょっと何勝手に決めてるんですかヘリオスさん! それにレオニードさんも『いいだろう』じゃないですってば!」
レオニードはラポムの頭をポムポムした。
「必ず勝つ。問題ない」
ヘリオスが口笛を吹く。
「言うねぇ。言うねぇ言うねぇ言ってくれちゃうねぇ!? 約束したかんな! んじゃ……始めようぜ」
コイントスの結果、ラポムたちがレシーブを取る。コートはヘリオスが「どっちでも関係ねぇよ」と、そのままだ。
四人がそれぞれ配置についた。
審判が試合開始をコールする。
場内は割れんばかりの喝采。そして沈黙。
双方のコーチがベンチで固唾を呑み見守った。
サイン交換も無くヘリオスのサーブで突然試合が動き出す。
バックスピンと右横の回転が混ざった配球だ。
受けるのはレオニード。回転を読み切り右下回転で返す。ストップという技法である。
ムーナンはそれを読んでいた。短く返す。
ラポムも対応して低くショートで戻す。ヘリオスを相手に台の外に出る球は厳禁だった。
が――
「甘いっつーの! オラァッ!」
ヘリオスは台に右足を深く入れると、浅く低いラポムの返球の頂点を弾く。
コースも厳しい。台の隅めがけて一直線だ。レオニードは飛びつくが間に合わず、ギリギリ魔力球に触れたが杖ごと上腕をもっていかれた。
軽い痺れにレオニードの表情が歪む。
返球に失敗し、審判が1-0をコールする。
客席が沸いた。
ユーニゾンの応援団がいるエリアから黄色い悲鳴が上がる。
ラポムが青年に駆け寄った。
「大丈夫ですかレオニードさん!?」
「心配ない」
貴公子は落とした杖を手に思う。
ヘリオスの一撃は重い。いくつかの試合で対戦相手の腕を破壊してきた威力は本物だ。
いかにラポムが守備に長けていようとも……。
赤毛の少女は興奮気味に言う。
「すごい威力でしたね。けど、わたしのことは心配しないでください。ロゼリアさんが作ってくれたこの杖なら、きっと受け切れます。わたしってばすごいんですから」
「そうだったな。君は元プロが軍用魔石を使って放った魔法も『返球』したんだ」
相棒を信じる。
独りで戦っているのではないと、レオニードは改めて思う。
コートの暴君――ヘリオスが「祭りの最後なんだ。もっと盛り上がって行こうぜ?」とサーブの構えをとった。
レオニードも再び返球位置に入る。
ラポムも合わせて前傾姿勢になった。
◆
1ゲーム目。あらかたの予想では双子の圧勝だったのだが、ラポムとレオニードは食い下がり一進一退だ。
攻防の中でラポムもヘリオスの打球を受ける。
新生強化された杖でなければまともに返球できなかったかもしれない。と、思うほど一撃は重たかった。
双子のコンビネーションは綻びが無いに等しい。
連携のミスで失点はあり得なかった。
が、一方的な試合展開にならなかったのは、ラポムの攻撃参加によるところが大きい。
ヘリオスも試すようにラポムに攻撃をさせていた。
金の瞳は子供のように無邪気で「おっ!」「へぇ?」「マジかぁ」と、ラポムのプレイを楽しんでいる。
もちろん、ただやらせているのではない。
裏でムーナンが赤毛の少女を解析していた。
双子のダブルスの強さの秘密。
たとえ初見の相手であっても、試合中にムーナンが弱点を割り出すのだ。
だから、事前偵察など必要無し。
感性のヘリオスと頭脳のムーナン。ここでも役割はぱっきり二つに分かれていた。
途中からラポムの攻撃も普通に防がれるようになり、気づけば11-9でラポムたちは1ゲーム目を落としていた。
二ゲーム目を前に、ベンチに戻った二人にオジカが黒もじゃ頭を掻いて告げる。
「お前さんら試合中に攻略されちまってるぞ。嬢ちゃんの攻撃参加だけじゃ通用しない相手だ」
レオニードが頷いた。
「そのようです。何か対策はありませんか?」
ラポムも熱い眼差しをコーチに注ぐ。
オジカはため息で返した。空っぽの煙草ケースを指でトントン叩く。二人がダブルスに出場すると決まってから、一本も吸っていなかった。
願掛け……というか、最高に美味い勝利の一服のために。
その一服が危うい。
実際にぶつかってみて双子の強さはあまりに化け物じみている。
かつてダブルスで世界を股に掛けたオジカだからこそ、対応力の鬼であるジェミナス兄弟に白旗を揚げたい気分にさせられた。
「諦めるくらいしかねぇんだが……」
レオニードが吠える。
「コーチがそのようなやる気のなさでどうするのですか!?」
逆に気合いを入れられて「だな」とオジカは短く返した。
自分の進退なんてどうなろうと構わない。コーチとしても出来損ないの過去の人間だ。
だが、この試合にはレオニードの未来がかかっている。
教える立場になって、オジカは迷いが増えた。
レオニードはもったいないほどの優秀な生徒だ。
ちゃんと導いてやれたと、自信を持って胸を張れるかといえば至らぬことばかり。
それでも、今のレオニードは最高の状態になりつつある。
フォア強打を失ったままでも――
ラポムという翼を得て飛び立とうとしているのだ。
アドバイスが彼の飛行の妨げになるか、追い風を起こせるのか。
コーチとして、オジカは賭けに出た。
「まあ、見てて思ったことがある。ぶっつけ本番でお前たちができるかわからんけどな」
赤毛の少女は即答する。
「できます! やります! わたしとレオニードさんなら!」
秘策と言えるほど立派なものでもないのだが、オジカはやれやれ顔で作戦を伝えた。
◆
クロスフォーメーション。
通常のダブルスであれば右利き同士なら右回転でローテーションを回す。
左右のペアなら上から見てハの字が基本になる。
が、オジカはこれを十字に変更するという提案をした。
横軸がラポム。縦軸がレオニードの担当となる。
攻撃の組み立てはレオニードに任せて、ラポムは繋ぎと防御を徹底するというものだった。
これが見事にハマる。
得意のブロックやカウンターにラポムは集中することができた。
彼女は深く領域に潜る。
「仰角調整マイナス0.3。ミドル警戒。ムーナンさんのカットブロックの回転量をレオニードさんの攻撃力から減算、推定完了。全攻撃に対応可能です」
呟き始めたラポムは二ゲーム目でノーミス。失点はすべてレオニードという極端さだが、相手は王都の十代最強、ジェミナス兄弟だ。
小柄で非力な魔力値5の少女が、ヘリオス相手に落とさないという異常事態。
これには鉄壁ムーナンの表情筋も動いた。
「……君、すごいね」
驚きつつも賞賛を送る弟に、サーブの構えを一旦外して兄ヘリオスが目を丸くする。
「お前が他人を褒めるとか明日は王都に雪でも降るんじゃねぇの?」
「……兄さん。本気を出さないと彼女の防御は抜けないよ」
「ったく、もったいねぇな。壊すのは。ま、よくがんばったし、このゲームはくれてやるよ」
ヘリオスが構え、サーブを放つ。
レオニードが返球し、ムーナンのターンになった。
ラポムはずっと攻撃してこない。が、いつでも攻撃に転じることは可能なのだ。
銀の瞳は鉄壁を崩さず、コースを突いてラポムを大きく動かした。
赤毛を揺らして少女は回り込みリターンする。ヘリオスが打ち抜きにくいよう、高く大きく弧を描く弾道が、ゆっくりと相手コートのエンドラインに着弾した。
ヘリオスは大きく下がって返すしかない。
狙うはレオニードのフォアサイド。多少甘く入っても金髪の貴公子にフォアの一発は無いのだから。
「ならばバックハンドで打ち抜くまでッ!」
レオニードはバックハンドで逆サイドに飛びつくという、セオリー無視のフットワークで鋭い一撃を相手コートに叩き込んだ。
ゲームポイントを取り、勝負を振り出しに戻す。
客席でロゼリアが大漁旗を振る。会場係員が止めに入って客席で一波乱。
試合内容も波乱含み。
双子が国内の同世代を相手に、兄弟対決以外でゲームポイントを奪われたのは、およそ三年ぶりの出来事だった。




