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28.ついに世界は彼女を知った

 メインコートでのシングルス優勝決定戦の興奮も覚めやらぬまま、ダブルス一回戦が始まった。

 ノーシードのラポムとレオニードペアだが――


「あ、あばばばばばば! ひいっ!」


 ラポムがレシーブする番なのに、彼女は相手の返球から逃げた。

 レオニードの背後に座り込んで頭を抱える。


「しっかりしたまえラポム・ブルフォレスト」

「やっぱり無理です無理でしたこんなにたくさんの人に見られるなんて」


 注目度の高さからメインコートの試合よりも、端っこでプレイするラポムたちの試合が投影板にも大写しになる。


 先ほどまでの「やってやりましょう!」という気概はどこへやら。

 罠に掛かって怯える野生動物のように、赤毛の少女はプルプルしっぱなしだ。

 青年はそっと赤毛を撫でる。


「大丈夫だ。私がついている」

「はへ?」


 かがんだままの少女は混乱したままだ。

 

(――どうしよう。大口叩いたのにこのクソ雑魚なめくじっぷり。きっとレオニードさんも怒ってるに違いないです)


 このまま動けなかったら……。


 タヌキ鍋の具にされてしまうかもしれない。と、わけのわからない妄想に取り憑かれて少女はレオニードに言う。


「ど、どうか辛いお鍋にだけはしないでください! 唐辛子がひりひり染みるんです!」

「君は何を言っているんだ」

「はうううあああああ!」

「わ、わかった。ええと、辛い鍋にはしないと約束しよう」


 青年はそっと手を差し伸べた。

 このまま試合にならなければ、審判から黄札イエローカードが飛んでくる。

 レオニードは少女の手を取り告げる。


「君への誹謗中傷は私が許さない。君を守ると誓う。だからどうか……相手の球から逃げないでくれないか?」


 とりあえずでいいからコートに打球をいれてほしい。

 あとはなんとかすると、レオニードも必死だ。


「あうぅああああんんまああああああああああ」


 少女は泣きだした。というか鳴きだした。審判が胸ポケットに収まった黄色の札に手をかける。


 レオニードは思い出す。

 不安な時に自分に安らぎを与えてくれたものを。


「失礼するッ!」


 大観衆の面前で金髪の貴公子はラポムをぎゅっと抱きしめた。

 会場がどよめき、審判はそっと黄札を掲げる。


 即失点にはならないが、警告二回で相手の得点。果ては失格のペナルティもある。


 台の外でコーチのオジカが顔を手で覆って落胆した。

 ゲーム開始と同時にタイムアウトを取るか悩みどころだ。


 レオニードはそっとラポムを解放した。

 少女の瞳がうるっとなる。


「はぁ……はぁ……落ち着きました。ありがとうございますレオニードさん」

「無理はしなくていい。ゆっくり慣れていこう」

「はい! が、がんばります!」


 ラポムが台に着き構える。


 相手校の選手は二人してニヤリ。一回戦でスーパーシードのレオニードと当たるとわかった時には絶望しかなかったが、ペアの少女はとんだポンコツだ。


 きっとパピメル家のごり押しで、新商品のイメージキャラクターのくせに無理矢理記念参加させられたんだろう。


 だからといって手加減などする必要はない。中堅校のペアだが、レオニードを倒せば立派な戦績だ。

 あくまで狙うは弱点となる赤毛の女の子。

 レオニードからの攻撃で失点するのは仕方ない。


 下克上チャンスの中堅ペアも身構える。


 金髪の貴公子が台に戻ったところで、審判が試合の続行を認めた。


 スコア0-1。


 レオニードのサーブで仕切り直しだ。


 ダブルスのサーブはシングルスのそれとは違う。必ず相手コート対角線上のエリアに入れなければならない。


 台の下でサイン交換。ラポムも落ち着いたようで、うんと頷いた。


 貴公子のサーブが放たれる。短く切れた下回転だ。相手の技量によってはネットに落とす威力だが、中堅ペアもなんとか返す。


 瞬間――


 一陣の風が吹き抜けた。


 少女はバックハンドで受けずに台の横に滑り込むように回り込み、甘く返った三球目を順手側上回転フォアドライブにして相手コートのミドルを真っ二つに割る。


 バウンドした魔力球の弾道は、上回転ながら低く沈み込んだ。


 返球しようとした中堅ペアの杖が球のはるか上で空を斬った。


 何が起こったのか、ラポム以外の誰もが把握しきれずにいる。


 少女は小さく拳を握った。


 会場に一瞬の沈黙。遅れて大喝采だ。





 突如として彗星のように現れた赤毛の少女に、ますます注目が集まった。


 客席の中には元グラーヴェ学園の決闘術部員の姿もあった。ラポムと最初に戦って敗北し、退部と同時に退学。


 もう二度と決闘術なんてしないと思いながらも、灯りに寄せられる蛾のようにこの会場にきてしまった青年は言う。


「眩しすぎて目が灼かれそうであります」


 言葉は歓声に呑み込まれ誰の耳にも届かない。


 が、彼は思う。


 あの少女を誰もが疑いの眼差しで見ていても、自分は「本物」だと知っていたことを。


「努力すれば、自分もあそこに立てるのでありましょうか」


 すでに退寮も済ませ、地元に戻ることにした青年はその足を会場の外に向けた。


 必ず全国大会の切符を自分の力で手にして、王都に戻ると決意して。





 三球目攻撃を決めきり、ラポムは呟く。


「返球成功。回転量に問題なし。パーフェクトです」


 ふぅと小さく息を吐く少女にレオニードも驚き顔だ。


「君の方から下回転を持ち上げるどころか、あれだけの上回転ドライブにするなんて……」

「新しい杖だからできたんですけど、レオニードさんのエッチなサーブのおかげです」

「破廉恥ではないぞ私のサーブは」

「は、はうぅごめんなさい。でも実際効いてますし」


 本来、魔力値5のラポムがいくら超高速で魔力をピンポイント連射しても、相手の力を上書きするのは難しい。

 が、レオニードが放ったサーブに秘密があった。相手の返球のパワーをごっそり削ったのだ。


 貴公子の魔力で甘くなった返球なら、ラポムから仕掛けることができる。

 自分から攻撃に転じられないという少女の弱点は、レオニードと組むことで克服された。


 青年は少女の頭をぽむぽむ撫で叩く。


「まったく……練習でしてもいないことをいきなり実戦で試して成功させるなんて、君はやはり非常識だ」

「いいじゃないですか上手くいったんだし!」

「ああ、いいとも! この調子で決勝までに私たちのスタイルを完成させよう」

「は、はい!」


 緊張も解け、試合の中で連携を磨き、二人は緒戦をフルゲームで突破した。





 後日、戦った中堅校のペアは語る。


 あのフルゲームは意図的にラポムたちに持ち込まれたものだった。

 自分たちは公式戦で練習相手をさせられたのだ……と。


 だが、中堅ペアは恨んではいなかった。

 先に舐めてかかったのは自分たちだし、なによりラポムとレオニードと打ち合うほどに、二人も課題が次々と浮かび上がったのだから。


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