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19.ワタシハオニンギョウ ワタシハオニンギョウ ワタシハオニンギョウ

 豪奢ごうしゃな白亜の宮殿は、パピメル家のタウンハウスだ。

 観光名所になるほどの通称「蝶屋敷」の一室で、ラポムはメイドに囲まれて全身ことこまかに採寸されていた。


「ど、どうしてこんなことするんですかロゼリアさん?」


 大会までの時間は一分一秒でも惜しいラポムだが、今日の放課後はロゼリアに拉致られてしまったのである。


 蝶の扇をバッと開いてお嬢様は言う。


「レセプションに制服で出席されては困りますの。パピメル家の沽券こけんに関わりますわ」

「へ? あの、わたしも出るんですか?」

「当然でしょう。各国の主要な魔法決闘術関連の人間が集まりますの。新開発したリンゴ酢ドリンクも振る舞われますわ。あなたにはドリンクのイメージマスコットキャラクター兼、ブルフォレスト家の名代としてレセプションパーティーに出席していただきますわ」

「わ、わたしがですか!?」

「他にいないでしょう?」

「むむむ無理です! パーティーなんて行ったことないですから!」


 ロゼリアがにっこり微笑む。


「あら、でしたらデビュタントですわね。世界中からの来賓が集まるなんてゴージャスでよろしくてよ! おーっほっほっほっほ!」


 扇をひらひらさせてお嬢様は高笑いだ。本当にこんな笑い方をする人がいるんだなとラポムは思うと同時に悲鳴で返す。


「ひえええええええ」

「どこから出したら、そのようなおどろおどろしい声になりますの?」

「ふつうに声帯から出ますから! あの、えっとぉ……その日はちょうど風邪を引く予定なのでお休みさせてください」

「逃げも隠れもできませんわよ。ラポムさんのお母様とは手紙でやりとりも続けていますし、娘をよろしくお願いいたしますと、頼まれてしまいましたもの」


 ロゼリアは王都でも名高い伯爵家の大貴族。辺境の弱小貧乏男爵家の娘が逆らえるものではない。


 加えてラポムの家族公認。もし逃げようものなら実家の母親が怒りのリンゴクラッシュをしてくるかもしれない。


 ラポムが派手にやらかすと、母親はリンゴを握りつぶせる握力で少女の顔面をぎゅうっとするのである。


 トラウマが甦り、ラポムは震え声だ。


「わ、わわ、わかりました。だからどうかリンゴクラッシュだけは勘弁してください」

「ちょっと何を言っているのかわかりませんけれど……ほら、もっと背筋をしゃんとして。メイドたちがメジャーを当てられないでしょう?」

「あの、やっぱり制服でいいです!」

「そういうわけにはまいりませんの。わたくしのドレスを貸してもよかったのですけれど、詰め物をしても胸が合わないですし」

「ロゼリアさんマウントですか? おっぱいマウントですか?」


 ロゼリアは扇で口元を隠した。


「あら、失礼。ともかくお直しするよりフルオーダーした方が早いのだもの。だから着ていく服がないという理由での欠席も許しませんわよ」


 外堀を埋められてラポムは「あっ……あっ……あっ……」と声を絞り出す。

 ドレスを作ってもらえるのは普通の女の子なら嬉しいことだ。

 けど――


「あの……ドレスを作るってことはお金が……」

「もちろんお友達価格ですから安心なさって。ちゃんと借金にしておいてあげましてよ」

「うきょああああああ!」

「無利子無担保で貸してあげるのだから良心的でしょう? それに、レオニード様が大会で優勝すれば、あなたに成功報酬として専属コーチ料を支払いますわ。ドレスは実質無料。悪い話ではないでしょう?」

「実質無料は無料じゃないですよぉ!」


 やりとりの最中もメイドたちが次々と採寸していく。


「幸い靴のサイズも変わりませんし、宝飾品はわたくしのコレクションから貸してあげましてよ。お化粧もばっちりキメッキメですわ」


 自分はロゼリアの着せ替え人形だ。と、ラポムは悟りを開いた。


「わたしはお人形……わたしはお人形……」

「なにぶつぶつ言ってますの?」

「お人形だからしゃべりません……」

「お人形遊びをするときは語りかけるものですわ」

「はうっ!? 言われてみれば納得です」


 もはやラポムに反論の余地なし。

 お嬢様は人差し指を自身の口元にそっと当てた。


「そうですわね。ドレスのデザインは、わたくしにお任せあれ。けど、色はどうしましょう? ラポムさんは好きな色はありまして?」

「えっ!? えっと……あの……」

「迷うようならグリーン系にしましょう。あなたの赤い髪がちょうどリンゴの果実みたいですし」

「それって樹木の仮装じゃないですか!?」

「リンゴ酢ドリンクの販促宣伝大使ですもの。ぴったりですわね。大丈夫。ちゃんとバランスのとれたデザインにしますわ。けど、お化粧して宝飾品を飾ったら祝祭のツリーみたいになるかも」

「いやあああああああ!」


 ロゼリアは楽しげだが、ラポムには不安しかない。


「さあ、すぐにデザイナーにコンセプトを発注しますわよ。レセプションは大会の前日。ドレス作成まで猶予も時間も待ったなしですわね!」


 鼻息荒いお嬢様に圧倒されて、赤毛がしょんぼりくたびれる。

 本当に自分は魔法決闘以外になにもできないんだと、ラポムは肩身を狭くするばかりだった。





 採寸が終わるとラポムはようやく釈放された。

 ご褒美(?)の紅茶タイムである。

 今回も焼き菓子を中心に振る舞われた。

 パクつくラポムにお嬢様は告げる。


「体型はきっちりキープなさいね」

「は、はう!? んぐッ!? 食べ過ぎですかわたし」


 マフィンを喉に詰まらせて少女はむせた。

 お嬢様はそっと縦ロール髪を左右に揺らす。


「逆ですわ。レオ様と練習を始めてから、ただでさえ小さかったのに少ししぼんでしまったようですし。しっかり食べてこれ以上体重を落とさないようになさって」

「は、はい! わかりました……けど」


 学食に独りで行くのが怖くて、ずっとキュウリサンドイッチ生活である。

 ラポムが素直に告白すると――


「わたくしはレセプションまで公欠ですし……レオ様を誘ったらいかがかしら?」

「えっ……でも……」


 レオニードと二人きりになってしまう。ラポムはドキドキしてしまいそうだ。

 なによりレオニードにぴったりなのはロゼリアなのに、自分が誘っていいのだろうか。

 と、赤毛の少女は不安になった。


「親衛隊にも事情は伝えておきますから、遠慮は要りませんわよ」


 ロゼリアはスッと返答した自分自身に驚いていた。

 親衛隊の誰それがという話ではない。

 レオニードを譲るなんて。

 本当はどんな理由があっても、あの人の隣に……一番近くに立っていたいのは自分のはずなのに。

 内心、お嬢様もラポムと同じように困惑している。


「他に頼れる人がいるというのなら別ですけど」

「あっ……えっと……」


 つっかえながらラポムは灰色髪の青年――フォンのことを思い出す。

 あの人は賑やかな場所が苦手だから、無理には誘えないかも。

 となるとやっぱり、レオニードしかいなかった。


「いない……です」

「でしたら出資者スポンサーとして命じます。今後、お昼は練習パートナーとしてレオニード様と一緒に、学院の食堂でしっかり食べて午後の練習に備えること。よろしくて?」

「は、はい! がんばります!」


 こうしてお茶会という名のミーティングも終わり、ラポムはパピメル家の馬車で学院まで送られた。

 今からでも夜の練習には間に合うだろう。

 手土産に焼き菓子をどっさり持たされる。


(――これ全部、練習のための燃料ってことですよね)


 ロゼリアにはロゼリアにしかできないことがたくさんある。

 自分が手伝えるのは魔法決闘の練習だけだ。と、少女は腹をくくった。




「君は本当に幸せそうに食べるんだな。ラポム・ブルフォレスト」


 学食はセルフのブッフェ形式だった。

 教育の質も一流なら学費も一流。

 食事も当然一流である。


 名門ユーニゾン学院が誇るランチタイム。人気の学食はレストランさながらで、夏期休暇時に一般開放があるほどだ。


 あまりの人気ぶりと期間限定なことからも、王都で最も予約が取れない店だという噂があるほどである。


 パピメル家の出資によってさらに質が向上し、メニューのいくつかはロゼリアがプロデュースしているとか。


 美味しさはもちろん運動部系のために、栄養バランスも考えたメニューが毎日日替わりだった。


 が、肉ばかり食べていれば当然バランスもへったくれもない。


「お肉……おいひいれす……ソースがフルーツなのにお肉とぴったりなんて新発見で目から鱗がぽろぽろです」


 涙ながらに少女は鶏もも肉のグリルオレンジソースがけを頬張る。気に入ると同じモノばかり食べてしまう少女は、すっかり虜になっていた。


「そ、そうか。それはなによりだ」

「ありがとうございますレオニードさん。一緒にいてくれて」

「ロゼリアにも君を放っておかぬよう言われたからな。いや、言われずとも……大事な練習パートナーだ。守るのは私の務めだろう」


 二人が食事するテーブルを中心に全方位に女子のグループが囲んでいる。


 レオニード親衛隊の精鋭たちだ。


 彼女らの放つ圧による結界で、他の誰もがラポムとレオニードに近づけない状態だった。

 誰かが下手にレオニードとラポムを揶揄しようものなら、親衛隊たちに取り囲まれて無言のプレッシャーで押しつぶされる。


 巣を守るミツバチが、集団で敵を囲んで蒸し殺す「熱殺蜂球形成」のように。


 全てはレオニード勝利のため。


 親衛隊の女子たちも心の中で涙しながら統制のとれた行動を取り、規律を乱すことはなかった。

 裏切り者があれば即制裁。ロゼリアを頂点としたグループの結束は鉄よりも固い。


 知らぬはラポムとレオニードばかりである。 


 もしレオニードが負けるようなことがあれば、彼女らの怒りの矛先は赤毛の少女に向かうだろう。

 

 平和なランチタイムを享受した赤毛の少女は、彼女自身が知らぬところで絶対に負けられなくなっていた。




 そんなこんなで練習の日々が続いたが――

 結局、大会前日になってもレオニードのフォア強打は戻らなかった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] だれもツッコまないので僭越ながらツッコミさせて頂きます。 お蝶○人! [気になる点] 原作連載開始からちょうど50年なのですね(遠い目) てかお蝶夫○って竜崎さんという名前がちゃんとあっ…
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