18.貴公子からのプレゼントが重すぎる件
翌日の放課後――
練習を始める前に、レオニードは台に着いたラポムの元に向かった。
「こっち来ちゃったら打ち合いになりませんよ?」
「いいんだ。それにしても……相変わらず髪一つまとめられないんだな」
「あうぅ……い、いつも妹が整えてくれたので」
「決闘術者である前に、君は淑女なのだ。身だしなみにも気を遣うべきだろう」
「ううっ……苦手かも」
「かくいう私もその……疎いのだ。ロゼリアがいてくれれば助かるのだが、彼女は大会のレセプション準備に追われている。だから……せめてこれを使って欲しい」
青年は小さな木箱から白金のバレッタを取り出した。華美な装飾はなくシンプルな半月形状だ。梨地で上品な風合いの代物である。
「え!? あ、あの……」
「これで髪をまとめるといい。過度に光も反射しないから試合でも使えるはずだ」
「う、受け取れませんよ!」
「好みのデザインではなかったか?」
「違います! 高そうですし……とっても綺麗で素敵ですけど、わたしがつけたらもったいないっていうか……」
「君につけて欲しい。さほど重くもないし、君の赤い髪にとても映えると思う」
「に、似合うって……ことですか?」
「そうだ。ただ、あくまで想像であって、実際につけたところを確認したいのだが、どうだろうか?」
レオニードの顔がうっすら赤らむ。
バレッタはラポムからみても美しくて素敵だった。
物語に出てくるお姫様の冠のような宝物。
こんなに素敵な品を、いつレオニードが用意したのだろう。
昨日の今日というタイミングだ。
もっと前から持っていないと説明がつかない。
と、思った途端にラポムは首を大きく左右に振った。
「だ、だ、ダメですよ! これ……ロゼリアさんへの贈り物なんじゃ……」
「ロゼリアに贈るはずだったモノを、気が変わって君に渡すような男に見えるのか?」
青年はムッとなった。ラポムは思う。
(――地雷踏んだかもー。んもーばかばか、わたしのばかー!)
でなければ、このバレッタはなんなのだろう。つい、少女の口が開く。
「け、けど、こんなに素敵な髪留めをレオニードさん、いつ用意したんですか? 自分用じゃないですよね?」
「当たり前だ」
「じゃじゃじゃじゃじゃあ、お金持ちパワーですか?」
「君は私が金に物を言わせて家の者に買ってこさせたというのか?」
ますます青年の眉間の皺が深くなる。ラポムは思う。
(――連鎖起爆! はい死んだわたし死にましたー!)
泥沼のコミュニケーション二連敗だ。
やはり自分はボッチのコミュ障。
魔法決闘くらいしかできない、女の子として人権皆無なリンゴの芯ほどの価値もない人間なんだ。
と、自虐で少女は頭を抱えて塞ぎ込む。
青年も「しまった」という顔だ。
最近は上手くやりとりできるような気がしていたが、ラポムは基本的に臆病な野生動物なのだ。
アイスブルーの瞳がじっと少女を見据えた。
「どうか頼む。何も言わずに受け取ってくれ」
これ以上、言葉を重ねるほどお互いに失言が飛び交いそうだ。
レオニードは祈るようにプレゼントを差し出す。
迫られて少女は――
「わ、わわわ、わかりました。使います! 使わせていただきます! ありがとうございます!」
青年はホッと息を吐く。どうしても、このバレッタの出所をラポムには秘密にしたかった。
母親の形見などと言えば、責任を感じて絶対に受け取ってはくれないのだから。
ラポムは白金のバレッタを手にしたまま硬直した。
「あ、あの、これ、どうやってつけるんですか?」
「君の女子力がまさかそこまでとは……わかった。私がやってみよう」
決闘術部は男所帯。頼れるロゼリアは今日も不在。
少女の背後に回って青年は髪を撫で整える。
ラポムの背筋に電流のようなものが走った。
「ひゃん!」
「す、すまない。いきなり触れてしまった。君の髪はその……整っていないだけで手触りは良さそうで」
「へ、変態ですよ!」
「君が自分でつけられないというから慣れないながらもしているのだろう。髪だって触らねば整えられまい」
「正論罪で刑事告訴します」
「弁護人を要求する」
わけのわからない口論をしつつも、レオニードはバレッタでラポムの後ろ髪をまとめあげた。
アップになりうなじがあらわになる。
青年は言葉にこそしなかったが――
良い。と思った。言えば正論罪にセクハラも加わりそうだ。
少女の髪が綺麗に整った。
レオニードは母親の面影を思い出す。
生前、何度か髪を留めるのを手伝ったことがあった。
まさかあの経験が生きるだなんて。と、青年は心の中で嘆息する。
同時に――
母の死から父親が変わってしまったことを思い出した。
暗殺だった。相手は元プロの決闘者くずれ。
敵の多いライオネア家である。レオニードの父、シンバが暗殺の標的だった。
母は庇い、帰らぬ人となった。
あれ以来、シンバは魔法決闘術を敵視するようになった。
それでも、家族が幸せな頃はあったのだ。
レオニードが魔法決闘術に初めて触れたのは、両親とともに王都の大型競技場で見た世界大会の時。
あの日も母はバレッタをしていた。
「……さん。レオニードさん? どうしちゃったんですボーッとして」
「あ、ああすまない」
少女はその場でくるんとターンして背を向けた。
「どうです? 似合ってますか?」
「とても良く似合っているよ」
「え、えへへ……嬉しいです。こんなに素敵な贈り物、人生で三番目です」
「三番……だと。また、私は三位なのか」
青年は落ち込んだ。三打数三安打。今日のラポムはある意味絶好調だ。
「あ、あわわわ待ってください直近では二番ですから!」
「一位ではないのだな」
「説明させてください! えっと、一番はお父さんがくれた杖で、二番はロゼリアさんが生まれ変わらせてくれた杖だから」
「それを言われると……決闘者としては同意せざるをえない」
「けど、魔法決闘を抜きにしたプレゼントでは一番です! レオニードさんが一番です!」
「な、ならばよし。では今日もよろしく頼む」
「はい!」
二人は台を挟んで対峙する。
打ち合いが始まれば時間はあっという間に過ぎていった。
ラポムは髪留めのおかげで集中力が増したと思う。
レオニードもラポムに応えるように、精神を研ぎ澄ませた。
◆
練習が一段落ついたところで、オジカコーチがレオニードを呼んだ。
「ちょっと借りてくんで嬢ちゃんは他の部員の相手してやってくれや。大会にエントリーすんのはレオニードだけじゃないからな」
貴公子は不満げだ。
「コーチ。今は時間が惜しい。わかっているでしょう?」
「いいだろちょっとくらい。つーかお前は休憩挟まないとぶっ倒れちまうぞ」
青年の肩に腕を回して「ほら行くぞ青少年!」と、オジカは講堂の外に出る。
「い、行ってらっしゃい!」
残されたラポムは雑用係に戻ろうとしたのだが――
「ラポムさん雑用は俺らにまかせてください!」
「あなたのようなお方に仕事を押しつけていた自分が恥ずかしいです!」
「カウンターのこつ教えてくれませんか!?」
「お前はカウンターの前にブロック覚えろよ。つーかブロックおなしゃす」
「レシーブどうしたらミス減らせるんです?」
「回転の見極め方教えてくださいお願いしますなんでもはしませんから!」
レオニードが独占しているラポムに技術指導を求める部員たちが殺到した。
「はわわわ! え、えっと……じゃあちょっとだけ」
男子たちに囲まれて挙動不審になりつつも、ラポムは質問に応えていった。
「えっと、カウンターはここでグッとやってパカーです。ブロックは四つあるんですけど、キュンってやるのとスンって落ち込ませるのとクイッて掛け返すのとパーン! ってやっちゃうのです。で、レシーブのミスはえっと、入れるだけならフワッとして、攻めるレシーブはキュンのピシッ。回転は魔力球を見るんじゃなくて、相手の杖の角度とか相手コート上の弧線とかネットを越えたあたりの弾速と弾道の雰囲気でアッハイって、察する感じです。あと、回転量は耳でヒュンってなったりもします」
全員ぽかんとしている。
ラポムには自分の技術を言語化する術が無い。
ほどなくしてレオニードだけが戻ってくる。
ラポムの難解なアドバイスに部員たちは全員頭をひねっていた。
青年が訊く。
「いったい何があったんだ?」
「みなさんから相談を受けたので、わたしなりのやり方を教えたんですけど……」
副部長が主将に補足説明をした。ラポムさんは擬音を多用する――とのこと。レオニードは頷く。
「ラポム。君のセンスは独特のものがある。一般レベルには少し難しいのかもしれないな」
「え!? へ、変ですかわたし?」
「良い意味で個性的と言ったのだ。ええと……少し気分転換にダブルスで軽く試合形式の練習をしてみたいと思う。私とラポムで組みたいのだが……」
ラポムはぶんぶんと首を振る。
「む、むむ無理無理無理ですよ! ダブルスなんてやったことないんですから!」
「ならなおさらだ。新しいことに挑戦するのは楽しい……違うか?」
「それを言われると弱いです。じゃあ、ちょっとだけ」
レオニードとラポムが台に並ぶ。
相手は副部長と二年のエースだ。
他の部員たちも台を囲んで試合の行く末を見守った。
結果は――
「負けましたッ! レオニードさんがポンコツすぎます!」
「な、なんだと? 君の方こそレシーブミスが多発しているではないか!?」
「あれはレオニードさんのサーブが切れすぎてて、普段、わたしに戻ってくる返球と回転が違うからです! もっと魔力値5くらいのサーブを出してください」
「そんな器用な真似が出来るか!! しかも普段の堅守な君がバンバン攻撃するのはどういうことだ?」
「な、なんかテンション上がっちゃって」
「私にブロックやカウンターでつながせるというのか、このポンポコ娘!」
「ポンポコじゃないです! なんでタヌキみたく言うんですか!」
勝った副部長たちを放置して、二人は子犬がじゃれ合うようにケンカする。
いくら慣れないダブルスとはいえ、散々な結果だった。
なのに――
それを見ていた二年生エースが副部長に言う。
「二人ともずいぶんと楽しそうでしたッスね」
「そうだな。案外向いてるんじゃないか? ダブルス」
レオニードとラポムが副部長ペアに詰め寄る。
「今のはウォーミングアップだ。次が本番だぞ」
「ダブルスのルールは理解しました。もう一試合お願いします!」
この日の部活はロスタイムぎりぎりまで、ダブルスの特訓になってしまうのだった。




