17.夜道にはご用心?
魔力灯に照らされた夜道を行く。
女子寮までは徒歩で十分ほどだ。
遠くに王都の灯りが瞬いていた。
ラポムは青年の背中に身を寄せる。
「重くないですか?」
「驚くほど軽いな。君のどこからあれだけの力が出るのか、信じられないよ」
レオニードの声色は優しい。
「こつがあるんですよ。抜重っていって、一歩目の動き出しの時に膝下の力を全部抜くんです。一瞬、浮くっていうか……体重が0になって、次に足が地面についた瞬間に、体重の二倍の力で床を蹴ることができるっていうか……」
「それも君の父君が?」
「はい! お父さんの打球に追いつきたくて、もっと早く動きたいって言ったら教えてくれました」
「君はずっと、そうやって練習し続けたんだな」
「遊んでもらってたんです。だから、今日は生まれて初めて魔法決闘術の練習をしました。おかげで足腰立たなくなっちゃったけど……てへへ」
青年には遊びと練習の違いがわからない。
「君にとっては区別があるのか?」
「遊びだったから、できないことはできないままでも良かったですし……けど、昨日できなかったことができるようになる。届かなかった球に手が伸びるようになる。返せなかった回転に合わせられるようになる。なんだか、ずっとずっと楽しくて。気づいたら今の自分になってました」
少女は饒舌だ。普段、なかなか自分のことを話さないラポムだが、レオニードにはすらすらと言葉が出た。
「練習を練習と思ったことが無かったんだな。君は……」
「い、今の練習はこれはこれで楽しいですよ!」
「無理をさせた。すまない」
「謝らないでください。大丈夫ですから」
「君が決闘を遊びだと思っていたことを勘違いして挑んだのも……すまない」
「おかげでこうして練習できるようになったんですから、きっと怪我の功名ってやつです」
少女は空を見上げた。今夜の月を父親も一緒に見ているかもしれない。
「遊んでもらってる時は、何も考えなくてよかったんです。お父さんはきっと、わたしのあれがしたいとか、これができるようになりたいとか、教えてくれるのにいっぱい考えてくれてて……大変だったんだなって思います」
レオニードは小さく頷いた。
「オジカコーチも私に教え始めた頃は、きっと苦労したのだと思う」
「大人って大変ですね。大人になんてなりたくないです」
「ああ、同感だ。ずっとこうして……君と遊んでいたいよ」
「えっ!?」
「今日は楽しかった。ありがとうラポム」
「ほ、本当ですか?」
「ああ。まさか他校に殴り込みにいくとは思わなかった。あのハラハラした感覚は試合でもないものだ。君がムーナンに勝ったことにも興奮した。できれば試合を見たかったと思うよ。君とこうして練習をしてムーナンとの戦い方が見えてきた。出来なかったことが出来るようになりそうで、とても楽しい」
青年は自然と笑顔になっていた。背中のラポムからは見えないが、声の雰囲気で本当に楽しいのだと伝わってくる。
レオニードが足を止めた。
「さあ、着いたぞ。ここからは男子禁制だからな」
ラポムが住まう第三女子寮の門前で少女を降ろす。
「あ、ありがとう……ございます。送ってくださって」
少女はちょこんと一礼した。足はまだふらふらするが、立って歩いて寮の自室に帰るくらいはできる。
顔を上げる。
赤毛はボサボサだ。
レオニードは軽く腕組みする。
「礼を言うのは私の方だ。いやしかし……これくらいでは足りないな」
「はい?」
「今後の練習のためにも……そうだな。きっと許してくれるだろう」
「どうしたんです?」
「なんでもない。明日は朝練もある。風邪を引くなよ」
言い残して青年は寮を後にした。
ぽつんと残ったラポムの顔が赤くなる。
夜風が吹いた。
「へっくち! あぅ。か、風邪引いたらやばいかも」
少女は小走りで寮の建物に向かう。
練習参加で遅くなることは事前に寮母にも伝えられていたので、夜食が準備されていた。
温め直された具だくさんのシチューが身に染みる。
パンも一斤食べきる勢いだ。
食事を摂りつつ、レオニードの力になれたことを、ラポムは誇らしく思うのだった。
◆
学院に戻る道すがら、レオニードの前に灰色髪の青年――フォンが姿を現した。
「もう日付も変わったというのに、君はこんなところで何をしているんだ?」
「夜の散歩を楽しみたくてね。この国は治安も良いし、街路に魔力灯もあるから安心して出歩ける」
「偶然とは思えないな」
タイミングが良すぎると貴公子は警戒気味だ。
フォン・ロン。つかみ所の無い留学生は神出鬼没だった。
先日、襲撃者からレオニードの命を救ってくれた恩人でもある。
「偶然じゃないなら、運命だったのかもね」
「私に用件があるなら手短に頼む」
「つれないね。少し歩かない?」
「明日も早い。寮に戻らなければならないからな」
「なら同じ方角だね。僕は四号棟だけど途中までは一緒でしょ?」
結局、並んで歩くことになった。
しばらく沈黙が続いたが、不意にフォンが口を開く。
「ラポムさんとは上手くやってる?」
「最初に会った時よりは、ずいぶん打ち解けたが……」
「もっと仲良くなれるといいね」
「君は……君の方こそラポムのことをどう思っているんだ?」
自分でもなぜ、こんなことを訊いてしまったのかレオニードにはわからない。
ただ、ラポムの知り合いというとロゼリアか、このフォンという青年だけなのだ。
「僕にとって彼女は触れることの許されない禁断の果実……かな」
「意味がわからないな」
「先輩が不安に思うようなことはないってことだよ。僕のことはいいんだ。それよりも、何かラポムさんに贈り物でもしてみたらどうだい?」
「贈り物?」
「こんな時間まで練習に付き合ってくれているんでしょう? きっと喜ぶんじゃないかな」
「い、言われるまでもない。ラポムには感謝している。私も何か形あるモノで返したいと思っていたところだ」
赤い瞳を細めてフォンは笑う。
「そっか。良かった。じゃあね先輩」
いつの間にか各寮への分かれ道までさしかかっていた。
フォンは自寮へと戻っていく。
残されたレオニードは夜空の月を見上げる。
天に昇った母親を思い出しながら。
「大切なモノですが、ずっと使われないままよりも……どうかお許しください」
青年はそっと目を伏せ祈るように呟いた。




