16.特訓大好きッ子のラポムちゃん
その日の夕刻――
ユーニゾン魔法学院の講堂に軽打と男女の声が交互に響いた。
「まったく君は常識外れすぎるぞ!」
「ごめんなさいごめんなさい! けどムーナンさんだって人間です! 勝てるんです! ムーナンさんを倒したわたしを倒せば実質レオニードさんの勝ちなんです!」
「事はそう単純ではないだろう。君が左利きであれば別かもしれないが……いや、忘れてくれ」
他の部員たちが練習していても、二人はずっとこの調子だ。
とはいえ、レオニードもラポムを責める気はなく、無事戻ってきてくれたことに安堵している。
「レオニードさん? 打球がちょっと高くなってますよ?」
「あ、ああ。すまない」
「謝らないでください! わたしが気づいたことはなんでもお伝えしますから!」
「わかった。そうだな……では、私が君を倒すまで特訓に付き合ってもらうぞ」
「臨むところです!」
元気に返すラポムだが、本当は後ろめたい。
レオニードに秘密にしていることがある。
仮想ムーナンの練習をするなら、少女にはもっと良い方法があった。
(――ダメです。やっぱり、それだけは。レオニードさんに嫌われちゃうのは……怖いから)
ラポムはウォームアップの軽打の手を止める。
「ちょっとだけ待っててださい」
簡素な紐を取り出して後ろ髪をまとめた。少し不格好だが気にしない。妹がしてくれるような綺麗な髪型でなくとも、練習の邪魔にさえならなければいい。
レオニードが姿勢を正す。
「準備は整ったかラポム・ブルフォレスト」
「はい。今夜は帰しませんよ」
「その言い方は……いや、いい」
いちいちツッコミを入れてはキリがない。と、青年は首を左右に振った。
不思議そうに目を丸くするラポムだが、気を取り直して提案する。
「試合形式の前にコース練習しましょう。こちらから球出しするので、レオニードさんはフォアでストレートに打ち込んでください。わたしの返球を今度はバッククロスへ」
「私は……フォアは……」
「大丈夫です。何度失敗したっていいんです。百回でも千回でも空振りしても、わたしはレオニードさんの前に立ち続けます。この台を離れません」
「わかった。君がそこまで言ってくれるなら」
二人の練習が始まった。
◆
講堂の入り口で、黒いもじゃ毛を揺らしてオジカが目を細める。
一服して戻ると、少しぎこちなかった二人がすっかり練習に集中していた。
内容は対左利きを想定としたラリーでの攻撃展開だ。
オジカが言ってもレオニードは拒否していただろうし、オジカ自身も無理矢理レオニードのトラウマを甦らせるような、フォア攻撃の練習をさせるつもりはない。
ラポムは怖い物なしだ。傷口に塩を塗り込むような方法だが、レオニードはこの練習に挑んでいる。
打球は甘く、時に繋ぎの球になり、王都で三位のレオニードがフォアのスイングで空振りを連発した。
だが、二人は止めない。
オジカは頭を掻く。
「ったく、理論よりも根性でどうにかしようってのか」
隣にロゼリアが立った。レオニードの練習を応援に来た彼女の視線は寂しげだ。
「わたくし、レセプションの準備もありますし本日は失礼いたしますわ」
「そういや、今度の大会はパピメル家が協賛だったな」
「ええ。各国から来賓も招いて盛大なパーティーを催しますわ」
「飯出るのか?」
「当家の料理人たちが腕を振るいましてよ。特別なお料理も用意していますし。期待してくださって結構」
少女は小さく胸を張る。
「そいつは楽しみだ」
「打ち合わせがありますのでこのあたりで。ご機嫌ようオジカコーチ」
「二人に挨拶していかなくていいのか?」
「レオ様の集中を途切れさせたくはありませんから」
蝶の扇を開いて顔を隠しながら「ごめんあそばせ」とロゼリアは講堂を出る。
夜の風が木々を揺らす。
少女の頬に涙が伝った。
レオニードがフォア強打の練習を再開し、対等以上に打ち合うパートナーもできたというのに。
(――おかしいですわね。うれし涙が塩辛いだなんて)
ラポムがレオニードに牙を剥かない限りは、お友達でいてあげる。
あの言葉に嘘は無い。
(――あの子のおかげでレオ様は前を向いていられるんですもの。わたくしにはできなかった……だからこれでいいはずですわ)
それでも――
二人の距離が縮まるほどロゼリアの胸は締め付けられた。
◆
練習は深夜十二時まで続いた。
他の部員も居残り練習はしていたが、最後の二時間はラポムとレオニード、二人だけの時間だった。
とはいえ――
「ま、若い二人が燃え上がらんよう見張りは必要よな」
オジカもつきっきりだ。
練習を終えた貴公子がタオルに顔を埋めて汗を拭いながら言う。
「変なことを仰らないでいただきたい」
ラポムは赤面した。
「燃え上がるってそんな……あの……わたしなんてちんちくりんでぺったんこで……」
なによりレオニードにはロゼリアがいるのだ。
二人はとてもお似合いで、並んで歩く姿はとっても絵になると思う。
だが――
「き、君はその……君にしかない魅力があるだろう。もっと自己評価を上げて良いのではないか?」
青年のフォローにますますラポムは赤くなった。
「あわわわわももももったいないお言葉です! 褒められると恥ずかしくて死んじゃいます」
「そ、そうか。すまない」
気まずそうに沈黙する二人にオジカは思う。
青春の光のまぶしさに目が灼かれそうだ。
お前らもうペア組んでダブルスでも出ちまえよ――と。
(――いや、ありなんじゃねぇか?)
一服したくなったが煙草入れは空っぽだ。
今日の練習でレオニードも仕上がってきたが、ラポムの動きもさらに洗練されていた。
二人はまるで長年連れ添ったかのように息が合っている。
オジカは告げる。
「二人とも今日はお疲れ。片付けは俺がやっておくから先に上がってくれ」
「い、いけません! わたしがやります! 雑用係なんですから!」
ラポムがその場でぶんぶんと頭を左右に振る。
髪をまとめた結び紐が解けてぼさぼさっと広がった。
今日は午後からずっと打ちっぱなしだ。
加えて、少女にとって初めての「練習」で消耗したらしく、足はガクガク。今にも生まれたての子鹿のようにプルプルしたまま倒れそうである。
少女はどさっとその場に尻餅をついた。
オジカが頭を掻く。
「ったく。こんな時間じゃ馬車も呼べんだろ。レオニード。ラポムを背負って女子寮まで送ってやれ」
「な、なんですと?」
「なんですとじゃねぇよ。言った通りだ。大事な練習パートナーだろ?」
「で、ですがその。背負うということは……」
「別にお姫様抱っこでもいいんだぜ?」
オジカはニヤリ。
ラポムが涙目になった。
自分がふがいないばかりにレオニードを困らせてしまっている。
立ち上がろうとして少女はベタンと転んで床につっぷした。
レオニードは頷くと手を差し伸べる。
「君さえ良ければ寮まで送ろう」
「え、ええ、えっと……はい。ありがとう……ございます」
持ちきれない荷物は講堂に残し、明日回収することにしてラポムは青年の背におぶさる。
二人とも汗に濡れて練習着や運動着の上からでも、密着するとひんやりした。
「あ、汗臭いですよねわたし」
「お互い様だ」
青年は「ではコーチ。お先に失礼します」と一言断って、ラポムを背負ったまま講堂を後にした。
遠のくレオニードの背に手を振ってオジカは苦笑いだ。
「ったく、色々と手間のかかる愛弟子だよ。お前さんは」
今日一日の練習でレオニードは対左利き戦術を理解した。
だが、攻めの起点となるフォアストレート強打は一本も決まっていない。
残りの日数でどこまで克服できるか。
いくら戦術があっても、実践できなければ机上の空論だった。




