15.対決! 鉄壁VS天才
グラーヴェの二強。
黄金の太陽。最強の矛、ヘリオス。
対を成す白銀の月。鉄壁の楯、ムーナン。
ラポムは目を丸くした。
「え、あ、あのじゃあ、あなたがお兄さんのヘリオスさんなんですか?」
「そだけど意外だった? 失礼しちゃうなぁ。これでも主将張ってんだけど」
軽薄チャラ男改めヘリオスは人なつっこく笑う。
言われてみれば二軍三軍の生徒を勝手に退部にしたりと、ヘリオスはやりたい放題だが誰も異論を唱えなかった。
一方――
弟ムーナンの方は表情筋が硬直したように眉一つ動かさない。ラポムに視線を向けもせず台についた。
「……試合、近いから十五分で終わらせるね」
「よ、よろしくお願いします!」
「……僕は負けたら退部だけど、君が負けたらどうする?」
「ど、ど、どうすればいいですか?」
「…………」
「あの? ムーナンさん?」
「……面倒くさいからいいや。どうでも」
考えるのもおっくうらしい。兄のヘリオスは「ごめんな。こういう奴なんだよ」と愛想笑いだ。
外見はそっくりな双子なのに陰陽ぱっきり二つに分かれていた。
「……僕のレシーブからでいい?」
「は、はい。じゃあこっちのサーブで」
ムーナンは左手に杖を構える。前傾姿勢だが適度に脱力していた。
(――レオニードさんが言ってた通り、左利きです)
ラポムは圧倒的に試合経験が足りない。
相手は王都の年代別二位。左利きと戦うのは、これが初めてだ。
(――大丈夫。わたしなら左利きでもなんとかできます)
ヘリオスが審判について、試合の幕が切って落とされる。
ラポムの弱点はサーブだった。
コースの長短や低く入れるコントロールはあるのだが、回転量は魔力値5のそれであり、返球自体は簡単だった。
だからこそ先に不利なレシーブをとり、二点先取することで少女は相手にプレッシャーを与える。
レシーブを選んだ場合、競った9-9の場面でデュースになる前に二連続でサーブが打てる利点もあるのだが、サーブの弱いラポムにとってはあまり意味がない。
ムーナンは試合を観察し、ラポムの分析を終えている。
得点源はカウンター。反応と読みはおそらく自分と同レベル。
ブロックは硬くきっちり台に収めてくる。
ラリー主体。三球目攻撃をカウンターするために、相手にわざと打たせる球を出す傾向にある。
誘いにさえ乗らなければ、少女にムーナンの楯を貫く武器は無い。
銀の瞳はラポムの戦術を解き明かした。
少女のサーブをバックハンドストレートで差し込み、ラポムが飛びついたフォアクロスに合わせて待ち伏せるようなカウンターで仕留める。
教科書通りの展開だ。
二軍、三軍の部員が一点も取れなかったラポムから、ムーナンはあっさり得点した。
先ほどまでお通夜ムードだった部員たちが大いに湧き上がる。
ラポムはたった一度のやり取りで、逆にムーナンを解析し彼の戦術を理解する。
(――この人、わたしと同じなんだ)
鉄壁の名は伊達では無い。
が、基礎魔力値は2300対5。
違いはまだあった。
右と左。
単に回転方向が逆になるというだけでやっかいだ。
ラリー展開も右利きを相手にするのとは違ってくる。
少女は深く、静かに領域に潜行した。
子供の頃からずっと遊んでくれた父親は右利きだ。
それでもラポムは左利きの戦い方を熟知している。対戦はしたことがなくとも――
試合が進む。
ムーナンのカウンターが次々と突き刺さり、ラポムはあっさり3ゲームを失った。
異変は、後が無くなった4ゲーム目に入ってから。
ムーナンもラポムと同じく読みに長けた決闘者だ。
審判をしながら、兄のヘリオスが真剣な眼差しで呟く。
「こりゃ負けるなムーナン。俺以外に何年ぶりだよ」
顔色一つ変えなかった鉄壁のムーナンが息を荒くする。
ラポムも同じく消耗はしていたが、青年の読みを外しつつあった。
左利きが嫌がる展開に持ち込んでいくのも上手い。
ラリー展開では常にラポムが先んじてストレート攻撃をするようになっていた。
少女は先制を許したが失ったのではない。
3ゲームをラポムは情報収集に努めた。
レオニードに情報を持ち帰るのが目的だったが、その攻略方法は4ゲーム目から実証段階に移されたのだ。
ムーナンの癖。回転の種類。フェイントモーション。サーブの数。ラリーの組み立て方。
鉄壁の敗因は、ラポムに手札を見せすぎたことにある。
予告した十五分で終わらせる宣言はとっくに超過していた。
ゲームカウント3-3。ポイント11-10。ラポムのサーブでマッチポイントを迎えた。
あと一点で鉄壁の楯が敗北する。
ムーナンにとってラポムとは、悪夢が具現化したような存在だ。
まるで鏡と戦っているのかと錯覚する。しかもこの悪夢はムーナンの読みをすり抜け、欺き、騙すのである。
「……ねえ。名前……なんていうの?」
「ラポム・ブルフォレスト……です」
「……僕が勝ったらさ……うちの学校に転校しなよ」
「ごめんなさい。この試合、わたしが勝つから転校とかしません」
「……そう。残念」
ラポムのサーブが放たれる。相手のフォア側、サイドラインを切るコースだ。
それを読み切り、厳しい角度でムーナンは打球する。
台に対して大きく角度がついたラリーになった。
ムーナンはあと一点取られれば負けるという窮地を脱したと確信する。
彼女の最大の弱点は小柄なこと。
フットワークでは補いきれない広角の打ち合いになれば、余計に手が届かない。
逆襲を受けているのにラポムは冷静だ。
(――この展開でもし、わたしなら……)
少女は領域のさらに深いところにまで潜る。
対岸で銀の瞳に鋭い眼光が宿った。
勝負所だ。
見せていなかった最後のカードをムーナンはオープンする。
横回転の掛かったカットブロック。
ラポムでは絶対に追いつけないタイミングでの返球。
だが――
少女は打ち返した。
ムーナンのストレート側をノータッチで抜く鋭いカウンターが炸裂する。
少女は読み切っていた。一球目から「詰み」までチェスの名手のような運びだった。
最後の一手をムーナンは読み違えたのである。
ラポムはバックハンドでは絶対に届かないコースに杖を伸ばしていた。
ムーナンがカットブロックを放つ前に、左手に杖を持ち替え「フォアハンド」にして待ち受けたのだ。
「……驚いた。左でも打てるなんて」
「あ、あのえっと、勝ち……ましたけど」
勝利したにもかかわらずラポムは困り顔だ。
「……何?」
「や、辞めないでください! わたしに負けても辞めないでほしいんです!」
「……そう。兄さんはどう思う?」
ぼんやりとしたムーナンの視線を受けて、兄ヘリオスが腕組みをした。
「お前が辞めんなら俺も辞めっけど? それにほら、勝ったこの子が言うんだしいいんじゃね?」
「……じゃあ、辞めない」
少女はほっと安堵する。
双子を倒すのがレオニードの目標なのに、いなくなられても困るのだ。
グラーヴェの部員たちはムーナン敗北のショックで阿鼻叫喚である。もちろん、ムーナン辞めろなどと口にする者はいない。
双子に憧れて入って来た部員たちである。口だしできるのは、ラポムとムーナンに勝てる人間だけだ。
負けたムーナンは、けろっとしていた。
ヘリオスが台から弟をぐいっと押し出す。
「んじゃ次、俺っちな! お嬢ちゃんが勝ったら、このあと美味しいジェラートの店でおごってあげんよ。で、俺っちが勝ったらこのあとジェラートの美味しい店までデートでどう?」
「は、はいッ! って、それ勝っても負けても同じじゃないですか?」
「いいじゃん別に。つーか早く遊ぼうぜ! 早く早く早く早くぅ!」
金の瞳がキラキラと輝いた。
「遊ぶ……ですか?」
「そーそー! なんかさぁ、初見でムーナンのカットブロックに反応するどころか、土壇場で杖の持ち替えなんてやられたらもう、痺れるって感じ? えっと、名前なんだっけ?」
「ラポム……ですけど」
「ラポちゃんとなら、俺っち遊べると思うんよね。最近ムーナン遊んでくんねぇし」
期せずして兄のヘリオスとも対戦のチャンス到来……だが。
(――うう、勝っても負けてもジェラートデートって……どどどどうしようぅ)
迷って返答が遅れたラポムの元に、金髪の青年が颯爽と現れた。
「何をしているんだラポム・ブルフォレスト!」
「あれ? レオニードさん?」
「君は雑用係とはいえ、ユーニゾン魔法学院の決闘術部員なのだ。学院に無許可で対外試合なんてもっての他。もし敗北すれば……君は退学除名処分になるんだぞ!?」
知らなかった。そんなの。
退学レベルの厳格なルールがあるなんて……と、少女は青ざめる。
割り込まれてヘリオスがレオニードに中指を立てた。
「おいこらラポちゃんとどういうご関係ですかお前?」
ヘリオスの隣に立ってムーナンが耳打ちする。
「……よく見て兄さん。ユーニゾンの主将の人だよ」
「ん? あ、そういやいっつもムーナンに負けてる奴だよな」
二人にとってレオニードは表彰台の下にいつのまにか立っているくらいの存在だった。
咳払いをしつつ、金髪の貴公子は一礼する。
「このたびは、我が部の部員がご迷惑をおかけした」
ヘリオスが笑う。
「いいっていいって。なんかラポちゃん強かったし。よかったらうちにくれよ! ユーニゾンの主将さん?」
「お断りする。ところで……」
心配そうにレオニードはラポムを見つめた。
「か、勝ちましたから! 安心してください!」
「勝った……のか?」
「はい! ムーナンさんの方だけですけど!」
青年は複雑そうな表情だ。
ラポムが学院規約によって退学せずに済んだことに安堵しつつも、白銀の月――ムーナンを撃破してしまったのである。
道場破りの殴り込み形式な練習試合で。
レオニードよりも先に。
ぽやぽや~っとした顔のラポムが続ける。
「ところで、どうしてレオニードさんがここに?」
「練習が始まったというのに君の姿が見えないので、心当たりを訊いて回ったのだ。幸い……と言っては失礼だが、君の交友関係は広くない。ロゼリアが知らないというので、図書室のフォンに尋ねたところ……ここにいるかもと」
「あ~! そうだったんですね」
「フォンも悪気は無かったのだろう。決闘術部でもないし、留学生の彼が規約を知らなかったのは仕方ない。が、それにしたところで君の行動は軽率すぎるぞラポム」
「うう、ご、ごめんなさい」
「まったく。髪だってぼさぼさじゃないか」
「あうぅ……ちょっとはしゃぎすぎました」
「荷物を持ちたまえ。撤収するぞ」
レオニードは少女の手を取り歩き出す。
急に手を握られて少女は恥ずかしさで顔が真っ赤になった。
(――やだやだどうしよう手汗やばいんですけどぉ)
金髪の貴公子は気にする素振りも見せず、ヘリオスに告げた。
「では、失礼する。今後、こういった事が起こらないよう、このタヌキ娘にはきちんと言ってきかせるので安心してほしい」
「だ、誰がタヌキですか!」
「うるさいぞポンポコ娘。私がどれほど心配したか……」
「あうぅ……すみませんでした」
縮こまるラポムの背中にヘリオスが声を掛けた。
「今度一緒にジェラートデートだかんねラポちゃん!」
「え、ええぇッ……」
すかさず貴公子が青い瞳を少女に向けた。
「いったいどういうことか、帰りの馬車で説明してもらうぞ」
「は、はぁい」
レオニードに喜んでもらうためのかち込みが、怒られる結果になってしまったラポムだが、実際にムーナンと戦ったことで得られたものは少なくなかった。




