14.こんにちは! 入れてください! 道場破りにきました!
一日ごとに大会の足音が近づいている。
打開策を見つけられないままのラポムは、昼休みに池の畔にやってきた。
ベンチに座って、キュウリのサンドイッチを食べていると――
「やあ、ラポムさん。久しぶりだね」
「フォンさん?」
柔らかい声の主が赤い瞳を糸のように細めた。
「隣、いいかな?」
「は、はい」
「悩んでるみたいだね」
「え? なんでわかるんですか?」
「悲しい瞳をしていたから。何が君をそんなに悲しませるんだい?」
灰色髪の青年は波ひとつ立たない水面のように落ち着いている。
ラポムは小さく息をつく。
フォンは少し変わっているけど、レオニードが街で襲撃された時も助けてくれた。
相談してみるのもいいかもしれない。
「次の魔法決闘術の大会で、レオニードさんは一度も勝ったことがない相手と戦うんです」
「それで?」
「わたしは、レオニードさんに勝って欲しい。勝たせたいんです。けど、どうしていいのかわからなくて。練習のパートナーを務めることしかできなくて」
「パートナーをできるだけでもすごいんじゃないかな?」
「こんなことなら、最初からパートナーしてればよかったです」
少女はしゅんっと視線を落とす。
「強いのかい? その相手って」
「はい。どんな戦いをするのか、わたしは見たことないですけど」
「なら見に行ったらいいんじゃないかな」
「えっ!?」
少女は半口を開けてぽかーんとなった。
フォンは続ける。
「なんなら君が練習試合を申し込んで、倒しちゃえばいいよ」
「け、けど、そんなこと……」
「レオニード先輩に見せてあげればいい。勝てない相手じゃないんだって」
「か、かか、勝てるとは限りませんよ!?」
「勝つよ。きっとね。根拠はないけど」
「こ、根拠もないのに!?」
「敵を知ることは大事だし、ラポムさんなら攻略法を見つけられるかもしれない」
フォンはベンチから立ち上がった。
ラポムがお尻をそわそわさせる。
「あの、もう行っちゃうんですか?」
「うん。今の君はさっきまでの君とは目が違うから」
「目……?」
「悲しい色は消えて、希望の光が宿っている。もう心配はいらないね。じゃあね、リンゴちゃん」
そよ風のように青年は去った。
やっぱり変な人だと、ラポムは思う。
ただ――
(――偵察も雑用に含まれますよね?)
少女は手早くサンドイッチを平らげた。
◆
放課後になるとラポムは荷物をまとめる。
乗合馬車で王都中心街に向かい、乗り継ぎでグラーヴェ学園前駅に降り立った。
下校するグラーヴェの生徒たちの眼差しに怯えつつも、耳を澄ませる。
軽快な打球音のする方に引き寄せられた。
ひときわ大きな室内訓練場に到着する。
中を覗けば決闘台が四十台ほどずらりと並んでいた。
部員数百名超え。一軍から三軍まで組み分けられているグラーヴェの魔法決闘術部である。
常に王都の十八歳以下年代別公式戦で表彰台の上位二つを独占する、ジェミナス兄弟が入学してからというもの、三軍にすら入れない生徒で溢れるほどの超人気名門校だ。
他の部はおまけのようなもので、学園のすべてが決闘術部のためにあると言っても過言ではない。
ラポムは訓練場に足を踏み入れると声を上げた。
「すみませ~~~~ん! ムーナン・ジェミナスさんと魔法決闘試合をさせてくださ~~~~い!」
時雨のような打球音がぴたりと止む。
部員たちの視線が赤毛の少女に集まった。
茶髪に金眼の中肉中背の青年が笑う。
「あっはっはマジでうけるんだけど。女の子じゃん。君、かわいいね? 今から俺とさぼって甘い物とか食べいかない?」
チャラい。軽い。ラポムは軽薄さに少しだけいらついてしまった。
「わ、わたしは本気です」
「んで誰ちゃんなの? 制服はユーニゾンっぽいけど」
「も、申し遅れました。わたしはユーニゾン魔法学院の魔法決闘術部で雑用とか色々やっている、ラポム・ブルフォレストです」
茶髪君は「はぁ?」っと声を上げた。そのまま続ける。
「雑用って選手じゃないの? 今日って練習試合とかあったっけ? つーかさ、女の子じゃん」
「お、女の子が決闘術しちゃいけない法律なんてありませんよ! 杖だってありますし!」
少女は外套のホルダーから杖を取り出した。むふーっとどや顔だ。
「うおわぁ! マジかよ! これ市販品じゃないじゃん? カスタム品? 刻印は……あ~やっぱユーニゾンだしパピメルかぁ。あの有名なお嬢様の知り合いなわけ?」
「ロゼリアさんとはお友達で、こ、これはお友達価格で作ってもらいました」
「お金持ぃ~! ヨシ! ちょっとそこの一年。軽く遊んでやってよ」
どうやら茶髪君は三年生らしい。
指名された一年生が「ハイッ!」と気合いのこもった声を上げた。
茶髪先輩が言う。
「あ~でもどうする? うちでちょっと練習するにしても、制服じゃ汗掻いちゃうんじゃない?」
「う、運動着なら持ってきてます」
「そっか。ま、更衣室あるから使ってよ」
男子部員しかいないグラーヴェの決闘術部だが、施設そのものは授業でも使うためか、きちんと女子更衣室が用意されていた。
着替えて戻ると、先ほど指名された一年生が台についている。
「んじゃ、俺が審判やるんで。一年は今、何軍?」
「三軍であります」
「もし負けたら退部ね」
「は、ハイッ! 自分は相手が女性だろうと手は抜かず、負けるつもりもありません!」
ラポムも台についてちょこんと一礼した。茶髪先輩が言う。
「コイントスめんどいし、お客さんに選ばせてあげんよ。サーブとレシーブどっちがいい?」
「レシーブでお願いします」
「オッケー。じゃ、7ゲームマッチで試合開始ッ!」
4ゲーム先取した方の勝利である。
右手に杖を構えて少女はレシーブの姿勢に入った。
対戦相手はグラーヴェの一年生。この春入部したての三軍だが、構えからして素人のそれじゃない。
ラポムは思った。
(――ごめんなさい。あなたが泣いても……倒します)
グラーヴェの一年生が高速ロングサーブを放つ。
次の瞬間、ラポムの鋭い返球が相手コートのフォア側左隅にピンポイントで着弾した。
茶髪先輩が淡々と「0-1」と得点をコールする。
そこからは――一方的だった。
三軍といえども、地方の大会では常に表彰台に立ってきた。
レベルの高いグラーヴェで二軍にすら上がれないという現実に、入学早々プライドが打ち砕かれた。
それでも憧れのジェミナス兄弟と同じ場所で練習できるだけで嬉しかった。
そんな一年生の想いを無慈悲なラポムのカウンターが破壊していく。
読みは外され待ちはコースの逆を突かれた。
変幻自在。どんな体勢からでもラポムはフォアバックミドル長短に打ち分けてくる。
グラーヴェの一年生は、一点も取れないまま3ゲームを奪われた。
4ゲーム目も試合は大詰めだ。
「なんでだ! なんで……なんでお前はミスしないッ!?」
「…………」
「壁なのか? そうか壁なんだ……お前は人間じゃない! 壁なんだ!」
「…………」
普段ならイマジナリー妹が出てきて「お姉様のお胸は断崖絶壁じゃありません!」と、抗議するところだが――
ラポムはすでに領域に入っている。
相手の打球に反応し最適解で返球する。
ただそれだけで、相手は簡単に壊れた。
試合の勝敗を決める最後の一球を、ラポムは容赦なく相手のコートに打ち込む。
茶髪先輩が言う。
「ゲームアンドマッチ。勝者、ユーニゾンの女の子の人。負けたお前は退部な。次、誰かこの子とやるやついるか? 勝ったら三軍からでも即一軍レギュラーにしてやんよ」
茶髪先輩の言葉に三軍どころか、二軍の生徒たちもざわついた。
部員数の多さから一軍に入ることは夢のまた夢。
それがかなうかもしれない。
今、負けたのは三軍の一年生が弱かったからだ。
ラポムの元に野心をもった部員たちが殺到した。
が――
一時間と経たず五人ほどが退部になった。
(――レオニードさんの方が、もっともっともっと強いです)
ラポムが本物だとわかると挑戦者はいなくなり、広い訓練場を沈黙が包む。
少女は額の汗を拭った。髪が少し邪魔だ。
茶髪先輩に訊く。
「あの、ムーナン・ジェミナスさんと試合……させてください」
茶髪先輩は頭を掻いた。
「負けたら退部だけど、どーするムーナン?」
取り囲む大勢の部員たちの中から、茶髪先輩と同じ顔かたちの青年が姿を現した。
瞳の色だけが銀色だ。
「……その条件でいいよ兄さん。だいたい理解ったから」
双子が並んだ。
レオニードの前に立ちはだかる双璧が、今、ラポムの目の前に立ち塞がった。




