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13.あなたのためにできること

 大会まで三週間を切った。

 部員たちが帰ったあと、レオニードは独り残ってサーブ練習に打ち込んだ。

 学院に申し出て、特別に講堂の時間外使用許可を取ったのだ。


(――フォアに頼れないのであれば、サーブからの展開で三球目までに決めきるまでだ)


 受ける相手のいない魔法球は、コートからこぼれると蒸発するように消える。

 回転の手応えはあった。だが、どの程度「かかって」いるかは相棒パートナーに確認しなければ、わからない。

 それでも無心でサーブを続ける。

 見えない重圧に追い立てられて、逃げるような気持ちで、それでも続けるしかない。


 ラリー戦で順手側フォアハンドを振るのが怖い。

 主将として周囲を心配させないよう、先日の練習試合では相手を圧倒してみせた。

 極力、返球を自身の逆手側バックハンドに集めるような展開に持ち込んだのだ。

 ダブルスこそ落としたが、勝利に決闘術部の志気は高い。


(――私がみなの足を引っ張るわけにはいかない) 


 部員にもロゼリアにも打ち明けていないことは他にもあった。

 次の大会で双子に勝たなければ、レオニードは一足早く強制卒業だ。

 そうなれば、自分のために推薦入学したラポムはどうなる。

 ずっと支えてくれたロゼリアも立場が危うい。


(――負けるわけにはいかない。いかないんだッ!!)


 たった独り。


 全てを背負って杖を振るう青年の背中に――


 少女が声を掛けた。


「レオニードさんのサーブ、受けてもいいですか?」


 金髪の貴公子は振り返る。

 今日もパピメルの研究施設に行ったはずのラポムが、ちょこんと講堂の入り口に立っていた。


「ラポム……受けるって……君は……」

「えへへ。ちょっと遅れちゃいましたけど、お待たせしました」


 少女の手には新造された短杖が握られていた。


「な、直ったのか?」

「直してもらったっていうか、生まれ変わった感じです。まだちょっと手になじんでないので、上手くお相手できるかわかりませんけど」

「私と……打ってくれるのか」

「はい。今度はごっこじゃなくて、真剣に魔法決闘に向き合います。ここまでしてくれたロゼリアさんのために。わたし自身のために。わたしを必要としてくれた、レオニードさんのために」


 ラポムは台につく。

 二人が対峙するのは二度目だ。

 最初とは状況が何もかも、違っていた。

 たった一度きりなのに、レオニードには懐かしく思える。

 敗北の苦々しい気持ちよりも、うれしさが勝った。

 青年は姿勢を正して身構える。


「軽く合わせよう」

「時間が惜しいです。今は一分一秒でも……だからゲーム練習で行きましょう」


 レオニードのサーブで決闘試合形式の練習が始まった。


 ラポムのフォアに短く魔力球が飛ぶ。

 青年の下回転が強くかかった打球を、ラポムは返すのに失敗した。

 ネットに掛かったのをみて青年は訊く。


「杖が変われば感覚の調整にも手間取るだろうが、君らしくもない」

「ち、違います。今のはレオニードさんの回転が私の想定を越えてたんです。低くて短くて、それでいてゆっくりねっとりのとってもエッチなサーブでした」

「は、破廉恥だというのか!?」

「はい! 嫌らしくてとっても効くと思います。わたしは今のサーブがある前提でフォア前を常に警戒しなくちゃいけません」

「つまり、バック側へのロングサーブで揺さぶれるというわけだな」


 決闘術の基本的な流れだが、まるでお互いに初めて学ぶ者同士のように確認した。

 魔力球を打てば、返ってくる。

 言葉を伝えれば、戻ってくる。

 久しく、レオニードが感じていなかった喜びが、決闘台の上にはあった。


 二球目のレオニードのサーブは、バック側への速くて深いロングボール。

 ラポムはバックハンドでバウンド直後を捉えて、早いピッチでストレートに返す。

 ライジング気味のブロックがレオニードのフォア側に浅く入った。

 弾道は低いが上回転が残ったままだ。

 レオニードの腕があればフォアカウンターをするのにうってつけの返球だった。

 

 だが――


 青年は打ちごろの球を見逃した。回転量と弧線を重視したループで返す。コースはクロス。精度は十分だが高いバウンドだ。

 ラポムのノーモーションフォアカウンターが、稲妻のようにレオニード側のコートに突き刺さった。


「さすがだなラポム」

「やっぱり……ダメなんですね。フォアが……」

「な、なんの話だ?」

「わたしと最初に打った時もそうでした。フォアハンドが弱点とオジカさんに聞いてましたけど……今はもっと酷いです。繋ぎのループも回転量が落ちてます」


 魔法決闘でラポムに嘘は通じない。諦めて青年は素直に首を縦に振った。


「ああ。そうだ。私はフォアを強打できない。一番の得点源だったが、もはや紙一枚打ち抜ける自信がない」


 彼女だけが全てを見抜いて、苦言を呈してくれた。

 つらいことのはずなのに、レオニードには嬉しい。

 なによりラポムは言葉を返してくれる。


「まずは何も考えず打ち合いましょう」

「わかった。よろしく頼む」


 レオニードはフォアの強打こそ無かったが、振り抜いたバックハンドの威力は並の決闘者のガードを吹き飛ばす威力である。


 ラポムは綺麗に受け止めた。ただ、返球するだけでなく威力を殺し、浅く短くコートに落とす、強打封じのブロックショットだ。

 青年の技に少女は最適解で応えてくれた。

 自分と同等……いや、それ以上。守備面はラポムの方が巧者である。


 一方で、彼女は自分の力だけでは強打が出せない。レオニードが打ち込まない限り、ラリーが続いた。


 少女は短い球で返すようになる。器用さと繊細さが求められる台上での近接戦闘だ。

 少女の打球は柔らかかった。

 魔力球の曲面を撫でるように捉える。


 レオニードがどれだけ回転方向を変えて仕掛けても、少女はそれを利用して倍返しにしてきた。


 回転を読み間違えて魔力球をネットに掛けると、青年は深く頷く。


「薄皮一枚剥ぐようなボールタッチ……まるでリンゴの皮むきだ」

「得意ですから! って、わ、わたしがレオニードさんに勝っちゃだめなのに」

「いや、これでいい。このままでいい。君のおかげで、自分が挑む立場の人間だと思い出すことができた。少しでも食らいついてみせる」

「は、はい! その意気込みですレオニードさん!」


 ラポムは青年が最初に戦った時よりも、ずっとしなやかな打球を飛ばしてくる。

 緊張がほぐれたからか、新造した杖の性能か。

 以前の彼女を越えていると、レオニードは感じた。


 ラリーを続ける。

 フォアの感覚は戻らない。

 打つのが怖いのも変わっていない。

 それでも、青年の心は素直に「出来ない自分」を受け入れた。

 考えたところで、悩んだところで、焦ったところで――


 自分の意思で変えられるものではないのだ。


 軽快な打球音が二人きりの講堂に響き続けた。

 ラポムが訊く。


「双子さんは強いですか?」

「ああ。兄のヘリオスは魔力値2200。弟のムーナンは2300だ。君のおかげで数字だけでは強さは測れぬものだと教えられたが、格上には違いない」

「お兄さんの方が魔力値は低いんですね?」

「どちらも化け物じみた強さだがな」


 軽く合わせて打ち合いながら青年は説明する。

 兄、ヘリオスは完全に攻撃主体。威力抜群のフォアと全域をカバーするフットワークにより、どんな防御もこじ開ける最強の矛だという。

 対戦成績は0勝2敗。公式戦ではなく練習試合だけの結果だった。


「あれ? あんまり戦ってないんですね」

「対戦機会そのものがほぼ、無かったからな。公式戦では一度も当たったことがない」

「じゃあ弟の人とは?」


 対戦成績0勝24敗。

 弟、ムーナンは左利きである。兄の練習に付き合わされるうちに鉄壁の楯として鍛え上げられた。潜在的な魔力値は兄にも勝るが、トーナメント決勝では必ずヘリオスに負けて、表彰台の二番目が指定席である。


「レオニードさんがそんなに負けてるんですか!?」

「改めて現実を突きつけないでくれ。だが、事実だ。どの大会でも準決勝で私はムーナンと当たるようになっている。シード権の関係もあって、双子は常にブロックの反対側に置かれやすい」

「トーナメントって、一番最初は誰に当たるかくじ引きじゃないんですか?」


 大会とは無縁だったラポムは不思議そうに首をかしげた。


「公平ではないのだ。有力決闘者同士が早々にぶつからないよう、シード権などで色々と調整が行われている」


 同じグラーヴェ学園の生徒ということもあり、大会主催者側も双子がトーナメントの決勝でぶつかるようにシード枠を配置している節があった。


 ラポムが返球しながら頷く。


「じゃあ、そのムーナンさんをやっつけちゃえばいいんですね!」

「気軽に言ってくれるな。君にはまだ話していなかったが……私は左利きの決闘者が苦手なのだ」

「左利きが……ですか」

「左利きの決闘者は右利きを相手に戦うことは多い。無論、左利きならではの悩みや弱点は抱えているが……」

「レオニードさん、左利きの決闘者は嫌いですか?」

「苦手と言っただけで嫌う理由は……いや、もしかしたら嫌いかもしれん」


 青年の軽く放ったバックハンドのロングボールを、ラポムはらしくもなくオーバーミスした。

 少し驚きながらレオニードは続ける。


「子供の頃、王都で行われたオープン戦があった。私は大人相手にも戦えるほどには強かった。だが……二回戦で左利きの決闘者と戦うことになった。自分よりも年下で、小柄な少年だった」

「試合内容はどうだったんですか?」

「最悪だ。一点も取ることができなかった。まるで悪魔じみた強さだった。救いといえば、その選手が優勝してくれたことだ。とはいえ、あの日の悪夢からずっと苦手意識をもってしまったらしい」


 同世代に魔力値で格上の鉄壁ムーナンが現れて、レオニードの苦手意識は際限なく肥大化していった。


「左利き相手には、自分のどんな攻撃も……得意とするフォア強打すら通じない。すべてブロックされ、甘い返球はカウンターを打ち込まれる」


 少女はサーブも出さずにじっと青年の言葉に聞き入っていた。


「ラポム? どうした? ボーッとしていないか?」

「は、はへ? えっと、な、なんでもないです! 大丈夫です!」

「君は時々、意識がどこか遠くへ行ってしまうからな」

「妹にもしょっちゅう注意されてました」


 なぜかラポムの方が呼吸も荒く、額に汗を浮かべていた。

 レオニードは言う。


「今のままでは私は左の鉄壁ムーナンには勝てない。きっと、対峙したなら右腕が動かなくなる」

「ちょ、調子が悪い時って、誰にでもありますよ! そう言ってたのはレオニードさん自身じゃないですか」

「こと魔法決闘においては、普段の生活の調子の悪さと少し質が違う気がするのだが……君にはないのか? 自分が思った通りに体が動かなくなるようなことは」

「ひ、秘密です」


 ◆


 自分が思った通りに動けなくなる。

 かつて魔法が殺し合いでしかなかった頃には、動けなければ死んでいた。

 競技になったことで、魔法決闘者が発症する病気イップス

 まだ研究が進んでおらず、心因性のもの程度にしか考えられていなかった。


 ◆


 深夜零時を回るまで二人の特訓は続いた。

 結局、レオニードがフォアを強打することは無かったが、それ以外の技術については仕上がりつつある。

 なにより思い詰めるばかりだった青年の気持ちが軽くなり、ずっと忘れていた魔法決闘の楽しさ甦ったことは収穫だった。

 

 ――それでも。


 レオニードの得意とするフォア強打が必要なのは、疑いようがない。

 恐らく準決勝で対戦するであろう、左利きの鉄壁ムーナンを打ち崩すには、バックハンドだけでは足りないのだ。


 すべては勝利のために。


 ラポムは悩む。

 青年の力になりたい。杖を生まれ変わらせてくれたロゼリアのためにも、レオニードに勝ってほしい。


(――わたしに出来ること。練習相手だけじゃなくて、もっと……ないかな)


 こんな時、聡明な妹がいてくれればと思うのだが、こと魔法決闘術に関してはイマジナリー妹は「お姉様に意見するなんて恐れ多いです」と萎縮してしまうのだった。

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