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10.復活への道

 後日、ラポムの杖が修理できないかと、レオニードはエデンのアグリトの元に相談に赴いた。

 カウンターで杖を磨きながら、眼鏡の店主はため息で返す。


「芯材が手に入らないことには難しいでしょうなぁ。アレは十年来使われてきた杖でしたから、もし直せたとしても同じ『感覚』にはなりませんでしょう」


 良く乾燥させたリンゴの樹の木材は、探せば見つかるかもしれない。

 ただ、ラポムの杖に使われているほどの良品となると話は別だ。

 そもそも、何年も使い込まれた杖は使い手に馴染んで唯一無二の相棒となるのである。

 エデンの店主は告げる。


「うちじゃ無理でも、一つだけ望みがありますよ坊ちゃん」

「ロゼリアか」

「ええ。パピメル家の研究工房なら、まったく同じ杖は再生できなくとも、きっとあの赤毛の娘さんにぴったりの杖を仕立ててくれるでしょう」

「また、ロゼリアに頼ってしまうのか……私は」

「よろしいじゃありませんか。それだけ坊ちゃんが魔法決闘者として大成することを望んでいらっしゃる」

「だが、今回は私ではなくラポムの事だ」

「あの赤毛さん、坊ちゃんのパートナーとして呼ばれたんでしょう?」


 アグリトは眼鏡のフレームを指でクイクイさせた。


「そうなるはず……だった。だが、事情があってラポムはもう決闘はしない。私もその意思は……尊重したいと思う」

「なのに杖を直したい……と?」

「どうしていいのかわからないのだ。ただ、このままではいけない。彼女の大切なものを奪ってしまったようなものなのだから」


 レオニードは拳を握り込む。


「ならなおさらですよ坊ちゃん。そのカチコチに硬い頭を少しは柔らかくお使いなさいって」

「耳が痛いな」

「ところでオジカ君は元気にしてますかねぇ」

「せんせ……オジカコーチなら……いつも通りだが」

「煙草はやめておけとアグリトが言っていた……と」

「わかった。伝えておこう」


 そんなやりとりをしながら、アグリトは煙草に火をつけた。


「君は吸うんだな」

「うちはうち、よそはよそってね」


 相変わらずつかみ所のない杖技師だと、青年は心の中でため息をついた。





 放課後、レオニードが話がしたいとロゼリアに告げると、彼女は快諾した。

 談話室で二人きり。

 レオニードに合わせて今日はロゼリアもコーヒーである。


「お話、確かに承りましたわ」

「本当にいいのか?」

「ラポムさんは、わたくしにとっても大事なお友達ですもの」


 折れたラポムの杖を新造したい。

 青年の要望にお嬢様は二つ返事だ。

 レオニードを守るため、襲撃者に立ち向かったラポム。もし、彼女ではなくロゼリアが一緒だったなら、青年は殺されていたかもしれない。


 ラポムは訓練用の木剣で鋼の剣を手にした相手を打ち負かしたようなもの。

 レオニードを守るために、決闘嫌いのラポムが真の実力を発揮したのだ。


 ロゼリアでは助けられなかった。ならば、自分にしかできない方法でレオニードの力になろうとお嬢様は思う。


「ありがとう。君にはいつも助けられてばかりだ」


 少女の縦ロール髪が左右に揺れた。


「それ以上は何もおっしゃらず、すべてわたくしにお任せくださいまし」

「頼む。私も今のラポムにどう接していいのかわからない」

「けれど一番の問題は、ラポムさんですわね。美味しいお菓子でパピメル家の工房に誘い出すことはできるでしょうけれど……捕獲したあとだまし討ちだとわかれば、彼女は逃げてしまうかもしれませんわ」

「まるで野生動物だな」


 街の野良猫や、森からやってきて畑を荒らす狐狸の類いの方が、人間慣れしているのでは? と、思うほどに。


 それでも――

 ラポムの臆病さの理由を青年は知った。

 杖を握って決闘をすることが、赤毛の少女を孤独へと追いやったのだ。

 だから折れた杖をどうにかしようだなんて、余計なお世話かもしれない。


 ロゼリアがコーヒーで唇を湿らせて言う。


「ラポムさんの納得がなにより大事。彼女の攻略のために策を練る必要がありますわね。レオ様はこれまでどおり、練習を続けてくださいまし」

「わかった。君の作戦を悟られぬよう善処する」


 言い残して青年は談話室を後にした。

 残されたお嬢様は呟く。


「今日のコーヒーはなんだかとっても……とってもとってもとーっても苦いですわ」


 これまでレオニードは自分自身のことで手一杯だった。

 そんな青年がラポムを心配している。

 問題を解決すればレオニードも喜んでくれるだろう。

 なのに、ロゼリアの胸はキュッと締め付けられた。


 あの方の頭の中には魔法決闘しかなくて、自分に入り込む余地なんて無かった。

 自分だけじゃない。誰もレオニードには近づけなかったのに――


(――レオ様はラポムさんのことで不安でいっぱいになってしまいますのね)


 命を救ってくれた恩人だから、そうなるのも仕方ないこと。

 だけど――

 ずっと連れ添い寄り添ってきた。

 なのに届かない。寂しい。

 それでも良かった。自分の夢にまっすぐなレオニードを愛したことに後悔はない。


(――ああんもう、わたくしのばかばかばかばか! 迷っている場合ではありませんわよ!)


 湧き上がる感情に振り回されながらも、ロゼリアは特殊な杖の新造にかかる勘定コストについて頭の中でまとめ上げるのだった。





「ラポムさん! これじゃあ芯だけで皮のほうがリンゴ本体だよ!」

「酸っっっっっっっっっっっっっっっっぱああああああい!! リンゴ酢と水の割合が9:1なんですけどおおおおおお!」

「決闘台の並べ方が無茶苦茶だよぅ!」

「タオル生乾きやめてぇ!」


 ユーニゾン魔法学院の決闘術部に悲鳴が飛び交った。


「ハッ!? す、すみません! すぐ剥き直します! ドリンクも新しいのを用意します! 台もちゃんと並べます! タオルはえっと……干します!」


 ラポムはことごとく雑用でミスを連発。

 わざとかと疑いたくなるほどの間違いっぷりだ。

 襲撃事件がライオネア家の手で握りつぶされたこともあって、部員たちは何も知らされていないのだが――


「あっ! 俺、剥きますんで!」

「自分たちで飲むドリンクくらいなんとかしますから!」

「手の空いてる人間は決闘台を並べ直すの手伝えって!」

「生乾きでもいけるいけ……臭っ!」


 普段の献身的な働きぶりもあり、ラポムは逆に心配されてしまった。

 今日はゆっくり休んでてくださいと、少女は椅子まで用意してもらい、講堂の壁際にちょこんと座らされる。


(――うう、みなさんのお役に立たなきゃいけないのに)


 少女の手元には杖のケースがあった。

 折れた杖が収められている。

 もう、使うことはできないのに、なんで持ち歩いているんだろうと思う。


 折れた部分を革紐でぐるぐるに縛ってみたけど、元通りとはいかなかった。

 魔法決闘はしないはずなのに、修理しようとした自分の気持ちがラポムにはわからない。

 ただ、寮の自室に置いておくこともできないのだ。

 いつも一緒にいたから。大げさかもしれないが、腕の一本を無くしてしまったような「感覚」にさいなまれていた。


 レオニードが遅れて練習に合流する。


「調子はどうだラポム」

「す、すみません! なんでもしますから!」

「ずいぶんと怯えているようだが……。安心したまえ。君は普段通り雑用をこなしてくれればいい」

「それが……できなくて」

「今日は調子が悪いだけさ。私だってそういう時がある。では、そこでみなを見守っていてくれ。コーチが顔を出さない分、君が……」


 青年の言葉を遮るように、ふらりとオジカが講堂に姿を現した。


「顔くらい出すさ。で……まあ、二人とも大変だったな」

「コーチ……」

「オジカさん」


 黒髪を掻きながら男はジトッとした目のまま二人をねぎらう。

 胸ポケットから煙草を取りだそうとしたところで、レオニードが制止した。


「煙草はやめておけと、エデンのアグリトからです」

「ったく、余計なお世話だっつーの」


 言いながらオジカは煙草をしまう。


「さて……嬢ちゃん」

「は、はい」

「杖、折れちまったんだってな。実家の方には連絡したのか?」

「いいえ」

「お前さんの推薦人に会ってきた」

「えっ!? ど、どなたなんですか?」

「そいつは秘密だ。だがよ……推薦入学の援助を打ち切る話も上がってやがる」

「う、うわああああああああ!」


 少女は頭を抱える。

 レオニードが吠えた。


「オジカコーチ! それはあまりに横暴ではありませんか!?」

「次の大会でレオニード・ライオネアが結果を残せなきゃ終わりだそうだ」


 推薦人が誰かを貴公子は知っている。オジカだ。架空の推薦人を立てて話をしているが、援助打ち切りについては本気らしい。

 金髪が大きく揺れた。


「ラポムにはこれまで通り雑用係をしてもらいます」

「それで双子のどっちかに勝てるってんなら、推薦人もにっこりってやつだ」


 にらみ合う二人の間でラポムはますます肩身を狭める。

 オジカは小さく息を吐いた。


「ま、残すところ一ヶ月切ったんだ。悔いは残すなよ」


 オジカは「外で吸ってくる」と言い残し講堂から出ていった。





 講堂前の広場でロゼリアが待っていた。オジカは煙草を指に挟んだまま、呆れたように半口を開ける。


「ったく、憎まれ役を押しつけやがって」

「これくらいはしてもらいますわよ。ラポムさんの杖を折った人間が人間ですし」

「とっくに縁は切れてる」

「かつてのダブルスパートナーの犯行でしたわね」

「昔っからクソ野郎だったけど、まさかあそこまでとは思わねぇよ」


 昨日の襲撃者はかつて、一時とはいえオジカと組んでプロツアーを回った決闘者だった。

 まったくの無関係というわけでもないが、襲撃そのものにオジカの責任はない。

 コーチはくわえ煙草に火をつけた。

 毒煙で肺を満たす。


「とりあえず上手くいきましたのね?」

「なあ、お嬢様よぉ。こういうのは金輪際無しにしてくれや」


 身辺調査。しかも秘密裏に。


「推薦人の正体みたり顧問かな。パピメル家の情報収集能力、舐めていただいては困りましてよ」

「金と人をつまんないことに駆使すんじゃねぇよ」


 紫煙を揺らすオジカにお嬢様は蝶の扇を広げた。煙を扇いで散らしながら言う。


「推薦入学の基金にはパピメル家も出資していますし、普通に圧もかけられましてよ」

「おっかねぇなぁ……ったく。いや、もしかして上の連中黙らせてくれたのって……」


 オジカが進退を賭けて呼んだラポムだが、今のところ雑用しかしていない。

 そのことを詰問する審査会の呼び出しが頻発していたのだが、レオニード襲撃事件からぴたりと止んだ。


「あらあら、なんのことかしら?」

「本当に末恐ろしいお嬢様だ」

「あとはすべて、わたくしにお任せあれですわ」

「こっちに向けて扇ぐなって。俺は焼き鳥じゃねぇんだぞ」

「パピメル家の令嬢が毒煙の匂いをさせるわけにはまいりませんの。では失礼」


 入れ違いでロゼリアが講堂に向かう。

 お嬢様の「飴と鞭作戦」はすでに始まっていた。

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