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11.開発開始

 軽打の音が響く講堂で――

 レオニードも練習を始めていた。一方、雑用もまかされずぽつんと座っていたラポム。

 ロゼリアは茫然自失な赤毛の少女の元にやってくるなり、本題に入った。


「というわけで、ラポムさんの折れた杖をパピメル家の工房で解析し、新造したいと思いますの」

「え、ええッ!? 急にどうしたんですかロゼリアさん」

「費用は三百万といったところかしら。お友達価格でこれ以上はびた一ゴールドもまけられませんけど、よろしくて?」

「よ、よよ、よろしくないですよ! そんな大金ありません!」


「あら残念。お金の問題ですのね」

「だから無理です。諦めます」

「逆に、お金の問題さえクリアになれば、杖の新造には前向きなのかしら?」

「へ?」


 鳩が豆鉄砲をくらったような顔をするラポムに、お嬢様は続ける。


「では取引しましょう」

「と、取引って……わたしには何もないですから……」


 まさか娼館に売られてしまうんじゃ。と、少女は不安になった。

 妹が愛読するちょっぴり大人向けの物語では良くある展開だ。

 けど、自分みたいなちんちくりんを買う人がいるんだろうか。

 

『お姉様は魅力的です! 小さなお胸だって愛してくださる殿方はいっぱいいますから!』

『メアリなんで出てくるの! もう! ばかぁ!』


 妹は母親似で姉のラポムよりも発育が良かった。

 というか、こんな妄想を膨らませてしまって少女は死にたくなる。


「……さん、ラポムさん? 聞いていまして?」

「は、はいッ!?」

「先日、あなたのご実家から大量のリンゴ酢が届きましたの」

「そ、それは良かったです」


 パピメル家との取引で、きっと実家にもいくらかお金が入っただろう。


「ドリンクも試作段階に入りましたし、一緒に送られてきたリンゴもとても美味しかったですわ」

「は、はぁ。恐縮です。うちの実家ってリンゴしかなくて」

「やりますわよ。リンゴキャンペーン」

「キャンペーン?」


「あなたはマスコット兼キャンペーンガール。パピメル家がプロデュースして大々的に販促していきますわ。売れなければ当家は大損」

「そ、そんないけません!」

「勝算はありましてよ。ラポムさん……今こそあなたの力が必要なの」


 ロゼリアは正面に立つとラポムの両肩をぐいっと掴む。


「あ、あわわわわ」

「杖を直してレオ様の練習パートナーをしなさい」

「は、はへ!?」

「雑用ももちろんこなしてもらいましてよ」

「で、でも……」


「あなたの実力に疑いようはありませんわ! 襲撃事件のことも耳に入っていましてよ。おおやけにはされていませんけれど、あなたは元プロ決闘者を……しかも軍用の魔石を使っていた相手と渡り合った。まぐれでは片付けられませんの」

「あ、あの時はレオニードさんを守らなきゃって、必死で」

「でしたら今回も必死におなりなさい。あなたのためだけじゃなく、レオ様のためにも……お願い。わたくしにはできないことなの」


 真剣な眼差しだった。アメジスト色の瞳に吸い込まれそうになる。


「う、うう……けど」

「来月の大会、わたくしたちでレオ様を優勝させるんですわ! 大会は中継されて宣伝効果は抜群! リンゴ酢ドリンクの注文が入れば当然、ブルフォレスト家にも少なくない利益が出ましてよ。実際、あなたのお母様から手紙をいただいて、売り込みをかけられましたし」


 実は利益配分で少し揉めている。ぽやっとしたラポムと違い、ブルフォレスト家の女当主はなかなかにやり手だった。が、そんな話は出す必要なし。


「お、お母さんまでッ!?」

「レオ様の練習相手をするだけでいいから。ね? やってみましょう? 妹さんももっと良い学校に入れられますし、なんなら学院にだって呼べましてよ。もちろん、あなたは奨学生としてずっと安泰ですわ!」 


 お嬢様の気迫に、後輩たちの練習を見ていたレオニードが戻ってきた。


「いったい何をしているんだロゼリア? ラポムが怯えているようだが」

「レオ様は黙っていらして。これは女同士の大切な話し合いですの」


 貴公子の心配げな顔がラポムをのぞき込む。


「そうなのか?」

「あ、あの……レオニードさんはやっぱり、わ、わわ、わたしが練習のお手伝い……ざ、雑用じゃなくてパートナーになれたら……う、嬉しいですか?」


 震え声の少女の言葉に、青年は全身を雷で打ち抜かれたような気持ちになった。

 その場で膝をつき、女王に謁見するように礼をする。


「どうか頼む。私に力を貸していただきたい。ラポム・ブルフォレスト」

「わあああああ! や、やめてください! 顔をあげてください! わかりました! やります! やりますから!」


 ロゼリアがラポムの腕を取る。


「そうと決まればさっそくパピメル家の研究工房に向かいますわよ。リチャード! 馬車を回しなさい」


 ずっと気配を消していて、そこにいたことにすら誰も気づかなかった黒服の若い執事が小さく一礼した。


 ラポムは故郷に向けて、心の中で一筆したためる。

 前略お父さん。ごめんなさい。約束を破っちゃうかもしれないです。けど、わたしの力を必要としてくれた人のために、少しだけ決闘を……ごっこじゃない本物の魔法決闘をします――と。





 パピメル家の研究工房は王都郊外にあった。ラポムの折れた杖が開発部門に持ち込まれる。

 この杖を徹底的に解析するところから始まった。

 エデンからアグリトも呼ばれて、在りし日の形状や感触について意見が述べられる。


 リンゴの樹の芯材は硬いことが特徴で、腐食に弱いが粘りもあり破壊への耐性が高い。

 ラポムが対人殺傷魔法を防げたのも、この硬度と靱性じんせいがあればこそだ。

 アグリトからはブナ材が提案された。


 が、事はそう単純ではない。

 使用感を変えずに性能を強化するというのは、至難の業である。


 大人たちが研究室で議論を白熱させる中――


 少女は運動着姿で体力測定をさせられていた。

 屋内型走行器ランニングマシンでラポムは呼吸を荒げる。


「ひぃ! なんで走らなきゃならないんです!?」

「人間も用具もスペックを測るには基礎データが必要でしてよ」

「もう無理ですぅ! 休ませてくださいぃ!」

「これが終わりましたら、お菓子食べ放題を約束しますわ」

「ほ、本当ですか!? ならがんばりますうううう!」


 こんな調子でデータ収集は進んでいった。

 ロゼリアがつきっきりでラポムの運動能力をつまびらかにしていく。


 解析結果は――肉体強度が凡人以下。

 ただし、反射神経と動体視力の数値がずば抜けて良い。

 状況判断および相手の動きを予測する能力は、一線級のプロにも比肩するという。


 念のため魔力値も測定する。

 数値は5。

 そこは変わらないものの、一般的な装置ではなく製品開発のために作られたパピメル家特注の測定器がはじき出したのは――


「驚きましたわね。こんなに波のある出力だなんて……」


 トレーニングルームにて、研究員が「お嬢様にもわかるよう」まとめた資料に目を通し、ロゼリアは愕然とした。

 ラポムが魔力を発生させるのにタイムラグがほぼ存在しない。

 測定器の故障が疑われたほどだ。


 研究員曰く、コンマ数秒の間にラポムは魔力値5の魔力振動パルスを、数十回叩き込んでいる可能性がある……とのこと。


 もちろん無限に連打できるのではなく、相手の魔力球が反発し返るまでの間だけだが、その刹那にラポムの強さの秘密があった。

 大きな魔力値に押し負けないよう、無意識のうちに彼女が工夫した結果である。


 部屋の隅の小さなテーブルに座ってマドレーヌを頬張るラポムはニコニコ顔だ。


「わぁ美味しいですバターがじゅわっとしてて、紅茶にぴったりですねロゼリアさん」

「リチャード。アイスティーを用意なさい」


 執事は無言で会釈をする。ラポムはあたふたした。


「え、ええ!? あ、あの……」


 感想を言っただけなのに、まるで催促してしまったみたいになって、赤毛の少女は申し訳なさげだ。

 すぐに執事がグラスに氷を浮かべたアイスティーを用意する。


「あ、ありがとうございます」


 会釈して執事は定位置へ。

 ロゼリアが資料をラポムに突きつけた。


「次は実際に打ってもらいますわ」

「え? でも、杖は……」

「試打用でしたらほぼ全ての戦型が揃っていましてよ。ただ、魔晶石は当家のブランドで代用しますわ。あなたが普段から使っているグラディアとモリサワに近いものだけれど、少し勝手が違うかもしれませんわね」


「は、はぁ。えっと、誰と打てばいいんです?」

「開発部と契約している現役プロ決闘者が試打相手。不足はないでしょう?」

「プロの人と!?」


 施設内の試打室で、ラポムは大人のプロ決闘者を相手に用意された十本の杖を使って打ち合いを演じる。


 はずだったのだが……。


 レオニードと熱戦を繰り広げ、襲撃者に立ち向かったラポムが嘘のようだ。

 杖によっては一球も返せない。返球が浮いて相手のチャンスボールになるか、台に収まらず吹っ飛んでいくか、ネットを越えずに撃沈ばかり。


 上手く返球できてもラポムの球は「軽く」なり、カウンターの餌食となった。

 呼ばれた試打相手も苦笑いだ。


「あ、あれ……全然ダメっぽいですロゼリアさん」

「続けましょう。次の十本を用意させますわ。上手くいくことが目的ではありませんの。失敗を通じて、わたくしたちと、あなた自身があなたという決闘者を知ることが大事なのですから」


 少女の背筋がブルッとなる。

 父親と打っている時だけは、家族だからという安心感があった。けど、本当はずっと失敗が怖かった。

 ロゼリアはそれで良いと言ってくれる。


「あ、あの……がんばりますね……わたし!!」

「ええ。その意気でしてよ」


 次第に返球の質が上がり始める。

 もともとしっくりきていなかったグリップのサイズと形状が、試打のローラー作戦で絞れてきた。

 やや薄めで、端に向かうほど広がるフレア型が手に吸い付くようにぴたり。

 それでも杖の芯材については、ラポムの「感覚」に合致するものが見つからなかった。


 なかなかこれといったものが出ず、元の杖の芯材を転用するという話にもなったのだが、長さが足りない。


 お嬢様が何度も扇を開いたり閉じたりする。


「性質の近いブナ材ではいけませんの?」

「えっと……こればっかりは口では説明できなくて。振動の伝わり方は近いんですけど、表面の感触というか手触りというか……ちょっと違うんです」


「では他のリンゴ材ではどうなのかしら?」

「湿った感じがして、手触りは元の杖に近いんですけど、今度は振動の伝わり方が違うんです」

「んもう! わがままですわね!」

「ご、ごめんなさい」


 決闘者ではないロゼリアには理解不能な世界だった。


「表面だけリンゴ材のブナがあればいいんですわよね。そんな都合の良い樹木なんてあるとは思えませんけど」


 扇を閉じたり開いたり。重なって挟み込まれて……。

 ラポムはじっとお嬢様の手元を見つめて呟く。


「サンドイッチ……」

「あら? お腹が空きましたの?」

「ち、ちち、違うんです! けど、そうなんです!」

「落ち着きなさい。わたくしにわかるよう、説明できまして?」


 赤毛の少女はロゼリアの耳元に口を寄せた。

 別にわざわざ内緒話にすることもないのだが、他の人間に聞かれるのが恥ずかしいらしい。


 が、ラポムの思いつきにロゼリアは目を丸くした。


「そのアイディア……試してみる価値はありそうですわね」


 すぐに研究員たちが集められ、実現可能か話し合いが始まる。

 なんとなく言ってみただけの「サンドイッチ」が大人たちをざわつかせて、ラポムはますます挙動不審になるのだった。

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