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四話


「……好きにしてる?」

「……はい」


「城には戻りたいから、戻ってくれるの?」

「……はい」


「僕のこと許してくれるの? 嘘とはいえ、婚約破棄だなんて言ったのに」

「……そもそもが国同士の決め事です。我々個人間で破棄などと好きに出来るものではございません。国を出ろと仰せでしたので従いましたが、殿下の宣言や双方の個人的見解に関わりなく婚姻は取り交わされます」


 あ、許すとは言ってくれなかった。

 やっぱり出てけって言ったこと怒ってるのかな。


 しかも嫌に堅い言い方してるけど、マルグリットの言ってる事ってそれはつまりさ。


「……それってつまり……君個人としては、本当は結婚が嫌だけどってこと、かな……?」


 マルグリットは急に黙って僕を見た。言葉にされてないけどそれがもう答えだ。


 そりゃそうだよね、相手がほぼ敵国の人間な上に不出来な僕なんだから。

 わざわざ聞いてヘコむことなかったや。

 そうであろうとなかろうと関係なく婚姻は取り交わされるんだから。


「あ、ごめん、今のは忘れ——」


「……そうですね」

「そうですね⁈」


 直球でグサッと来た! わかってたんだから聞かなくても良かったはずの言葉がグサッと! 僕のバカ!


「相手がほぼ敵国と同義の国の、特に芳しいお噂を聞くこともなく碌に為人ひととなりも存じ上げないうえに、憶えにくい特徴のないお顔をされた王子の称号だけはお持ちの」


 ——うわ……うわっ!


「傲岸不遜で格下には常に上から目線、それでいて相手を上と見るやすぐさま媚び諂うメリク人らしい諂上欺下てんじょうぎかな方なのだと思っていましたから」


 うわぁ……僕、こんな風に思われてたの? じゃぁ今までのって……えぇ……泣きそう。いや、もう心臓止まりそう。


「でも」

 本当僕って考えなし……聞かなきゃ良かったのにって思わず頭抱えてたら、マルグリットが一旦言葉を止めて、ほんの少しだけ柔らげた声音で言った。


「……でも、そんな方ではありませんでした。城内でもやはり特に良いお噂を聞く事がなく、事前のお話し通り特徴のないぼんやりとしたお顔をされていて、メリク人特有の思考回路をお持ちの様でもありますが、用もございませんのに毎日毎日やって来て、何度も何度も話しかけて下さる。今まで誰かにあんなに名前を呼ばれた事はありません。毎日顔を合わせた事も、他愛もないお話しをした事も。色んな物を見せて下さり、色んな事で楽しませようとして下さいました。誰かにあんなに気にかけていただいたのは初めてです。ましてや好きだなんて思っていただいた事も。私が婚姻を交わす人は、とても暖かい、お優しい方でした」



「……え? あ、え……?」


 あれ? 今なんて言った? 

 結婚はしたくないって話しだったんだよね?

 だって政略結婚だし、ましてや相手が僕みたいな不出来なメリク人なんだから。


 でも、でもさ、今の言い方って何だかさ。勘違いじゃなかったらさ。



 無機質に、抑揚もなく語られたのに何処か暖かい言葉を脳が処理し切れなくて、僕は茫然とマルグリットを見上げた。

 すると僕を見下ろしていたマルグリットはパッと顔を背けた。


「ですから殿下、戻りましょう。早く手当てをなさいませんと、そのお顔で式を執り行う事になりかねません」


 グイっと手を引っ張られて、僕は少し腰を浮かす。マルグリットの顔はモニュメントの方へ向けられていてはっきりとは見て取れない。

 でも、段々と処理が追いついて来た脳が混乱を期待に変えていく。


「……ねぇ、マルグリット」

「……はい」


「結婚、したくなかった?」

「……はい」


「でも今は、い、嫌じゃ、ないの?」

「……はい」


 僕はマルグリットをみつめて、よろよろと立ち上がる。繋いだままでいるさっきは冷たかった彼女の手は、今はとても温かい。


「そ、それって、もしかしてさ……僕のこと……す、好きだから、かな?」


「……それは……」

 その問いにだけはいつもの人形じみた返事をしなかったマルグリットは、少し間を空けてから、チラッと伺う様にこちらへ顔を向けた。


 そして可愛らしい声で言った。



「……どうでしょうねっ!」



 そこは、はっきり答えて欲しかったなぁと思ったけど、まぁいっか。期待以上だったからね。


 陶器みたいに真っ白な頬をほんのり赤く染めて。

 いつもの真一文字の口許を少しだけ持ち上げて。

 普段は無機質だった瞳を煌めかせ、何があっても変えたことのなかった表情を和らげる。


 ほらね、やっぱりね。

 はにかむ様に笑ったマルグリットは想像を遥かに超えたくらいに可愛かったんだから。



 僕が待ち侘びた笑顔の余韻に浸っていると、マルグリットはひょいっと国境の青レンガを越えてメリクに戻ってきた。

 そして僕を追い越して、繋いだままの手を引く形で僕が乗って来た馬車まで戻って行く。


 斜め後ろから見る彼女の顔はよく確認出来ないけど、頬にはまだ赤味が差すものの多分もう無表情。 

 なんだ、たった一瞬か。しかもはっきり好きとは言ってくれなかった。

 冗談でも婚約破棄なんて言ったことやっぱりちょっと怒ってるんだろうな。


 でも、いつかちゃんと許してもらえたら、もう一度笑ってくれるかな? 

 今度こそ好きって言ってもらえる日が来るかな? 



 僕は一番上の兄みたいにカッコよくもないし、二番目の兄みたいに強くもない。

 三番目の兄みたいに頭も良くなければ、四番目の兄みたいに上手いことも言えない。


 こんな不出来な僕だけどさ、この世界の誰よりも君のこと好きだとは胸を張って言えるよ。


 だからいつかそんな日が来るよね?

 僕たちはメリクとルーシヤの融和の象徴となるべく二週間後には婚姻して、これから先はずっと一緒にいるんだからさ。


 練習する時間はいくらでもあるんだし、口説き文句の一つや二つ、きっとお手の物になると思うんだ。

 そうしたらさ、君のその人形みたいに整った無表情を崩せる日もきっと来るんじゃないかな。


 その時こそ、ちゃんと好きって言ってもらえるように、僕は今日から全力で君をかまい倒そう。

 口下手な僕だから言葉で伝えきれていなかったら困るからね、出てけなんて言ってごめんねって、君への気持ちが本物なんだって、一片の疑いもなく信じてもらえるようにさ。


 ちょっとウザいかもしれないけど、君にはそれくらいで丁度良いんじゃないかと思うんだよね。

 ずっと一人だったんだから、足りなかったその分を僕が埋める勢いくらいの方がさ。



「マルグリット!」


 僕は手を繋いだまま数歩先を行くマルグリットを呼び止めた。

 そして、彼女が足を止め振り向いたのを確認してから手を繋ぎ直してひざまずいた。


「僕と、結婚してください」


 マルグリットはやっぱり人形みたいに無表情で、冷たい色をしたガラス玉の瞳でじっと僕を見てから、いつも通りの返事をした。


「……はい」


 でもね、そう返答した彼女の透き通った声は、どことなく嬉しそうだったんだよ。

 僕って調子に乗り過ぎちゃうところがあるから、勘違いじゃなければだけどね。

 



 その後、王女出奔事件が問題になることなく無事に婚姻するに至った二人の姿は、ルーシヤ、メリク双方の国で友好の証として事あるごとに報道された。

 

 両国の融和姿勢に、賛成派も否定派も二人の様子を厳かに、面白おかしく、時には敵愾心を煽る様に書き連ねたが、切り取られるどの場面も常に二人一緒で、例え嫌味な書き方をされていてもそれを鵜呑みにするのは無理があるくらいに仲睦まじい姿ばかりだった。


 そんな二人の様子が伝えられる日々が続く内に両国の心の距離も少しずつ縮まっていき、一昔前には考えられなかった両国民同士の婚姻なども一般的になっていった。

 

 歳を重ねても比翼連理と称するに相応しい二人の姿は理想のカップル像となり、それにあやかろうと仲を深めたとの逸話があるカナーとメリクに跨る交易都市の広場を巡礼する者まで現れた。


 それがじわじわと広がって、今日では東西を分けた壁のモニュメントが置かれていた場所に、二人の求婚場面を模した銅像が建てられている程である。


 ただ正確に情報が伝わらなかったのか、国境を挟む形で向かい合っている銅像の王子像の方は、地面に這いつくばって王女の華奢な脚に縋り付く形になってしまっている。

 あながち間違いでもないけれど。


 そんなちょっと情けない姿を銅像にされてしまったお荷物扱いだった二人は、誰も期待していなかったけれど見事両国の友好の架け橋となり、また、カップル達の憧れの存在にもなった。


 けれどもそれは、不出来な彼の口説き文句がそれはそれはナチュラルに甘く紡がれるようになって、人形の彼女がとても無表情ではいられない日々が続くようになった頃の、もう少し先のお話。



おわり

お読みいただきありがとうございます!


明るく可愛いお話が書きたいのですが、どうしても心の濁りが出てくるようでベチョッとしてしまう……可愛いお話を思いつける脳みそと文才が欲しいところです。あとセンスと筋肉とお金。


ここまでお付き合いいただいた方いらっしゃいましたらありがとうございました。

また何処かでお目に留めていただける事がありましたら嬉しいです!

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