7、有力な情報
町の奥までやって来たエーテルとモエギは、通行の邪魔にならないよう道の端に寄ってネロを待った。
町の端とも言えるこの道の先に風の祠があるのだが、この近辺には店はおろか民家もほとんど無く、人の通りも少ない。そんな中でエーテルの背負っている大きいリュックやモエギの鮮やかな頭巾は遠目であっても目立つ。
ネロもそれを目印にして早めに合流してくれれば良いと二人が話していた時、背後から親しげな男の声が聞こえて来て二人は同時に振り返った。
「おやおや、お久しぶりです」
「あんたは……」
「砂地の行商人のお兄さんです!」
「どうもどうも」
人の良さそうな笑顔を浮かべたまま、ラクダの男は「ちょうどよかった」と前置いた。
「実は貴女を探していたんです」
「アタシを?」
「はいはい。なにやら甥御さんをお探しだとこの町で耳にしましてね、私の情報がお役に立てればと思っていたんですよ」
「マイムの行方を知ってるのか?! どっちに……どこに行くって言ってた!? マイムは……エリクはどこに──」
「おおおぉおおぉ落ち着いてててて……!」
「エーテルさん落ち着くです!」
男を激しく揺さぶりながら詰め寄るエーテルに、今度はモエギがエーテルを諌めた。
「っわ、悪い……」
「いえいえ、大丈夫です。これくらいの揺れ、ラクダ酔いに比べれば軽い軽い」
「モエギも、悪かったね……」
「大丈夫です! この旅の目的である甥っ子さんと、ふっふっふ……。初恋のお相手であるお義兄さんの情報が目の前に差し出されれば、飛びついてしまうのも仕方ないです!」
「あ、ああ……」
流石と言うのか、恋愛面の複雑な部分をしっかりと覚えていたモエギに、エーテルは先程までの勢いを無くして大人しくならざるを得なくなった。
「それで、マイムの情報ってのは?」
「はいはい。優しそうな猿の男性と幼い猿の男の子の二人も、私達『砂地の行商人』を一度利用されましてね。センティルライドまでの地図はないかと聞かれたんですが、あいにくと地図は持ち合わせがなくそう伝えましたら、彼らはムルドではなくフォロビノン大陸に向かってまっすぐ進んでいきました」
「優しそうな男と幼い男の子……。エリクとマイムだ」
「それだけで決めて良いです?」
「優しそうな男は、桃色の硝子でできた首飾りをしてたはずだ」
「そうですそうです。硝子細工は多種族町都市ケイナンの特産品ですからよく覚えてますよ。水も食料も買うことなく行こうとしていたので、その首飾りを譲ってくれるならフォロビノンまでの旅の安全を確約しますよ……と交渉もしてみたのですが、きっぱり断られてしまいました」
「当たり前さ。その首飾りは、クレアとエリクの……誓いの証だから」
当時のことを思い出して悲しい顔をしたエーテルだが、難しい顔でこちらの様子を伺っているモエギを視界の端に捉えて気持ちを切り替えた。
その時のモエギは、クレアと言う名前の人物について考えていた。
エーテルがエリクやマイムの話をする時、クレアと言う名前は今まで一度も出て来たことがなかった。
エリクがエーテルの初恋で義兄ということは、クレアと言うのはエリクの番。つまりエーテルの実の姉であることは理解できた。しかし、その姉は今どこで何をしているのだろう……と考えたのだが、きっと複雑な事情があるのだろうと察してその疑問を口にすることはなかったのだった。
「そうですかそうですか。それで、私のお話はお役に立ちましたか?」
「ああ。助かったよ」
「ではでは、情報量として黒石1枚をいただきます」
「「は?」」
彼女達が呆けた顔をしたのは情報に料金が発生することに驚いているのか、はたまた法外な値段だからなのか、もしくはその両方かもしれないが、とにかく固まってしまった二人に対して男はにこやかな笑顔を変えずに言葉を続けた。
「おやおや、一体何を驚いているんでしょう? 情報料というものが存在するのをご存知ないようですね? ちなみに値段も相場どおりですよ」
「黒を1枚、って言ったんだよな……?」
「はいはい、その通りです。払えないというのなら物品でも受け付けますよ」
催促するように手を出して待っている男に、エーテルは少し考えてリュックから黒石1枚を取り出して渡した。
「どうもどうも、毎度あり」
「エーテルさん、良いのです?」
「マイムとエリクの有力な情報だしね、それくらいの価値はあると思う」
「おやおや。そんな素直で素敵なお姉さんに、無料でいい情報を教えてあげましょう。この先も情報を求めるなら、裏の商人を探すと良いですよ。まあ、普通の動物種族に見つけられるかはわかりませんがね」
「裏の商人って、あの……晶霊石を扱ってるやつか?」
「そうそう、その裏の商人です。彼らは多種族と付く町、都市、国家にしか居ませんが、世界中に客引きを放ってますから情報には事欠きません」
「へぇー……」
「ではでは私はこのくらいで引き上げます。またお会いしたらご贔屓に……」
そう言って去って行った男の背を見ながら、エーテルは早くネロが帰ってこないかと強く思った。裏の商人を探すには精霊種族の力が必要だからである。
この多種族町ムルドにも、もちろん裏の商人は居る。
旅を始めてからようやく手にしたマイムとエリクの有力な情報に、逸る気持ちを抑えられず落ち着きを欠いてそわそわしながらネロの帰りを待つエーテルだった。
そんな落ち着きのなくなったエーテルに、モエギは先ほど耳にした裏の商人について聞いてみた。
モエギは、そういう職業が存在するのは知っていたが、精霊種族に関係することのため特に知ろうとは思わなかった。しかし、今後もエーテルやルゥ、ネロと旅を続けるのならきちんと知っておいたほうが良いと思ったのだった。
モエギに裏の商人について聞かれたエーテルは、『晶霊石を欲しがる動物種族と石貨を欲しがる精霊種族の仲介人』と説明した。
晶霊石の恩恵は受けたいが、精霊種族に直接会って力の補給をするのは怖いという動物種族にとっては有難い商売である。
精霊種族や第三種族と直接出会わないなら自分もついて行くことができると喜んだ。
そんな事を言ったモエギの精霊種族や第三種族に対する感情は恐怖が圧倒的に多いようだ。
恐ろしい力に近づきたくない。大切な誰かが傷つくのをみたくない。だから会いたくない。
そういう恐怖の感情が、安堵した表情と小さく震える身体によって感じ取ることができた。
船の上からここまで一緒に歩いていた道中、第三種族と精霊種族の隣を楽しそうに歩いていると知ったとき、モエギはどうなるのだろうか……。
自分の甥が第三種族であると知ったとき、モエギはどういう感情をぶつけてくるのだろうが……。
エーテルはその真実を打ち明ける機会はいつやってくるのかと不安になった。
主人公不在が続きます。
そしてようやくエーテルさんの話が進みました。
どの世界でも情報料はお高いものです、はい。




