表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/171

1、航海

 広場であらかた稼いだルゥ達三人はトワイノース大陸に渡るため港までやって来た。

 彼らがこれから乗る船は、貨物運搬用の中型船である。

 もちろん、この船のどこにも金属は使われておらず、すべて木材を複雑に組み上げて形を作り、水と風の晶霊石(しょうれいせき)を使って浸水を防いでいる。

 だからこそ、貨物船であっても航路は陸路や、今後使われる空路よりも割高となっている。


「三人だね? なら、黒1白2だね」


 乗船受付をしていた魚の動物種族の男性が事務的に言った。

 黒石(こくせき)という貨幣が存在しても他種族国家(ネオリバピア)他種族都市(ネオリビシティ)以外で殆ど使用することはない。

 例に漏れず、幼い頃からの貯金でやっと貯まった黒石があっさりと使われようとしている事実にエーテルが素っ頓狂な声を上げた。


「高っ!? 中型の貨物船に乗るだけでそんな値段がするの?!」

「安全面は大事よ。小型の貨物船ならもう少し安上がりだけど、人が乗れるような大きさじゃないし、かと言って中型貨物船の晶霊石なしだと沈む可能性が高いのよ。それに、晶霊石なしの船はそのままの自然を相手にするわけだから予定通りに航海することもほとんどないし、そうこうしているうちに食料が底をついて飢え死ぬわよ」


 海が穏やかだろうとなんだろうと、原動機(エンジン)というものが存在しないこの世界で唯一の技術である晶霊石の力を持たない船と言えば、自然風の影響を受ける帆船か、潮の流れに左右される手漕ぎの小型船しかない。

 必然、それらの船が予定通りの航海など十中八九できるはずもなく、自然の猛威に飲み込まれるか水と食料が足りなくなって命を落とすのである。


 これから彼らが向かうトワイノース大陸まで、順調に行けばおよそ二日の船旅。距離にして約550メートルある。

 たかが二日。されど二日。

 その二日間だが、今までに最短時間の二日で航行できた試しはない。

 今回の船旅もきっと嵐に見舞われ、海賊に襲われ、ルゥやエーテルが思い描いている楽しく平穏無事な船旅は期待しないほうが良いだろう。

 貨幣を支払うことで最悪の事態が起こる確率が下げられるのであれば安いものだと、ネロは先ほど稼いだばかりの黒石をあっさりと渡したのだった。


「これでまた貧乏ね」

「アタシの金があるじゃん」

「エーテルのお金はエーテルのものよ。私やルゥのために使うことはないわ。それに、貴女にはこれからいっぱい働いてもらうもの」

「カザミっていう人をやっつけもらったし、船のお金はそのお礼だよ」

「そういう事よ」


 ため息をつきながら鞄の中を覗くネロを見て、巾着を持ち上げて自分の持分を主張するエーテルに、ルゥはネロの言いたいことを意図せずに言い当ててエーテルの好意を遠慮して見せた。

 ルゥは自分の考えていたこととネロが考えていたことが一緒だったことに喜び、上機嫌で船の乗り込み口へと移動したのだった。

 乗船前、順番待ちをしている間周囲を見回していたルゥは、大きな客船を見つけてそれを指差しながらネロに尋ねた。


「ねえ、あれっていくらで乗れるの?」

「あれは都市長や国王が乗るためだけに造られた船で、私達は逆立ちしても乗れないわよ」

「都市長と国王ってなに?」

他種族都市(ネオリビ)他種族国家(ネオリバ)の偉い人よ。ああ、ちなみにその隣の大型貨物も乗れないわよ。あれも偉い人の所有物みたいなものだから」


 ルゥに続いてエーテルが聞こうとしていた大型貨物の件について先回りで答えたネロは、「くだらないこと言ってないでさっさと乗るわよ」と言っているかのように外套を(ひるがえ)してさっさと船に乗り込んだ。


 ──偉くなったら、僕もあのおっきい船に乗れるんだ……。


「ルゥ、何してんのさ! 早く来ないとネロに怒られるよ!」

「待って!」


 狼といえど男の子。大きな船に憧れを抱く姿は普通の青年であり、自らが第三種族(サード)であると言う事実に不安を抱きながらもそれを表に出すことはなく、エーテルに向かって元気よく返事をした彼は、渡し板の揺れと初めて乗る船に興奮を感じながら海の上へと進んだ。


   ✳︎   ✳︎   ✳︎


 航海を始めてから三時間……特に何事もなく──。


「うぇっ……ぷ……。ぎ、ぎぼじ……わるい……うっぷ…………」

「エーテル、大丈夫?」

「全く、だらしないわよ」


 ──約1名が船酔いで顔を真っ青にしていた。


「船に乗る前はあんなに元気だったのに……」

「よっしゃー! 待ってろ新大陸!! とか言ってたわね」

「お、おおきい、声……出す……なっ……オロロロロロ……」

「もう。ほら、水飲みなさい」


 真っ青な顔で船べりに(もた)れ掛かるエーテルの背中をルゥは優しく撫でた。


「大丈夫? なにか、えっと……こういうときはどうすれば良いの……?」

「だ、だいじょうぶ……。それより、ルゥは平気……なのか?」

「僕? 僕はなんともないよ。泳げないからあんまり海側には行きたくない、けど……って、あれ?」


 ルゥは自分の口から自然と出た言葉に疑問を覚えて首を傾げた。


「ルゥ、あんた、なんで泳げないって……」


 そんなルゥに対してネロは焦ったような口ぶりで詰め寄った。

 頭巾の下から垣間見えた彼女の目には不安の色が濃く出ていて、今度はルゥが焦る番になったのだった。

 わたわたと手を振ってなんとか誤魔化そうとするが、考えれば考えるほどなんで「泳げない」と言いてしまったのか理解できず、しまいにはウンウンと唸って考え込んでしまった。


 ──僕、泳げないのかな? 泳いだことなんてないんだけど……。でも、もしかしたら、僕が忘れてるだけで泳いだことがあるのかもしれないし……。うーん……。


「あの……大丈夫です?」


 太陽が燦々(さんさん)と輝く絶好の船旅日和のはずが、二人は神妙な面持ちで暗い空気を醸し出し、一人は船酔いで真っ青な顔で沈んでいる。

 そんな三人の元に明るくも心配げな声がかけられた。

 三人が声のした方を向くと、赤ずきんならぬ柔らかな緑色の頭巾を纏ったリスの動物種族の女の子がこちらの様子を伺っていた。


「……誰? 何か用かしら」

「あ、モエギって言うです。そちらの方、とっても具合が悪そうなのです。モエギ、薬草を持ってるですよ! じゃじゃーん! 気付け薬なのです。これを奥歯で噛めばちょっとは良くなるです!」


 モエギと名乗った少女は、斜めがけのカバンの中から薬草を取り出してこちらに差し出してきた。


「要らない──」

「ありがとう!」

「ちょっと、ルゥ!?」


 薬草を突っぱねようとしたネロを手で制したルゥは、その手でモエギから薬草を受け取ってエーテルに手渡した。

 なぜネロがそんなにも警戒をするのか分からなかったが、ルゥの変な嗅覚は薬草は本物であり、モエギと言う人物に悪意はないと感じ取ったのである。

 こうしたやり取りを見て戸惑っていたエーテルにルゥは一つ頷いて見せ、ルゥの「大丈夫」と言う顔を見て恐る恐る薬草を口に含み、言われた通りに奥歯で噛んだ。


「ッ──!!!」


 薬草のあまりの苦さに形容し難い顔で悶絶したエーテルを見てネロは眼光を鋭くしたが、再度ルゥが「大丈夫」と言う風に頷いて見せるとエーテルは船べりをガンガンと叩いて涙目になりながら叫んだ。


「にっっっがい! なんなのさこれは!!」

「気付け薬の南天(ナンテン)なのです。気持ち悪いの治ったです?」

「え? ああ、そういえば忘れてたけど、すっかり良くなったみたいだよ。ありがとう」

「どういたしましてです!」

「ほら、大丈夫だったでしょ?」

「……ふん」


 野生の動物並に警戒心の強いネロに、ルゥとエーテルは苦笑いをこぼした。


「でも、何をそんなに警戒してたの?」

「……色々あるのよ」

「僕に、言えないことなんだ」

「わかってるならこれ以上聞かないで」

「っごめん」


 ネロといつから一緒に旅をしていたのか分からない。

 今だって、大切な思い出を共有して「そんなこともあったね」と笑い合いたいのに、ネロが覚えている楽しいことも辛いことも、自分には話せないことが多すぎるのだろう。そのもどかしさからネロもキツく当たってしまうのだと理解ができてしまったから、ルゥは再び素直に謝った。


「ネロ、今のはちょっと──」

「良いんだ、エーテル。僕は大丈夫だから」


 しかし、いつかの裏の商人(アンダーディーラー)の時のようにエーテルがルゥを庇いだてたが、やはりルゥは彼女の言葉を途中で遮って笑ってみせるのだった。

 ただ、前回と違うことが一つ……。


「……話せることは、ちゃんと話すわよ」


 ネロも流石に言いすぎたと思ったのだろう、そっぽを向きながらも小さな声でそう付け加え、ルゥとエーテルの表情を緩ませたのだった。


「うんうん。『仲良きことは美しきかな』です。旅の仲間なのですから、仲良くしないとダメです」


 深く何度も頷きながら得意げにそう言ったモエギに、エーテルが再度例を言ってからこう聞いた。


「モエギは一人旅なのか?」

「はいです! 黄金の林檎を探して旅をしてるのです!」

「はぁ!?」

「黄金の林檎って、何?」


 ルゥはネロに詳細を訊ねるが、ネロは知らないらしく首を横に降って見せた。

 ならばと、先ほど素っ頓狂な声をあげたエーテルに視線を向けると、彼女は顔を引きつらせ変なモノを見るような目でモエギを見ていた。


「黄金の林檎って、あの、黄金の林檎のこと?」

「はいです! あの有名な、黄金の林檎です!」

「ちょっと、"あの"ってどう言うことよ」


 モエギの興奮した様子に頭を抱えたエーテルを見て、何が何だかさっぱり理解できないルゥとネロは、焦ったそうに説明を求めた。

 するとエーテルとモエギは以外そうな顔をしたが、エーテルだけはすぐに表情を元に戻して少し恥ずかしそうに説明を始めた。


「黄金の林檎っていうのは、絵本に出てくる幻の果物さ。世界樹っていう大きな木に実る、万病に効くってやつ。親が子供に読み聞かせる、よくあるお伽話さ」

「お伽話ではないのです! 世界樹は本当にあるです!」

「世界樹、ね……。どこにあるか見当はついてるの?」


 まさかネロが食いつくと思って居なかったルゥは、同じように意外だという顔をしているエーテルを目が合った。


 「世界樹は名前の通り世界の中心にあるです! プリミールの中心と呼ばれるほど発達してるセンティルライド大陸にあるに違いないです!」

「センティルライドか……」

「僕たちはそこへは行かないの?」

「まあ、いつかは行くけど……」


 ルゥは特にこれといって何かを思って言ったことではなかったが、ネロの声音は余計なことを聞かないでと言っているようだった。


「ならば『旅は道連れ』なのです! 一緒に行っても良いです?」


 満面の笑顔でそう提案してきたモエギの声よりも、「ほら、こうなった」と言いたげなネロのため息の方がルゥの耳にはっきりと届いた。

 旅の仲間になるということは色々と話さなければいけないことが出てくる。

 ここにきてやっとそのことに気がついたルゥはネロに向かって小さく頭を下げ、ネロは気にしないでというようにルゥの肩を軽く叩いたのだった。


「なあ、モエギはずっと一人でここまで来たのか?」


 そんな二人のやり取りを見ていエーテルが、唐突に話題を変えた。

 きっと彼女なりに勝手について来た形になっている現状に思うところがあったのだろう。もしかしたら単に気になっていただけかもしれないが、とにかくネロとの間に流れた微妙な空気をうやむやにしてくれた彼女に、ルゥは心の中で感謝した。


「だいたいは一人なのです。でも、時々はみなさんのような女性がいるところにお邪魔したりしてるです」

「アタシ達みたいなのと一緒じゃない時、一人だと色々危なくないか? それに食事とか泊まるところとか、旅費はどうしてたのさ」

「お婆ちゃんが薬草に詳しかったので、薬草を売ったり、劇薬玉とかを自作して敵を撃退してたです。あとは……コレなのです!」


 そう言ってモエギがカバンから取り出したのは、小さな折りたたみ式の短弓だった。

 棒状の形態から組み立てに1分もかからないことを実演して見せながら、矢をつがえずに空を飛んでいた渡鳥に狙いを定めた。


「これで鳥を撃ち落として……売るのです!」


 良い終わりと同時に弦を離した。

 もちろん矢をつがえてないため鳥が落ちることはなく、形だけのものであったがルゥは少年のように目をキラキラと輝かせて「すごい! 格好いい!」とモエギを褒め称えたのだった。


「そ、そうです? 照れますですね……」

「本当、格好良いよ。なあ、ところでモエギは今いくつなんだ?」

「モエギは15歳ですよ」

「そうか……。アタシより3つも年下なのに、すごいな」


 ルゥとネロについて行くことでしか一歩を踏み出せなかった自分と比較したのだろう、エーテルは自嘲気味に笑っていた。

 そんな、いつもは慰めてくれるエーテルをルゥが逆に慰めた。


「エーテルは格好良いよ! 料理上手だし、僕を助けてくれた!」

「……なんだよ、一丁前に慰めてくれるのか? ありがとう。すごく、嬉しいよ」

「もちろんネロも格好良いよ! あ、でも、ネロは可愛い!」

「なっ!? ほ、褒めたって何も出ないわよ!?」


 頭巾に隠れた本当の表情を見ることはできないが、きっと照れて真っ赤になっているだろうネロにとびきりの笑顔を向けたのだった。


「なるほど、エーテルさんは18歳なのですね。大人っぽくって素敵です! そちらの狼さん……ルゥ君はいくつです?」

「僕? そういえば僕って何歳なの?」

「ルゥは確か……16、だったかしら?」

「小さい女の子の方がしっかりしているのですね。妹さんです?」

「妹じゃないわよ」

「では、違う動物さんですか?」


 一瞬だけ時間が止まった気がした。


「まあね。でも、貴女には関係ないことよ」

「……ネロちゃんは意地悪さんです」

「ネロ"ちゃん"……ですって?」


 確かに背格好で見ればモエギよりも明らかに年下であるネロをちゃん付けで呼ぶことに不思議はない。

 しかし、精霊種族は見た目と実年齢が伴わないものであり、本人は幼く見られることを極端に嫌っている。ゆえに、現在は頭巾の下から鋭い眼光を以ってモエギのことを睨んでいた。

 そんなネロから溢れるただならぬ空気を感じ取ったルゥはネロの機嫌を直すために必死に言葉を紡いだ。


「ね、ネロ……? モエギも悪気があったわけじゃないから、ちょっと落ち着こうよ。ね?」

「いいえ、こういう所は最初のうちにしっかり言っておかないと駄目なのよ」

「なんでです? 良いじゃないですか、ネロちゃんって呼んでも」

「私はねえ、こう見えても…………」


 不自然に止まったネロの言葉。

 きっとその言葉の続きは「精霊種族で」とでも言いそうになったのだろう。慌てて続けた言葉にルゥは思わず笑ってしまい、見えないところでネロに痛い一撃をもらったのだった。


「あ、貴女より精神年齢は上なのよ!」

「ぶっ……! 痛ッ!」

「精神年齢が上ってことは、実年齢は下だって認めてるのです。ネロちゃんで良いと思うのです」

「嫌よ」

「まあまあ、二人ともその辺にしなって。モエギも、ネロが嫌がってるんだからその呼び方は辞めてあげな」

「エーテルさんがそう言うなら……ネロって呼ぶです」

「さん、を付けなさいよ」

「なんでです? エーテルさんやルゥ君は呼び捨てで良いのに、なんでモエギは駄目なのです?」


 エーテルが二人の仲を取り持とうとしているのだが、なぜかネロもモエギも相手のことを素直に認めれない何かがあるらしく、互いの言い分を聞き入れようとはしなかった。

 ネロから与えられた痛みから復帰したルゥは、頭の片隅でネロの実年齢について考えていた。


 ──ネロって、本当は何歳なんだろう? 昔の僕は、知ってるのかな……?


「ルゥ君からもなんか言ってです! ネロは分からず屋です!」

「え? 別に良いんじゃないかな?」

「ルゥ君は心が広いのです! どこかのお子様とは全然違うです」

「あら、どこのお子様かしらね?」


 ほとんど話を聞いておらず適当に言葉を返したルゥだったが、どうやら二人の言い合いはますます苛烈となってしまったようだった。

 どうしようかとエーテルを見遣ったルゥだったが、彼女もまた子供同士の喧嘩にしか見えない今の二人に為す術はないようで、困った顔で肩を竦めて見せたのだった。

 はい。デューズアルト大陸から移動です。

 そして新たな登場人物、リスの動物種族モエギです。

 微妙な敬語が難しいですね。いやしかし、この喋り方は嫌いじゃないです。キャラによりますが……。


 章にもなっている通り、海の上が少々続きます。


 19.5.24 一部修正

 20.5.9 加筆修正

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ