21、一本道
翌日、日が昇りきる前にカザミの焦った声で目を覚ましたルゥは、すぐになぜ彼がそんなにも焦っているのかを瞬時に嗅ぎ取った。
遠くから漂ってくる鉄の匂い。そしてガチャガチャ鳴る重い音。
『神の手足』の襲来である。
「カザミ!」
「おう! ルゥもアーサーと一緒に全員を叩き起こせ!」
「分かった!」
ルゥはカザミに言われた通りに動く。外で寝ていたラウディとネロはアーサーが既に起こしにかかっていたため、小屋で寝ている女性陣に向かって一声吠えた。
既に起きていたカガリから「うるせぇ!」と怒られてしまったが、常に無意識下で警戒を怠らない生活を送っていたシュカや、ルゥの大声に慣れていたエーテルはすぐさま目を覚まして身支度を整え、小屋の外へと躍り出た。
しかし、そのどちらとも縁遠い『始まりの精霊種族』とアイネはノロノロと起き、ルゥが度々急かして身支度を整えさせて小屋の外へと追い出した。それでも寝ぼけ眼で「なに?」と緊張感が全くない様子で慌ただしい周囲を眺めていた。
「『神の手足』がこっちに近付いてきている。俺たちの正確な場所は割れてないと思うけど、このままだと戦闘になるだろうからひとまず逃げるぞ!」
現状を分かりやすくカザミが説明しても、寝起きの頭では上手く事態の把握ができないのか、ルルディとリバディが呑気に二度寝を所望していた。呑気な二人を諫めたのは、寝起きが良いレイディとラウディだった。
「『神の手足』ねぇ。ネロちゃんも言ってたけどぉ、本当になんでお母様やお父様は放っておくのかしらぁ。私が介入したら簡単に倒せちゃうけどぉ、それはできないのよねぇ」
「さすがシルフ様だな!」
「『五指』と呼ばれる彼らは強かったみたいですけれど、シルフ様のお手を煩わせることは致しませんわ」
「あらぁ、ありがとう」
「……私の方が優秀だから、私がシルフ様を守る」
「あらあらぁ。あなたもありがとう」
「テメエら! 呑気にくっちゃべってんじゃねえ! いいから逃げるぞ! こっちはシュカがやられて戦力が下がってんだっつの! これ以上余計な力使いたくねえんだよ!」
カガリの切羽詰まった怒号に、ルルディとリバディは不服そうな顔をして「偉そうに」と文句を言っていたが、アイネが鶴の一声を掛けたことで、撤退しているカザミやエーテルの後へ続いたのだった。
「ほら! ネロ! さっさと逃げるよ!」
「分かってるわよ」
ルゥもいつもよりは寝起きの悪くないネロを介護しながら、慌ただしくその場を後にしたのだった。
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雑多群ロッカルを出立して二週間。一行は慎重に慎重を重ねて進み、『神の手足』と一度も接敵することなくセンティルライド大陸へと渡る街道に到着した。
もしかしたら待ち伏せしている可能性もあったため、周囲を警戒するのに三日も要してしまったが、おかげで幾分かは安心して目的地に着くことができたのである。
大陸間を渡るために作られた道は土を埋め立てて作られただけの簡単なものだが、道幅が15メートルもある──現代でいうと四車線道路と同じ──広いものが大陸までほぼ一直線で結ばれている。これを作るのに費やされた労力を考えると簡単という言葉で済ませてはいけないものである。
まだまだ安全とは程遠い道だが、唯一陸路で大陸間を渡れるということで街道には人が溢れており、左右には露天まで構えられている。時間はかかるが料金なしで移動できるということもあって、商人が顧客を求めて元気に呼び声をあげている姿がそこかしこに見受けられる。
「凄い人だね」
「本当。少しみない間に凄い栄えたものね」
シュカの追加情報によると、センティルライド大陸に近付くほどより大きく頑丈な道になっており、防波堤まで造られているとのことだった。
「でも、ここを一ヶ月も歩くんでしょ? みんな寝る場所はどうしてるんだろう?」
「夜は露店も閉めるから、みんなそこに天幕張って寝るんよ。貸し天幕いうのもあって、それも商いにしてる動物種族がおるんやったかな」
「へぇ。凄いね」
街道の情報を聞きつつ露店に並ぶ商品を流し見ながら歩みを進める。
大体が食料品や衣料品、日用品だが、中には土産物屋のように装飾品を売っている店もある。センティルライドから仕入れてきただろう装飾が細かく美しいものもや珍しい品が置いてあり、店によって人だかりができているところと閑古鳥が鳴いているところの差が明らかだった。
「ネロちゃん、この場所を歩いて行くのよねぇ」
「そうよ。アイネが力を使ってくれるというのなら、喜んで貴女の風に乗ってあげるのだけれど?」
「意地悪ねぇ。私がそこまで手助けしたら、今度こそお母様に嫌われちゃうわよぉ。そうなったら私も精霊種族になっちゃうかわぁ」
「っそれは駄目です!」
リバディの珍しい焦った声に、ネロもアイネも笑った。
「冗談よ。そんなに慌てなくても、アイネにはこれ以上手伝わせないつもりだから」
「そぉそぉ。まぁ、祠から逃げた時点で怒られてそうだけどぉ。でもぉ、私だってお母様とお父様に言いたいことはあるしぃ、このまま最後までついて行くわよぉ」
「ぷぷー。リバちゃんの焦り方、凄い面白いんですけどー!」
「珍しいものを見たきがしますわ。これだけでエレメステイルから出てきて得をした気分になりますわね」
「ルルだって、ノーム様が精霊種族に落とされたら同じことを思うはず」
「うっ……。それは、否定しないけどー……」
間近で精霊種族とネロたちのやり取りを見ていたルゥのそばに、ラウディがそっと寄ってきて耳打ちするように話しかけてきた。
「リバディとシルフ様の関係が俺らの普通なんだぞ。ただ、やはりネロに対するレイディの対応と、お前に対する俺の考えを合わせると、四大精霊じゃなくなった者にはそこまで尊敬の念は抱けないんだろうな」
「でも、ラウディは僕をサラマンダーだと信じてるんだね。偽物だって思っても良いはずなのに」
「それはネロとシルフ様が声を揃えて言ってるんだぞ? 信じるのは当たり前だ」
自信満々に言い切ったラウディはルゥから離れ、精霊種族達の集まりの中へと入っていった。
信じるのは当たり前。
言い切れるラウディのなんと格好いいことだろうか。
ルゥは眩しいものを見るような目でラウディに視線を向けるのだった。
──僕がサラマンダーだと信じて疑わないのは、ネロをアイネを心から信じてるから、か。
「僕も頑張らないとな」
「今、なんか言ったか?」
「ねえ、カガリ。カガリの知る僕って、どんなだった?」
「はぁ?」
独り言を言ったつもりだったが、どうやら近くにいたカガリが耳聡く音を拾って様子を伺いに来た。
彼女がネロやアイネ、エーテルよりも早く来るのは珍しいが、ネロたちはまだ精霊種族と話している関係上、ルゥの異変に気付かないのは仕方ないとも言える。エーテルも露天に並んでいる珍しい商品に気を取られているようだ。
カガリはルゥに好意を抱いているからこそ早めに気付けたのだろう。それを丁度良いと思ったルゥは自身について客観的な意見をもらおうと質問してみた。
「お前は……なんつーか、ヘラヘラしてて、頼りねえ。けど、優しい……と思うし、いざとなったら……
頼りに、なる……と思うぜ」
言葉尻がどんどん小さくなって言ったカガリの言葉だが、ルゥの耳にはしっかりと届いていた。
頼りない。優しい。いざとなったら頼りになる。
恐らくルゥとそこそこの付き合いがある者のほとんどがこう答えるだろう。
顔を真っ赤にしながら答えてくれたカガリに「ありがとう」と微笑んだルゥは、やっぱりそうなのか。と漠然と思った。
──それが、僕らしいのか……。
今までの自分はどうだっただろうかと考えるが、どう頑張ってもぼんやりとしたものしか思い出せず結局諦めるしかなかった。
それでもいざとなったら頼りになる、優しい自分というのは自分を構成する上での核のようなものだと理解できたルゥは、まあいつも通りで良いんだよね? という楽観的な考えに落ち着くのだった。
しかしシュカが死んで以降、ルゥは無自覚のままサラマンダーのような尖った口調や考えも覗かせていることにネロやアイネはしっかりと気付いていたのだった。