014 ゴブリンの洞窟
妖精さんに道を示されながら、洞窟内部を進む。
右も左もゴツゴツとした岩の壁で、ダンジョンっぽい雰囲気満点だ。
こういう、いかにもな場所へ入って冒険するってのも、昔から空想していたことの一つだなあ。
少し進むと、道幅はますます広くなった。
天井もだいぶ高い。
自分たちの足音のみが反響し、ほかに音はない。
生物の気配もしない。
本当にここに、ゴブリンなんかがいるんだろうか?
そう思っていたら、いきなり「そいつ」は飛んできた。
「うおっ!?」
とっさに振り上げた拳が、「そいつ」をとらえた。
天井付近にいたらしく、急降下してきたようだった。
僕が謎のスロー現象に護られていなければ、体当たりされるか、噛み付かれるかされただろう。
「ジャイアント・バットだ。魔物よ」
ドサリと落下した黒い物体を見て、マーブルが言った。
名前の通り、巨大なコウモリだった。
巨大といっても、大型のフルーツコウモリに比べれば小さいと思うが。
ただ問題は、こいつがこの体格ながら、人間を襲う「魔物」である点だろう。
「もう二体いるわね」
妖精さんを上昇させれば、天井にぶら下がった「二体」をどうにか視認できた。
暗がりに黒いヤツがいると、本当に見えにくい。
僕も黒髪に黒ローブだから、たぶん他人からは見えづらいんだろうな。
夜道で人を驚かせないように注意しよう。
おもむろにマーブルは、ローブの下から何かを取り出した。
小さな輪っか状の武器――チャクラムだ。
それが二つ。
いろいろ持ってるな。
その二つのチャクラムを、マーブルは連続して投げた。
それらは寸分たがわず、各個べつのコウモリに命中した。
一体は真っ二つにされた。
もう一体は一翼を失った。
二体そろって地面へ墜落する。
すかさずマーブルはダガーを抜いて、足元でもがいていた後者へ突き立てた。
ついでに、先ほど僕が殴り、生死不明な状態だったヤツも刺す。
またたく間に三体の亡骸が完成した。
「おっけー」
「お見事」
と僕は称える。
拍手も添えてやりたいが、わざわざ響く音を立てるのはNGだろう。
チャクラムが落下した音が鳴っている時点で、今さらではあるが。
「けっこう深い洞窟なのかしら。これだけドタバタしても、ゴブリンどもに反応がないわね」
「みんな出払っているとか?」
「あるかも。その場合はそうね、探索が終わったら、入口を破壊して塞いでやりましょうか」
「それは楽しそうだ」
マーブルがチャクラムを回収したのち、進行再開。
しばらくすると、分かれ道に突き当たった。
Y字路だ。右か、左か。
「この場合はどうする?」
「まったく情報がなけりゃ、あたしは全部右から行くって決めてる」
右手法か。
「じゃあ、それでいこう」
右へ進路をとる。
あいかわらず、不気味なまでに洞窟内は静まり返っている――
が、歩くうちに、なにか腐臭のようなものが漂ってきた。
ふいにマーブルが、僕の肩をつかんだ。
何だと思いながら立ち止まると、彼女は背伸びをし、耳元でささやいてくる。
「妖精を近くまで戻して」
先行させていた妖精さんに、「戻っておいで」と念じると、妖精さんはニコニコしながらUターンしてきた。
この暗いなか、眼前に来られるとかなりまぶしい。
「いるわよ、近くに」
ゴブリンの食糧は、主に動物の屍肉だったか。
なるほど、それで「腐臭」。
考えてもみれば当然の帰結だが、経験不足で、そのへんの直感が働かない。
マーブルという経験者から知恵を吸収できるのは、とてもありがたいことだ。
さすがにそこからは、忍び足での進行になった。
少し高い位置から妖精さんに道を照らしてもらい、マーブルが前、僕が後ろの隊列。
後方警戒して、と言われたので、チラチラと背後へ視線を配ることも忘れない。
やがて、直角に折れる曲がり角へ行きついた。
マーブルの指示で、再び妖精さんを手元へ。
マーブルは一度だけ僕へうなずいて見せると、素早く角のとこまで移動した。
曲がり角から、向こう側の気配を探るようにしている。
「3」
とマーブルが指で示してきた。
口では言っていない。
三体いる、ということだろう。
おそらくはゴブリンが。
こんな暗いのによく見えるな、と思ったが、目を凝らせば、曲がり角の向こうから、かすかに赤い光が漏れてきているのがわかった。
どうやらあちら側にも、光源があるようだ。
いったん手を下ろしたマーブルが、あらためて指を三本立てた。
少ししてそれは一本折れ、二本になった。
突入の合図だと察する。
僕はダッシュの姿勢を整えつつ、妖精さんにも「行くぜハニー」と念じた。
妖精さんは、恥じらったようにキャルキャルした。
持って帰りたいわこの子。
と、のん気に思考するのはヤメにする。
戦闘だ、戦闘。
気を引き締めていこう。
マーブルの指がすべて折れた。
それと同時、彼女は軽快に地を蹴った。
――速えぇ。
僕も同じタイミングで駆け出したが、追いつくどころか引き離されてしまう。
僕が短い通路を抜けて「部屋」へ入ったときには、すでにマーブルがチャクラムを投擲していた。
それは、緑色の肌をした人型の魔物の、喉を切り裂いた。
青い鮮血が飛び散るなか、マーブルは瞬時にその一体との距離を詰め、ダガーで腹を、反撃しようとした腕を、そして胸を貫いた。
「よいっと」
舞うように後方へ跳ねて、返り血を避けるマーブル。
電光石火の襲撃だった。
一体が絶命したところでようやく、残る二体が「グゲッ!?」と慌てたように、かたわらの武器――動物の骨製らしき棍棒――を手に取り、立ち上がる。
部屋の奥部には、二本の松明が立てられ、赤々とした炎を上げていた。
その炎に照らされたゴブリンは、だいたい想像していた通りの姿形だった。
体長は人の子供くらい。
肌は緑で、ハゲ頭。
耳が少し尖っている。
腰にボロ布を巻いていることから、いちおう大事な部分を隠す習性はあるらしい。
マーブルが奥のゴブリンへ疾走するのを見取り、僕は手前側にいるヤツへ襲いかかった。
ゴブリンたちはそれぞれ、得物を振り上げて応戦しようとするが――
遅い。まったく遅い。速さが足りない。それに迫力もない。
せいぜい、弱いゴリバートぐらいにしか見えなかった。いや、ゴリバートではなくギルバートだった。
振り下ろされた棍棒を裏拳で弾き、がら空きになった脇腹へ前蹴りをかます。
ゴブリンは「グゲェッ」と、悲痛の息を吐き出しながらふっ飛び、壁に激突。
相手が目前にくると、僕はなぜかパワフルになるし、棍棒を素手で受け止めても平気なくらいには、硬くもなるようだ。
なんだろうな、サ○ヤ人にでもなった気分である。
「ほれ、ちゃんとトドメを刺す」
グサグサと、横たわったゴブリンの喉を突くマーブルに言われた(それはとても恐ろしい光景だった)。
相手が人型なため気は進まないが、仕方がない。
そういう依頼だし、そもそも人とは相いれない生物なのだ。
どうか次は人間として生まれてくれ、そうしたら一緒に仲良くやろう。
床に転がった棍棒を拾い上げ、倒れたゴブリンの頭へ全力で投げ落とした。
それで戦闘終了。
マーブルと、ついでに妖精さんとも軽くハイタッチしたのち、ぐるりと四方を見渡す。
「ハズレね、こっちは」
マーブルが嘆息した。
そこはさして広くもない空間で、袋小路だった。
ゴブリンどもの死体と、あとは食糧であろう動物の死骸が、幾つか転がっているだけだ。
死体だらけなせいで、非常に臭い。
そのわりに、死体に群がる虫の姿が見受けられないのは、虫もまた、ゴブリンの「食糧」に該当するためだろう。
それでもこれで、反対側の道へ行ったとき、こいつらに背後から襲われる心配はなくなった。
無駄ではない。
後顧の憂いを断った、ってやつだな。
「いっちょまえに松明なんて使ってるってことは、上位種がいるわね」
「上位種?」
「そ。緑色のコイツらはさ、道具を作る知能なんて持ってないのよ。だからたぶん、ホブゴブリンかゴブリンシャーマンか、親玉がどっかにいるはず。もちろん、ゴブリンとは別種の魔物かもしんないけど」
一番大きなゴブリンに抱えられた、小さな女の子。
ネオネカ村の人が、そんなふうに言っていたな。
その「大きなゴブリン」が上位種で、なおかつ親玉な可能性が高いわけか。
「ホブゴブリンとかゴブリンシャーマンっていうのは、強いの?」
「そこそこね。駆け出しの冒険者のなかには、やられるマヌケもたまにいるわよ」
まさに「駆け出しの冒険者」な僕だが、「マヌケ」にはならないよう努めるしかない。