013 洞窟への道とスクロール
「ゆうべはお楽しみでしたね」とは、かの有名RPGのセリフである。
勇者が姫と一緒に宿泊すると、宿の主人がそんなふうに朝の挨拶を述べてくるのだ。
しかし、かりにも勇者と姫を相手取って「お楽しみでしたね」とは、宿の主人の肝の据わり方って尋常じゃないよな。
いや、べつにこんな話をしたからといって、村長ドノに「ゆうべはお楽しみでしたね」とニヤニヤされたわけではない。
彼は粛々と、出立する僕とマーブルを見送ってくれた。
鳥が起き出すような時刻である。
近頃、早寝早起きの連続で、このままでは僕はどんどん健康体になってしまいそうだ。
良いことである。
村を出る前に、襲撃されたという畑を見物した。
なるほど、ひどいもんだった。
土起こしの最中かというような荒れ具合で、ところどころクレーターみたいな穴まで空いている。
こんなことを続けられては、間接的に村は滅びるだろう。
原因を取り除いてやらねばならない。
すなわちゴブリンどもには、すみやかな退場を願おう。
時々、民家の窓から視線を感じた。
朝早いにも関わらず、村を救ってくれるらしい冒険者の顔を、一目見ておこうとする人が多いようだ。
しかしその視線の大半は、僕とマーブルを確認すると、やはり懐疑的なものへと変化するのだった。
まあ、わからんでもない。
十五の少年と少女だもんな。
ギルバートみたいなごっついヤツのほうが、見た目の期待値は上だよね。
「こういう視線をさ、しっかり憶えとくと良いわよ。あら、人ってこんな簡単に変わるんだ、っていうのが良くわかるから」
悪巧みするような顔をして言うマーブルだった。
言われた通り、僕は肌と心に刻みつけておく。
この不審の目が、感謝や尊敬の眼差しに変わるとすれば、それはとても気持ち良いことに違いない。
人の尊敬を集めて自尊心を満たす、まさに冒険者の醍醐味の一つだろう。
僕の場合、いざそうなったら、照れのほうが前面に出てしまいそうな気もするが。
どうにも小心なもんでね。
「さ、ゴブリンどもを処刑しに行きましょ」
「おうっ」
気勢を上げつつ、僕とマーブルはネオネカ村を後にした。
◇
「村に流れる川」というのは、人工的に造られた用水路だった。
灌漑、というやつだ。
それを十五分も遡れば、本流であろう河川との境界についた。
本流はけっこう川幅があって、水量も豊かだ。
こっち側は平野続き、向こう岸は森林地帯と、くっきり分かれているのが特色だった。
歩けど歩けど、ポツポツと樹木が生えている以外は何もない。
時おり見かける木の上では、モズっぽい鳥がヒナにエサをやったりしていた。
その巣を狙って木登りする、アオダイショウみたいな蛇もいた。
さらには休憩中、偶然足元にいたカマキリが、「きしゃー」と威嚇してくることもあった。
そういえば町にカラスもいたし、マーブルに『舞兎』なんて異名がついているあたり、ウサギも一般的な動物なんだろう。付け加えるならゴリラもだ。
こうしてみると、この世界の動物の生態系は、僕の生前の世界とさほど差がないらしい。
もちろん「魔物」という異質な存在がいる以上、両世界を同じ目線で語ることはできないが。
二時間ほど進むと、遠くに隆起した地形が見えてきた。
近付くにつれて、どうやらそれが、くだんの「山」らしいことがわかってくる。
赤茶けた岩山という感じで、ピクニックには向いていそうにない。
山のほうへ入っていく坂道があったので、それを登った。
地図と照らし合わせれば、このあたりに目的の洞窟があるはずなんだが――
そう思っていた矢先、岩肌にぽっかりと空いた穴を発見。
「アレかな?」
「そうっぽいわね」
拍子抜けするほどにあっさりと、「洞窟」まで辿り着くことができた。
周囲を確認しながら穴へ近付く。
坂道の途中にあたる地点で、見晴らしは良く、バックアタックを警戒しなければならないような地形ではない。
穴は、僕とマーブルが一緒に通行できるほどに大きかった。
しかし、外から見た内部は真っ暗で、無防備に踏み込むのは躊躇せざるを得ない。
「明かりをつけて入りましょっか」
「それだと侵入者が現れたって、相手に即バレるんじゃ?」
「ゴブリンなんて、五体くらい同時に現れてもあたしの敵じゃないし、ケイたんの敵でもないわよ。それよか暗闇に乗じて不意を衝かれるほうが、よっぽど脅威。あっちは人間よりも暗視能力が高いし」
「ふむ」
先輩冒険者たる彼女がそう言うのなら、僕に異存はない。
「ランタンだよね? 僕が持つよ」
「ううん。せっかく持って来たし、スクロール奮発しちゃうわ」
「スクロール?」
「うん」
首肯しつつ、マーブルが荷物袋から取り出したものは、巻物だった。
ずいぶん小さく、広げても賞状くらいのサイズ。
「マジックアイテムよ。ほれ、ケイたん使ってみ?」
「どのように?」
「ここ。第二公用語の部分があるでしょ。そこを唱えるだけ。簡単っしょ?」
渡された「スクロール」を眺めれば、まず目についたのが、やや大きく書かれた「光の妖精」の文字。
その下には、マーブルが指した文章――詠唱文だな、これは――が記されている。
とすると、この「スクロール」は、「光の妖精」という魔法を発動するためのアイテムだろう。
また、詠唱文の下部には、僕には読み取れない言語が長々とつづられていた。
象形文字のような、洗練されていない印象を受ける字面。
「これは何?」
「んっと……古代魔法語、だったかしら。あ、先に言っとくけど、それはあたしも読めないから。知りたきゃ専門家に訊いてちょーだい」
着々と魔術師ギルドを訪問する理由が増えていくな。
ともあれ、使ってみることにした。
アイテム経由とはいえ、初めての魔法にドキムネな僕である。
「えーと……『光の妖精よ、我が意に従い、我が道を照らしたまえ!』」
唱え終えるや、ポンッと巻物から少量の煙が立ちのぼった。
その煙が晴れると、何かが自分の眼前に浮遊しているのに気付く。
……妖精さんだった。
体長十五センチくらいで、すげぇちんまい。
その妖精さんは、ピカピカと光っていた。
そして僕の鼻先で、僕に向かってニコニコと笑いかけていた。
眼がぜんぶ黒目って感じで、ちょっとエイリアンっぽいのが玉にキズだが、パタパタと羽を動かしているサマが愛くるしい。
「可愛いなオイ」
「えー、そう? なんか虫みたいで、あたしはデコピンしたくなるけど」
だが実際にデコピンをしても、妖精さんには当たりはしない。
実体のない、ただのマナの集まりなのだとマーブルは言った。
マナが何なのか僕はわかっていないが、要するに、ホログラムみたいなものかと予想はつく。
この光の妖精は、術者(この場合はアイテムなので使用者)の意思をある程度くみ取り、移動しながら道を照らしてくれるそうだ。
ランタンとは違い、片手をふさがれないので、洞窟探査などでは非常に重宝する魔法なのだという。
ちなみにこの光の妖精に限らず、スクロールというのは、基本的には使い切りらしい。
なんでも、マナが一回分しか籠められていないのだそうで。
ここでも「マナ」だ。
マナについて、早いとこ学びたいな。
「これ、どれくらいの時間もつの?」
「魔法の場合は、術者の魔力しだいね。スクロールだと、だいたい五時間くらいってとこかしら」
「ふむ」
「消したいときには、消えろって念じれば良いだけだから。あ、今は消さないでよ? もったいないし」
「了解」
よろしく頼むぜ、と妖精さんに念じてみる。
そうすると妖精さんは、ドヤ顔を見せ付けてきたのち、ふよふよと洞窟のなかへ入っていった。
入口から見える範囲が明るく照らされた。
僕とマーブルはうなずき合って、足を踏み出す。
いよいよゴブリンの棲み処へ侵入だ。




