第二話 宰相よ、飯を食え
王国にも爽やかな季節がやってきた。
初夏。
王宮の奥では、ダブル・ディライトが咲いている。
朝には白かった花弁の縁が、午後にはさらに深い紅を帯びている。
甘い香りも庭に広がっている。
今年も見事な咲きぶりであった。
「今年も咲いておりますな」
庭師が言った。
「そうですね」
セレスタは頷いた。しばらく花を眺める。
庭師も余計なことは言わない。
王宮には、語らぬ方が良い思い出というものもある。
やがてセレスタは踵を返した。
王国は、花だけでは回らない。
執務室へ向かう。
扉を開けた。
そして。
「生きてる?」
セレスタは言った。
「生きています」
宰相は答えた。
「死んでるわね」
「生きています」
「目の下が黒いわ」
「仕様です」
「仕様ではないわよ」
机の上には書類の山。
横にも山。床にも山。
どうやら宰相は書類に埋葬されたいらしい。
「昼食は」
「後で」
「朝食は」
「後で」
「昨日の夕食は」
「さあ?」
セレスタは黙った。
宰相も黙った。
「いつ食べるの」
「そのうちです」
「そのうちとは」
「そのうちです」
セレスタは、ため息をついた。
そして侍女へ視線を向ける。
侍女は静かに頷いた。
どうやら同じことを考えていたらしい。
しばらくして運ばれてきたのは、湯気の立つ汁椀だった。
もやしと卵の汁物である。
宰相が眉をひそめる。
「王宮の?」
「そうよ」
「質素では」
「文句は、食べてから」
宰相は観念したように匙を取った。
一口。
二口。
三口。
しばらくすると、顔色が少しだけ人間に戻った。
「どう?」
「……うまいです」
「そうでしょう」
「悔しいですが」
「そう......」
窓の外では薔薇が少しずつ開き始めている。
初夏の風に乗って甘く薫る。
宰相は椀を空にした。
そして、当然のように書類へ手を伸ばす。
ぴしゃり。
セレスタはその手を叩いた。
「痛い」
「当然」
「仕事が」
「あるでしょうね」
「予算も」
「あるでしょうね」
「隣国との!」
「あるでしょうね」
「ならば」
「寝なさい」
宰相は額を押さえた。
「まだ昼です」
「だからよ」
「仕事が」
「逃げないわ」
「予算が」
「どうにかするだけよ」
「外交が」
「王子、留学させたでしょ」
セレスタは窓の外を見た。
「休むのも仕事よ」
宰相は黙った。
「倒れたら終わりだから」
さらに黙った。
「王妃命令ですか」
「いいえ」
セレスタは微笑んだ。
「忠告よ、幼馴染特権で許すわ」
しばらくして。
「三十分だけですよ」
と宰相は言った。
「一時間」
「長いですね」
「二時間に、増やそうかしら」
「あー、くそっ、三十分で!」
五分後。
宰相は机に突っ伏して寝ていた。
セレスタは侍女に言う。
「毛布を」
「はい」
「起こさないように」
「承知しました」
初夏の風が吹く。
薔薇の香りが、ほんのりと部屋へ流れ込んだ。




