第13話
俺が「あんパン」を開発し、売り始めたころ。
リテは自分で作った刺繡入りのハンカチを、次の市で露店を出して売るとギムセックに相談していた。
いや、「相談」ではなかったな。「宣言」だな。驚いていたギムセックに反論させるつもりは全くない言いぶりだった。
「お父さん、私、次の市でお店出すから。お店は、お母さんが前に出したことあるから、あるよね。売るのはメートも手伝ってくれるから」
「ええ!? リテ、お前、急に何を言ってるんだ!? お前みたいな子供が市でお店を出すなんて……」
「大丈夫。それに私、もう子供じゃないから」
「いや、お前はまだ32歳だよ……! 子供じゃないか……!」
「エルフならね。でも『人間』では32歳は立派な大人だって。トーキも言ってたし」
「お前は……、エルフだよ……。『人間』だなんて……」
「とにかく、次の市でお店出すから。商品ももう作ったし」
絶句しているギムセックを放っておいて、リテは母親のミルステーナに向き直る。
「お母さんが前に露店に使ってたテント、物置にあるかな?」
「あるわよ。出してあげるわね」
「ありがとう~」
ミルステーナはリテが店を出すことを知っていたのか、落ち着いた様子だった。
「どうして急にお店なんて……? おこずかいが足りないなら、少しくらい上げてもいいんだぞ。何か欲しい物でもあるのかい?」
「うーん、そういうことじゃないの。私、魔法都市『シュルクタット』に行きたいの」
「何だって!? 『シュルクタット』!? そんな遠くへどうして行きたいんだい?」
「どうして、かぁ。お父さんには、解ってもらえないかもしれないけど、私は、私がまだ見たことのない景色や、会ったことのない人、知らなかったいろいろな魔法とか、読んだこのない本、この世界の素敵なものの全てを、見てみたい。そして、それを他の人にも伝えたいの」
「そんなこと……。お前がやらなければいけないことなのかい? お前にはまだ学校もあるし……」
「うん。本当は、エルフなら学校を卒業するまで待つべきだっただろうけど、私はもう待てない。私には学校で過ごす時間は退屈すぎるし、長すぎるの」
リテはギムセックの顔を真っ直ぐに見つめて宣言する。
「だから、私、行くね」
返す言葉もなくしたギムセックの肩に、妻ミルステーナが優しく手を載せる。
「あなた。リテはもうずっと前から、大人だったのよ。ごめんなさい、私は気がついていたけれど、言えなかった。確かに、普通のエルフよりはずっと早いけれど、いずれは来ることだもの」
「ミルステーナ。それはそうだけど、でも……」
ギムセックはミルステーナの手を握る。
リテは二人の前に立ち、両手を広げて言う。
「お父さん、お母さん、私を見て。どう? 子供に見える?」
リテの強く、真っ直ぐな瞳。
「ふふっ。見えないな…」
涙目で微笑みながら、ギムセックは答えた。
………………………
この数日後、広場に市が立った。
以前に来た魔族とは、違う村の魔族とのことだが、俺には違いが全く分からなかった。
リテはこの市で、首尾よくハンカチを売り切り、旅のための資金を得た。
ちなみに俺はといえば、パン屋の出張販売で市に参加していた。
魔族の人たちにも「あんパン」は好評で、俺はパン屋にかかりきりになって、リテの店の方を気にする余裕はなかった。
しかし、俺が手助けする必要も全くなく、リテはメートと共に手堅く店を切り盛りしていたらしい。
何はともあれ、俺もリテも、無事に旅のための資金を準備することが出来た。
いよいよ旅立ちの日は近い。
……………………
そんな市を終えた翌日、温かい日差しの満ちた平穏な午後。
ギムセック家に訪問者があった。
「リテ~! 『シュルクタット』に行くって本当~?」
艶やかにカールするブロンドの髪に、180センチを超える長身。
峰不二子が現実になったかのような、巨乳とくびれたウエスト。
芸術作品と言ってもいいほど美しく彫り込まれた目鼻立ち。
美人もここに極まれり。
エルフ美女の完成形。
彼女はリテの姉、ヴァルマレースといった。
「お姉ちゃん、久しぶり。元気? だったみたいね」
ヴァルマレースは、小柄なリテをすっぽりと抱きかかえて離さない。
「お姉ちゃん、ちょっと、苦しいよ」
「あ、ごめんね~。でもリテ、『シュルクタット』に行くなんて本当なの? とっても遠いのよ」
「うん。お金も貯まったし、行くよ」
「ええ~! お姉ちゃん、心配だな~」
「大丈夫だよ。お姉ちゃんが結婚して家を出て、もう20年だよ。その間に、私は十分、大人になったから」
「たった20年じゃない。リテはまだ子供じゃないの~?」
絡んでくる姉を、少し鬱陶しそうにあしらいながら、リテは応える。
「私はこの通り、もう大人だって。お姉ちゃんが心配するようなことはないよ」
「う~ん、大丈夫かな~? あ、そちらの方、あなたが異世界から来られたっていうトーキさん?」
「ええ。初めまして」
ヴァルマレースは、蜜のような視線で俺を見下ろして、右手を差し出す。
俺は、彼女の白く大きな手を、そっと握って握手を返す。
彼女は俺の目を見つめながら、意外なほどしっかりと握り返してくる。
すべすべして、きめの細かい肌の感触、絶妙な握り加減、甘く熱さえ感じる目線。
うわっ!何だ……! ただの握手だけど、すごいドキドキする……!
「トーキ、なんだか顔が赤くなってるよ」
「いや、そんな……。別に、そんなことないでしょ」
「あー、まあお姉ちゃんは村で一番の美人だから、しょうがないけど」
リテにつっこまれても、ドキドキはおさまらない。
「ふふふっ。トーキさん、リテに同行してくださるってお聞きしました。『人間』っていう種族は存じませんでしたけど、しっかりしていそうな方で安心しました」
ヴァルマレースが、とろけるような笑みで俺を見つめて言った。
とてもしっかりしてるとは、自分では思えないが。
一応、彼女から見れば、俺は年上に見えるから、そういう評価なのかも。
「それで、お姉ちゃん。急にどうしたの?」
「なに言ってるの。リテが旅に出るって聞いて、顔を見に来たのよ」
「もう……」
なんだかんだ言って、リテは久しぶりに姉に会えて嬉しそうだった。
「やあ、ヴァルマレース。よく来たね」
「あら、騒がしいと思ったらヴァルマレースじゃない。久しぶりね」
ギムセックとミルステーナも出迎える。
これで、家族全員がそろったということだ。
改めて、このエルフの家族を客観的に見ると、リテの異質感がすごい。
ギムセック、ミルステーナ、ヴァルマレースの3人ともかなりの高身長、薄めの金髪、長いエルフ耳だ。それに対して、背が低く、こい茶色の髪で、普通の耳のリテ。
本当に血縁なのか疑っていたというのも、うなずける。
仲の良い家族ではあるのだが、どうしてもリテの存在の違和感は拭えないな。
俺は、そんなリテの隣に立つ。
彼女の姿が少しでも馴染めるように。
彼女は笑顔で振り向いて俺を見る。
目線の高さはほぼ同じだ。
見上げなくても合う目線。
同じくらいの高さの肩。
そんな相手が、隣に立ってくれる安心感。
リテもそれを感じているだろうか?
それは分からないが、家族に囲まれた彼女は、無邪気な笑顔をこぼしていた。
……………………
「はい、これあげるね」
リビングに家族で座り、落ち着いたところでヴァルマレースはリテにペンダントを渡す。
そこには緑の魔石がはめ込まれている。
「これ、治癒魔法の! ありがとう、お姉ちゃん!」
「使い方、教えてあげる。治癒魔法はちょっと難しいから」
そう言ってヴァルマレースがリテに治癒魔法をレクチャーする。
と言っても、その内容は簡単な人体の構造についてだった。
人体には骨があって、筋肉があって、血管が通っていて、といったことだ。
俺にとっては、当たり前の内容だったが、リテは詳しくは知らなかったらしい。
元の世界での「理科」「生物」なんかに分類される学問は、学校では習わなかった。
結局、魔法が出来れば日常では困ることがないからだろう。
ただ治癒魔法については、人体の構造を正確にイメージ出来る方が、効果は高いのだそうだ。やはり、魔法はイメージ。
この他、旅の注意点などを、ギムセックが教えてくれた。この近隣にある村、そこに住む種族、また村の間の地域に出没する魔獣について、などなど。
先日、魔石売りのドネルコにも聞いた内容ではあるが、さすがに近隣についてはギムセックは詳しい。俺も一緒に聞いて、旅に備える。
そうして、あれこれ話し込んでいると、玄関がノックされ「ごめんください」という音の声が響いた。
今日二人目の訪問者。
聞いたことのない男の声だ。
ギムセックが席を立ち、玄関先で対応する。
何か話しているが、詳しくは聞き取れない。
何だろうと思っているところに、ギムセックから声がかかる。
「リテ、ちょっと来てくれるかい。トーキさんもこちらにいらしてください」
呼ばれて俺たちが玄関先に行くと、そこには白髪に白い口髭を生やしたエルフの男が立っていた。
「やあ、初めまして。パルキストスと申します」
…………………
「人間」なら60歳は超えるだろう見た目。
エルフだから、もしかしたら1000歳近いのか?
身長は180センチくらいで、エルフにしてはかなり小柄だ。
その男、魔法研究者のパルキストスは、ニヤニヤとした笑みを湛えながら、挨拶をした。
「パルキストス様! お目覚めになったんですね!」
リテが弾んだ声で応える。
「やあリテ。元気だったかい?」
「私はもちろん! パルキストス様こそ、もう大丈夫なのですか?」
「ああ、心配をかけたね」
リテがパルキストスに駆け寄った。
二人は知り合いなのか。
まあ、小さな村だしな。顔見知りでもおかしくない。
「おや、リテ。お前、そんなにパルキストス様と仲が良かったんだね」
と思っていたら、ギムセックも知らなかったのか。
「うん。パルキストス様の家には、いろんな本があったから、何度か読ませてもらっていたの」
「ああ、そうか。お前は本が好きだったしな」
「ええ、ギムセックさん。うちにある物語の本がリテはお気に入りだったのでね。さて、それで、そちらの方が召喚されたという、トーキ君だね」
パルキストスは微笑みながら俺に話しかける。
何だろう。にこやかではあるが……。ニコニコ、というよりニヤニヤといった印象の表情だ。
「初めまして。トーキです。あなたが俺を召喚されたのですよね?」
パルキストスはニヤニヤした表情のまま、俺の顔を眺めている。
何だ、この男。この世界で出会ったどの人物からも感じなかった嫌な雰囲気。
端的に言って、うさんくさい。
こんな男が俺を召喚したのか?
「パルキストス様、立ち話もなんですから、中にお入りください」
「いや、ここで結構。今日は顔を見に来ただけなんでね」
ギムセックの招きをあっさり断るパルキストス。
そして俺の方を向き直り、何でもないことのように俺に言った。
「トーキ君。まず誤解しているようだが、君を召喚したのは、私ではないよ」
「え?」
いや、あんたが召喚魔法の研究をしていたんだろう? 何を言っている?
「あの夜、私は召喚魔法を発動していないんだ。なのに、魔石がひとりでに光り出して、魔法が発動した」
「どういうことですか?」
「私にも分からない。ああ、これはお恥ずかし話だが、召喚魔法の研究は上手くいってなかったのだよ。何年も研究していたが、成功の見込みがなくてね。もう諦めようかと思っていた」
「それじゃあ、どうやって魔法が発動したんですか……?」
「うむ。仮説としては、召喚魔法ほどの大魔法は、発動に時間がかかるのでは? ということだ。私はこれまでに何度も何度も、召喚魔法の発動を試みている。一度も発動していないがね。だが、その積み重ねが、時間を経てようやく昨夜、発動へと至ったのではないかということだ」
「ちょっと待ってください。それじゃあ、やっぱり召喚魔法を発動したのはパルキストスさんでしょう」
「ふっふっ。だがな、トーキ君。私は君を召喚するイメージをしていない」
「ええ…?」
「魔法はイメージ。発動者のイメージを具現する。それは聞いておるだろう。私が君を召喚したなら、私は君のことをイメージしていなきゃならん。しかし、今、私は君に初めて会った。初対面だ。わかるか? 会ったことも無い君をイメージできるはずがないんだ」
そうか! パルキストスが俺を召喚したのなら、俺のことをイメージして召喚魔法を発動させなければ、俺を呼び出すことは出来ない。
だが、パルキストスは俺のことを知らなかった……。
「私が研究していた召喚魔法は、もっと単純なモノの召喚を実験していたのだよ。小さくて、複雑な構造を持たないもの。例えば、コップとか、皿とかね。それが限界で、しかも、それさえも上手くいかなかったんだよ。それなのに、急に複雑極まる生きた「人」を召喚できるはずがないんだよ」
「それじゃあ、俺はどうやって召喚されたんです……?」
「ふっふっふっふ。わからん」
パルキストスは、終始ニヤニヤしながら俺にそう説明した。
「いや、わからんって。召喚魔法を研究していたんでしょう?」
「ふふっ。わからんものは、わからんからな」
なぜ、ニヤつきながら言う?
本当は何か知ってるんじゃないのか?
「じゃあ、俺が何のためにこの世界に来たのかは、分からないってことですか」
「何のため? ふふっ。それなら答えてやろう」
「え!? 分かるんですか!」
「ああ。まず、私が何のために召喚魔法を研究していたと思う?」
「え? いや、ちょっと分かりませんけど」
「何のためでもないよ」
「はあ?」
「私は、ただやってみたかったんだよ。召喚魔法という未知の魔法をね。ただそれだけだ」
「ええ? 何か、目的というか、使命というか、そういうものは無いんですか?」
「そんなもの、あるわけないだろう? だいたい、この世界の人は誰も召喚魔法など必要としておらん。そんなものなくても、困ることなどない。魔法実験なんて、やらなきゃならん理由はないだよ。私は、ただ純粋に知的好奇心で魔法の実験をしたまでだ」
なにそれ。魔法の研究に理由はないのか?
「そして、君を召喚した魔法がどうして発動したかは分からんが、その魔法にも理由などないだろう。魔法にいちいち理由が必要かね? ただやってみたいから、便利だから、面白いから、それで十分だ」
言い切ったパルキストス。
俺は猜疑心を込めた目でパルキストスを睨んだが、この胡散臭い男は、薄ら笑いを返すだけだった。
俺との会話を打ち切ったパルキストスは、リテへと視線を移す。
「リテ。魔法都市『シュルクタット』へ旅立つんだって?」
「はい。パルキストス様」
「それは君の意思かね?」
「もちろんです。確かに私はエルフの年齢では子供だけど、トーキと出会って『人間』っていう種族を知ったんです。私もその『人間』なんだって。『人間』の時間はエルフよりもずっと短いから、私はその時間を私のやりたいことに使うんです」
「そうかね。ふふっ。」
パルキストスは力強く喋るリテを見て満足そうに笑う。
「あ、そういえばパルキストス様はシュルクタットからいらしたのですよね? 詳しいお話を聞かせてください」
「行けば分かることだ、リテ。私から聞くよりも、自分で見た方がずっと良いだろう?」
「そうですね! パルキストス様!」
「ああ。一つだけ、アドバイスしよう。『黒の魔石』を探すといい」
「『黒の魔石』? パルキストス様、魔石にはいろんな種類がありますが、『黒』だけは存在しないって聞いたことがありますけど…」
「シュルクタットにはあるんだよ。一つだけな。見つけられれば、リテ、君の病気も治せる」
「「「!!!!!」」」
その場にいたギムセック、リテ、そして俺の3人とも、驚きで息が止まる。
「パルキストス様、リテの、リテの病気が治せるのですか……!」
ギムセックが最初に口を開いた。彼の目には、もう涙がにじんでいる。
「ああ」
相変わらずのニヤつき顔で応えるパルキストス。
「ほんとに……?!」
リテも信じがたい表情でパルキストスを見る。
「さて、話は済んだ。私は帰らせてもうらおう」
パルキストスが振り返り、立ち去ろうとする。
「ちょっと待ってください!!」
俺は思わず大声で呼び止めた。
「シュルクタットへ行って、その『黒の魔石』を見つければ、リテの病気は治るんですね?!」
「治るだろうよ」
パルキストスは振り向いて言う。
俺は、喜びと共に、怒りが沸き上がって来るのを感じる。
「あなたは! リテが病気だと以前から知っていたんですよね? 彼女が、この病気のためにずっと悩んでいたことも分かったはずだ! どうして、どうして今まで、病気が治せることを教えてくれなかったんです!?」
「トーキ君。物事を知るには、適切な時期がある。そして、リテには今、その時期が来たということだよ」
「時期? 何いってるんですか? 病気を治すなら、早い方が良いに決まってるじゃないですか!? なんで、もっと早く教えない!?」
「それは、まだ君が知る時期じゃないよ」
ニヤニヤしながらそう言って、パルキストスは振り返る。
「ちょっと待て! 知ってるんだな! まだ何か、あなたは知ってる! どうして答えない!」
叫ぶ俺を無視して、パルキストスは歩き去っていった。
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