最終話 エルフの里の姫
外ではエルフの戦士たちが帝国の兵士と一進一退の攻防を繰り広げていた。だが、アランがルッツの首級を挙げたことで形勢は一気にエルフたちに傾く。
元々、アランにぶつけるために、多くの一線級の兵士をルッツは引き抜いていた。それらの兵士は全てアランによって倒されていたため、残っていた二線級の兵士たちはルッツが死んだことを受け、動揺し、潰走した。
元々、魔獣が蔓延る森の中への遠征である。二線級の兵士たちだけでは、士気を高め、継戦しようと部隊を立て直すことはできなかった。
「アラン様がルッツの首級をあげました。帝国の兵士たちも潰走状態です。今、里の戦士たちが敗残兵の処理を行っているところです」
「状況を知らせてくれてありがとうございます、ローズ」
フレデリカとローズは里長の家の前の広場に出てきていた。里長の家は完全に燃え尽きてしまっている。幸運だったのは、里長の家が他の家から遠い位置にあり、火が周りに燃え広がらなかったことだろうか。
「それと、ありがとうございました。ローズが来てくれなければ、私とお母様は共に瓦礫の下敷きになっていました」
天井が降ってくる少し前、兵士たちを倒したローズは里長の家が燃えているのに気付いた。そのまま家に突入し、フレデリカたちが瓦礫の下敷きになりそうなところを、風の魔法で瓦礫を吹き飛ばして、二人の命を救ったのだった。
ローズはフレデリカの感謝の言葉に対して、ぺこりと一礼して答える。
「もったいないお言葉です。ご無事で何よりでした」
「ですが、まさかあなたも複数属性の魔法が使えるとは思いませんでした……」
フレデリカが屋敷に突入する時、ローズは風の魔法を使ってみせた。瓦礫を吹き飛ばしたのも風の魔法だ。どちらの時もフレデリカには焦る気持ちがあったため疑問に思わなかった。だが、ローズは里のエルフたちに回復魔法をかけたのだ。つまり、アラン同様に複数属性の魔法を使える人間だったのだ。
フレデリカはため息を吐く。
「また自信を失ってしまいそうです……私のまわりの人間はみんな複数属性の魔法を使えるなんて……」
魔法に対する適性があまりないことは、フレデリカにとってちょっとしたコンプレックスであった。だから里の戦士たちに混ざって戦闘訓練をして、その弱さを克服しようとしていたのだ。
初めての人間の友人が複数属性の魔法を操る凄腕の魔法使いだったなどと知ってしまえば、そのコンプレックスがほんの少し、ほんの少しだけだが刺激される。
フレデリカはジッとローズを見る。ローズは首を傾げる。
「どうかなさいましたか?」
「もう私に隠していることなどないですよね?」
「……」
その言葉に、ローズは無言だった。無表情だがフレデリカにはわかる。焦っている顔だ。大方、友達に義理立てをしたいが話せないことは話せないと、内心では冷や汗を流しオロオロしているのだろう。
ローズにはまだ何かあるのだろう。アランの従者になった経緯といい色々と不可解なところが多い。だが追求しても簡単には答えてくれないだろう。
フレデリカは再びため息を吐く。
「まあいいです。結果的には助かりましたから。それに、お母様ともしっかりと話ができました、エルフの里の混乱は鎮められたのかわかりませんが、少なくとも彼女を説得できました」
洗脳魔法が解けた理由はわからない。ローズに聞いたところ、洗脳魔法は元々不安定なもので、衝撃や魔法攻撃を受けることなどにより解けることがあるということだった。
だが、イレーヌの洗脳を解いたおかげでフレデリカは里長を継承して里の実権を握り、アランの命令を完遂することができた。
里長を継いだことにより、フレデリカは里の守りの魔法も使えるようになった。理屈はわからないが、里の守りの魔法の使い方を理解できたのだ。今は、イレーヌが消していた守りの魔法を再構築している最中であった。
イレーヌはフレデリカの隣で眠っていた。ローズが回復魔法をかけ怪我を治療した後、そのまま寝入ってしまったのだ。フレデリカはその横顔を眺める。
フレデリカは思う。諦めなくて良かったと。もちろん、ローズが来てくれなければ二人とも死んでしまうという最悪の事態にもなりかねた危険な博打であった。だが、結果的には二人とも生き残った。だから、これはハッピーエンドの物語なのだ。
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エルフの森の里長の家。そこにはアラン、ローズ、そしてフレデリカが揃っていた。
エルフの森の襲撃から1週間、フレデリカは里の被害を取りまとめる作業に奔走していた。アランとローズも負傷者の収容・手当、そして、帝国軍兵士の残党狩りを行なっていた。
一通りの始末がついたことが確認できたので、アランとローズは屋敷に帰ることにした。アランとしてもいつまでも領の仕事を放置するわけにもいかない。現時点ではアランの代行業務を行える人員はローズしかおらず、二人揃ってエルフの森にきていたため、1週間分の仕事が溜まってしまっている。
その前に、新しい里長となったフレデリカと細々した部分を詰めておこうという話になり、会談が設けられていた。
だがお互いすでに知らない仲でもない。話自体はすんなりと進み、今は会談後の雑談という雰囲気になっていた。エルフの里の名産だという茶と茶菓子をいただきつつ、3人は会話をしていた。
「しかし、今回のイレーヌの行動の原因が洗脳魔法でよかったな。これでイレーヌを処分する口実が無くなっちまった」
「お母様も被害者なのです。守りの魔法を解除してしまいましたが、その責は全て帝国軍のものです」
洗脳魔法の件はイレーヌの記憶の混濁、および、アランがルッツ本人から聞いた話を総合するとまず間違い無いだろう。そうなると、今回の騒動の責任を取らせてイレーヌを処断するということは難しくなる。
ただ、何のお咎めなしというわけにもいかない。里には甚大な被害が及んでいる。里を導くべき里長の対応が甘かったのでは無いかと糾弾されるのは避けられなかった。
結果的に、イレーヌは生き残った全エルフの前で、今回の騒動の責任をとって里長を引退することを宣言した。後継者の指名権も放棄する形である。だが、エルフたちからの支持が厚く、今回アランという増援を取り付け騒動を収めたフレデリカが、次期里長として支持されたため、アランとしては特に文句はない。
「まあいい。お前も見事に俺の命令を完遂したのだ。褒めてやろう」
「ありがとうございます」
フレデリカは人質ではなくなった。正式に里長の座に着いたため、里で仕事をする必要が出てきたためだ。それに合わせて、フレデリカはアランとも正式に同盟を締結した。
フレデリカたちは帝国との隣接地域として、エルフの森の守りを担う。帝国の侵攻など異常事態が発生すれば、いち早くアランに警告を発する。代わりに、エルフの森が攻められた時には、アランが救援に向かうというものだ。
エルフたちがアランの領民であるということは、同盟の内容には含まれなかった。アランがエルフたちの自治権に配慮した形である。
もっとも、この決定は、里長となったフレデリカの人となりが信頼できるという点があるからこそであった。アランとしては、エルフの里が帝国と結び反抗してくることが一番面倒である。だが、今回フレデリカは一貫してアランと協力し帝国の撃退を目指した。また、エルフたちを守りたいという思いも、口先だけではなく行動で示した。そのため、この程度であればと譲歩したのだ。これもまた、フレデリカがアランから勝ち取った成果であった。
また、貿易も行おうという話になった。エルフの作る弓と矢は質が良く、アランが自身の軍を整備する上で有用であると考えたためだ。また、エルフ特産の茶と茶菓子をローズが気に入ったため、アランの専売としてオタラでの販売を開始することにした。その際に、少量をアランが屋敷用として買い取れば、ローズも満足するだろう。
「エルフの里も変わっていかなければなりません。良い方に変えていって見せます」
「いつでも俺に相談しに来い。アドバイスしてやる」
「あなたに相談すればあなたに都合の良い改革になるに決まっているではないですか……まあありがたく相談はさせてもらうと思いますが」
「当然だ。だがエルフの里が発展することは俺の領の発展にもつながる。そうそう変なことは言わねえよ」
フレデリカはため息を吐く。これからもこの目の前の怪物とやり合っていかなければならないとなると心労が絶えなさそうである。
フレデリカは里長としてエルフの里に帰ることになる。だが、密な連携やオタラの上下水道の工事のために、連絡会は設けられることになっていた。月一程度で開催場所はエルフの里とアランの屋敷の持ち回りである。
フレデリカは気分を切り替えるとアランの従者、ローズに目を向ける。
「ローズにもお世話になりました。公務だけではなく、私用でも良いのでいつでも遊びに来てくださいね」
「はい、必ず伺います」
「……前も思ったが、お前ら随分と仲良くなったな」
オタラの一件以降、ローズとフレデリカの間にあった壁のようなものが取り払われていると、アランは感じていた。ローズに聞いてみると、フレデリカと友達になったということである。
私的なつながりを通して、公的なつながりを構築するというのはよくあることで、ローズとフレデリカの仲が良いというのは悪いことではない。だが、アランの私人としての部分で、この関係を面白くないなとも感じていた。
「あら、嫉妬ですか?」
「抜かせ」
ニコリと笑ってフレデリカがそう煽る。アランは鼻を鳴らして否定した。
だがフレデリカは楽しそうに話を続ける。
「それに絡んでいうと、ついに私をお手つきにはしませんでしたね。人質になると聞いた時は覚悟したのですが」
「自分のことを高く評価するのは構わないが、客観的な評価と齟齬があると情けなくなるぞ。俺にだって相手を選ぶ権利はある」
「あら、私はこれでもエルフの中ではかなり人気があるのですよ? オタラでも多くの方に声をかけていただきましたし」
「君が権力者だからだな。今度うちの屋敷にきた時にお世辞という言葉の意味を教えてやろう」
フレデリカは気の強い方ではあったが、今回の一件でさらに一皮剥けた感覚がアランの中にはあった。以前であれば、アランとこのような軽口のやり取りはできなかっただろう。
いずれにせよ恋愛の話になって、やり取りが面倒になってきた。アランはそう考え、話を切り上げるタイミングを見計らう。だが、フレデリカはアランを逃すまいと追加の燃料を放り込む。
「全くお堅いですね。まあ、なんといっても童貞を卒業させてくれた相手を従者として侍らせるほどの義理堅いお方ですもの。浮気などなされませんよね」
その一言に、アランは表情を変えないように苦労した。だが雰囲気でわかる。フレデリカの満面の笑み、その視線を見れば何が起きたかわかる。
アランは何気ない風を装ってフレデリカの視線を追ってみる。そこにはローズがいつも通りの無表情、ではなく、目を大きく見開いて立っていた。これは予想もしていないほど驚くことが起こった時の表情だ。ここまで大きく表情が変わることは、アランをしてもそう見られるものではない。
「ローズ、あなたはやっぱり可愛いところがありますね!」
「……申し訳ありません、アラン様」
「謝罪するな、どんどん言い逃れできなくなるぞ」
フレデリカの嬉しそうな声、ローズの心底申し訳なさそうな声、アランは頭を抱えたくなる。その様子を見て、フレデリカはさらに嬉しそうになる。
「あらあら、案外可愛らしいところがあなたにもあるのですね。安心しました。あなたは悪魔かその親類だと思っていたものですから」
「里長になって随分というようになったじゃねえか、もう一度森を燃やしてやろうか?」
その言葉にも、フレデリカは表情ひとつ変えなかった。本当に強く逞しくなったのだ。
「あなたがそのようなことをなさらない優しい方であることを、私はもう知っていますよ」
フレデリカはそう言ってくすくす笑い、アランは諦めて天井を見上げるのだった。




