後日
修学旅行から一ヶ月ほど経った頃だった。
俺は高橋にネカフェに誘われた。
また仕事の依頼か、それとも修学旅行の件の反省会だと思っていた。
俺が部屋に入ると、部屋のディスプレイにタイトルが表示されていた。
「……うんと、『青春の暗殺鬼』って、何これ?」
「仮題、仮のタイトル」
「今日はこれを観るってこと?」
高橋の顔を見るが、反応はない。
……と思っていると、急に彼女は椅子を叩いた。
「座りなさいよ」
「あっ! 修学旅行で撮っていた映画!?」
俺は言いながら、急いで座った。
「まだ編集完全に済んでないから、ただ並べただけのやつ」
彼女は『高橋ひかり』の影武者とはいえ、学校生活とそれに付随することだけを代理で行っていた。
そして芸能は、全て本人だった。
そのルールが、修学旅行の時だけ違ったのだ。
本人がさらわれてしまったからだ。
「もしかしたら、本当に上映される時は、カットされているかもしれないし、取り直しになってるかもしれない」
「見よう、見よう」
俺たちは、高橋の持ち込んだPCで映像を再生した。
普通の映画より長めで、だれるところもいくつかあったが、概ねテンポよく話が展開していく。『高橋ひかり』扮する女生徒は高等学校に通う次期国王暗殺を目論む連中に立ち向かい、それを阻止するべく活躍する話だった。
「『ひかり』ちゃんって、やっぱ映画だと『凄い』ね」
「ちょっと。私と比較してる?」
俺は高橋の顔を見た。
「違うよ、映画俳優をやるべくして生まれてきた人、のようなオーラが」
「それは共感するわ。本当にあの娘は凄い」
ストーリーは進んで、銃での暗殺に失敗した暗殺鬼が学校に仕掛けた爆弾を使い、邪魔者である『ひかり』扮する主人公を抹殺しようとするシーンになった。
俺は手を握られた。
わざわざ手に触れてくるということは、おそらく、ここが『影武者』が代役(いや、撮っている人たちは彼女を本人だと思って撮っているだろう)をしたシーンなのだ。
実際の人間としてなら、なんとなく、匂いや雰囲気で違いを感じ取れるのだが。
映像では影武者なのか本人なのか、正直俺でも分からない。
挟まれた校舎の間を、屋上に架けたワイヤーで弧を描きながら落ち、同時に爆発を避けるというシーンだ。
映像処理の具合を見ると、爆発は後で合成しているようだが、校舎の間をワイヤー一本で落ちていくのは本当にやっているようだ。
何度か顔のアップになっていて、落下の心理など演技も要求されている。
「すごいね。けど、これ、本人にやらせるの無理じゃね」
忍者で影武者の彼女だから出来た、という気がする。
「けど本人が『自分でやる』って言ったらしいよ」
不幸中の幸いだったのではないか。
映画はそのまま一直線にクライマックスを迎え、終わった。
「凄いよ。これが初めてと思えない。これなら高橋が舞台とかもできるんじゃない?」
俺は手を叩いていた。
高橋も、満足気だった。
「やらせるわけないでしょ? 本人クオリティを常に出すために学校を私に任せてるんだから」
しばらくそんな話をしてから、修学旅行の話になった。
「結局、藤原先生は絡んでなかったみたいね」
「そうなんだ」
「住山の位置を教えていたわけじゃないみたい。独自ルートで七星を探していたのと、警察側からの情報が連中にリークされてたみたい」
もしそうだとすると、今後も逐次警察に情報を流すのは危険だということになる。
「まだ誰がとか、どういうルートで、とかは分からない」
「俺のニセ札画像ファイル生成、印刷スクリプトはどうなるの?」
「警察側と取引したから、罪には問われないわ。そもそも、ニセ札を作るつもりで組んだスクリプトじゃないんだし」
俺はほっとして、胸を撫で下ろした。
「けど、七星はあれを使って実際にニセ札、刷ったじゃない」
「使う目的でなければ、そもそも罪は軽いのよ」
「まあ、とにかく。よかった」
高橋はPCを操作して、報告書のファイルを正面に表示させた。
「七億はほとんど残っていたわ。七星さんは復学するみたい。大学の内定ももらった上で」
「司法取引で?」
高橋は首を横に振った。
「表立ってはそうじゃない。けど、結局は、そういうことね。七億円は可能な限り、被害者に戻るけど、分からない分は警察の資金になる。だから大学の内定ぐらい出せるでしょうね」
「なんか金のために仕事したみたい」
「私たちは、ちゃんと一つの特殊詐欺グループを潰したのよ。それは間違いない事実」
俺は頷いた。
学生が修学旅行中に解決できる程度のことで、世の中が全てキレイになるわけもない。
今はこのくらいでいいのかもしれない。
俺たちの仕事で、少しだけまともで、正しい世界に近づいたのだ、そう考えよう。
後日、映画が公開されたが、高橋が必死に撮影した『校舎に仕掛けられた爆弾をワイヤーにぶら下がって回避するシーン』は本人で撮り直されていた。背景や状況も完全CGで、高橋は一切映画に出ていなかった。
だが、高橋は意外とあっさりしていた。
俺も前向きに考えた。
高橋が世間に知られずに済んで、ラッキーだったと。
終わり




