相談
俺は先生が元から立っていた場所に連れて行かれると、訊ねられた。
「一人でどうした。相談に乗るぞ」
「……」
俺は考えた。
このまままともに話していいものか、それとも全く無関係なことを言って誤魔化した方がいいのか。
「『ナナ』の付く、例の話か?」
遠回しに『七星ミズキ』のことを言っているのだろうか。
昨日あれだけ軽々しく言うなと、念押ししていたのに。
「分からないんです。関係あるかどうかも」
「なんのことだ?」
「ちょっと怖い感じの男二人が、俺をつけていて」
藤原先生はビクッと体を震わせると、スマフォを手にした。
「それが本当なら、すぐに『学校警察連絡協議会』に電話しよう」
「警察?」
「いや、学校と警察で作っている組織だ」
言い終えると藤原先生は電話をかけていた。
先生が俺たちの班の予定を、そいつらにバラしたのだと思っていた。
だが、今、先生は学校警察連絡協議会、に告げようとしている。
藤原先生は、奴らの仲間ではないということなのか。
繋がらないのか、先生は電話を保留すると俺に言った。
「とにかく心配するな。お前は早く彼女を見つけて、逃げるように言うんだ」
俺は頷いて、高橋との合流先に向けて移動を開始した。
俺と高橋は合流し、再び京都の市街地を歩いていた。
ここは、京都の広範囲に渡る監視カメラをハッキングした結果、七星と思われる女性が映っている辺りなのだ。
俺は京都駅のバスロータリーでの、先ほどの出来事を高橋に話していた。
「……藤原がそんな対応をするとは意外ね」
「事務所はまだ藤原先生のことは調べきれてないんだよね」
高橋は頷いた。
「だから、結果を聞くまで信用しない方がいいわよ」
「……」
俺は疑うような目で高橋を見た。
「何よ、私の言うことは信じないの?」
「けど…… あんなに親身に」
「よく考えることね。藤原は彼女を『早く探せ』って言ったんでしょ」
俺は反論した。
「それは良い方にも、悪い方にも、どっちにも取れるよ。高橋みたいに、なんでも『悪い方』に捉えるのは……」
「もういい。じゃ、この仕事、住山が勝手にやればいいじゃない」
「どうしてそうなるんだ」
「そもそも住山は、私といたくないんでしょ?」
そう言ったかと思うと、高橋はあっという間に車道の反対側に移動していた。
流石の運動能力だ。俺は感心した。高橋の影武者であり、自らを忍者だと言うだけのことはある。
俺には、この車道を急いで渡るだけの運動能力を持ち合わせていない。
さらに言えば、発作持ちのこの体では、高橋がまっすぐ走っただけでも、置いていかれてしまう。
「ベー!」
反対側の通りで、目を閉じ舌を出してみせる。
声に反応し、一斉に通りを歩く人々の視線が集まった。
俺は額に手を置き、項垂れた。
そんな少し目を離した隙に、高橋の姿は完全に見えなくなった。
姿を隠し、見えないだけでこの近所にいるのか、それとももう風のように速く走り、本当に遠くまで行ってしまったのかも分からない。
俺はため息をつき、しばらく立ち止まったままそこに立っていたが、当初の計画の通り、いくつか七星の立ち寄りそうなところで、時間を潰すことにした。
一つ目の立ち寄りそうな場所は、コンビニだった。
昼ごはんを買いにくる客を避けて、昼過ぎに来ているようなので、偶然出会う可能性はある。
俺はコンビニに入ると、ざっと店内を一周してから、飲み物を買った。
そしてイートインコーナーに行って座り、七星が来ないか出入り口の監視を始めた。
ぼんやりとコンビニの入口を眺めながら、俺は高橋のことを考えていた。
『ベー!』
目を閉じて、舌を出す。そんな仕草は、小さい子供しかやらないと思っていた。
高橋は子供のような部分があるのか、あるいは、その仕草が男からどう見えるのかを知っていてやるあざとい女か。
俺は気になることを思い出してノートPCを取り出して、開いた。
横目で出入り口を見ながら、PCであることを調べていた。
「やっぱり」
調べた結果、俺が七星の為に作ったスクリプトは、いまネットに晒され、悪事に利用されていることがわかった。
ただ、七星たちのしていた特殊詐欺とどう繋がるか、全く分からない。
「待てよ、まさかスーツケースの中身は」
いつの間にか、独り言を言っていた。
商品を陳列していた店員がガッツリ見てきたので、俺は口に手を当て塞いだ。
PCにメッセージが入ってきた。
高橋からだった。
『七星さん探すのに、顔認証タブレットを使えない?』
まず、どういう意味だろうと、そこから考えた。
多分、彼女のメッセージには、色々と言葉が不足している。
顔認証タブレットと言ってもピンキリだ。
だが、今回の目的は人探しだ。人がどこにいるかを探すためだとしたら……
俺は思いついた。
流行した感冒に対策するため、この国のあちこちに顔認証するタブレットが存在する。それは、顔を認証すると同時に体温を測る中華製品だ。
中華製品にはバックドアが仕掛けてあり、クラウド上のサーバーにデーターを流しているとされている。米国が中華製品を締め出す嘘だ、言い訳だ、とも言われるが、実際にバックドアがあるものは多数見つかっている。
「そうか!」
俺は国内のクラウドサーバーにアクセスした。
ここに『あるプロキシサーバー』を立てることを考えた。
こいつは中華サーバーの真似事をするもので、顔認証する中華タブレットから情報を受け取り、ちょっとした処理を経由してから、本物の中華サーバーに情報を転送する。
中華顔認証タブレット側には、『七星』の顔データーを仕掛けておく。
プロキシサーバーは、ホテルに戻ってからの時間を使えば設定できるだろう。
問題は、中華顔認証タブレット側に、これから立てるプロキシサーバーが本物だと認識させ、七星の顔データーを仕込む時間だ。やり方はバレているから、難しくはないが、この京都全体の中華顔認証タブレットにばら撒くには、それなりの時間がかかってしまう。
俺はメッセージを返す。
『ざっと仕組みを考えたけど、明日の午後まで掛かりそう』
俺はやり方をまとめ、簡単な図にしてメッセージの後ろにつける。
『午後までかかってたら間に合わない。作業を分担できないの?』
『なら、こんなプロキシサーバー立てられる?』
俺はプロキシサーバーの要件を箇条書きにして送った。
『事務所に相談する。顔認証タブレットに仕込む方は、住山でやって』
『事務所の人に、プロキシのIP決まったら教えてって言っておいて』
『わかった』
気づくと、買った飲みものが空になっていた。
俺は時刻を見て、班に合流しなければならないと判断した。




