第四話『竜の舌すらとろけさせる』
「そら、出来たぞ」
俺は【赤い賢老竜】の前に布を敷き、その上に三品の料理を置いた。
熱々の料理から立ち昇る湯気と共に、オリーブオイルをベースとした各料理の香りがふわりと【赤い賢老竜】の鼻先とかすめる。
『ほう……』
【赤い賢老竜】は俺の作った料理に、まんざらでもない感じで唸った。
どうやら見た目、香りは合格点をもらえたらしい。
「美味そうな匂いだろ。これが肉屋のドラゴン料理だ。さ、熱い内に喰え」
『確かに、食欲をそそられるのは違いない……しかし、【ワイバーン】一匹をさばいたにしては肉の量が少ないな』
お、流石は日頃から他の【ドラゴン】を常食してる【賢老竜】。
いい所を突いてきたな。
「ああ、もも肉や胸肉を使ってないからな。アンタは怪我してるだろ? ささみ肉は高たんぱく・低脂肪だから、怪我で動けない身体には丁度いい。皮膚が傷で炎症を起こしているならレバーが効くし、ニラは活力が出る。モロヘイヤは怪我の治りを早めて、ガラ出汁は身体を温めてくれる。手に入った食材で、少しでもアンタが良くなるようにって考えたメニューさ」
俺は照れつつも、自慢気に語る。
つっても俺が知ってるのは肉の知識が中心で、他は実家の肉屋の常連だったおばちゃんや医者の先生から聞きかじった知識だ。
肉屋って場所は街に住む人にとって生活の一部だから、その周りには自然と人や情報が集まってくる。
立場上そういうコミュニティに組み込まれることになる肉屋は、嫌でも博識になっていくモンなのさ。
こうしてみると、井戸端会議にも耳を傾けてみるもんだなと思う。
『ふぅむ……お主はどうやら、ワシが思っていたほど阿呆ではないようだな。感心したぞ』
「誰がアホだ、鱗剥ぐぞコノヤロウ。ったく、どうせ前足もマトモに動かせないんだろ? 喰わせてやっから、口開けろ」
俺は『竜ささみのソテー』をナイフで切り分け、フォークで刺して【赤い賢老竜】の口元へ持っていく。
ささみ肉って聞くと小さいイメージがあるが、これは【ワイバーン】のサイズ基準であるため一切れがかなりデカい。
鶏肉サイズの、優に三倍の大きさはあるだろう。
これなら、コイツのデカい口でも喰いごたえがあるはずだ。
『……まさか、"人間"が調理した【ドラゴン】を口にする日が来ようとはな……』
ブツブツと愚痴をこぼしつつも、【赤い賢老竜】はガパッと大きな口を開け、パクリと『竜ささみのソテー』を喰う。
モシャ……モシャ……
……どうだ?
美味く出来てるだろうか?
少なくとも、肉の質に問題はなかったはずだが……
俺はドキドキしながら、【赤い賢老竜】の一声を待つ。
すると、
『――ッ!』
【赤い賢老竜】が、カッと目を見開いた。
そして――
『と…………とろけるうううゥゥゥ~~~♪』
これまでの口ぶりからは想像も出来ないような、甘ったるい声を上げた。
『舌がとろけるゥ……なんだコレはァ……本当に『ワイバーンの肉』なのかァ……!? 肉を噛んだ瞬間、とろけるように優しくほぐれてしまう! 味も淡泊だが肉本来の風味が生かされていて、そこにハーブとガーリックが彩りを添えている! こんなモノは喰ったことがない! コレなら幾らでも喰えてしまうぞォ!』
【赤い賢老竜】は多幸感で喉仏を震わせ、はあぁぁ~♪と舌鼓を舌鼓を打つ。
「は……はは……どうやら気に入ってもらえたみてーだな。作った甲斐があったぜ」
『うむうむ、ワシは満足だ。こんなモノを喰ったら、生の【ワイバーン】など喰えなくなってしまうな!』
さっきまで死にそうだったくせに、急に活力を取り戻す【赤い賢老竜】。
テンションが変わり過ぎて別人みたくなってるが、まあいいか。
「おかわりはあるから、ゆっくり喰えよ。そら、次はレバニラだ」
続いて、『オリーブオイルの竜レバニラ』を【赤い賢老竜】の口に運ぶ。
モシャモシャ……
『じ…………ジュ~~~スィ~~~ッ!!!』
うん、美味いらしい。
『レバーが……ジューシーだァ……。レバー特有のモサモサ感がまるでないィ……。噛めば噛むほど旨味が溢れて、しかもそこにニラが追い打ちをかけてくるゥ……! ショウガも良いアクセントだァ……! こんなモノが、この世にあっていいのかァ!』
「レバーってのはボソボソした食感が持ち味だけど、下準備や作り方次第で以外に噛み心地は変化するモンなのさ。苦味や臭みの原因になる要因を出来るだけ取っ払ったのが良かったんだろうよ」
『そうかそうか! ワシが竜の賢者ならば、お主は"肉の賢者"だな! 褒めてやるぞ! ハハハ!』
なんかすっごく偉そうに褒められたけど、"肉の賢者"って響きは……悪くないかも。
さて、そんなワケで最後は『竜ガラ出汁のモロヘイヤスープ』だ。
トロみのあるスープをスプーンで掬って、【赤い賢老竜】の口に流し込む。
ズズズ……
『の…………濃厚ォ~~~ッ!!!』
これも成功っぽい。
まあ、香りからして最高だもんな。
『竜から取られた出汁が、さっぱりとしつつもコクのある濃厚な味を生み出しているゥ……。そこにモロヘイヤのトロみとガーリックの香りが加わって、スープが単なる添え物ではないと主張してくるぞォ……。もうたまらんンン……!』
「ガラは煮込めば煮込むほど味わい深くなるけど、短時間でも十分旨味が出せるんだ。モロヘイヤのトロみは癖がなくて、スープにしても他の味や風味を邪魔しない。だから【ワイバーン】の竜ガラにはピッタリだったよ」
「いやはや、"人間"の料理とは中々に侮れぬのだな! とにかくおかわりだ! もっと喰わせろ!」
大層ご機嫌におかわりを要求してくる【赤い賢老竜】。
……ホント、最初に見せた恐ろしいまでの威厳はどこいったんだ……?
しかし、やっぱ良い肉は皆を幸せにする。
良い肉を使って、良い料理を作って、それを喰った奴らが笑顔になる。
それを見て、肉屋も笑顔になれるんだ。
肉屋明利ここに尽きる、ってな。
……これからの冒険の中で、こうして時々誰かに肉料理を振舞ってやるのも、悪くないのかもしれない。
俺は【赤い賢老竜】の口に料理を放り込みつつ、
「さ……そんじゃ俺も頂きますか」
自分用に用意しておいた料理を前に、パンッと両手を合わせる。
「極上の肉になってくれた"命"に感謝して……いただきます!」
肉屋は"命"を扱う。
だから、その"命"に対しての感謝を忘れない。
そう、ありがとう――ってな。
俺は『竜ささみのソテー』を切り分け、自らの口に運ぶ。
――うん、美味い!
間違いなく、コイツは極上の肉だ!
火の通りも味付けも完璧。
別に俺は料理人じゃないが、これはちょっと自画自賛できるかも。
『おい、おかわりだ! ワシは全然喰い足らぬぞ!』
「はいはい、まだ十分料理は残ってるから、ゆっくり喰えよ。身体に響くぞ」
俺は器用に【赤い賢老竜】へおかわりを食べさせつつ、自分の腹も満たしていった。
思った通り――
いや、思った以上に【ドラゴン】の肉ってのは、美味いらしい。