利己主義な僕と残酷な妹と苦労性な妹の婚約者の話*兄視点
*時系列的には四話目のちょっと前。
リカの話にするつもりだったのですが、話のつながりのためにもう一話だけこちらを投稿します。
コミュニケーション能力皆無の僕だったけど、ほんの一人だけ友人を作り、学園に入学をした。
自意識過剰だったのか僕を知らない友人も数名出来てほんのすこし、息をすることが楽になった。
「で、今日は何に拗ねて僕に話をしたいんだよ」
落ちる寸前の夕陽が刺す図書室で、僕は本棚にそう声を掛ける。
本棚の影がゆらりと動き、僕の主たる黒が姿を見せた。
「拗ねてなどいない」
僕がまだソプラノを引きずった声であるのに対して、男になる前のざらりとした砂のような声がひっそりとそうつぶやく。
同い年にもかかわらず、先を越されたようで少しだけ悔しい。
「だったらさっさと帰るよ。貴方とは違って僕には、僕を待つかわいい妹がいるんで」
「………リカルダが戻ったのか?」
僕の台詞に眉を上げ、群青色の目が期待の色を浮かべる。
婚約をしたにもかかわらず、妹は相変わらず黒には何も言わないらしい。
そして黒も本人にはロクに言わないくせに僕の前では平気で名前を呼び捨てる、その独占欲のようなものに苛々する。
はっきり言うと、何やってんだこいつら…というのが僕の意見だ。
リカは黒に興味が無さ過ぎるし、黒はあまりにも奥手すぎる。
「お前の家に…」
「妹が嫌がるんで、僕も嫌です」
寄ってもいいかと言われることを知っていて誘い水を向け、引っ掛かった所であっさりと断ると黒は無言で持っていた本に目を落とす。
あー…これは結構、拗ねてるなー。
と、黒の感情が読めるようになってきたことに気づいて僕は面白がるように口許に笑みを張り付けた。
見た目だけは子供らしい稚さが抜けてきた僕の妹は、兄の欲目もあるかもしれないけど美しさを見せるようになってきた。
妹が月に数度だけ、嫌々で渋々と通う城で会うたびに黒もそれを感じているのだろう。
中身はまあ相変わらずで貴婦人とは言いがたく、僕の目から見ても無茶なほど精力的に活動を行っているけど。
僕が半ば放棄している二つの実家の愛を一心に受けてるんだから、そこについては僕からは文句を言えないよね。
「今日やっと戻ってきたから、途中でお気に入りの洋菓子を買って帰る予定なんだよね。
……その本がどうしても読みたいなら借りて帰って読めば?」
「貸し出しは禁止だ。先に帰れ」
と言って、黒は小さな文字が書き込まれた本を薄暗い部屋の中で読み始める。
黒が借りたいって言って貸し出されない本とかあるんだろうか。
友人になれというのは対等であれということではなく、それが親の命令で、黒の右腕であれということなんだけれど…。
黒はそこらへんが分かっていない。
ただの友人のように僕を扱おうとする。
だから、僕もただの友人のように黒を扱う。
黒を失脚させたい東のものは学園にも勿論うんざりするほど潜んでいて、右腕として追従している北を邪魔に思うものは多い。
もうすぐ南が入学するのだから、ますますそういった輩も増えるだろう。
母はやっぱり相変わらずの、馬鹿で律儀で脳筋で、妹の事も僕らと同じように念入りにフルボッコにしたし、当たり前のように妹はその受け入れているため刺客など簡単にあしらうのだろうけれど。
そろそろ目に毒だから、薄い綿の服一枚で鍛えるのはやめてほしい。
僕らがしていたのと同じように普通に脱いで水道で服をガシガシ洗うから細くて白い背中に青や黒や治りかけた赤の痣が散っているのは遠くから見ても如何と思うんだけど。
そして僕が遠目に眺めているのを侍女たちが咎めるように見るようになってきた。
僕を咎めるんじゃなくて、そろそろいい加減に母と妹を誰か止めなよお願いだから。
最近、母娘というよりも師匠と弟子感が出てきちゃってるからね。
やめようかそろそろ本当に。
一体何を読んでるんだと、その革の表紙を覗き込めば、見知ったタイトルで思わず口に出す。
「あ、それウチの書棚にあるような気がする。……うちに来れば?その本、貸してやるよ」
言外に妹に会わせてやると譲歩すれば、黒は本に視線を落としていた目を上げて意外そうな顔をした。
「珍しいな。お前が妹の事で譲歩するなんて」
「うちの妹はいい子だから、ヴィンが来ても嫌な顔しないと思うけどね」
ただ、一瞬で令嬢の仮面を被るのが気に入らないだけで。
と、本音を胸の内にだけ零して黒が持っている本を取り上げると書棚に戻した。
******
予定をしていた通りにリカルダのお気に入りの洋菓子屋に寄って家に戻ったころには完全に陽が落ちてしまっていた。
まだ、父も母も夜会から戻ってないことを家令に確認してから、黒を家に招き入れる。
「にいさま、お帰りなさーい!」
リカの部屋のドアをノックしたところで、三か月ぶりに戻った妹がドアを開けて飛びついて来ると、頬に口づけの熱烈な挨拶をされる。
「約束のやつ買ってきたよ」
「わーい。やったあ。覚えててくれたの?嬉しい!にいさま。だーいすきー♪」
その様子に釘付けになって固まっている黒の存在を全く意識しないままにリカルダは僕の手にあった紙袋をがしっと奪い取り、嬉しそうに中を確認している。
「にいさま。好きなやつばっかり買ってきてくれたんだ。さっすが、私の好みをわかってるねー。
折角だしお茶でもしよっ……ヒッ!」
鼻歌を歌いながら嬉しそうに紙袋を覗き込んで満面の笑みを浮かべて顔を上げたリカルダがやっと黒の存在に気づいて悲鳴を上げると硬直した。
うん。黒にもばっちり聞こえてたね。今のやつ。
何で驚き方が、可愛い感じじゃなくて幽霊とかを見た感じになるんだろうね。
うーん、不思議。
ここで可愛くきゃぁとか言えない辺りが、うん。安定の残念な子だ。
「で、でで、殿下?ど、どうなされましたの?」
「い、いや。ルーベルトから、本を借りる予定が……」
テンパって声が完全にひっくり返ったリカルダに、殆ど感情を表に出さない黒もつられた様に動揺して珍しくどもっている。
「お、お見苦しいところをお見せしまして…は、はは。い、いや…おほほ」
「い、いや。兄と随分、仲がいいと思っただけで…別に見苦しくはない、と思う」
「何で、君ら一年も婚約してるのにいつまでもお見合いしてる最中みたいな感じなの?
リカルダ、殿下にも挨拶してあげなよ」
初々しいを通り越して余所余所しい二人をからかうように言えば、リカルダがぎょっとしたように目を丸くして僕を睨み付けるし、黒は珍しく顔を赤くしている。
「それは、ちょっと……ご迷惑になるので。
ああ、給仕にお茶の準備をするよう伝えて参ります。
で、でんか。ようこそおいでくださいました。
ごゆっくりおすごしくださいいいい」
そう言ってばたばたと飛び出していったリカルダの顔に冗談じゃないって書いてあるのが面白い。
最後の台詞なんて、取ってつけたように慌てて言ったのが丸わかりだし。
途中から走り出したのか廊下でハウリングしてるし。
ほんっとに、リカは可愛くて馬鹿だなあ。
もうそろそろ黒の事、無視するのやめてあげればいいのに。
と、黒になまぬるい視線を向ければ神妙な顔をしている。
「………ここでは、ああいう挨拶を毎日しているのか?」
「え?おかえりなさいってやつ?
それは普通に毎日してるよー。
おはようからおやすみまで。挨拶は基本でしょ」
硬直からやっと抜け出したのか、黒はざらりとした声で気まずそうに言うので僕は声を上げて笑いそうになる。
大声で笑ったりしたら、この僕よりもずっと繊細な黒はいつものように無言で怒るのだろう。
「その後は…?」
「最近はあんまりなくなってきたけど、昔からしてるよ。
僕の家はなかなか家族が揃うことがないからね。僕らのなんか普通だよ」
そう、普通だ。
両親が三か月ぶりに顔を合わせたりした場所に居合わせたらこんなものじゃない。
賢明な僕は家庭の恥を黒に語って見せるようなことはしないけど。
「そうか…」
「このままリカと結婚したら毎日してくれるんじゃない?」
黒とあまり恋愛について話すことはないのだけれど、黒は僕から見ると妹の事がたぶん、いや間違いなく好きだ。
少なくとも僕がリカルダの恋愛の好みについて話をしたりすると、結構分かりやすく落ち込んだりするくらいには。
今、完全に素だった妹を見ても全くひいてない辺りがそれを物語ってるよね。
ばたばたと貴族令嬢らしくない足音をさせて走り去ったリカルダを呆然と見送った黒は僕の言葉に想像でもしたのか赤い顔を更に赤くしている。
でも、これでリカに当分警戒されるだろうから、抜き打ちで黒を連れてくるのは無理だろうな。
まあリカの仰天するかわいい顔を見られたから、別にもう連れてこなくてもいいし。
また色々と喜びそうなお土産を買ってきて当分ご機嫌取りをしなきゃなんないんだろうけど。
わざとらしく怒って見せるだろうけど、わざと顰めた顔が綻んで嬉しさが透けて見えるのでご機嫌取りは嫌いじゃない。
なんだかんだ言って僕ら兄妹は仲がいいので怒って見せながらも、自分が不用意に大喜びしたことも解ってるからそれほど酷い事にはならないだろうしね。
まあ、浮き沈みの大きい妹の事だから、数日後にはけろりと忘れてまた何か想像の斜め上のことを平気で言いだすのだろう。
「ヴィン。…金は半分請求するからね」
「……?何の話だ?」
「リカのご機嫌取りの話」
ああ。と、心得たように黒が簡単に頷いたので言質は取った。
うん、きっちり半分請求しよう。
リカを喜ばせるために買うようなものなんて本当に大した金額じゃないけど、けじめって大事だよね。
流石に毎日は僕も忙しいのでリカのために何かを選んだり買うことは難しい。
でもきっと物凄く臍を曲げているに違いないので当分は貢がないと、前に二か月ほど家族の誰からも口を利いてもらえなかった父の二の舞は御免だし。
「その…彼女は、そんなにも菓子が好きなのか?」
「うーん。どっちかって言うとお土産を貰うのが嬉しいみたいだけど…」
高いものや希少なものよりも、なんとなくの思い付きで買ったものや菓子や本などを渡した方が妹は喜ぶ。
まあ、このチープさが好き!と、嬉しそうにくどいくらい愛を語られたこともあるから、味自体も好きっちゃ好きなんだろうけど。
宝石店へ連れて行って選ばせた宝石を贈ってもドレッサーに入れっぱなしになってるけど、
領地で祭りがあったよと思い付きで買った小さな硝子玉を渡したら、すぐにリボンを通して手首につけて嬉しそうにずっと眺めてたし。
貴族らしくはないけど、何を買っていっても喜んでくれるかわいい妹だ。
「……成程」
黒は分かったのか分かっていないのか分からない顔で頷いて何か考え込んでいる。
「あ、なんかあげたいんなら、まずは僕に相談してからにしてね。
あと貢ぐつもりだから半分は黒から贈ったものだと思っていいよ」
あんた突拍子もないものを急に贈ってリカにどんびきされても気づかないようなやつだから。
と、口に出したら不敬極まりくて身も蓋もないことを心の中だけで考えて言うと、黒はどこか疑わしいような顔で僕をつつも結局は素直に頷いた。
でも、最後の言葉でちょっと嬉しそうな顔をしたの見逃してないよ。
どんなふうに喜んだのか、きっちりばっちり惚気てあげるから見られないことにがっかりしてたらいいよ。
それをにやにやしながら眺めて楽しむから。さ?
殿下にもリカの本性が見えてきたよ!
兄視点なのでリカがあまい…!リカの脳内覗いてみなよ!
仲良し兄妹なので、毎日こんな感じですが、
うっかり見ちゃっていいなあってってなってる殿下が、殿下が書きたかった…!
番外ばっかりですみません。次こそ間違いなくリカの話になります!
前々回よりも兄の鬱がゆるくなったことだけ分かっていただければ大丈夫です。
リカの話だと安定の殿下無視なので、殿下がかわいそうで…(笑)
というかリカの話を書いていると殿下が出てこない事に後から気づくっていうね。