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①崩壊の夜明け

西暦2038年、春。

世界は静かに壊れ始めた。

最初は、原因不明の高熱だった。

三十九度を超える発熱。

激しい悪寒。

全身の免疫暴走。

そして数日後、患者は内側から崩れるように死んだ。

最初に死んだのはO型だった。

「血液型による致死率の差が存在する」

その報告がWHO内部で共有された頃には、既に欧州の医療網は麻痺していた。

続いてA型。

そしてB型。

二十歳を超えた者ほど致死率が高かった。

世界はその病を、やがてこう呼ぶようになる。

――選別熱(Selection Fever)。


東京湾岸地下。

旧・中央防災施設。

現在は、日本再生評議会本部。

無機質な会議室で、巨大スクリーンに映像が流れていた。


赤く染まる中国沿岸部。


「福建省第三原子力発電所、冷却喪失」

「山東沿岸部、複数炉心溶融確認」

「黄海への大量放射性物質流出」


誰も言葉を発しなかった。

議長席の男――成瀬大悟が、低い声で言う。

「……人類文明は、ここで終わるのかもしれんな」


東雲凛は、その光景を無言で見つめていた。

三十二歳。

元・防衛技術研究員。

衛星制御とAI管制を専門とする技術者だった。

だが今の彼女は、喪服のまま生き残った亡霊のような存在だった。

父はB型。

母はA型。

弟はB型。

全員、死んだ。

選別熱によって。

凛だけが生き残った。

AB型だったから。


「東雲技官」

呼ばれて顔を上げる。

成瀬だった。

「東アジア監視衛星“アマテラス7”の再起動任務を頼みたい」

「……衛星?」

「中国沿岸部の放射線拡散状況を確認したい。北朝鮮の核施設も含めてな」

「まだ動いてるんですか」

「完全停止ではない。死にかけているだけだ」

成瀬は疲れ切った目で続けた。

「日本は、世界最大の生存国家になった」

スクリーンに数字が浮かぶ。

日本生存人口:約500万人。

世界人口推定:約3億7千万人。

「我々は、“最後の文明圏”だ」


その日、凛は新たな相棒を紹介された。

「天城燎。元・陸上自衛隊中央通信群だ」

男は軽く敬礼した。

三十五歳。

短く刈った髪。

鋭い目。

しかし、その奥に奇妙な静けさがあった。


「よろしく、技官殿」

「……軍人は苦手なの」

「奇遇だな。俺も研究者は苦手だ」


それが、二人の出会いだった。

そしてその頃。

朝鮮半島では、地獄が始まっていた。


北朝鮮。

政権崩壊。

食糧庫襲撃。

軍閥化した部隊同士の交戦。

核兵器管理システムの喪失。

そして――爆発。

ソウル上空に巨大な黒煙が立ち上る映像が、断続的に衛星経由で送られてきた。

誰かが呟いた。

「……人類は、自分たちの文明に殺されたんだ」


数日後。

凛と燎は、九州沖へ向かっていた。

目的地。

対馬監視基地。

海上に浮かぶ巨大監視プラットフォームだった。


輸送機の窓から、凛は海を見る。

静かな海だった。

だが、その向こうには崩壊した大陸がある。

炎と放射線と飢餓の世界。

燎が隣で言った。

「怖いか」

「……怖くない人なんている?」

「いるさ」

「誰?」

「壊れた奴だ」


凛は少しだけ笑った。

それが、この世界になって初めての笑いだった。

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