親友が最強勇者で、俺が絶世の美少女(おっさん)!?
俺の名前は斎藤詩那。今日も今日とて残業地獄を抜け出し、現在進行形で別の地獄に巻き込まれている、しがないサラリーマンだ。
「うあぁぁぁん! なんで俺はフラれたんだよぉぉぉっ! シナぁ、聞いてるかぁ!?」
「はいはい、聞いてるから。そんでお前、俺のスーツで鼻をかむな。クリーニング代請求するぞ」
金曜日の深夜、駅前のベンチ。
俺の隣で盛大に涙と鼻水を流しているこの大男は、会社の同僚であり、学生時代からの親友でもある木村直樹だ。
「『今はまだ誰かと付き合う気になれないの』って言ってたじゃん! なのに、なんであいつ、俺が告白した翌週に別の男と腕組んで歩いてんだよおおおっ!」
「世の中の『今は彼氏いらない』は、『お前は彼氏の対象外』の丁寧語だ。アラサーにもなってそんなこともわかんないのか」
「ぐはぁっ!? お前、親友の傷口に塩とタバスコを塗り込む天才か!?」
直樹は顔を覆って号泣し始めた。
こいつは昔からこうだ。顔のパーツは無駄に整っているのに、絶望的に女運がないし、中身が残念すぎる。
「俺だってモテたい! 街を歩くだけで女の子にキャーキャー言われるような、選ばれし男になりたいんだよぉ!」
「はいはい、わかったわかった。明日も仕事なんだ、頼むからもう帰るぞ」
「うるせえ! お前はいつも冷静でムカつくんだよ! お前ももっと欲望に忠実に生きろ!」
酔っ払いの面倒を見るのは、徹夜のプログラミングより疲れる。俺はため息をつきながら、泥酔した直樹を背負って夜の公園を歩き出した。
毎日の残業疲れに、直樹の体重が重くのしかかる。急激な眠気と疲労感が俺の体を襲った。
「おい直樹、ちょっと休憩だ。そこの芝生で休むぞ……」
俺は直樹を芝生の上に放り投げると、自分もたまらずその横に大の字で倒れ込んだ。
夜風が心地いい。あぁ、なんだか体がふんわりと浮いているような感覚だ。俺の意識は、そのまま深い闇へと沈んでいった。
――はずだった。
「……ん? なんだ、これ……?」
ふと目を覚ますと、俺と直樹は公園の芝生ではなく、見渡す限りの見知らぬ大草原に寝転がっていた。
そして、俺たちの目の前には、ソフトボールほどの大きさの『光る真珠のような球体』がフワフワと浮いていたのだ。
『目覚めましたか、異世界より召喚されし者たちよ』
脳内に直接響く、荘厳な声。
「……は? なんだこれ」
俺は薄れゆく意識の中で、ぼんやりと光の球を見つめた。あぁ、なるほど。連日の残業と直樹の愚痴のせいで、ついに脳が限界を超えてバグったらしい。完全に夢だ、これ。
しかし、隣の直樹は違った。
「う、うおっ!? なんだお前!? 神様か!?」
直樹がバチッと目を覚まし、大興奮で身を乗り出した。こいつ、まだアルコールが抜けてないな。
『左様。我はこの世界を管理する神。突如として復活した魔王を討伐するため、緊急でそなたらを引き抜かせてもらった』
光の球は淡々と語る。俺は大きくあくびをした。
(異世界召喚の夢か……直樹のヤツ、最近ファンタジー系のアニメばっか見てるから、俺の夢にまで干渉してきやがった)
『不便を強いる詫びとして、一つだけ、そなたらが望む【力】を与えよう。さあ、願うが良い』
「マジか!? よっしゃあ!」
夢(だと俺は確信している)の展開に、直樹が渾身のガッツポーズをした。
「なら俺は、最強で、超絶イケメンの勇者になりたい!! もう振られるのはご免だ! この世界中の女の子にモテまくる、最強の男に俺はなる!」
「おいおい直樹、夢の中でも欲望丸出しだな。少しは恥を知れ」
俺は鼻で笑った。
そして、まだ寝ぼけた頭で、適当な冗談を口走ってしまったのだ。
「お前がイケメン勇者なら、俺は何になるんだよ? 世界中の男を魅了する、絶世の美少女とでも言うのか? ガハハ!」
『……なるほど。非常に賢明な願いですね』
「……え?」
俺が戸惑う間もなく、神様(仮)はピカーッと強烈な光を放った。
『その願い、確かに聞き届けました。頼みましたよ、新たな勇者と、その導き手よ――』
光の球が消え去った直後。
俺と直樹の頭上に、突如として巨大な『黄金のスライム』が出現した。
「え? うおっ!?」
「スライム!? ちょ、ブクブクッ――!」
逃げる間もなく、俺たちは大量の黄金の粘体に頭から飲み込まれた。
息ができない。体が溶けるように熱い。
なんだこれ、夢にしては異常にリアルじゃないか……!?
俺の意識は、そこで再び完全に途切れた。
***
「……おい。シナ、起きろよ。スライム、どっか行ったぞ」
顔をペチペチと叩かれ、俺はゆっくりと目を開けた。
視界に入ってきたのは、さっきまでの冴えない直樹ではなく、高身長で胸板が厚く、彫刻のように整った顔立ちをした『超絶イケメン』だった。
ただ、着ている服は俺たちのスーツのままだから、背が伸びて異常に筋肉質になった直樹のスーツは、あちこちの縫い目が弾け飛んでいてひどくマヌケだった。
「うわっ、直樹!? お前、マジでイケメンになって――」
文句を言おうとして、俺は自分の声にギョッとした。
(な、なんだこの声……!?)
低くて掠れていたはずの俺のおっさんボイスが、ひどく艶やかで、色気のある大人の女性のような声に変わっていたのだ。
「え……?」
俺は慌てて起き上がろうとした。
その瞬間。
『ボロンッ!』
「うおっ!?」
体の重心が前に行き過ぎて、危うく顔から地面に突っ込みそうになった。
胸元が、異常に、とてつもなく重いのだ。肩こりどころの騒ぎではない。
視線を下に落とす。
俺の着ていた細身のワイシャツは、スイカを二つ詰め込んだようにパンパンに膨れ上がり、胸元のボタンが悲鳴を上げて弾け飛んでいた。隙間からは、白く滑らかな肌と、深い谷間が覗いている。
「は……? 嘘だろ……?」
震える手で自分の体を触る。男の筋肉は綺麗に消え失せ、代わりに、滑らかで柔らかな曲線美を持った女の体がそこにあった。肩には、美しいダークパープルの長い髪がサラリと流れている。
俺は恐る恐る、目の前で完全に固まっているイケメン(直樹)を見上げた。
「な、なぁ、直樹……俺、どうなってる……?」
俺が不安に駆られ、無意識に『上目遣い』でそう尋ねた瞬間。
「――――ッ!!!」
プシューーーッ!!!
直樹の彫刻のように美しい鼻の穴から、大量の鼻血が噴水のように吹き出した。
「お、お前!? 大丈夫か!? なんで急に鼻血を!?」
「ち、違う! 俺は悪くない! お前が……シナが……破壊力、高すぎ……!」
最強のイケメン勇者となった親友は、股間を押さえながらその場に崩れ落ちた。
「あのクソ神ィィィッ!! マジで冗談を真に受けやがったなァァァッ!!!」
見知らぬ異世界の空の下、絶世の美少女(中身はおっさん)となった俺の、悲痛な叫び声が響き渡った。




