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19 それを認めても

 9月18日 23:50

 

 ドックルは彼女の訪問を受けた時に覚悟を決めた。

 

 執務机を挟んでドックルと向かい合うのは東部最大の貴族リーシェルト公爵の令嬢。

 前王を打倒した首魁(しゅかい)の一人であり、古き貴族と対立する派閥、官僚や新しい勢力を取り込んだ聖女派の筆頭。

 光の三神殿の一つ、星の神殿により認められし者。

 

【星の聖女 リクス・リーシェルト】


 【断罪】と【千眼】を控えさせ、ドックルの正面に座る若い少女。

 普通の人間が見れば、ただ騎士服を纏ったとてつもなく美しいだけの少女。穏やかに微笑む切れ長の紫眼は、凛とした印象を見る者に与え、貴族の子女として文句は無い、とだけ思うだろう。

 背後に傑物の騎士二人を従えて、しかしリクス自身は暴力の匂いを一切感じさせない。

 リクスはこの若さでここまで自らを御す事ができる、そこに底知れない才気を感じ、ドックルは心胆を寒からしめた。

 

* * *


「ドックル・ブーレ司令官。何か弁明はありますか?」

「いや。私には何も無いよ」


 壁には切り裂かれた穴、そして続くその先に見える隠し部屋。

 強力な魔術障壁は突破され、強固な金庫は斬り破られていた。

 全てが黒耀鋼(こくようこう)で出来た金庫は、十五億金価(きんか)(つい)やした特注品である。

 

「黒耀鋼の金庫が斬られている。見事なものだ。竜のブレスにさえ余裕で耐えられるこれを人の手で斬ったとは。はは……、素直に白旗だよ」

「この者が弟さんから事情を(うかが)いました。パーナク殿下の報告と違う話、書かれていない話。しかし私はあなた方が真実であると理解しましています。アルネ」

「はい。此方をどうぞ」


 ドックルの前に置かれたのはこの地の開拓者組合や神殿、住民からの聞き取りから、戦場の検分まで含めた詳細な資料だった。

 

「……、なんと」


 そしてドックルが手に取ったのはパーナクが王国政府へと提出した報告書、その写し。

「……、……、……」

 

『副司令官に着任したパーナクは、適格な指示を行って城塞運営の効率化に成功させる。

 教練においても合理的かつ効果的な方法を兵達に教授。

 さらにはトタード共和国の軍勢との戦いでは先頭に立ち、勇猛果敢にその側近と共に戦果を上げる。


 しかし城塞の総隊長が無謀な突撃を行い味方が混乱、隙を突かれて敗北。


 司令官の弟のゴッホンが殿を行った事で最小限の被害で撤退を完了』


 そのような事がパーナク第一王子を湛える言葉で彩られて書き込まれていた。

 

 読み終えたドックルは静かにそれを机に置いた。

 

「そうか」


 目頭を手で多い、静かに息を吐く。

 

「リーシェルト様。この資料通り、私はこの国を裏切りトタード共和国、いやタニスン連邦に寝返ろうとしていた。しかし……」


 立ち上がったドックルは強くリクスを睨みつけた。

 

「私は間違った事をしたとは思っていない」


「ええ。私でもそれを選択肢に入れます」


 微笑みながらドックルを肯定するリクス。

 強く、覚悟を決めたドックルの視線は揺るがない。

 

「私を処断できるならばすればいい。私はもうこの国に尽くす気は無い」


 ドンッと音がしてテーブルが揺れた。

 カップが倒れ、冷めた紅茶が一面に流れ広がり落ちていった。


 ドックルが怒りに任せて、テーブルへと拳を振り下ろしたのだった。

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