18 阻む者
耳障りなノイズのような音が走り、何処からともなく軽やかな音が流れて来た。
宙に巨大な黒い魔法陣が一瞬で描かれ現れて。
そこから闇の色が溢れ零れた。
空から鎖に繋がれた星々が垂れ下がり。
虚ろより這いずり出て来た玩具の幻達が方々で踊る。
太陽が隠れ、満月が現れて。
その満月の中には大きな十字架の姿が刻まれていた。
* * *
ルルヴァが天顕魔法を放ってより少し後。
何処からともなくタニスンの兵達が現れた。
ゴッホン達はそれに対処しながら、ドックルの居る指令室を目指して駆けていた。
「止まれ」
影の先頭、ゴッホンの指示に全ての影が歩みを止める。
陰の途切れた場所に一人のメイドがいた。
陽炎のように揺らめく緋の瞳を持った幼くも可憐な容貌。
夜風に揺れる木の葉よりも気配は薄く、獰猛な獣さえも彼女に気付く事はできないだろう。
「お待ちしていました」
メイドの声が、ゴッホン達に自分がこの場にいる意味を語る。
少なくとも彼女は城塞の人間ではない。
リーシェルト隊の人員か、それとも城塞内で騒ぐタニスンの刺客か。
判別する材料は無い。
しかしA級開拓者のパーティーを前にして、ただ一人でメイド姿のままに立つという奇抜さ。
自然と警戒感は高まり、ゴッホンの右後ろに付く仲間の少女が魔導杖の先をメイドへと向けた。
「止めろ」
「ゴッホンさん?」
仲間の行動を止めたゴッホンがさらに一歩前へと出る。
「お嬢ちゃん、そこを退いてはくれないか」
今の城塞は誰が味方で敵なのか解らない。
ゴッホンは部下からドックルのいる指令室に、突如現れたタニスンの軍服を纏った集団が向かったと知らせを受けた。
ゴッホンも伊達にA級開拓者をしている訳ではない。
戦闘能力だけでは無く、それ以外の能力も足りていなければ、開拓者のトップガンなど務まるものではない。
最早状況は灰色から明確な黒へと変わった。
ゴッホン達が辿り着いた先でドックルを守るという意味はどうなるのか。
タニスンの凶刃を退けるのか。
リクスへ弁明を行うのか。
どちらにしろ、ドックルの不明を詫びる形になるが、あのような事をした自分がいたらリクスの心証を悪くするだけではないか。
それでも。
ゴッホンは、結局はまだ迷ったままであり、確たる意志を得ている訳ではない。
それでも。
自分は向かわなければならないと思った。
「あなた方の事情には同情します。それでも我々は王命によってこの地に参った身」
メイドが右手を振る。
袖口から魔導短剣が現れ、メイドの人差指の上でクルクルと軽やかに回る。
「今この時、あなた方を通す訳には参りません」
魔力が高まり、握られた魔導短剣の先に炎の剣身が現れた。
「お嬢ちゃんが一人で俺達を阻むと?」
ゴッホンの仲間達がそれぞれの武器をメイドへと向ける。
今度はゴッホンも止める事はせず、自分の大剣を鞘から抜く。
「その為に、あなた方を止める為に私はここで待っていました」
大剣を中段に構えるゴッホン。
向き合うのは炎を纏う魔導短剣を持つ、ただのエプロンドレスを纏う魔人の少女のメイド。
鎧さえ纏わず、剣を片手にA級開拓者のパーティーの前を阻む。
それは普通なら気が狂っているとしか言えない行為。
しかしゴッホンは全力で己の魔力を高める。
彼の仲間達も同様に、そして彼らの目にも慢心と油断は無い。
「くすっ。短剣だけを持つか弱いメイドに本気になりますか?」
メイドが軽口を言うが、誰もそれを真に受けない。
彼女に向けられる剣も弓も杖は揺るぎもしない。
ゴッホンの剣の魔導機構が作動し、大剣を赤色の魔力洸が包み込む。
「俺はこれでも開拓者や各国の軍の人間には通じている。当然、近衛騎士団第四隊リーシェルトの上席隊員についてもな。星の聖女【蛇皇角】に率いられる近衛第四隊は青騎士【青燕剣】を筆頭とした【将狩り】や【城斬り】に【島割り】、【断罪】から【剛虎】までが在している。それぞれがS級開拓者以上の実力を持ち、近衛騎士の域を超えた西方でも突出した武力集団」
殺気は無く、しかし肌に感じる程の闘気がゴッホンから溢れる。
「近衛第四隊の戦闘人員にお嬢ちゃんの事を聞いたことはない。しかしその徽章、第四隊に在り、剣を向けて俺達の前に立つ。悪いが全力を出させて貰う」
「……」
メイドが持つ炎の魔導短剣の切先は、だらりと下げられて地面を向いたまま。
構えなど無いその脱力した隙だらけの姿をゴッホンは誘いと感じた。
(カウンターを狙ったものか、だとすれば初手の打ち込みは損となるか……)
(だが、最善を探して時間を掛けるわけにはいかない)
「押し通る!!」
スッと横に動いたゴッホンの影に隠れていた魔法士が電撃の魔法を放つ。
それを避けようと動こうとしたメイドの足を土から現れた岩の腕が掴み拘束する。
雷光の茨が無防備なメイドへと瞬時に巻き付き、眩いスパークを放った。
「殺してはいないな?」
「大丈夫です。出力は抑えました。けれども彼女の服が魔導防具だとしてもしばらくは動けないでしょう」
「そうか。行くぞ」
走り出そうとしたゴッホンの大剣が飛来した礫の影を弾いた。
「やりますね。その連携の良さ、さすがA級まで昇った開拓者という所ですか」
魔法の影響を感じさせないメイド。
メイドの死角へ瞬時に移った弓戦士の少年が一度に三本の矢を放った。
魔導弓の風魔法で加速された矢が、鎮圧用の球体の鏃を向けてメイドの急所へと飛ぶ。
それに視線を向ける事無く放ったメイドの炎の波が、それらを一瞬で灰にまで燃やし尽くした。
「やあああああ」
裂帛の気合と共にメイドの背後から緑色の魔力洸に包まれた剣が振り下ろされる。
メイドはその剣を左拳を腹に当てて逸らすが、それと同時にゴッホンが大剣を打ち下して来た。
詰んだ状況の中でも、メイドの微笑みは崩れず。
右手の短剣で大剣を受け止めた。
「……くっ!?」
苦り切った表情のゴッホンから洩れた声。
メイドの短剣が揺るぎもせずに、打ち込まれたゴッホンの大剣を受け止めている。
そして刃と刃が押し合う部分から感じる、圧倒的に強大な、藍色の髪のメイドが持つ魔力の波動。
顔容は感情が激する事無く静に、故にこれでもまだメイドが本気では無いことをゴッホンは悟る。
「お前は何者だ?」
深く澄んだ緋色の瞳がゴッホンの視線と交わる。
「私は、そうですね……」
大剣と短剣が弾き合い、距離が開く。
服に僅かな乱れも無く、メイドは優雅に短剣を構える。
その所作と相まって、メイドのあまりの美しさにゴッホン達はこれは現実なのかと思った。
幽玄の妖に誑かされて夢を見ているのでは、と。
闇夜の月明かりの中で、眩く燃え盛る炎の魔導短剣を握って。
ニコリ、と笑ってメイドは告げる。
「私はただの、魔人王様のメイドです」
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