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4 邂逅

 大きな月と小さな月が無数の星々と共に、夜の闇に淡い光を与える。

 回廊の屋根は途切れ、敷き詰められた石畳の道が暗闇に揺れる木々の先へと誘う。

 足の音は立てず、涼やかな風と共に一人の影が優雅に歩み行く。

 石畳が終わり、火精石の外燈が煌々と灯る開けた場所へ影は進む。

 影の進む先には数十の石碑が並び、閑寂としたその場所に、大柄な男が一人佇んでいた。


* * *


「すいません迷ってしまいまして……よろしければ道を教えて下さらないでしょうか」


 少女か少年か断じる事を悩ませる声であり、森の中を往く穏やかな風のような音が男へと掛けられた。


「ここは部外者立ち入り禁止だ」


 振り返った男、ゴッホンが睨みつけた場所に。

 

 一人のメイドがいた。

 

 肩よりも長い瑠璃色の髪と深い朱色の瞳の容貌は妖しくも可憐に美しく。

 その姿はまるで月と星の光が人へと化けたようであった。


 心臓の音が十を超えても、ゴッホンはそのメイドの姿に囚われていた。

 風が運んだ木の葉が額に当たった事でゴッホンはやっと正気を取り戻した。

 

「……道を教えてやるから直ぐに此処から立ち去れ」

「ありがとうございます」


 下げた頭を上げたメイドの視線が、ゴッホンの後ろへと注ぐ。

 

「その像は何でしょうか?」


 翼を持った女の石像。

 置かれた数十の石碑よりも高い位置で、道を示すように右手を天へと伸ばし、誘う様に左手を地へと向ける。

 優しい面差が明りの中で微笑んでいた。

 

「闇の天使ルハ。死者を闇の女神様まで導く役割を持った存在だ」

「この場所に入れなかった方々の為にも、ですか」

「そうだ」


 王都の墓地にルハの像やそれに類する物は置かれていない。

 この地は最前線であり、死に往く者は多い。

 戦場で死んだ者達が皆、墓地に入ることはできない。

 

 むしろ殆どが戦場となった場所で、骸は朽ちて消えていく。

 埋葬できる死者は荼毘に付され、一つの石碑の元に埋められる。

 それでもこの場所に、多くの石碑を必要とした。

 

 ゴッホンの声が静かに響く。

 

「『闇の天使よ、慈しむ者ルハよ。我らの大切な者達をどうか安らかな場所へ』」


 それは開拓者組合協会の祈りの間に掲げられた言葉。

 その続きをメイドも口にする。

 

「『手の届かぬ我らの代わりに。我らの願いをどうか聞き届け給え』」


 我らの大切な者達へ。

 

「お嬢ちゃんの知り合いに開拓者がいるのか」

「はい」


 彼女は開拓者に関わりのある事で、大切な人を失ったことがあるのだろう、とそうゴッホンは思った。

 この闇の天使ルハの姿は、この像の作者の想像だ。


 闇に形は無い。

 そして闇は光無き場所の全てにある。

 光に照らされない場所で死を迎えた者を、闇に埋もれて死んだ者を忘れないで欲しいとの闇への祈り、それが闇の天使ルハの像へ込められた想いなのだ。

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