3 宴
統合暦918年。
開拓者がまだ冒険者と名乗り呼ばれていた頃。
S級冒険者のゾーグラスとそのパーティーが世界の果てを目指して、ベルパスパ王国から旅立って行った。
彼らは四十年の月日を経て王都へと帰還し、王へ彼らの冒険を報告した。
「世界の果てに行く事が出来なかった」、と。
しかしゾーグラスの偉大な冒険は、彼らが訪れた遠き多くの未知なる国々の存在を知らしめた。
ゾーグラスの軌跡をたどり、多くの国、種族の人々の来訪があり、世界の地図は広くなった。
この功績を讃えて、冒険者本部のあったスス同盟国において【バルファス宣言】が行われた。
冒険者はこの時をもって【開拓者】へと名称を改めた。
ただ、属人的な冒険をする者から、人類の発展を担う一翼として、人類世界の新たな版図を切り開く使命を託された者へと変わったのだ
* * *
リクスの掲げる黄金の錫杖から柔らかい白金色の光が溢れる。
その光に触れた破損した床や壁は復元され、重傷を負ったゴッホンの身体が癒されていく。
神々しく、そして麗しく。
リクス・リーシェルトの姿は、正に人々の希望と慈愛の担い手たる聖女を体現した物であった。
「聖女様、ああ、こんな近くでお姿を拝見出来て。俺の人生に悔いは無い」
「ゴッホンさんの怪我を治す聖女様、あの慈愛の笑みはまじで女神様だった」
「俺も癒して貰いたい」
「お前の頭は手遅れだろうが」
「違うわっ。俺の……心だよ」
「……」「……」「……」
「何か言えよっ」
「青騎士様凄かったわね」
「巨人の兵隊を倒したゴッホンさんが負けるなんて」
「あの青騎士様って兜で素顔が見えなかったけど凄い美形だって話よ」
「決めた! 私、青騎士様がここに居る間にアプローチする!!」
「……」「……」「……」
「あなた達もか……」
リクスの耳は地獄耳。
と、誰かに言われた事は無いが、そうである。
(手を打ちましょうか)
「リクス様?」
傍らの部下が訝しそうにする。
「いえ、なんでもありません。カペラ」
「はい」
「ルーへ四番装備に替えるように指示してください」
「了解です。リクス様……遂にこの時が来ましたか」
「ええ、来ちゃいました」
* * *
9月13日 19:00
ダルトン城塞 虎の大広間
「それでは麗しき聖女率いる頼もしき戦士達に乾杯」
「「乾杯!!」」
ドックルの音頭で皆が杯を掲げた。
「王陛下からダルトン城塞への援助は惜しまないとの事です。そしてパーナク殿下が負傷したとはいえ独断でこの地を離れた件、申し訳なかったと」
「そんな、リーシェルト様が頭をお下げにならないで下さい」
「これでもパーナク殿下に縁の在った身です。臣下の身で身勝手にも殿下との許婚の関係を破った、私自身の至らなさが政治の混乱に与えた影響も少なくなかったと思っています」
「リーシェルト様、本当に頭をお上げください。それは仕方のない事です。私もリーシェルト様の選択を支持しています」
英雄であり勇者であったイスカルと、魔王の娘であったノイノの血を受け継ぎ、パムの町で生まれた青騎士ルルヴァ。
「あのパムの町は戦後の、いえ新たな時代の象徴でした」
パムの町は滅ぼされた。
「人間種、亜人種、魔人族。全ての者達が共に手を携えられるのだと。私もあの町に希望を持っていました」
生き残った者は僅か。
「あの町の滅びがアッパネンの畜生共によってなされたと言っても、人間種が他の種族を虐殺したという意味では、お互いへの信頼関係に対するあまりにも大きな傷になってしまいました」
混血の代名詞たるリーシェルト公爵家のリクスが鎮圧を行った事で、亜人族の暴発は辛うじて避けられた。
「だから……だからこそ私はあなた方に期待しているのです。失われかけた絆をもう一度強く、そう願っているのです」
「ありがとうございます。その言葉に私は救われました」
顔を上げたリクスはそう言って微笑んだ。
「此方こそありがとうと言わせて下さい。それにこの度の救援に対しても。この難局を乗り切りには絶対にあなた方の力が必要なのです」
「ええ。それはお任せ下さい。私の騎士達は最強ですよ」
穏やかな笑い声が響く。
ピアノの演奏が始まり、優しく優雅な曲が奏でられる。
城塞の騎士や兵士達も、近衛騎士達と杯を交わしながら打ち解けていった。
* * *
「それで青騎士殿は?」
ドックルは姿の見えない青騎士を探すように、酒で赤くなった首を振った。
「ルルヴァでしたら先程の戦いの熱が納まらないと言い、一人で修練へ行ってしまいました」
「なんと。流石は音に聞こえた最強の騎士。強さへの姿勢が素晴らしいですな」
「ほほほほほ」
怪しく笑うリクスの元へ給仕のメイドが訪れる。
「どうぞ」
空になったリクスの杯へ新たに葡萄酒が注がれる。
「おや?」
そのメイドを見たドックルの目が止まった。
城塞内の人物を把握しているドックルが初めて見る顔であり、そして彼が今まで見て来た女性の中で、最も可憐な容姿をしていたからである。
「彼女はリーシェルト様が連れてこられたのですか?」
このメイドはリクスの関係者でははないかと見当をつける。
「ええ、このメイドは私達と一緒に参りました。ブーレ伯爵はこのメイドに何か?」
「いや、ははははは。彼女の顔が記憶に無く、間諜かと思いましたがリクス様がご存じのようだったので。いやあ、それにしてもとても可憐で美しい方だ」
まじまじとメイドの顔を見るドックルに対して、後ずさるメイド。
「ああすまない、恐がらせてしまって。それにしても君の瞳と髪の色……君は魔族の血を引いているのかな?」
「は、ひゃい。母が、そのう」
緊張のせいか舌がもつれるメイド。
それを見て右手を口に当てたリクスの目は、微かに涙で潤んでいた。
「いや私も不躾で失礼した。あなたのように美しい方と会うのは初めてなもので。本当にすまなかった」
「ほほほ、ブーレ伯爵はお上手ですね」
「あ、いやリーシェルト様。リーシェルト様の美しさが劣っている、と言う話ではなくてですね」
「分かっていますよ、お酒の席ですもの。ええ、それはもう」
「ははは……」
「ほほほほほ」
* * *
「胃が痛い」
巨漢の近衛騎士が腹を抑える仕草をする。
黒色の肌からは冷や汗が流れていた。
「耐えてくれボルゴラック。最悪の事態を収拾できるのはリクスの執事であるあんただけなんだから」
ジルルクはチラリと他の仲間達を見るが、抑止力としての期待はできそうになかった。
「左様。拙者達には無理でござる」
「姉御を頼む、ニャア」
「お姉様~素敵です」
「アルネは本当にリクスさんが絡むと役に立たないわね」
銀髪エルフの少女に至っては我関せずとして黙々と食事をしている。
頼りにならない仲間達に、ジルルクは天を仰ぐ。
「抜け出して~」
* * *
「うん? あの御仁がいないでござるな」
「すんません、あのゴッホンという人、何処に行ったんですか?」
ジルルクが向かいに座る城塞の騎士達に尋ねる。
「さあ。俺達も隊長の居場所分からないし……」
「結構気まぐれだからなあ」
「メシ逃す人じゃないし、その内来るでしょう」
ジルルクはゴッホンという人物をよく知っているわけではない。だから彼らの返答をおかしいとは思わなかったが、少し違和感を感じた。
昼間見た【百人斬り】の兵士達に慕われる様子と、今のおざなりな言葉。
(俺達を触れさせないようにしている?)
(あの決闘騒ぎじゃそうするのも理解できるが……)
近衛騎士と城塞兵士達の和気藹々とした食事の時間が続く。
ジルルクはこっそりと魔法を使って聴力を強化した。
耳を澄まして広間のそこかしこで繰り広げられている会話を拾うが、昼過ぎに行われた青騎士とゴッホンの試合を話題にした声を拾うことは無かった。
さらには、その事に話題が行きそうになると、城塞の者達は露骨に話題を逸らしてさえいる。
思い返すしてみれば領主のドックルにしても、昼間の試合の件については一切話題にしていない。
(感情的なしこりか、それとも)
(何か臭うな)
ジルルクは視線をメイドへと向ける。
そして声を大にして杯を掲げた。
「じゃあーあのおっさんやルーが来る前に、ここの美味い酒は俺様が呑み干しちゃいまーす」
- 良いぞー -
- 俺達も続けー -
- ワハハハハハ -
ジルルクの声に反応して、広間は一層の盛り上がりを見せた。
その中で。
一人のメイドが、この広間から出て行った。
それに気付く者はいなかった。
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