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都市ネルト強襲 一

 炎の残滓が立ち込める広場。

 有機物と無機物の焦げた匂いだけが風の中を漂う。


「ウァァァァ」

「助、ケ……」


 鎧と衣服を剥がれて四肢を断ち切られ、炎をくべられた鉄の筒に納められたのはアッパネン王国の将兵達。


 ミカゲはそれをただ静かに見つめる。

 陽を沈め、夜の闇を招く重い紫の色を宿す瞳。

 それは強き魔の力を宿した魔眼。


 悲痛と苦悶の声を上げる将兵達は、身体だけでは無くその精神、いや魂もまたミカゲの【冥獄の魔眼】によって焼き続けられていた。


 彼らの頭には太い鋼の針が打ち込まれ、その針から彼らの思念が、対応する魔導機に受信される。


 ベルパスパの神官兵が眼前に置かれた筐体から漏れ出でる彼らの偽らざる魂の言葉を、正確に書面に記していった。

 

「さて、最後に問おう」


 この会話なき尋問の最後になって、初めてミカゲが口を開いた。


「この愚な行いに手を貸したのは誰だ?」

「「~~~!!」」


 焼けただれた肉の口からは絶叫が、筐体からは爆発するようなノイズが迸る。


 激しくこすれ合う鉄が奏でる不協和音のような音の爆発。


 しかしそれは確かにある人物の名前を示していた。


「……そうか、そうだろうな」


 パチリとミカゲが右手を鳴らした。

 

「「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!」」


 全ての炎がさらに激しく燃え上がる。

 その眩しい光は広場を照らし、廃墟となった町の姿を浮き彫りにした。


 炎の揺らめきと共に町の影が踊る。

 その僅かな時間。


 鉄筒はその中身ごと灰となって消えた。


 ミカゲは傍らの孫娘、リクスに労いの言葉を掛ける。

 

「ご苦労さま。後は私がやるから戻って休んでいなさい」


 しかしその言葉にリクスは首を横に振った。

 

「いいえお祖母様。私は最後まで事に当たるつもりです。アッパネン王国の問題は聖典教会、いえ神殿に関わるものです。教義を騙る彼の聖典騎士共が出て来た以上、聖女としての誅罰の責務を果たさなければなりません。何より……」


 リクスの額から二本の黄金の角が現れ、夜の風に流れる黄金の髪は白金の色へと変わる。

 溢れだす膨大な魔力は十三歳という年齢だけではない、人としての領域を超えるもの。

 

 左の腕輪が輝き、虚空より現れた槍を掴む。

 波打つ銀の模様が特徴的な【銀琥鋼(ぎんここう)】を鍛えた大業物。

 その銀槍が放つ重く鋭い威圧感は、常にリクスが用いる聖銀の槍と比べて一線を画している。

 

「何より……。……パムを落とすなど、ベルパスパ王国の星の聖女である私のメンツに泥を塗ってくれたわ。落とし前を付けさせなければ私の気が納まらない」


「「おお~」」


 周囲の兵士達も雄叫びを上げ、各々の得物を空へ掲げた。


「仕方ないわね。でも戦場に立つ以上は覚悟と戦果を期待するわ。疲れた帰るは許さないわよ」

「ええ。じゃあ行くわよ!」


 リクスは振り返り兵達へと号令を発した。


「「はっ!!」」


 彼らの敬礼を受けたリクスは、開けた地面に向けて右手を前へと突き出す。


「無窮なる大地よ 化身たる姿となり 盟約のもと顕現せよ」


 強大な黄金の魔力が地面へと走り、魔法陣を描き出す。


「来なさい。我が神器【大地皇 ニグナトス】」


 その中から現れるのは体長十メートルの黄金の蛇。

 閉じられていた瞼が開き、銀の瞳が姿を現す。


「オオオ―――ッ」


 巨大な蛇の咆哮が、空の闇に響き渡った。


 * * *


 それはまだ明けの陽が山々の端にその光を現し始める頃。

 アッパネン王国の城塞都市ネルト、ベルパスパ王国との国境に位置するその都市は狂乱の中に在った。

 

「警報を鳴らせっ! 眠っている馬鹿を一人残らず叩き起こせ! 死ぬぞっ!!」


 長年陸上貿易の要衝だったネルトは、近年はその地位を新興のパムの町に奪われた。

 かつては三十万もの人々が行き交った都市は、魔王戦争での荒廃もあり、(かつ)ての繁栄を失って衰退の途にあった。

 

 今ではベルパスパ王国に対する軍事要塞としての意味が強くなり、溢れるほどだった商人達の代わりに兵士達の姿が町の中を歩くようになった。

 

 十二年という歳月は栄華の時代を忘れるには少なすぎる。

 

 故にネルトの市民達は、祖国であるアッパネン王国のパムへの侵攻を熱烈に支援した。

 長年の仇敵であるベルパスパ王国との戦端が遂に開かれたとき、ネルト内はどこもお祭り騒ぎとなった。

 

 昨日の昼下がりには、城門から出発する聖チチト騎士団と黒衣の聖典騎士達を市民は声援と共に見送った。

 鍛えられた騎士達が掲げる最新式の魔導剣が、彼らには誇らしかった。

 

 

 そして今、彼らが熱い興奮を胸に抱いて過ごした夜が明ける。

 

 

 ベルパスパ王国の方角から無数の巨大な蛇の群れがネルトへと押し寄せる。

 

 魔獣や災害、そして敵の侵攻を防ぐ都市魔術結界の要たる頑丈な石造りの四方の巨塔。

 そこに詰める技師達は悲鳴を上げ続けていた。

 

 結界装置の計測器の数値が正常を超え、魔力炉が異常な熱を発し続けている。

 それはもやはいつ爆発してもおかしくは無い状態。

 冷却の為の魔法を駆け続けるしか手は無く、彼らの表情は蒼褪めていた。

 

 そして塔の窓から見える光景。

 この異常事態の原因。

 

 遠くに見える都市の外壁、それを超える巨大な溶岩の蛇が鎌首を持ち上げ、その頭部を打ち下すように都市魔術結界へと叩き付けている。

 魔術結界が激しく脈打ち、熱波を伴なった衝撃がネルトの上空を駆ける。

 

「もうダメだっ、逃げろ!」


 彼らが非常口から出ていくのと同時に魔力炉が爆発する。

 そして、大きな衝撃波と共に、ネルトを覆う都市魔術結界は崩壊した。

 

 * * *

 

「老師!!」

「うむ、任されよ」


 溶岩の蛇によって解け崩れ、流れ落ちる石造りの強固な外壁。

 

 住民が逃げ去った石畳の街路に在るのは兵士を引連れた老齢の男。

 白髪と豊かな白髭を垂らし、手に持つのは樫の木で出来た千年物の魔杖。

 

 魔法士と呼ばれる前の、魔法使いが好んだ古き時代の装束。

 

 レトロ趣味の装いで立つその男の全身を流れる強い魔力に澱みは無く、溶岩の蛇を見据える眼光は鋭い。

 

態々(わざわざ)死にに来おったか、ベルパスパ王国の混ざり者共よ。ネルトの地にアッパネン王国宮廷魔法士筆頭たるこの儂、【號風(ごうふう)の大魔杖 グッパー・グラン】が居った事が貴様らの運の尽きよ」


 鎌首を上げる五十メートルの溶岩の巨体。

 それが魔物等の類いでは無く、魔法によるものだという事をグッパーは理解していた。

 

(この魔法は奇襲による決戦へと全力を投じられた物。最早使い手に余力は無く、これを凌げば攻め手を失う。あとは兵を出して周囲を狩れば我らの勝利よ)


 溶岩の蛇は【精霊の気配】が非常に薄く、また使い手の魔力の波長に重なりが無い。

 この事から古代魔法ではなく現代魔法であり、【戦術魔導杖(大型の特殊な魔導杖と多量の魔晶石を用いる装置。馬車等で移動させる)】のような物を用いていると考えられた。

 

 昨日の今日でこの地まで攻めて来た状況と移動速度から兵の数は多くて千人。

 ネルトに常駐する五千の兵で当たれば勝利は確実。


(蛇。となれば恐らく星の聖女を僭称する小娘が来ておるか。ならば正しき教えを、聖ボルヌギスの威光を思い知らせてくれよう)


「見よ我が秘奥たる【天顕魔法(てんけんまほう)】を!!」


 グッパーの掲げる魔杖に緑色の魔力洸の筋が浮かび上がる。

 先端に巨大な魔法陣が出現し、内部の法印が回転を始める。

 

【天顕魔法】。

 

 俗に言う古代魔法を形作る根底の思想に在るのは原始的なアニミズムであり、【観念魔法(かんねんまほう)(現代魔法)】とはその根本から仕組みが異なる。

 

 使い手の魔力を用いて『人の力』で事象を支配するという観念魔法と比べて、使い手の魔力を媒介として高位存在の力をこの世界に顕す天顕魔法の威力は凄まじい。


 その性能の比較は言うなれば『人と神霊の差』である。

 人が用いる観念魔法の威力はその個人の力を限度とするが、天顕魔法は使い手を遥かに超える力を行使することができるのである。

 

 しかし天顕魔法は『高位存在の力を借りる』故の制約も多く、また魔法に宿る高位存在の意思が『使い手を喰らう』というリクスもある。

 

 現代の魔導学が齎した観念魔法の進化は旧来の天顕魔法に迫るものがある。

 しかし天顕魔法もその歩みを止めておらず、真の使い手が行使する天顕魔法に観念魔法は及ばないと解するものが通説となっている。

 


「我が魂と共にある風よ」

「邪に荒ぶり 聖を成す力よ」

「剣を抜け 剣を構えよ」

「嵐を呼べ 嵐を纏え」

「出陣の喇叭(らっぱ)は鳴り響いた」

「顕現せよ 薙ぎ払え」

「汝 風の戦乙女の将軍よ」


 グッパーが掲げる魔杖が魔法陣へその魔力を流し込む。

 

征嵐将軍(せいらんしょうぐん) シルフィネア」


 緑色の風が二十メートルもの戦乙女を形作る。

 三つの顔を持ち、背には鷲の翼が広がり、両手は巨大な剣を構えている。


 力尽きたグッパーは倒れ、魔杖が地面を転がる。

 兵士に介抱されながら、会心の笑みを浮かべる。

 

「征けっ。ベルパスパ王国の者共を打ち砕け!」


 * * *


 溶岩の蛇は赤い舌を口から伸ばす。

 瞬く間に硬化したそれは、巨大な鋼の剣と化す。

 

 疾風を纏って向かい来る戦乙女へ舌の剣を突き出す。

 二つの刃が激突し、生まれた衝撃波が周囲の家屋を破壊する。


 鋼と風、軋む二つの刃。

 暴風と共に押し込まれる大剣の刃が蛇の舌剣に喰い込んで行く。

 

 蛇は身体を振るわせて力を生み出し、それを舌剣へと束ねるように導く。

 それは人の武術に例えるならば、全身の筋肉が生み出す力の流れを一点に導き、常ならぬ一撃へと昇華させるもの。

 全長五十メートルの蛇身が生み出す力は戦術級、いや戦略級にも届きうる。

 

「オオ―――ッ」


 溶岩の顎門(あぎと)が吠える。

 蛇の舌剣が風の大剣を横へと弾く。

 

 大剣ごと身体を流される戦乙女。

 生じる隙へと舌剣を向ける蛇に、側頭部の憤怒の顔が映る。

 その顔が瞬時に放ったのは風の超級魔法。

 巨大な嵐の砲弾。

 避けられなかった溶岩の蛇は直撃を受け、その巨体を都市の外へと吹き飛ばされた。

 



 満足に受け身を取れなかった蛇は地面を転がり、数百メートルも離れた岩山にぶつかって漸く止まる。

 体勢を立て直せないその状態へ戦乙女の追撃が掛かる。

 


 

 風の戦乙女は見た。

 蛇、その溶岩の上に立つ一人の少女の姿を。

 白金の髪と黄金の角を持ち、その瞳の色は夜明けの空を(きざ)す紫。

 構える槍には銀の輝きが波打ち。

 穂先を構える笑みは不遜。

 

 風の上位精霊である彼女は怒りを覚えた。

 小さき者が何たる思い上がりか。

 

(戦う意気は賞賛、しかし畏れを抱かぬとは何事か)

 

 振り上げた風の大剣、纏う風が唸りを上げる。

 

(矮小なる者よ、我が剣を畏怖し末期の懺悔とせよ)

 

 それを少女へと振り下ろした。

 

 ……

 ……

 ……

 

 風が散る。

 

 (かし)いだ戦乙女の側頭部、その悲しみの顔が自身の後ろで槍を振り抜いた少女を捉える。

 

 自らが敗れたと知る。

 

(そうか。畏怖すべきは我であったか)


 星の聖女を冠する少女の銀槍に斬り裂かれて。

 

 風の戦乙女、その将たる存在を写した魔法は。

 

 朝の光の中に消えていった。

 

 

 

魔杖 …… 魔導機構の無い、魔力を媒介する杖。グッパーの物は古代樫の杖を迷宮にて千年安置して、迷宮内の環境によって醸成させたもの。安置する年数を重ねるごとに強力な魔杖や魔剣に変化したりする。ただし安置する期間も手入れが必要であり、ほったらかしにするだけでは魔杖や魔剣に変わったりする事は殆ど無い。

 もし完全な天然物でかつ千年物の魔剣があったとすれば、それは『呪われた』という言葉が付くような代物になる。

 

グッパーの魔杖の価格 → 二十万金価(金貨二万枚相当)となる。


金価 : 金(もしくは銀)の兌換貨幣。カード状の薄い板であり、魔導技術による偽造防止が施されている。

 ベルパスパ王国、クシャ帝国、スス同盟国、ナ・ロンタ王国の発行するものが流通している。


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