第2章 九嫁三伏のデッドヒート PART1
1.
……さあて、これからどうするか。
修也は会議室から出ていつもの休憩所へ向かう。式場関係者だけが使える椅子で寛ぎ、ブラックコーヒーのスイッチを押す。いつもと変わらず熱いだけが売りの苦いコーヒーをゆっくり啜ると、これからの計画を練る下地ができていく。
最初に考えなければならないことはまず最初のベストカップルを選ぶことだ。自分を除く9人にそれぞれカップルへと誘導するためにはそれぞれの特性と相性を考えることが必要になるが、まずはその第一歩が必須だろう。
第一印象で選びやすいのは男性陣では壱ヶ谷、参浦あたりだろう。爽やかな顔立ちに穏便な性格、結婚を狙う女性には最適なものだと思われる。
女性陣でいえば七草、八橋がそれに該当する。どの男性にも受けがよさそうだ。どちらも料理が得意なことはポイントが高い。結婚するメリットの一つに料理は当然入ってくるからだ。
つまりこれらのメンバーを主軸に考える方法が手っ取り早い。彼らに話題を提供し、ランダムな結婚方式の危険性を訴えれば他のメンバーは自然と取捨選択してくれるだろう。
だがこれにもデメリットがある。彼らを最初に選んでいては順を追う毎に泥仕合へと発展していく恐れがあるからだ。その結果、話し合いが行き詰まり強制的にシャッフルされてしまう危険性がある。
どちらの案が順当だろうかと考えていると、零無の声が聴こえた。
「あら、あなたもここにいたの?」
振り返ると零無玲子が反対側の席に座って飲み物を啜っていた。姿勢を正して冷えた視線をこちらへ寄越している。
「……ここはお前だけの席じゃないだろう。俺がいたら悪いのか?」
彼女の返答はなく沈黙が流れる。修也は無言のまま、コーヒーを飲み干して、席を立つと彼女の声が上がった。
「……ねえ、四宮君。確認したいことがあるのだけど。あなたは本当に結婚する意志がないの?」
「……当たり前だ」
修也はきっぱりといった。
「俺は誰とも結婚するつもりはない。お前はどうなんだ?」
「もちろんないわ。じゃああなたに提案があるのだけど。今回だけ私と協力するというのはどうかしら?」
「……断わる」
修也は反射的に答えた。
「お前と組んでいいことなんてないさ。組むのなら他と組んでくれ」
「まだ何もいっていないのに酷い人ね……」
零無は溜息をつき顎に手を乗せる。
「一応話だけさせて。今回のケースでは2名だけが結婚しなくていいことになっているわ。つまり私とあなたが手を組めば私達は結婚しなくて済む」
「ああ、可能性だけでいえばな。だがな、俺達が徒党を組んだ所で他のやつらがカップルにならなくちゃ意味がない。時間制限があるからな。結局の所、シャッフルされるのがオチだ」
「でもデメリットはないわ。いい話じゃなくても悪い話ではないでしょう?」
「いいや、悪いね。明らかに《《不利な》》条件が整ってしまう可能性がある」
修也は彼女の方に視線を向けた。
「仮に俺達が裏で工作していることがばれてみろ。周りの奴らは《《俺達こそカップルになるべきだ》》と話を持ち出してくる。そして投票されれば、それで終わりだ」
今回の一番重要な点は《《多数決》》にある。本人達の意思ではなく周りの意思、つまり《《空気感》》で決まるということだ。
仮にお互いが結婚したい、と思っていたとしても2次投票に移ればその可能性は低くなってしまう。アピールし皆の賛同を得なければ勝ち取ることはできないのだ。
「……なるほど、さすが考え方が歪んでいるからこそ見える視点ね」
零無は自分を貶しながらも表情は生き生きとしている。
「あなたのそういう所は素直に凄いと思うわ。何も考えずに生きてきたら、そんな所まで頭は回らない」
「うるさいよ。俺だって必死なんだ、独身を貫くためにな。しかし怪しいな。なぜ俺なんだ? 何を隠している? どうして俺と組もうと考えたんだ?」
彼女の経歴を見れば、幼馴染が二人もいる。わざわざ自分と手を組む必要があるとは思えない。
「本当に素直に人の話が聞けない人ね。どうしてそう思うの?」
「お前が協力してくるなんて怪しいに決まっているだろう。その理由を教えて貰わないと難しいな」
「ここで私の考えをあなたにいっても納得しそうにないわね……」
零無は苦笑いを浮かべながらも言葉を述べていく。
「じゃあ、こういうのはどうかしら? 初めのカップルは私が選んでみせるわ。ウェディングプランナーとして、うまく誘導してみせる。そしてそれが成功すればあなたは私に手を貸す。それでどう?」
「……悪くない取引だ」
小さく頷き同意を見せる。自分に対してデメリットは全くない。何もせずに一組消えてくれるのならそれこそ願ったりだ。
「もしそれが成功するならば協力させて貰おう。で、もちろん選ぶ相手は宣言してくれるんだろうな?」
「もちろんよ」
「そうか、誰を選ぶんだ? 候補だけでもいい」
「候補なんて、そんな中途半端なことをするつもりはないわよ。すでに男性は決まっているわ」
零無は誇張することなく淡々とした口調で告げた。
「当ホテルの《《総支配人》》、九条統哉よ」