戦いと愛の告白
戦争は1か月続いた。
敵は大陸の某新興国の巨大企業とその企業とウラで結びついてる世界的企業(ウチのスタッフが引き抜かれていった先の数社ね)。
別に戦争といっても武器をしかけるわけじゃない。
世界中の一般ユーザーからいろんな仕掛けや問い合わせが昼夜問わず億という単位で大量に敵に降り注いで、サイトも会社内のネットワークも、人的な部分でさえ、業務がなりたたなくなる・・・という、いわゆるとっても平和なやりかた。
もちろん最前線の兵隊たちに難がかかることはない。罪に問われることもない。彼らはただの善意の一般人なのだから。興味のある企業にただ問い合わせをしたり、懸賞に応募したり、HPで質問したり、サイト上にアップされているゲームをしているだけなのだから。ただ信じられない位、アクセスや反響が大量だというだけで。しかもそのアクセスサイトが、企業自らのものではなくて、ある日突然本物のWEBサイト上に出現したもの。しかしどこからどうみても本物で本物とつながっており、それはもう本物と言えるのではないか?というべきもので。関係者のだれもがキツネにつままれたような感じなのだ。そして、突然あらわれたハズなのに、そのサイトはあらわれた時にはもう世界中に知られていて、想像を超える大量のアクセスに瞬時にさらされる。もちろん本物は壊滅的な打撃を受ける。
力を持つもの(敵)たちは、どうにか抵抗しようとあらゆる手を使ったけど無駄だった。
だって、私たちはつぎつぎと新しいネタを仕掛けて、ネット上にばらまいてるのだから。
必死に火消ししている火事のすぐ先に次々とガソリンを投下しているかのように。
その手口は巧妙かつずるくてて、よくこんなの考えるねと二人を違う目でみてしまう。
もちろん、いろんな国のサーバーや人を経由して、私たちがやってるという証拠は決して残らない・・・。
そこら辺、もう巨大企業になってる<古い>奴らと、デジタルネィティブの私たちとの差。
フットワークの軽さが違う。絶対しっぽはつかませない。
正直、戦いの最中は気が抜けない毎日で、意識が遠のくこともあった。
証拠を残さないことが大前提だから、用心に用心を重ねた。
気の弱いスタッフから一人、また一人と疲労と極度の精神的緊張で具合を悪くして戦線離脱していく。
3週間が経ったころには、ジョンとスティーブと私しか残らなかった。
異常に張りつめた中、なんとか私がこらえられたのは、3人の絆があったから。
その日は深夜、サーバー攻撃をかわしながら新たな爆弾を投下し終わった私はJSLのバックヤードでくつろいでた。
「早く自分の部屋に帰りたいなぁ。あの中庭で彼のバイオリンを聞きたい・・・」思わず漏れたつぶやき。やっぱりちょっと疲れた。
「リーは帰りたいか? もう抜けてもいいぞ」
突然優しい声で話しかけられて、驚いて振り向く。
家の裏戸の明かりの下にスティーブが立ってた。
「ううん、平気。終わるまでココにいる」
「リーは充分すぎるくらいやってくれてるよ。悪いな、オレたちに付き合わせて」
「私の戦いでもあるのよ。なんでそんなこと言うの?」
スティーブはいつの間にか近くに来ていて、そっと私の手をとった。
「ごめんな」
「何が?」
「本当はこんな戦い興味ないんだろ?」
「・・・・ふふ(笑)」
「他のスタッフの奴ら、みんなギブアップしてるだろ。体力的にも精神的にも限界超えてる。それなのに、女のリーがここまでやってくれてる。だいぶ無理してるんだろ。知ってる」
「JSLは私たちが作った会社でしょ、社名だって3人の名前の頭文字つけて。私にとっても大事。だから最後までやる。ジョンとスティーブと一緒に」
「・・・・。ありがとう」
スティーブがじっと私の瞳を覗き込む。
右手で私の頬に触れた。えっ? 何?
なんだか彼の目つきが甘い。頬にあてた手はそのまま髪をすいて、そして次の瞬間、私の唇にそっと触れるようなキスを落とし・・・・かけたところを手を入れて拒絶した。
「なにするのよっ!」
スティーブは私の反応にビックリして目を見開いている。
「え、リーにキスしたかったから」
「だからっ、マウスtoマウスのキスは友だちとはしないのっ! やめてよねっ」
スティーブの目に一瞬怒りの炎が浮かんで、握ったままの手が引かれた。バランスを崩して私は彼の胸の中に抱かれる格好になる。
「ちょっと、やめてって言ってるでしょ」
「いやだ」
「なんで?」
「好きだから。・・・、好きなんだリー」
私は抵抗をやめてできるだけ冷たい声で言った。
「酷い人ね。あなた、私から友だちのスティーブを取りあげるつもり?」
虚を突かれたように、スティーブは私を離した。
そしてそれから1週間後、私たちの戦争はすべてが終わった。
最後には某大国の諜報機関を通じて降参の白旗を揚げているとの通達がきて、ジョーがこっそり中立の3つの大国の立ち合いの元、手打ちして終わったらしい。
私たちは勝った。
中立の3つの大国というのが気になるので、聞いてみたら、「リーは知らなくていい」と言いながらウインクしてみせた。
恐ろしい。ジョーは本当に侮れない奴だ。
3人+残ったスタッフで祝杯を上げた。
ドンペリなんかも盛大に開けちゃって、勝利の美酒に酔った。
みんながそれぞれ笑顔で、大騒ぎで。自分たちの手で私たちのカワイイJSLを守れて本当に嬉しかった。
緊張が開放されたこともあって、一瞬酔いかけたけど、スティーブの熱い視線に気が付いて、それ以上酔えなかった。
彼のことは大切な友達。
恋ではない。
私は友人関係を壊そうとする先日の行動を忌々しく思い出しながら、まじまじと彼をみつめた。
栗色のちょっとウェーブがかかっている髪、整った容姿。知性を十分表に出している切れ長の目が印象的だ。身長も高くスタイルがいい。男前すぎて、私としてはちょっと怖いくらいだ。しかも名前にサーが付くらしい。つまりお貴族さま。そして、肝心の性格は、ちょっと腹黒い面も持っているけど、一度信頼したら、とても相手を大切にする。面倒見がよくて優しくて朗らか。
つまり・・・、申し分ない男。恋人にしても最高だと思う。だけど、私は彼にときめいたことがない。
もうそれだけで却下。
あれ以来、ストレートに感情を表すスティーブに正直引き気味だ。やめてくれ。
いつも紳士的に対応してくれて、エスコートしてくれる。お姫様扱い。やめてくれ。
元の友達としての態度にして欲しい。疲れる。
「リー、最近おかしくない?」
「ああ、ジョー、どうして? なんか変?」
「スティーブとなんかあった?」
思わず眉間にしわをよせた私に、ジョーがにやりと笑って
「好きだと言われたとか?」と直球で聞いてきた。
「な、なんで・・・」
「ジョーの気持ちはダダ漏れなんだよ。ずっと前からみんな知ってたし。気づいてないの、リーだけだよ。 でも今のところはその気はないんだろ?」
「今のところ? 」
ジョーが面白そうに片眉を上げる。
「オレらの次のゲーム知ってる? 賭けてるんだ。スティーブがリーを落とせるか? 落とせるならいつか?」
「・・・。」
ニヤニヤと黒い笑顔のジョー、からかわれてる、絶対に。
「落とせない方に賭ける人はいないの?」
「いるよ。オレ。他の奴らはオプションで落ちる日までかけてるけど・・・」
ふーん。ジョー以外は私が落ちるって思っているんだ。ま、そりゃそうだわね。あんな頭脳だけじゃない男度偏差値だって極限高のスティーブだもんね。だけど、相手は私なんだってば。
「私もその賭けに乗れないかしら?」
「本人やったら八百長だろ」
「残念、億万長者になれたのに」
「もうなってるじゃん」
「そ? お金なんてただの数字の羅列よ」
「口座に入れっぱなしだからだよ。そろそろ有効に力を発揮するために使えよ」
「まだそんな暇ない。そのうち、新しい定理でも発見したら時間が空くかな?」
「ホント変わったオンナだよな。普通の女が気にかけてるようなことには目もくれない。お金に男にファッションに宝石、すべてリーが望めば最高のモノが手に入るのに。せっかくそんなに綺麗に生まれたのに」
「何言ってるの? バカ」
「ははは、ちょっと酔ってるかもな」
私たちは顔を見合わせてひとしきり笑った。
「とにかくリーは俺にとって最高のダチだよ」
ジョーの言葉が最高に嬉しい。私はこういう風に笑い合える友達が一番大事なのに。ずっと話が通じる友達なんてどこにもいなくて、いつも周りに無理に合わせるか距離をとるかの不器用な人生。呼吸するのさえ辛い日常が普通だ思っていた。
それなのに、この街にきて、初めて出会った二人。1を言えば100通じて、本当にびっくりした。彼らも同じような思いをしてきたと知ってる、だけど、二人は私のように流しているんじゃなくて、能動的に自分たちの能力を世に活かして世界を変えている。二人につられて私も変わった。私の力も役になっているのが本当に嬉しくて。だから二人のことを本当に本当に大切に思っていたのに。ずっと友達でいたかった、共に老いて死ぬまで・・・・。愛だの恋だの、不確かな感情でそれを壊そうとするなんて、どれだけ酷いのよ、スティーブ。
はぁ、頭痛い。これからどうしよう・・・。