表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
沈黙の招待状  作者: のむ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1/7

序章 招待

十月の雨は、記憶の底に溜まった澱のような匂いがする。


 仕事帰りのアパートで、郵便受けに見慣れない封筒を見つけたとき、僕——久住蓮くずみれんは、その匂いを思い出していた。十年前の、あの夜の匂いだ。


 封筒は白く、宛名は万年筆で丁寧に書かれていた。差出人の名前はない。裏返しても、何の手がかりもない。ただ、封蝋ふうろうが一つ。深い紅色の蝋に、見覚えのある紋様が押されていた。


 六角形の中に、目のマーク。


 指先が震えた。


 この紋様を知っている。知っているどころではない。十年間、僕はこの紋様を夢の中で何度も見てきた。


 封を開けると、一枚のカードが入っていた。厚手のケント紙に、活版印刷のような凹凸のある文字で、こう記されていた。


招待状

久住蓮様

十年の沈黙を破るときが参りました。

十月三十一日、午後七時。旧・霧島館にて。

あの夜の真実を知りたければ、お越しください。

欠席は許されません。あなたには、果たすべき役割があります。

——ゲームマスターより


 旧・霧島館。


 その名前を目にした瞬間、僕の中で何かが軋んだ。心臓の裏側を、冷たい指で撫でられたような感覚。


 霧島館は、僕たちの大学時代の同期——霧島怜きりしまれいの実家だった。山の中腹に建つ、明治時代の洋館。怜の祖父が建てたという三階建ての屋敷で、僕たちはあの夜、彼女の誕生日パーティーに招かれた。


 そして、怜は消えた。


 文字通り、消えたのだ。パーティーの最中に姿を消し、二度と見つからなかった。警察の捜査は難航し、やがて打ち切られた。事件性は認められず、自発的な失踪として処理された。


 でも、僕たちは知っている。あの夜、あの館の中で、何かが起きたことを。


 そして僕たちの誰もが、あの夜について語ることを避けてきた。


 招待状を握りしめたまま、僕はキッチンのテーブルに座った。冷蔵庫のモーター音だけが、やけに大きく聞こえる。


 この十年、僕の人生は止まっていた。


 大学を卒業して、なんとか就職して、毎日同じ電車に乗って、同じデスクに座って、同じ仕事をして帰る。友人はほとんどいない。あの五人との繋がりが断たれてから、僕は誰かと深い関係を築くことができなくなっていた。踏み込めば、また失うかもしれない。そう思うと、人との距離を縮められなかった。


 恋人もいない。付き合った人がいなかったわけではない。二年前に、会社の後輩と半年ほど交際した。優しい子だった。でも、彼女が「好き」と言ってくれるたびに、僕の中で怜の声が再生された。「応える資格がない」。あの言葉が、僕と誰かの間にいつもガラスの壁を作った。結局、僕の方から別れを切り出した。理由はうまく説明できなかった。


 テーブルの上の招待状を、もう一度読む。「欠席は許されません」。命令形の文面なのに、どこか切実な響きがある。


 行くべきではない。わかっている。でも——


 このまま何も知らないまま、あと何十年を生きるのか。あの夜の真実から目を逸らしたまま、このアパートで老いていくのか。


 気がつくと、僕はクローゼットを開けて、旅行用のバッグを引っ張り出していた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ