第三十七話ー二人の静電気(一)
そよ…そよ…
朝の陽射しが、窓の隙間から忍び込んでくる
冷たいそよ風が、頬をかすめていく
廊下には今、人の姿がない
それぞれの席には、もう主がいる
…
ガラッ。
教室の扉が、再び開く
見慣れた人影と、手に抱えたプリントの山の山
まだ目を細めたままの目と、もう片方の手に小さなコーヒーカップを持っている
……
コツ…コツ…
「よし。」ハヤマ先生が教室の中を見回し、教壇にゆっくり近づく
「みんな、落ち着いて。」
「もう授業を始める時間だよ。」
…
コトン。
「ちょっと変かもしれないけど…」ハヤマ先生がコーヒーカップを机に置き、手を僕に向ける
「トガミさん、席を替わって!」
…
すっと。
「でも先生。」僕は目を丸くして立ち上がる
「この前、替わったばかりじゃないですか?」
「先生も言ったのに…」
…
ぽり…ぽり…
「それもわかってるんだけど…」ハヤマ先生が後頭部をかきながら、体を後ろに反らす
「他の先生たちからも言われててね。」
「だから仕方ないよ。」
…………
ざわざわ…ざわざわ…
教室中にささやき声が響き渡る
何人もの視線が、一斉に僕へ向いた
…
「ちょっと待って、それって…」
「できれば俺たちの近くに替わってほしいんだけど。」
「一番前の席なんて絶対嫌だよ!」
「どうせなら…」
……
コン。コン。
「話はそこまで。」ハヤマ先生が軽く机を叩く
…
「トガミさん。」ハヤマ先生が指を三列二番目の机に向ける
「とりあえずあそこに座って。」
「後でまたちゃんと並べ替えるから。」
……
「で、君はあっち…」ハヤマ先生が視線をプリントの山の山に向ける
「えっと…」
…
ガタッ。
「川崎ネネです。」緑色の髪の女の子が席から立ち上がる
…
「そうそう。」ハヤマ先生が顔を上げ、川崎さんを見る
「とりあえずトガミさんと席を替わってくれ。」
…
「はい。」川崎さんが小さく頷く
…
コツ…コツ…
「じゃあ、早く席を替えて。」ハヤマ先生がチョークを黒板に軽く叩く
「今日はまだたくさんやるからね。」
………………
がさがさ…
僕は机の下から教科書を一冊ずつ取り出す
小さな文房具を自分のカバンに入れていく
…
くい…
「…」誰かの手が、そっと僕の袖を掴む
…
「行かないで…」小さな囁き声が、空気の中に響く
…
「…」僕の体が突然止まり、両手が動きを止め、無意識に顔を向ける
……
コンコン…
「何か問題でもあるのかい?」ハヤマ先生がチョークを何度も叩く
「トガミさん。」
…
「いいえ。」僕は慌ててカバンの方に向き直る
「何でもありません。」
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気づけば、周りはクラスメイトだらけだった
あまり話したことのない背中ばかりの中で
…
ぽんぽん…
「最高じゃん、これ!」背中に手が叩かれる
「これからは女の子たちと席争いしなくて済むな。」
…
「レン!?」僕は振り向き、目を大きく見開く
「なんで…お前ここに座ってるんだ…?」
…
「俺の席だろ?」レンが机に頭を乗せ、目を丸くして僕を見る
「この前の席替えでこうなったんだよ?」
…
「ん?」僕は首を傾げ、指を口に当て、天井に視線をやる
…
「まあいいよいいよ!」レンが目を閉じ、笑顔を広げる
「細かいことは気にすんなよ!」
「ここにいるんだから、わからないことあったら…」
「…俺に直接聞いていいぞ。」
…
「まあ、そうだな。」僕は目を閉じ、腕を組み、顔を下に向ける
…
「これからはもっと俺を助けてくれよな!」レンが手を口に当て、周りをチラチラ見る
「女の子たちのせいでチームメイトを放置すんなよ。」
「俺が助けを求めた時に無視すんなよ。」
「わかったな?」
…
「わかったわかった。」僕は両手を下ろし、まぶたをゆっくり開ける
「でもまず俺が問題を解き終わるまで待っててくれよ。」
…
「もちろん。」レンが胸に手を当て、両目を閉じる
「相棒はゆっくりでいいよ。」
「俺は…」
…
ガンッ!
「もう始まったばかりでもう授業中だぞ?」ハヤマ先生が強くチョークを叩き、こちらを睨む
……
「…」僕たちは慌てて背中を向け、二人は顔を教科書に埋める
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キーンコーンカーンコーン。
太陽は今、完全に姿を現している
陽射しが前より眩しくなっていく
冷たい空気も、もうすっかり消えていた
そして何人もの生徒が、机に顔を伏せ始めている
………
カリカリ…カリカリ…
「ここで見ての通り…」先生が黒板に書き続ける
「物理は私たちの日常の周りにある。」
「摩擦力は物を持つことを助けてくれる。」
「円運動は以前より速く動けるようにする。」
「位置エネルギーは移動に必要なエネルギーを減らしてくれる。」
…
「でも運動はいつも同じように固定されているわけじゃない。」白い線が黒板を埋め尽くす
「遅くなる場合もあるし…」
「速くなる場合もある…」
…
トンッ。
「そしてある場合には…」先生が両手を止め、体をクラス全体に向ける
「別の形のエネルギーが生まれるんだ。」
…………….
ふわぁ…
「…」レンが手を口に当て、体を机にゆっくり伏せていく
…
「まだ授業始まったばかりなのに…」僕は後ろをチラリと見る
「そんなに早く潰れるなよ!」
「まだ新しい単元やってるんだぞ。」
…
あ〜あ…
「もう無理…」レンの目がゆっくり閉じ、両手を組んで机に置く
「これ…俺にはキツすぎる…」
「残りは…お前に…任せた…」
…
「おい。」僕は指でレンの腕を軽く突く
「もう少し頑張れよ!」
「せめて授業のタイトルくらいは書いておけよ。」
…
「もう…遅い…」レンが顔を腕に埋め、体を僕の背中に寄せてくる
「少し…お前の背中…貸してくれ…」
…
「レン?」僕は唇を動かし、レンの方を見る
「レン!?」
…
はぁ…
「もう何も言う気にならない。」僕はゆっくり黒板の方に向き直る
………………………………….
コツ…コツ…
「静電気。」先生が教壇の周りを歩きながら言う
「みんなも聞いたことがあるかもしれないね。」
「元々はいつも私たちの周りにあるものだ。」
「似たような現象として、磁石を思い浮かべると分かりやすいかな。」
…
コトン。
「でもね。」先生が突然足を止める
「みんな知ってるかい…」
「静電気は、物同士がこすれ合うことで発生するんだ。」
「例えば髪の毛とか、ウールの繊維とか。」
…
ごそごそ…
「この二つの磁石みたいにね。」先生がポケットから二つの磁石を取り出し、離して掲げる
「もし離しておいたら…」
「ただの道端の石ころと変わらない。」
…
「でも、近づければ近づくほど…」先生が両手をゆっくり近づける
…
カチッ。
「どんどん強くなって…」
「そして強くくっつき合うんだ。」
……………………………………………………………………………..
教室の中で、視線はまだ黒板に注がれている
何人かは机に突っ伏し
何人かは問題を解き
何人かの机では電気の明かりが灯っている
…
ころころ…
一枚の紙が、小さく折りたたまれた状態で
ゆっくりと僕の机の上で転がってくる
…
「何だこれ…」僕は教室の中を見回す
「結局…」
…
……
ぱさっ。
僕の手がゆっくり紙を開く
視線は教室の中を絶えず見回している
…
「後で一緒に昼ご飯食べない?」折り目の多い紙の真ん中に文字が浮かんでいる
…
「…」僕は椅子の背にもたれかかり、黒板の方を見る
「何なんだよ、これ。」
………
ころころ…ころころ…
紙が次々と飛んでくる
インクの跡が、だんだんはっきり見えてくる
…
「聞いてる?」
「こっち見てよ」
「なんで無視するの?」
……
「…」僕の体があちこちに向きを変える
…
ころころ。
「バカ。」一枚の紙がまっすぐに僕の額に当たる。
......
僕の視線が、その紙の飛んできた方向をたどる
そこには、こちらに身を乗り出している女の子がいる
黒髪に赤い筋が混ざった髪
そして小さな手の向こうで、いたずらっぽい笑みを浮かべていた




