98 その七種、集う
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「七種統合会議?」
「ああ。ちょうど一ヶ月後に七種族の長が集まる会議があるそうだ」
屋敷に来たミムロドがそう言って椅子に腰掛ける。
「それで、なんで俺がそこに行くことになるんだ」
俺の家を訪ねてきた男に問う。
彼がここに来るのも久しぶりだ。以前は彼が所属する《紅月の民》の他のメンバーもここに集まっていたのだが、今ではそれも少なくなった。
理由は彼らの幼い頭目がここに来なくなったからだ。カグヤは二週間前の事件から立ち直れていない。初めての友人を失った哀しみは今も彼女の心を覆っている。
クリスタル・コアを巡る事件から二週間が経つ。あれから電子魔力は問題なく機能しているので、この国も平常に戻っている。
そもそもクリスタル・コアの存在を知っている人自体が十人といない。それのおかげか、ほとんど騒ぎにはならなかった。
「ご指名が入ったらしい。今回の会議を提案した種族からね」
「指名が? どこの種族だ?」
俺と関わりがある種族は限られている。
ソウルビーストかディアボロスのどちらかだ。それでも指名される理由が思いつかない。種族の長ではない俺に何の用だろうか。
2つの種族の長が頭に浮かぶ。
やりたい放題だったソウルビーストの長に、一人で勝手に他種族の土地を訪れたお転婆なディアボロスの長。
……何か突拍子もない用じゃないだろうな。
そんな一抹の不安の中、ミムロドが首を横に振る。
「いや、この会議を主催したのはドラコーンだ。君を呼んだのはその種族らしい」
ドラコーン。
この世界では竜の末裔の種族だ。
竜の末裔といっても、今では巨大なトカゲのような空想上の姿をしてはいない。世界のルールである絶対神法書のせいでドラコーンに限らず、全種族がヒトの姿に変えられているからだ。
「何で俺を呼んだんだ?」
「私が知るわけないだろう」
ミムロドが肩をすくめてみせる。
ドラコーンの中に俺の知人はいない。種族の長とか聖騎士なら名前が世界に広まっているが、何の肩書きもない俺の名前が世界に広まっているとは思えない。
予想外の種族の指名に俺は首を傾げるばかりだった。
*
俺が何で長達の会議に呼ばれたのか聞く機会のないまま一ヶ月が過ぎた。
「今回も船で行くんだな」
肌に潮風が当たる。
この世界の文明の進捗を丸無視した船が海面をかき分けて進んでいく。その船は風を受ける帆は存在せず、後方に魔力で動くエンジンが搭載されている。
「まあね。他に移動手段がないから仕方ないさ」
隣にいた赤髪の騎士が俺の言葉に応える。
白を基調とした騎士の制服に身を包むその騎士、ライザーは護衛のために同行している。
今回の会議、七種統合会議は護衛として一名だけ会議の同伴が許されている。その同伴者はどの種族も世界に七人しかいない聖騎士が選ばれるらしい。もちろん、ライザーもその一人だ。
「部屋に戻らないのかい? ここは冷えるよ」
冷たい潮風に煽られて、ライザーが船内に通じるドアを開ける。
「いや、もう少しここにいる」
「そうか……」
重たいドアの動く音が聞こえる。
俺は船の進行方向だけをぼんやりと眺める。
目的地はまだ見えない。水平線はその端まで青い海で満たされていた。そして、少し視線を上に向けると、海と同じ色をした青い空がある。そしてある場所を堺に真っ黒な霧が天までかかっていた。
前回の船旅でも見た光景だ。
この世界の生命は半球にしか存在しない。もう一方の半球は冥界と言われ、誰も近づかない。その冥界と言われている場所がちょうど黒い霧の向こうだ。
…………。
「…………おい」
「どうかした?」
振り返ると、ドアの横に船内に戻ったはずのライザーが微笑んでいた。
「部屋に戻るんじゃなかったのか」
「そのつもりだったんだけどね。護衛対象が外にいるのなら離れるわけにはいかないだろう」
「護衛対象はセレアだろう」
「今回は君も含まれているんだよ。だけど僕の身体は一つしかない。できればスカーレット様のように船内にいてくれると助かるよ」
爽やかという形容が似合う笑顔でライザーが船内に行くように促す。たしかに爽やかなのだが、笑顔に妙な圧を感じて思わず首肯する。
「……部屋に戻る」
「うん。ありがとう」
美形の笑顔ってたまに変な圧があるよなあ……。こいつの場合、それに自覚がないからたちが悪い。
そう思いながら、ドアを開けてくれたイケメン騎士の顔をまじまじと見る。
「ん? どうした?」
「いや……別に。……俺が何で会議に呼ばれたのかライザーは知っているのか?」
俺の質問にライザーは怪訝そうな顔をする。
「もちろん知っているけど……それがどうかしたのかな」
「俺は知らないんだよ。よければ教えてくれないか」
「え……知らない……?」
ライザーは眉を寄せて思案顔になる。そして、ゆっくりと口を開いた。
「スカーレット様から聞いていないのかい? ここに来ているから知っているものとばかり思っていたが……」
聖騎士が整った顔を不安の色で曇らせる。
「何も聞いていないけど……」
この一ヶ月の間でセレアに会うことは一度もなかった。
原因は分かっている。クリスタル・コアの事件後のすれ違いで、互いに気まずくなっている。それは今でも痕を残していた。
船に乗り込むときに彼女と久しぶりに会ったが、会話もなく今に至る。
「そうか……。じゃあ、僕から話そう。今回の会議の内容は君が大きく関わってくる。今からでも知っておくんだ」
「俺が? 何で長達の会議で俺の話題が挙がるんだよ」
ライザーの話に、廊下を歩く足を止める。
「君に世界の秘宝を盗難した疑いがかけられている。今回の会議はそのことについてだ」
「は……?」
聞こえなかったわけではない。しかし、あまりにも脈絡のない、身に覚えのない疑いに思わず聞き返してしまった。
「……君に疑いがかけられている」
ライザーは律儀にもう一度言う。
「な、何だよ、それ!? 俺は何も……!」
目の前の騎士に弁解するように詰め寄る。
冗談じゃない! どうしてそんなことになっているんだ!
「落ち着いて、カケル。まずは最後まで聞いてくれ」
今すぐにでも抗議したいが、ライザーにするのはお門違いだ。自分にそう言い聞かせて喉まで溢れかえっていた言葉を飲み込む。
ひとまず話を聞けるくらいには落ち着いた俺を見て、ライザーが続きを話す。
「ソウルビーストの国、ガーネッタ国を訪問した時のことを憶えているかな?」
「ああ」
俺は首肯する。
あの国でモンスターと呼ばれる災害級の破壊力を持つ動物がヒトの姿になったことが確認されたのだ。結局、その原因は不明のまま、あの夜戦は終わってしまった。
最後に現れた謎の集団も分からずじまいだった。
「その戦闘の際に、あの国は世界の秘宝をなくしてしまったんだ」
「秘宝……それを俺が盗んだって言ってるのか?」
「まあ、早い話がそうだね」
秘宝ね……。
やはり濡れ衣だ。
俺はあの国でそんな貴重なものを触った記憶は…………。
「あ……」
ふと脳内に何かが浮かび上がった。
ソウルビーストの皆が大切なものとして扱っていて、あの夜戦の後に紛失したモノがひとつだけある。
それでも俺は無罪であり、身に覚えのない濡れ衣であることは間違いない。しかし、全くの無関係と言えないくらいにはあの剣に触れてしまっている。
「聖罰剣…………」
口から零れるように出た言葉に、目の前の騎士は神妙に頷いた。




